EP01 ◆ 火星のコンビニ #06
「まさかおひとりで? へえ……そりゃすごい」
アマネは男の言葉に驚いた。武器も持たず、同行者も添乗員も雇わず、よく今まで命が続いていたものだ、と。
どこにでも放浪癖のある人間はいるが、誰でも安全な旅行が可能だった時代とは違い、今は交通手段も少なく、また未だに治安の悪い地域も少なくない。
「まぁ、殺傷能力のあるような武器は持ってませんが、もちろん丸腰ってわけじゃありません。私にとっては情報が一番の武器でしてね。公式放送はもちろん、草の根の情報まで日々チェックしつつ、できうる限り安全なコースを通るようにしています」
「なるほどね。それにしてもなかなか続けられることじゃありませんよ」と、アマネは何度もうなずく。
「今日も、私が来た方――元カイマクロ町の外れで小規模な爆発があったという情報を掴みましてね。噂のあった辺りを見て来たんですが、どうやら解除不能になったシェルターを誰かが開けて確認したようなんですよ」
男は一旦言葉を区切り、アマネたちの反応を見るように顔を見回した。
だが彼らの表情になんの変化もないのを見て取ると、小さくため息をついてから言葉を続けた。
「まぁ、そんな感じで情報を得ながら徒歩で旅をしているのです――ところで、差し支えなければお伺いしたいのですが……あなたがたは一体どのようなご関係で?」
男はアマネの方を向いて質問する。その表情には明らかに戸惑いがあった。
親子として見るにはアマネはまだ若く見える。そして黒目、黒髪で日に焼けているアマネとは違い、ムクロとカバネはどう頑張っても純粋なアジア人のようには見えない容姿をしており、一見してアマネとの共通項はないように思えるのだ。
平均的な日本人よりも背の高いアマネは、小柄なムクロと比較すると大体頭ふたつ分――ムクロは小顔なため、ムクロの頭でカウントするとふたつ半分――身長差がある。カバネの方は、頭ひとつ分程の差といったところだ。
人種も年齢も一般人が想像できる組合わせからは外れてしまうため、彼らに初めて会った時にその関係を正しく推し量れる人間は、ごくわずかだろう。
アマネは初めのうちはそういった興味津々の視線に嫌悪を抱いていたが、あることをきっかけに楽しむようになった。今もまた、この男が自分たちのことをどう考えているのか、逆に推測してやろうと考えていた。
「どんな風に見えますかね? よく訊かれるんですが、俺らはこれが当たり前なので、他のかたがたがどう感じるのかイマイチわからんのですよ」
気にしていないという風に笑いながら問い返すと、男は困惑の表情を浮かべた。
「お気に障ったのなら申しわけないです。なんといいますか……教師と生徒、でしょうかね?」
「ほう」
「あぁ、なるほど……」
アマネとカバネが同時に声をあげる。男はおどおどした様子で彼らの顔を見比べた。
「いや、結構いい線行ってるんじゃないでしょうか。お察しした通りの関係でもありましたよ――その昔、俺は彼らの教師でしたから」
「そうですか」
あからさまに安堵した表情で男は頬を緩めた。
「そして今はある任務を受けて同行している仲間ということになりますね――あなたがお訊きしたかったであろう、カイマクロのシェルターですが、俺らが確認しましたよ。つまりそういった箇所を確認して、地図にタグを付けて行っているんです。ここもそのひとつですね」
「あぁ! なるほど、そういうことだったんですね」
男は心底ほっとしたような表情になる。
アマネたちがすべてを語っているとは思わないだろうが、少なくとも表向きはそういったことを仕事としてしているのであれば、公共的な機関に属する人物という可能性が高くなるからだ。
『政府』というものは『国家』が消滅した現在では存在しないということになっている。しかし世界の公的な流通や公共事業、民衆の保安に携わる機関は各地に点在していた。
そういった機関からの任務を受けて働く、いわば昔でいう公務員のような職業もこの時代には存在した。
元兵だった者たちは戦争が終わると地元に帰る割合が多かったが、こういった公共機関に勤務するのを望む者も一定数いた。
そんな風に公務員となった元兵たちを、世間では『現役』と呼ぶ。
敬称の意味も含まれるが、場合によっては蔑称としても使われた。
男が気を許して来たところで雑談を交わし、打ち解けて来たという様子でアマネは口調を崩した。
「しかしあなたは夜間に移動しているのか? 昼間移動するより危険だろう?」
「そこはほら、文明の利器がありますから。むしろ日中の移動の方が私には危険ですね。この辺りは気温が高いし、砂嵐がしょっちゅうおこるから方向を見失いそうになるし……何よりも、磁石が狂いますでしょう?」
久し振りに人と会話するのだろうか、男は一旦口を開くとよく喋った。
陽が落ちると徐々に空気が冷えて来る。火にあたっている顔は火照ったが、背中側は寒いため、彼らは時々体勢を変えて身体全体を温めた。
途中、ムクロが「マントを取って来る」と中座する。男は笑顔でそれを見送って、また話を続けた。
「私は人工衛星から広域地図を受け取るような機器を持っていなかったので、もっぱら近隣地図の受信と磁石を利用するような旅だったんですよ」
「あぁ、そうか。磁石に頼るなら確かに夜間の方がいいだろうな。だが灯りが一晩もつという保証はないだろう」
「それがですね……」と、男は満面の笑みで、自分の荷物から何かを取り出した。
成人男性の手と同じくらいのサイズの、四角い塊だった。男がそれを裏返すと、折り畳まれたソーラーパネルが付いていた。
「私が持っている太陽電池だけは、なかなか優秀なものでしてね。砂嵐の中でも充分蓄電できるんですよ。運よく晴れていたら、一晩分程度なら二時間ほどで」
「へえ、それは便利だな」
「でしょう? ……で、どうです?」