EP03 ◆ きみの面影 #03
* * *
「それで、次のチケットは、いつのが取れたんです?」
イチゴの機嫌が直ったのを見てから、ムクロは改めて問う。
「三日後だ」
「三日? 何故そんな掛かるんです?」
咎めるような口調に、アマネは肩をすくめた。
「四人分の席がなくてな。この辺りは鉄道が通っていない。つまり、バスを含めた自動車しか交通手段がない。そうなると必然的に、公共の交通機関であるバスを利用しようという人間が多くなる」
「タクシーじゃあ結構な値段になりますよねぇ」と、カバネが口を挟む。
「そもそも、そんな長距離を乗せてくれるタクシーはないだろう」
「じゃあ、三人分の席を四人でシェアすればいいんじゃないかな。それくらいなら明日のチケットでも取れそうな気がするけど」
「おい、常識で考えろ。俺は席をシェアできないぞ」
「……膝に座らせるとか」
自分で言ってその様子を想像したのか、カバネは失笑した。
「怪し過ぎるだろう――待つことも任務のひとつだと思って過ごしてくれ」
アマネはため息をついたが、ふと何かを思いついたように笑顔になった。
「暇なら観光して来てもいいぞ? と言ってもレジャー施設があるわけじゃないが。店は多いからウィンドウショッピングでもよければ――あぁ、ついでにイチゴに地図を見繕ってやってくれ。大きめの本屋なら、子ども用の解説付きのものがあるんじゃないか」
ムクロとカバネは顔を見合わせた。
今の言葉で、チケットが取れなかったのではなく、アマネが滞在期間を調整したことに気付いたのだ。
イチゴはこの先、セント・マーシーの孤児院に預ける手筈になっている。
セント・マーシーは古い学都で書店や雑貨店も数多くあるが、孤児院に向かう前に店に立ち寄れるかどうかはわからない。
だから、あらかじめ準備をさせておくつもりなのだろう。
しかしアマネはこういう場面での演技が下手過ぎた。何も知らないイチゴはともかく、彼と共に長年過ごしている部下たちにはバレバレである。
それでも、なるべくイチゴに引け目を感じさせないように、と彼なりに考えた結果のひと芝居なのだろう。
「わかりました。じゃあ、明日は本屋と、衣料品店と……」と、ムクロが早速メモを取り出すと、イチゴが興味深げに手元を覗き込んでいる。
「本屋さんはわかるけど、お服屋さん?」
「ここは流通の拠点ですからね。いい機会なので、今後イチゴに入り用な着替えや小物を最低限揃えておこうと思うんですよ。どうです?」
「あ、そっかぁ」
納得しているイチゴの向こう側で、アマネは安堵の表情を浮かべている。
まったく、世話の焼ける上司ですね――と、ムクロは小さく苦笑した。
ここまでの移動中、イチゴが着替えたのはたった一回。今着ているのと同じ、シンプルなポロシャツだった。
しかしそれはムクロの予備の服である。
イチゴの一張羅でもある可愛らしいワンピースは、汚さないようバックパックの中に仕舞っていた。
現状、彼女の持ち物といえるのは、そのワンピースくらいしかない。
「朝食を終えたら早めに出掛けましょう。まず中心までバスで行って、大きな書店と、文具店と――」
呟いていたムクロの手と口が止まる。
「班長、あの……」
遠慮がちな声が掛かってアマネが視線を向けると、ムクロが目をキラキラさせて彼を見ていた。
「……ん?」
少々たじろぎながらアマネがこたえると、ムクロはちらりとイチゴに視線を向けてからまたアマネに向き直る。
「明日の昼食は……その、自由になりますか?」
「あぁ……そういうことか。まぁいいだろう。小遣いとして支給しておこう」
アマネは苦笑した。だがイチゴはきょとんとしている。
ムクロはイチゴに満面の笑みを向けた。「美味しいものを探すんですよ」
「調子に乗って腹を壊すなよ?」と、アマネは一応釘を刺す。
ムクロはおざなりにうなずいて、イチゴに説明した。
「カフェもありますが、大きめの広場などにはワゴンも出ていると思います。確かベリーヌでもお祭りの時は屋台やワゴンが出るんですよね? ああいったものが、ここでは一年中あるらしいんです」
「うわぁ、ほんと?」
やっとイチゴにも想像できたらしく、途端に目を輝かせる。
荷解きをしていたカバネが顔を上げた。
「オレも一緒に行っていい?」
「もちろん――」
「あぁすまん。明日は、カバネには頼みたいことがあるんだが」
アマネが手を軽く挙げて遮ると、「えぇっ?」と、カバネはあからさまに不満げな声をあげた。
本来、上司の命令にそんな態度を取れば、即罰せられそうなものだ。だが彼らの間でこの程度のやり取りは、日常会話の範疇だった。
アマネも気にした様子などなく言葉を続ける。
「役所へ行くのでついて来て欲しい。ここは直接日本に繋げられる回線がある。前回の任務の詳細報告とデータ送受信をしたいんだ」
「それこそ、ムクロを連れて行けばいいじゃないか」とカバネは口を尖らせる。
アマネは腕を組み、しばし考え込んだ。
「……昼飯をおごるよ。確か同じビルに日本食のレストランが――」
途端にカバネの目が輝く。「そこ、カレーとかラーメンもありますかね?」
「あぁ……まぁ専門店の味ほどではないだろうが、そこそこ旨いはずだ」
カバネの態度の豹変振りに多少うろたえながら、アマネはうなずいた。
「じゃあ行きます」
どうやら機嫌は直ったらしい。
「ではベッドを動かしましょうか――イチゴはこっちの窓際で寝てください」
ムクロは一番窓際のベッドを軽く叩いてイチゴに示した。
「え? いいの?」と、イチゴはうきうきした表情のまま振り向いたが、ムクロとカバネが窓側の部屋からもう一台のベッドを運ぼうとしているのを見て、途端に寂しそうな声を出した。
「ねえ、動かすって……ベッド、そっちに持ってっちゃうの? あたし、ここでひとりで寝るのは寂しいよ。ムクロ、一緒に寝てくれる? ベッドをくっつければ落っこちないよね?」
ムクロはうろたえて手を止めた。
「え? いや、ですから僕は――」




