EP01 ◆ 火星のコンビニ #03
「何かよさげな物は見付かったか?」
倉庫を通って表へ戻ったアマネは、連れの二人に声を掛ける。すると彼らは素早く直立し、同時に首を横に振った。
「そうか……今までも、たとえほとんど瓦礫の状態でもめぼしいものは持ち去られた後だったもんなぁ」
建物内の床には所々、明らかに何か大型の生物の――おそらく人間の――血の跡があった。引きずったような痕跡も見られる。
「この辺りはまだ状態がよかっただけに、尚更人が殺到しただろうなぁ」
死体が残っていないということは、知り合いが引き取って行ったのか、もしくは死体も残らないほどの……と、そこまで考えて、アマネはその先を想像するのをやめた。残っていた食料などの物資を巡って刃傷沙汰になるのはどこでも同じだ。
「そろそろ外に出よう――今日の任務はこれで終了だ」
建物を出て、ここで野営することをアマネが伝えると、彼らは早速風の方向を確認して火を熾した。まだ周囲は明るいが、遥か遠く山々の稜線の向こうに太陽が沈み掛けている。火を熾すのに早過ぎることはないのだ。
彼らは改めて建物の外観を眺めた。その建物は元は四角く、少なくとも二階建て以上であったことが伺える。半壊状態だったが、壁の一部が二階部分もあったことを示唆していた。
壁の端にはプラスティック製の看板の欠片が残っていた。白をベースとした看板はこの建物の特徴的なサインとして、当時は周辺の住人に馴染み深かっただろう。
かろうじてこびりついているカラフルな色の欠片と、建物自体のカラーリングで、それがかつて『コンビニ』と呼ばれていた建物であることは三人とも知識として知っていた。
だが実際営業していたコンビニに寄ったことがあるのは、年長者であるアマネのみで、連れの二人はこれが実際初めて目にする『完全な瓦礫ではない』コンビニだった。
「もっと楽しそうなところかと思っていました」
バンダナとマスクを外したひとりが言った。背の高い方だ。暮れ掛けた陽の光に茶色のくせ毛が照らされている。
その声は声変わり直前の少年のようで、子どもの声というにはほんの少し低く、ハスキーがかっていた。
「楽しいも何も、つまりは店舗なのでしょう?」と、もうひとりの声がする。先ほどの少年めいた声の主よりも高く、どちらかというと少女を思わせるような声色だった。
少しくぐもっているのは、その人物がまだマスクをつけたままだからだ。
「楽しい、か……商品を見ながらの買い物ってのは実際楽しいものだし、昔のコンビニには常に情報や菓子が溢れていたから、カバネの言うことは正しいと思うぜ」
アマネもマスクを外しながらこたえる。
「空気は平常だ。もっとも、平常ではあるが少し埃っぽくもあるんだが――ムクロもマスクを外していいんだぜ? 少なくとも夜の間は砂嵐も治まるようだし」
ぷはっと息を吐いてアマネは背伸びをする。ムクロと呼ばれた小柄な人物は一瞬ためらいを見せたが、結局アマネたちに倣ってマスクを外した。
押さえつけられていた銀髪が解放されてサラリと揺れる。肩に掛かるくらいの長さで切り揃えられた真っ直ぐな髪は、気の強そうな緑色の瞳とよく合っていた。
キャンプの準備が整うとムクロが早速湯を沸かし、インスタントのコーヒーを淹れる。
アマネはコーヒーのカップを受け取りながら話し始めた。
「こないだからスキャナの調子が悪いんだ。テトナの街に着いたら修理屋のパオに見てもらおうと考えてる。お前たちもそれまでに自分の持ち物をチェックしておくといい。何かあればついでに見てもらうから」
「パオさん、今はテトナにいるんですか?」
ムクロが顔をしかめた。
「あいつは俺らが立ち寄りそうな大きな街に先回りするのが趣味なんだよ――でも何故そんな顔をするんだ? いつも随分可愛がってもらってるじゃないか」
修理屋のパオはアマネたちの古くからの馴染みで、彼らがこの旅に出る前から個人的に親しくしている、数少ない民間人のひとりだ。
昔で言うところの中国系米国人で、機械いじり以外には食べることが好きなため少し肥満気味ではあるが、それについて指摘されるたびに「これはシモフリの上等な肉だぞ」と言い返して来る。
彼はカバネとムクロが――特にムクロが可愛いらしく、会うたびにムクロの好物であるケーキやアイスクリームなどを作ってもてなしてくれる。甘いものが苦手なアマネには、食事の代わりにもなる甘くないパウンドケーキを用意するという、心遣いも忘れない。
商売に関しては厳しく、時に辛辣な言葉を投げられることもあるが、それだけ彼らは信頼し合っているのだった。
「可愛がられ過ぎですよ……彼、会うたびに僕にプロポーズするんですから。養子というのならまだ理解できなくはないですけどね、彼、もう三十二ですよ? 何を考えているのやら」
アマネは一瞬きょとんとしたが、直後に失笑する。ムクロはますます頬を膨らませ、そっぽを向いた。
パオはアマネよりも上背があり、百九十センチ近い。そして肥満――本人曰く、シモフリの――体型のため、スモウレスラーとまではいかずとも、プロレスかアメフトの選手をしてたのではないかとよく言われている。
対してムクロは百五十センチにも満たない華奢な体型である。仮に彼らが親子と言われても戸惑う人が多いだろう。
「オレ、あいつはいいやつだと思うけど、親にしろ夫にしろ、ムクロの相手は務まらないような気がするんだよなぁ……」
ぼそりと呟いたカバネを睨みつけ、「いつもいつもみんなで好き勝手言って! 僕はまだ任務中だというのに!」と更に膨れながらムクロは立ち上がり、建物の方へ向かった。
「いや、笑って悪かったよ――ってか、どこに行くんだ?」
「もう一度何かないか調べて来ます!」
「おいおい、もう暗いのに……じゃあ俺も一緒に行こう」
アマネはゴーグルを手にして立ち上がる。
「子ども扱いしないでください!」
反抗期の子どもってのはこんな感じなのだろうか、という想像がアマネの脳内をよぎり、また口許が緩みそうになって慌てて引き締める。