EP03 ◆ きみの面影 #10
昨日食べたパンケーキやジェラートが描かれているページをめくる。
ムクロはまっさらな紙にパフェのイラストをスラスラと描いていく。簡単なイラストと共に書き込むのは、店の名前、メニュー、価格。そして食べた感想――それはムクロが『生きている』ことを記録するノートでもあった。
お茶のお代わりを勧めに来たウェイトレスが、興味深げにノートを眺めていた。
カフェを出たムクロは広場へ向かった。
途中でワゴンを見付け、マシュマロとフルーツとクッキーをトッピングしたクレープを買い、また歩き始める。
広場の手前には、ムクロが昨日人違いをされたカフェがある。その店を少し通り過ぎて、クレープを食べながらしばらくのんびりと人通りを眺めていた。
クレープを食べきった頃に、ゆるい坂道を上って来る男の姿を視界に捉えた。ムクロは小走りで男に近付いて行く。
「あの、すみません」
声を掛けられた男は初め、自分のことだと思わなかったらしい。そのまま目の前を通り過ぎようとした。ムクロは慌てて男の前に回り込む。
「すみません。僕のこと憶えてますか?」
「な、なんだ?」
男は一瞬うろたえたが、ムクロの姿を見回して鼻を鳴らした。
「なんだ、昨日の――あん時のツレのガキはどうした? お前ひとりなのか?」
「ええ。僕、あなたに訊きたいことがあったんです。お時間、いいですか?」
男はムクロをジロリと見る。少しの間何か考えている様子だったが、やがて口を開いた。
「訊きたいってのはシェリーのことか? やっぱりお前あいつの知り合いなのか」
どうやら男はあの時、酔っていても記憶は確かだったようだ。そして今日はまだ素面らしい。
「知り合いかどうかはわかりません。でもそのかたは、どこに行けばお会いできるんでしょう?」
ムクロはじっと男を見つめる。昨日の台詞が思いつきのナンパでもない限り、可能性は残されていると考えていた。
通行人が時々、ムクロたちに不思議そうな視線を向けている。
ムクロは意に介していないが男の方は気になったらしい。素早く左右を見回す。なにしろ男とムクロは親子ほど年が離れているように見えるのだ。それに服装のタイプもまるで違う。
要するに、不釣り合い過ぎて人目を引くのである。
男は顎でムクロに合図して通りの端に移動した。往来の中央で立ち話するのは具合が悪いのだろう。
「あいつがどこにいるって、そりゃぁ……いや、あんたみたいな子どもが行くような場所じゃねえよ」
男は両手を上着のポケットに突っ込み、声をひそめた。
どうやら男は、ムクロをシェリーとは合わせたくないと考えているようだ。
「娼館とか、そういった場所ですか?」
ムクロはそう訊ねながら、男の視線が彷徨っているのを観察していた。
男の視線が一瞬ムクロに向いた。その中に小さな怒りを見て取って、ムクロは問い掛けが間違っていたことに気付く。シェリーは娼婦ではないらしい。
「いや……それよりも悪い」と、男は視線を落とし、背中を丸める。
ムクロはもうひとつ用意していた質問を投げ掛けた。
「ひょっとしてそれは、あなたが『クリスタル』の売人であることと関係ありますか?」
弾かれたように顔を上げた男は、今度こそ顔色を変えた。
「何故それを……誰から聞いた?」
だがその反応を見て、ムクロは呆れてしまった。
なんの確証もない誘導尋問かも知れないのに、この男はいとも簡単に乗せられたのだ。大丈夫なのだろうか。
売人といっても組織ではかなり下っ端――ひょっとしたら個人的な知り合いから流してもらって細々と捌いている程度なのかも知れない。
「あなたから甘苦いニオイがするんです」と、ムクロは小声で説明した。
昨日絡まれた時に男が酒臭かったのは事実だが、それ以外の臭いもムクロの鼻は感じ取っていた。蜜のように甘い、しかし同時に喉の奥にえぐみを感じ、鼻の奥が痛くなるような妙な臭いである。
それがなんの臭いなのか、ムクロにはすぐにわかった。
以前、西亜自治連合内のとある自治区でのミッションで情報屋に薬の売人を使ったことがある。その男が同じ臭いをまとっていたのだ。
浅黒い肌に黒い髭を蓄えた男はまだ若かったが、薬でひと財産を築き独自のコミューンを形成していた。
だが昨日は気付いていても指摘できなかった。イチゴが一緒だったからだ。男の背後関係も不明なため、穏便に済ませる努力をした。
ムクロは昨日のうちに必要な買い物を済ませると、やり過ぎかと思いつつ、イチゴをあちこちに連れ廻した。
翌日、イチゴが出掛けたくなくなるようにだ――そしてまんまと、今日の彼女は留守番を希望したのである。
だが万が一、イチゴも来ると言ったらその時点で、ムクロは男との接触を諦めるつもりだった。
気の済むまでスイーツのはしごをするのもいいかも知れないと考えていた。
ムクロの指摘に、男の表情が引き攣る。この調子ならシェリーと引き合わせるよう促すのもさほど苦労はなさそうだという確信が、ムクロの胸に広がる。
「わかりますよね。クリスタル特有のニオイです。でも常習者の場合は苦いニオイはなく、甘酸っぱい体臭にタールのようなべとついた――」
「それ以上ここでその話をするんじゃねえ」
男は低く、脅すように言ってムクロの話を遮った。
だがムクロは恐怖を感じない。主導権を得ているからだ。
「あぁ、別に通報するつもりなどないんです」
あくまでも丁寧な口調で、穏やかな表情で、ムクロは男と向き合う。
「だた僕は、シェリーの居場所を訊きたかっただけなんです。ここに滞在できるのも今日までですし――どうでしょう? 知っているのなら、僕を連れて行ってくださいませんか?」
男は改めて、ムクロをジロジロと眺め回した。
今目の前にいる銀髪の人物を、『見た目通りの子ども』ではなさそうだと判断したらしい。
やがて肩をすくめると、ついて来るように顎をしゃくった。
「しょうがねえなぁ……どうなっても知らねえぞ?」




