EP03 ◆ きみの面影 #02
エントランスは温かな色合いのランプで照らされていた。
さすがに同室というわけにはいかないだろう、と部屋を分けるつもりだったが、イチゴが寂しがってごねたため、結局アマネは二部屋続きの特別室を取った。
「特別室? いいんですか?」とカバネが上目遣いと小声で問い掛け、アマネに肘で小突かれる。どうやらよほど、今回の『特別扱い』が気になるらしい。
もっとも、中心にある高層ホテルならいざ知らず、街外れの小さな宿屋である。特別室といっても値段はそう高くない。
「引率も大変ですね」と、フロントにいた女性が同情的な笑顔をアマネに向ける。アマネは曖昧に笑みを返すことしかできなかった。
部屋に案内されると、彼らは荷物を放り出して窓からの景色を眺めた。
アマネたちがベリーヌで借りていた小屋より多少広い程度だが、三階から眺める街並みはイチゴにとっては興味深いものらしい。
窓際でぴょんぴょん飛び跳ねて、やたら歓声をあげている。
「明日すぐ発つんですか?」とカバネが訊ねると、アマネは困ったような表情になった。
「それがな、さっきフロントで確認したんだが、明日のバスはもうチケットがないそうだ」
「チケット?」とカバネは目をしばたたかせる。
「うん? 普通の乗り合いバスで行くと思ってたのかい? セント・マーシー直行のバスに乗るんだよ」
「行けなくはないかと……ほんとに特別待遇じゃないですか。向こうでなんかいいことでもあったのかな」
カバネはからかうような口調でこたえるが、アマネは呆れた表情になる。
「ここから次の街までは三百キロくらいあるんだぞ?」
「三百キロ……路線バスなら、何本乗り継げばいいんだろう?」と言いながら、カバネは地図を広げた。
横からムクロたちも覗き込んだ。バスの路線図が地図上に浮かび上がる。
イチゴは道路を指で辿りながら、困惑の声をあげた。
「ねえここ、路線バスが通ってないよ」
「ほんとだ。途切れてるのか――ってかすごいじゃんイチゴ。地図読むのが上手くなったなぁ」
カバネが褒めると、イチゴは満面の笑みでうなずいた。
イチゴの家にも地図があったが、「仕事で使うものだから」と触らせてもらえなかったという。
そのため、本物の地図を間近で見られるのが面白くてしょうがないらしい。ここまでの道中も、休憩時間のたびに、カバネたちに読み方を教えてもらっていた。
カバネたちが持っている地図は、リアルタイムで位置情報を拾うタイプなので、次々新しい地形が出て来るのにも興味を惹かれたらしい。
「三百キロって直行バスで何時間くらいなんです?」
ムクロの問いに、アマネは顎に手を添えながらこたえる。
「そうだな……平均時速六十キロとしても、途中で休憩を挟むと五、六時間くらいだろうか。実際はそこまでスピードを出せないはずだから、ひょっとしたら七時間か八時間くらい掛かるかも知れないな」
ムクロは少しの間考え込み、おもむろに眉を寄せた。
「あの、逆に確認したいんですけど……初めはそこを歩く予定だったんですか?」
アマネたちのみなら数日で着く距離だったが、行軍になれていないイチゴには一週間でも無理な距離だろう。
ムクロの言いたいことがわかったアマネは、困ったような表情になる。
「いや、そんなわけないだろう――だが、最悪はそうなっていたかも知れない。だからはっきりするまで言わなかっただけだよ」
「オレらだけなら普通に歩きですからねぇ」
カバネがくくっと笑いながら地図をたたんだ。
「ごめんね、あたしのせいで」
「だから違いますってば。僕らのような旅をする者の方が少数派なんです」
ムクロはイチゴをなだめ、カバネに向かっては口を尖らせて見せた。
「まったくだ。イチゴの年齢で、弱音も吐かずにベリーヌからここまでの約百八十キロの距離を歩いただけでも大したもんだよ」
アマネも微笑み、ぽん、とイチゴの頭に軽く手を当てる。
「そうなの? でも途中でトラックとかに乗せてもらえたからだよぅ」
イチゴは褒められて、嬉しそうに頬を赤らめた。
* * *
通り掛かったトラックの男たちに声を掛けられたのは、本当に偶然だった。
ベリーヌを発ってから二日目の午後、空模様が怪しく、アマネたちは道端で雨具を準備していた。
「あんたらどこまで行くんだ? 途中まででいいなら、乗ってくかい?」
そう言ったのは、トラックの助手席に乗っていた男だった。イチゴやムクロに目を留めたのだ。
彼らはラプツァーより北にある町の商人で、アクセサリーやおもちゃなどを仕入れに行く途中だったらしい。
家には小さな子どもがいるのだと、道すがら話してくれた。
疲れた様子を見せなかったイチゴだが、車に乗ってからは三十分ほどうとうとしていた。雨もしのげたのもありがたい。
一時間ちょっと――距離にして四十キロほどを同乗させてもらい、別れ際にアマネは、いくつかの携帯食料とビーズの手芸セット、それから子ども用のカラフルなサングラスを三つ、購入した。
彼らに対するお礼の意味もある。
商人たちと別れたあと、カバネだけは「さすがにオレには子どもっぽ過ぎやしませんかね」とサングラスを荷物に入れたが、イチゴとムクロは身に着けた。
そんな邂逅が数回あったが、ラプツァーに着くまで五日間掛かっている。
急ぐ旅ではないにしても、中折れ帽の男が所属してた組織やベリーヌの町の関係者が、イチゴの行方を探していないとも限らない。アマネたちにしてみれば、ここ数日は気の休まることがない旅でもあった。
アマネが『植物調査』の件と合わせて『人身売買の被害に遭った子どもを保護した』と向こうへ報告したことは、イチゴを運び込んだ小屋の近くでカバネたちも聞いている。
だがアマネたちが所属しているのは、あくまでも日本の組織である。遠く離れた中南欧自治連合の――しかも正体もわからない一組織の動きをどれほど食い止められるのか、アマネたちにはわからない。




