EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #14
アマネたちは手分けして、もう一度各個人データを確認した。
結果的に二十年前、終戦の直前から歓楽街のある街に転出した女性や未分化性は、二百人以上にのぼった。
一番多いのはやはりペルミア。そこは某大国に支配されていた頃から有名な歓楽街があり、実際に他の地域と比較しても女性の仕事も多い。
コービィが言っていたように、就職のため転出した者はそれ以上いたが、健康診断を受けていない彼らの転出先は著しい偏りを見せない。
終戦後数年経つと、徐々に未分化性の転出の割合が増えて来る。
女性の転出者と比較して年齢は若干若く、一番年長の者でも二十二歳、最年少は十二歳だった。これは中南欧自治連合で就職可能な年齢が十二歳以上と定められているからだろう。
アマネたちはこれらのデータを見てうなることしかできなかった。
* * *
翌日、植物の調査を終えて戻って来ると、イチゴが小屋の中で待っていた。
「ごめん、勝手に入って来た」と笑って誤魔化す様子に、アマネたちは安堵する。
ムクロは早速風呂を準備し、当番であるカバネは鶏肉の下ごしらえに入った。
「そういえばこないだイチゴが言ってた、お姉さんのことですけど――」とムクロが切り出した時、イチゴはピクリと肩をけいれんさせた。
「あっ。熱かったですか?」
ムクロは慌ててシャワーをよける。
「ううん、熱くない――お姉ちゃんね、お仕事なくなった」
「あ、そうなんですね」
ほっとしたような、残念なような複雑な心境で、ムクロは相槌を打つ。「じゃあ一緒にいられるんですね。よかった」
しかしイチゴは無言のまま、肯定も否定もしなかった。
「あひははぁ、オェ、はんょうぃらぉ。ゆっはぃぉ」
鶏もも肉で頬をいっぱいに膨らませたまま、イチゴが喋った。
「食べながら喋るのはやめてください……そうですか、十歳になるんですね」
アマネは目を丸くする。「よく聞き取れたなぁ今の」
イチゴは鶏肉を飲み込んだ。「だから明日と明後日は来れない」
その表情は浮かない。アマネたちは顔を見合わせた。
「家族に誕生日を祝ってもらえるんだろう?」とカバネ。
「多分、そう」
「ごちそうが食べられるんですよね?」
「多分……」
「何か困ったことが?」
ムクロが重ねて問い掛けると、イチゴは息を飲む。はくはくと小さく口を動かしたが、結局声にはならなかった。
「では、二日後にイチゴの誕生パーティを開いてもいいでしょうか。といってもプレゼントがあるかどうかはわかりませんが、僕たちでできることなら」
「ほんと?」
ムクロの提案を聞いて、ようやくイチゴの表情が明るくなる。
「じゃあねえじゃあねえ、オレ、タイクタッシェが食べたい。トマトソースと……あと、前にカバネが作ってくれた辛いソースのも食べてみたい」
「たいく……?」
ムクロたちはまた互いに顔を見合わせるが、誰も見当がつかない。
「タイクタッシェ。それでわかんなかったら、マウルタッシェならわかる?」
「ええっと、それは家庭料理になるんです?」
「うん、そう」
「わかりました。調べてみます」とムクロは笑顔を向ける。
「やった!」
* * *
リクエストされたメニューは母親の故郷で作られる家庭料理らしいが、詳しいレシピはわからなかった。といって、イチゴの両親に訊くわけにもいかない。
なので役所に顔を出したついでに、受付の女性に訊ねてみることにした。
「あの男がいるかも知れないから、髪は隠した方がいいだろう」とアマネは提案したが、いい案が浮かばなかった。
「==オレが明日朝イチで古着屋へ行って、キャスケットを買って来ますよ」とカバネが助け舟を出す。
「キャスケット?」
「==帽子です。見たらきっとわかります」
ムクロは笑いながらこたえる。ファッションについての一般常識は、班長の得意分野ではないらしい。
翌日、ムクロはキャスケットで髪をすべて隠して役所へ向かった。ガードを兼ねてカバネも同行する。キャップをかぶり、特徴的なくせ毛を隠した。
「あらいらっしゃい。かわいいわね、それ」
赤毛の女性は、ムクロたちを見て帽子を褒めた。
「おはようございます。あの、実は家庭料理でレシピを教えて欲しいものがあるんですけど」
しかし女性は「あらあら困ったわ。私はもっぱら食べる専門なのよね」と笑いだす。いきなり躓いてしまい、ムクロたちは途方にくれる。
「でも大丈夫よ」と女性はウィンクした。「私の友人は料理がとても上手なの。きっとレシピを知っているわ――コービィ、ちょっと出て来てもいいかしら」
女性は応接室に向かって声を掛けた。
中折れ帽の男が応接室にいたという話を聞いていた二人は緊張したが、コービィはドアを少し開けて顔を覗かせただけだった。
「なんだって? なんの――やあいらっしゃい。きみたちが、何か?」
「この子たちにレシピを訊かれたのよ。それでブラウンの店まで行って来ようと思って」
コービィはドアの隙間からキョロキョロ周囲を見回すと、うなずいた。
「ダイナもいるし、今日はそんなに来客もないだろう――あぁ、ブラウンの店に行くなら、サンドウィッチを買って来てくれないか。ハムとピーナッツバターのふたつだ」
「いつものですね。それからチキンのサラダでしょう? では、行きましょうか、あなたたち」
カバネたちは女性について行った。数百メートル歩いて広場を横切り、町の東の商店街に入る。
「私は時々ブラウンの店でお昼を買うのよ。西の商店街の方が近いけど、彼女の料理が好きで――あぁ、見えて来たわ」
「あ、あの店」とカバネが声をあげる。
「行ったことがある?」
「はい。オレ、ここのホットドッグが好きで、買い出しのたびに食べてます。旨いですよね」
「ホットドッグ? それ初耳なんですけど」とムクロが口を尖らせる。
「あら大変。喧嘩しないでね」
女性は笑いながら店のドアを開けた。




