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EP03 ◆ きみの面影 #04

 イチゴが頬を膨らませる。

「もう! まだ中性体同士じゃない。そんなに意識しなくてもいいよ?」

「しかし、けじめは必要ですし」

「そんなのは、あたしが()()()になってからでもいいでしょ?」


「どうすんだ? 運ぶ? 戻す?」

 カバネが腰を伸ばしながら二人に問い掛けた。


「戻して、カバネ」

「運びます」

 イチゴとムクロは同時に言ったが、イチゴは口を尖らせた。

「なんでよ、ムクロ!」

「いや、だって……」

「ムクロは男の子になる予定なの?」と、イチゴは詰め寄る。

「え――いえ、特にどちらとは考えてないんですけど……」


 どうやらムクロが考えているほどには、イチゴは気にしていないようだ。

 シャワーや洗髪に関して「ひとりでできるように練習する」という話には納得したが、扱いを急に変えられるのは同意できないらしい。


 一方のムクロは、知り合ってほんの二、三週間ほどとはいえ、積極的にイチゴの世話をして来た。

 今後のことを見越して『イチゴ離れ』を決めたにしても、寂しくないわけはないだろう。更に女性として扱う決心もつけたというのに、当の本人に真っ向から否定されてショックを受けているらしい。



「あのな、ムクロ」と、それまで静観していたアマネも見かねて、声を掛けた。

「イチゴの言葉にも一理あるぞ。意識し過ぎはかえって失礼になる場合だってあるんだ。イチゴが将来の性別をどちらにするかということより――仮に、イチゴが今現在女性だったとしても、性別より先にイチゴという(いち)個人だからな。それを忘れちゃいけないと思う」


 ムクロははっとした表情でアマネを振り返った。

 そして目を伏せると右手の親指を口許に当て、爪を噛むような仕草をする。

「そうでした。とても重要なことです……イチゴはイチゴなんですよね。僕は特に、それを忘れちゃいけないんです」

 ムクロは自分に言い聞かせるように呟いた。


「いや、だからそう気負わず」とアマネは苦笑したが、ムクロは首を横に振る。

 それからイチゴに向かって柔らかく微笑み掛けた。

「そうですね、僕が間違っていました。一緒に寝ましょう、イチゴ」 

「うん? ――うん。よくわかんないけど、よかった」

 イチゴは子どもらしい納得の仕方で笑顔を返した。


 * * *


 翌日、彼らは二手に分かれて宿を出た。

 うきうきした足取りでバス停へ向かうムクロとイチゴに対し、アマネについて役所へ向かうカバネの表情は、隠しきれない不機嫌を滲ませている。

 昼食に釣られたことを後悔しているらしい。


 アマネたちは徒歩移動だった。

 宿のある地域から都心部へは、普通の人なら一時間前後掛かる距離だったが、彼らはその約半分の時間で到達する。

 黙々と歩き、目的地に着く頃になっても、まだカバネは口を尖らせていた。

「そういじけるなよ」とアマネは苦笑する。「ムクロについて行っても甘味巡りに付き合わされるのがオチだろう?」


「まぁ、オレは()()()ほど甘いものが得意じゃないですけど、でもやっぱり、土地の料理を喰いたいじゃないですか」

「料理なら、ここもマーシーもさほど変わらんさ」

 慰めるように言って、アマネは最後の信号を指さした。「あの信号の左に見えてるのが今日行くビルだ」

 カバネはちらりとビルを見上げて、興味なさそうにため息をつく。信号の色が変わり、二人は道路を渡った。


「でも、隠れ家的なレストランとか、あるかも知れないじゃないですか?」

「お前が隠れ家的な言い出したら、本気で口コミのみの評判を探すだろう……調べるだけで何日掛かるんだ。カフェやワゴンを探すのとはわけが違うぞ?」

 アマネは呆れ顔で役所の入り口をくぐった。



 ラプツァーの人口は約十六万人。人数的にはベリーヌの約三倍だが、土地の広さは約二倍である。そのため、アパートやマンションなどの集合住宅も多い。

 中心地には高層ビルもいくつかあった。


 もっとも、戦前からのビルの多くは爆撃や人工地震で倒壊している。

 また、残ったビルも無事とは言えないものばかりで、ほとんどが安全のため撤去された。

 今ある高層ビルはすべて戦後建てられたものである。

 とはいえ、十階建て前後のビルは両手で足りるくらいの数で、一般的には五、六階分もあれば『高層』と言われる。


 その中でも役所――中南欧(CaSE)自治()連合()ラプツァー市総合庁舎は、ひと際高い十二階建てだった。


 一般人が自由に出入りできるのは三階までのフロアで、それ以上はID確認のセキュリティゲートを通ることになる。

 四階以上に入れるのは、同じ自治区に所属するラプツァー周辺の市や町、および他の中南欧自治連合の官吏や職員。

 他には『現役』と呼ばれる、元軍人で公共機関に勤めている公務員的な人物。それから、他の自治連合の中央機構(セントラル)関係者などだ。


 一般人は事前に許可証を申請し、発行されなければ通れない。

 九階以上のフロアは更にセキュリティが厳重で、DNA照合と特殊警備員によるチェックが義務付けられている。


 アマネたちはFE()AU()の中央機構所属IDを所持しているため、四階から八階までは出入り可能である。

 各自治連合の中央機構同士を結ぶ直通回線は、六階にあった。

 外壁沿いは大小様々な個室で区分けされ、フロアの中央には会議用の広い部屋が三つある。

 彼らはエレベーター正面の受付けで手続きをし、少人数用の個室を借りた。部屋は二十四時間単位で借りるため、その間は出入り自由である。


「先に報告(ようじ)を済ませて、それから食事に出よう」

 個室に入り、アマネが備え付けの端末を起動させる。


「日本食は三階にもあるが、四階は一般人や観光客もいないから落ち着くだろう」

 OSのロゴがくるくる回る起動中のアニメーションは実に複雑な動きで、カバネは起動画面を眺めながら問う。

「昼食の前に報告を済ませるなら、それ以降はなんの用事なんですか?」

「それは、昼食が終わってから話すよ」

 アマネは曖昧に微笑んでから、端末の指紋掌紋認証に手を置いた。


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