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EP03 ◆ きみの面影 #14

「==単なる餓死とも違うなぁ。I・B中毒患者の末期はこんな風なんだろうか」

「==パオの話では、身体が常に燃焼状態になるということでしたが」

「==あぁ……だが実際、マウスやラットでの実験結果を見せてもらったわけじゃないからなぁ」

 しばし沈黙が流れる。

 哀れな女性を思いやるような感傷は、任務に不要だ。だが彼らは――特にムクロは、シェリーに対する憐憫を抱かずにはいられなかった。


 やがて、ムクロは大きく息をつくと肩をすくめて相棒を見た。

「==でもどうしましょうか。アマネの真似をしたら、うっかり殺してしまいましたね。慣れないことはするものじゃないです……腕はもっと上向きに折り曲げるべきでした」


 アマネの真似――そう聞いて、カバネは戦争末期の出来事を思い浮かべた。まだアマネが()所属の曹長だった頃のことだ。

 その後ムクロはこの任務に就くため、自衛の手段をアマネに()い、護身術をいくつか授けてもらっていた。


「==そういえば、彼の本名も訊いていませんでした」

 ぽつりとムクロは呟く。ウェイターはレオと呼んでいたが、売人が本名を名乗っている可能性は低い。

「==こいつも(ヤク)中だったんだろ? きっと事故で処理されるさ」

「==売人が商品に手を出すようになったら、おしまいですね」


 もしもこの男が薬物中毒ではなかったとしても、そのように処理されるであろうことが、彼らにはわかっていた。

「==でも始末書は書かなきゃいけないかもなぁ」

 カバネがニヤニヤしながら言うと、ムクロは頬を膨らませた。

「==そうなったら、カバネがぐずぐずして降りて来なかったことも書きますね」



 男と対峙していた時、ムクロはキャットウォークにカバネが潜んでいることに気付いた。それ以降は、相棒が飛び降りる場所の確保と男の注意を自分に集中させること、そして自分の身を守るのも同時にしなければならなかったのだ。


「==いや、この狭い部屋でってのもよ……ってか機嫌直せよぉ。ジェラートでも奢ってやっからさぁ」

 もちろん、ムクロにもタイミングが難しかったことはわかっている。カバネの加勢がなければ、今倒れているのはムクロ自身だったかも知れない。

 だからこのやり取りも、彼ら特有のじゃれ合いに過ぎなかった。


 ムクロは微笑みながらカバネを見た。

「==それなら、駅前の広場にいるトムおじさんのお店がオススメです。三軒ある中で一番味が濃くて舌触りも滑らかでした」

「==三軒って……まさか昨日、全部喰って廻ったのかよ?」

 カバネは呆れ顔になる。


「==当然でしょう? いえ、一応昨日は三軒とも廻りましたが、その時はイチゴと一緒だったので、二人で二種類ずつ食べ比べをしただけですよ。でも途中でイチゴがお腹いっぱいになってしまったので、期間限定のフレーバーをふたつほど食べ損ねてしまったんです」

「==まぁ……いいけど。でもそのナリで行く気か?」


 どこをどう通って来たのか、ムクロの服は埃や草の汁で薄汚れており、異臭すら放っている。

「==やっぱり一度、着替えに戻った方がいいでしょうね」

 ムクロも顔をしかめてこたえる。だがホテルに戻ってしまえば、また出掛けるような気力は湧かないことも自覚していた。


 * * *


 翌日、バスターミナルへ向かう途中に広場へ立ち寄り、カバネは約束通りジェラートを奢った。もちろん、イチゴにも。

 そしてムクロはイチゴのためにチュロスを買った。昨日は結局、買うどころじゃなかったのだ。


「へえ、塩キャラメルなんてのがあるんだ……しょっぱいのかな?」

「塩気もありますけど、基本甘いですよ。アイスクリームですが食べたことがあります」

 ムクロはラムレーズンのジェラートを頬張りながらカバネにこたえる。イチゴはまたストロベリーチーズケーキをもらって嬉しそうだ。


「バスに乗る前に食べ終わるのか? それ」とアマネは呆れ顔だったが、止めはしなかった。


 昨日、陽が落ちてからようやく戻って来た部下たちは、シャワーを浴びるのが精いっぱいで、夕食もあまり喉に通らない様子だった。何があったのかは先に一報を受けていたが、班長(アマネ)の顔を見て緊張がほどけたのだろう。

 カバネも内偵のみの予定だったため、充分な装備ではなかったのだ。


 イチゴの手前もあり、アマネは報告を後回しにさせた。

 関係機関への手続きだけは済ませてある。あとは専門家に任せておけばいい。部下たちの話は、彼らが落ち着いてからゆっくり聞くのでも問題はない。

 これまでもっと悲惨な体験をしていたはずだが、今回は何か思うことがあったのだろう、とアマネは判断した。



「荷物は車体の下に格納するらしいぞ」

 車高の高いバスを眺めながら、カバネがイチゴに耳打ちする。

 イチゴは真新しい赤いチェック柄のトロリーバッグに視線を落とした。

「……預けなきゃ、だめ?」

 バッグには着替えや絵本、文具。そしてベリーヌを出る時に身に着けていたポシェットと、アマネたちからの誕生日プレゼントなどが入っている。

 今着ているのはあの時のワンピースだ。


「座席の下でもいいんじゃないか?」とアマネが助け舟を出す。

 イチゴはカバネがニヤニヤしているのに気付いて頬を膨らませた。

「カバネ、あたしをからかったんだね?」

「嘘は言ってないさ。それより早く食べなきゃ。ジェラートが溶けて服に垂れちゃうぜ?」


 イチゴたちの様子を眺めながら、ムクロはワッフルコーンを口に放り込んだ。

「僕は……泣かないという自信がありません」と(z)(i)(p)で呟く。

 バスに乗ってしまえば、たとえ寝ていてもセント・ルーシーへ着く。つまり、イチゴと別れるためのカウントダウンは既に始まっているのである。

 カバネは一瞬顔を上げるが、そのままイチゴへ視線を戻す。


「そのままってことはないんじゃないか?」

 アマネはそう言って、ムクロの頭に手を乗せた。

「少なくとも、まだその時じゃない。先のことを考え過ぎても意味がない。そうだろう?」

「……そうですね」

 ムクロは目の縁を少し赤くしていたが、それでも笑顔になった。


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