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EP03 ◆ きみの面影 #12

 ムクロは答えず、肩をすくめて見せた。

「あなたには関係ないでしょう――シェリーに会わせてくだされば、報酬をお支払いします、と言ったはずです。たとえそれが僕の探している人でなくても、という条件もお伝えしました。それ以上何を望むんです?」


「いやぁ……シェリーの身内ってんなら、色々あるかも知れねえじゃねえか。積もる話とか、連れて帰りたいとか……」

 男はまた急に弱気な声を出す。ムクロの機嫌を損ねると、報酬を得られなくなると考えたのだろう。

「もうだいぶ歩いたと思いますが、まだなんです?」

 ムクロは男の雑談にはこたえず話題を変えた。


 最初の路地に入ってから既に十分以上歩いていた。迷路のような路地を右へ左へ曲がり、時には建物の中を通り抜け、男は文字通りムクロを連れ廻している。

「もう少し先だ」

 男は片頬を歪めてこたえる。ヤニで染まった犬歯が目に入り、ムクロはかすかに眉を寄せた。今はタールレスの煙草が当たり前なのに歯が染まっているのは、非正規品の煙草を愛飲しているのだろう。


 シェリーがいる所へも、本当ならもっと単純なルートで行けるはずだ。

 多分、どこをどう移動しているのかわかりにくくするための小細工だろう。

 ムクロは自分の現在地を把握するのが得意ではない。だからこんな回りくどいことをしなくても問題はないのだが、男がそれを知る由もなかった。


 * *


 更に数分歩いてようやく辿り着いたのは、小さな倉庫を改造した建物だった。

 中に入ると思いの(ほか)広い。少し高めの天井付近にはキャットウォークが縦横に巡らされている。

「シェリーはどこです?」

 通って来た路地も決して明るいとは言えなかったが、この中は更に暗い。窓がほとんどないため、外の光が入らないのだ。

 ムクロは目を凝らしたが人の気配は感じられず、生活感もまるでなかった。


「あぁ、さぁなぁ……この時間は以前なら散歩に出てたり昼寝してたり……でもあれからずっと引き籠もっちまったからなぁ」

「彼女に何かあったんですか?」

 ムクロはもどかしい思いを抑えつつ問う。

「あぁ……だから、『(アイス)(バーン)』だよ。そいつのせいなんだ」

 男は壁際にある机に向かい、並べられている写真立てのひとつを手に取った。


 時間稼ぎだ、とムクロは思った。

 何か、シェリーとすぐに面会させるには不都合があるのかも知れない。

「痩せる薬と太る薬があるのはわかるだろう? I・Bは痩せるのさ、ものすごい勢いで。食っても食っても肉が付かねえから、本来はダイエット薬として売り出される予定だったんだ」

「そんな話はどうでもいいです。僕は薬を買いに来たんじゃない。シェリーに会いに来たんですよ?」


「あぁ、わかってる。ただ、シェリーに会う前に覚悟をしといた方がいいかと思ってさ――シェリーならそっちの小部屋だ。ここで一番陽当たりのいい部屋で、あいつのお気に入りだったんだ」

「それを早く言ってください」

 ムクロは男に背を向けて小部屋へ向かう。

 カチャリ、と硬質な音が背後で鳴った。男が写真立てを置いたのだろう。


 小部屋の入り口にはドアがなく、大小のパーツで作られたモビールがカーテンのように垂れ下がっている。

 ムクロはそれをかき分けて部屋の中を窺った。シャリシャリと軽い音が鳴る。

「シェリー? 初めまして、僕は――」

 部屋に踏み込んだムクロの言葉は途中で途切れた。



「どういうことなんです?」

 誰に問うでもなく発せられた呟きは、目の前の光景が信じられないからだった。


 二・五メートル四方ほどの小部屋は、確かに陽がよく当たるのだろう。

 壁一面にビーズや貝殻、そして薄い半透明のパーツや透かし織りのリボンのような生地で作られたモビールが吊られていた。それらがきらきらと光っている。

 奥の角には、部屋に対して大き過ぎる机があった。

 机上にはデザインを描き散らした紙が数枚と、作り掛けらしきモビール。パーツや工具が無造作に置かれている。


 机と対角の隅には簡素なベッドがあり、シェリーはそこにいた――ただし、もう生きてはいないことが、ひと目でわかる状態だ。


「まるで()()()か即身仏じゃないですか……」

 大きな枕を二つ重ね、もたれるように座っている。片膝を軽く立て、両手は身体の脇に垂らし――シェリーと思しき人物は、その姿勢のまま絶命していた。

 ベッドサイドテーブルには貝殻で飾られた写真立てがあった。ムクロをここに連れて来た男と銀髪の女性が、幸せそうな笑顔で並んでいる。

 彼女がシェリーなのだろう。

 しかし目の前の木乃伊からは生前の彼女の姿を連想できなかった。



「――俺は止めたんだよ」

 暗い声が部屋の外から聞こえた。ムクロは思わず身構える。

「そこで止まってください。入って来ないで」

 しかし男はモビールカーテンをかき分け部屋に踏み込む。その足取りは重い。


「シェリーはモビール作家だったんだ。まぁ、見りゃわかるだろうけど……モビールだけじゃなくアクセサリーも作ってた。結構いい値で卸してたんだぜ? 寝ても覚めてもモビールとアクセサリーのことしか頭にないみたいで、次々デザイン案が浮かぶんだってよ。俺といる時もノートを手放しゃあしない。それでも俺はあいつが好きだった。俺たちはずっと順調だったんだ――あいつがスランプに陥るまでは」


「そこで止まってください。話は聞きますから」

 男の手には細く小さなピストルのような物が握られていた。

 一見おもちゃにも見えるが、ムクロにはそれが家庭用の無針注射器であることがわかっていた。

 ムクロが一歩退()がると男は一歩進む。そのたびにシリンジの透明な液体が揺れる。液体の成分は――この状況で想像の余地はないだろう。


「あいつを愛していた。モビールが作れなくなったって、あいつはあいつなんだ。金を稼げないというなら、俺が今まで以上に稼げばいいだけだ……そう言ったんだが、あいつは『金の話じゃない』と」

「それで……シェリーが薬に手を出すように?」

 ムクロが用心深く問うと、男の足が止まる。

 何を思い出したのか、苦いものを無理に飲み下そうとするように顔が歪んだ。


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