EP01 ◆ 火星のコンビニ #05
「へぇ。それは興味深いですね」とカバネが相槌を打つ。「ステルスマントかぁ。オレに合うサイズがあれば欲しかったなぁ。役に立つだろうに」
アマネもうなずいた。
「まったくな。俺も、カバネ向きの装備だと思ったよ。で、これな、脛から下はマントから出ているのに感知されない。そして手首まで出しても感知されないが、肘まで出した時は『頭』と『腕』がある、と表示されている。店の売り子は試作品だから光学迷彩が動かないのかもと言ってたが、この完成度を考えると試作品ではない気もする」
「売り子じゃなく、彼はあの店の店主だったと思いますよ? 若く見えたけど、金持ちに流行りの部分美容再生という処置を顔だけやったんでしょう。手は皺だらけでしたから」
「再生技術が一般まで降りて来てたのか? 初耳だ」
アマネは眉間を寄せる。「そういった技術面のニュースは送ってくれるように頼んでいたんだがな」
「美容再生は根本治療にはならないです。臓器の再生よりも簡単だという話もありますから、重要なニュースではないと判断されたのでしょう」と口を挟んだのはムクロだった。
「ところで、アマネは何故これが試作品でないと?」
「ああ、うん」
アマネは我に返ったような表情で相槌を打った。
「試作品にしてはサイズがね。速やかに実用性を求めるなら、せめてカバネが着られるようなサイズで作る筈だからね」
ムクロはモニタを覗き込み、首を傾げた。
「そう言われればそうかも知れませんが……製作者がものぐさだっただけでは?」
「だって、誰がこれを着て試すんだい? 俺はもちろん無理だし、カバネに対しても少し小さい。だからこれは最初から子ど――」
ムクロの鋭い視線に気付き、アマネは慌てて言い直す。
「えっと、ムクロのように小柄な人物がモデルとなったのか、元々そういった人物のために作られたものだったと思うんだ。だがこれを売ってた店にはこれが合う体型の人間はいなかったし、地域の住人も小柄な人種というわけでもない。つまりよくわからないで盗品を仕入れたのか、もしかしたらあいつらがどこかから盗んで来たんじゃないかと――いやぁ、ぼったくられたんじゃなくてよかったよ」
連れの二人は互いに視線を交わした。
アマネがよくわからないガラクタを買い付けるのはいつものことで、今回はたまたま『当たり』を引いたが、そうでない場合は余計な荷物が増えるだけなのだ。
彼らの視線の意味を感じ取ったのか、アマネは肩をすくめた。
「わかってるわかってる……こんな幸運はそうそう続かないだろうってのはね。まぁ今回はたまたま、ムクロのマントを新調するタイミングだったから」
「でも僕にステルスが必要な状況なんて出て来るんでしょうか?」
ムクロはマントを脱ぎ、両手で広げてしげしげ眺めた。
「そりゃぁ俺にもわからんよ……まぁなんにせよ面白いものだ」
そう言うとアマネはまたラーメンをすすった。
ムクロは火に掛けてある鍋に視線をやる。カバネが待ち時間に三人分のスープを用意していたのだ。
「アマネ、ラーメン二つ分のスープを飲んでしまったら、こちらのスープは飲めなくなりませんか?」
ラーメンのスープを飲み干したアマネは、大きく息をついた。
「あぁ、なんなら俺の分もスープを食ってもいいぞ?」
「そういう意味ではありません」
「そうか、それじゃあ……」
苦笑したアマネは、すっと表情を引き締めた。
「あと二十分ほどで到着するらしいお客さんに出してもいいんじゃないかな」
急に声をひそめてそう言うと、ムクロたちの顔を見回す。
カバネも声を落としてこたえる。
「武器らしき装備はなさそうですが、陽が落ちてから単独行動をする民間人がどれだけいるのか……ですね」
「じゃあとりあえず、僕はこのスープをいただいていますね」と、ムクロはため息をついた。
「その中にさっきの麺を入れてみたらどうだい?」
カバネが軽口を叩くと、ムクロは鋭い視線を返す。
「カバネも味見してみたらよかったと思いますよ。シチューライスが許せても、クリームラーメンは僕の舌には合いません」
カバネは一瞬目を丸くしたが、愉快そうにくつくつと笑う。
「そんなにはっきり拒絶しなくても……俺はこれ、旨いと思ったんだがなぁ」
アマネは空になったカップを手にしたまま、情けない表情になった。
* * *
さり、さり、と砂礫を踏む足音はほぼ規則正しく、しかし時々何かに足を取られるように乱れた。そしてその足音が着実にこちらへ向かっていることを、アマネたちは理解していた。
アマネたちがいる場所は周囲よりも一段高い丘になっており、しかも火をおこしているため隠れようがない。だが、隠れる必要は誰も感じておらず、そのまま食事を続ける。
「あのう……」と、やがて声が聞こえた。
「この通り、武器は携帯しておりません。必要なら身分証も見せますが――少しだけ、一緒に休ませていただいてもよろしいでしょうか?」
その言葉は日本語ではなく、英語を元にした『新しい共通語』と言われる言語だった。アマネたちは今初めて声の主に気付いたという様子で振り返る。大きな眼鏡を掛けた、やせぎすの貧相な容姿の男が、両手を挙げて立っている。
その姿は多少演技過剰だが憐れを誘うもので、アマネは呆れながらも曖昧に笑顔を作った。
「どうぞ、こちらへ来て火にあたってください。丁度食事をしていたところなんですが――どうです? 簡単なスープですけど、身体は温まりますよ」
アマネも共通語でこたえる。
「それは助かります」
喜色を浮かべた男はいそいそと火に近付き、向かい合っているアマネとムクロの間に自分の簡易椅子を広げた。
「随分準備がいいんですね。旅慣れておられる?」と、カバネが興味深そうに問う。
「ええ、私はひと所に長くいるとどうしても飽きが来てしまうので。ふらっと旅に出ては新たな街や人に出会う、という生活を長年続けているのです」
アマネからコーヒーを受け取りながら男はにこやかにこたえる。
大人が質問すると無意識に身構えるような相手でも、カバネやムクロのような年下に見える人間が興味本位という様子で質問すると、存外簡単にこたえてくれるものだ。