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EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #12

「店主と話をつける、とは……その、なんだ。ヘッドハンティングということだろうか?」

 アマネはやんわりと濁したのだが、ムクロにはわかっていたらしい。

「==僕はそういう商売をしているように見えるんですか?」

「いや、見えないと思うが……なんなんだろうな。ムクロの容姿を見て()()()と思ったんだろうか」


 言ってしまってから、アマネはコホンと咳払いをする。

 理解はしていても嫌悪感が消えるわけじゃないのだろう。ムクロの眉間と鼻筋にまで縦皺が深く刻まれた。


 アマネは慌てて、話の方向を変えた。

「しかし俺たちのことを知らないということは、ここの町民じゃないかも知れないぞ。店主に話をつけるというのも、ただの捨て台詞という可能性だってあるよな」

「==ああ、そうかも知れません。そういやあいつ、髪色が黒かったな。確か、町民には黒髪はいないんですよね?」


「黒髪?」

 今度はアマネが顔をしかめた。

「==何か思い当たるフシがあるんですか?」

 カバネが問うと、アマネは視線を落とす。「違えばいいんだが、と思っているところだ」


 ムクロはアマネをじっと観察しながらクリームパンを咀嚼していたが、甘い塊を飲み込むと、アマネの顔を下から覗き込むように見つめた。

「班長……ひょっとして、まだ何か僕らに隠してることがあります?」

「か、隠してるって。そんなことは……」

 ムクロに日本語で問われ、明らかに動揺しているのにあくまでもシラを切ろうとする。そんな時のアマネの態度はひどく子どもっぽい。

 ムクロたちは目配せし合って肩をすくめた。


「==それ、不機嫌だったことと関係あったりしますかね?」とカバネが問う。

「不機嫌?」とアマネは首を傾げ、「あぁ! まぁ……そうかも知れんな」と困ったような表情になった。

「==僕たちに話せないんですか?」

「話せないというか……どう話したらいいのかわからないんだ」と、アマネはため息とともに吐き出した。おそらくそれは本音だろう。

 問題は、何故そこまで言い渋るのか、である。


「==聞いたことをそのまま教えてください。大丈夫ですから」

 ムクロの言い方は、ある程度何かを予想しているかのようだった。

 もっとも、アマネのみが不機嫌になるような話なら、それほど言いにくくもないだろう。話しにくい、話せない内容というのは、自分たちに関わることに違いないというのは部下たち共通の考えだった。


「実はだな――その、俺の解釈が間違っているかも知れないんだが」

「==そういう前置きはいいです」

 ぴしゃりと遮られ、アマネは情けない表情になる。


「==多分、ひとりで悩むよりは三人で悩んだ方がましだってことをムクロは言いたいんだと思いますよ。コトワザでアマネが教えてくれたことがありますよね。三つ子の魂でしたっけ?」

「それを言うなら、三人寄れば……の方だと思うな」

 アマネは思わず笑った。

「==そうだっけ。日本語には三のコトワザが多過ぎるんだよな。三本の矢とか……なんにせよ、班長がひとりで抱え込んでたっていいことはないですよ」


「わかった。じゃあ先入観なしで聞いてくれ」

 アマネは改まって椅子に座り直した。

「あの日は俺が不寝番で、通信が来たのが午前二時頃だった――ついでだからどうやって来るのかも言っておこうか。まず俺のデバイスに予告(メール)が来るんだ」

 アマネは左腕につけている腕時計に似たガジェットを指す。

「で、それを確認したら返信するんだが、それから大体二分後に専用の通信回線が開かれる」


「==専用?」

「そうなんだ。ジャミングを必要としない専用回線があるんだ。だがそれは俺しか受信できない特殊な暗号で組まれている。しかも俺は受信するのみだ」


「==音声じゃないんですか?」

「音声じゃない――テキストなんだ。リアルタイムの」

 ふぅ……とカバネはため息をついた。

「==多分オレ、その通信の時に耳鳴りを感じてると思います。数ヶ月に一度くらいの割合じゃないですか? 何が原因かってずっと思ってたけど……今ようやく理解できました」


「あー……すまん」

「==いいです。それで?」

「それでベリーヌ行きを命じられた。『緑化研究事業とそれ以前の植物の分布の差異を調べろ』ってやつな。そしてもうひとつ――これがよくわからないんだが」

 アマネは息をつく。まだどこか迷いがあるようだ。ムクロたちが視線で促すと、意を決したように口を開いた。


「もうひとつは……『あだ花を摘み取る者と対峙せよ』という命令だった」

「アダバナ? どんな花なんですか?」

 カバネには言葉の意味がわからなかったらしい。対してムクロは眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。

「==なるほど。それでアマネは僕たちに言えなかったんですね」

「そうなんだ」


 話が通じているらしいアマネとムクロを見て、カバネは拗ねて口を尖らせる。

「==なあ、なんで花とオレたちが関係あるんだ?」

 ムクロは悲しげな笑顔でカバネに向き直った。

「==カバネ、『あだ花』とは花のことじゃないんです。偽物の花、はかない花、実をなさない花、それから……見た目に結果が伴わないことについても例えられる言葉です」


「==つまり?」

「==アマネにもわからなかったし、僕にもわかりません。でもアマネは多分、『偽物の花』という意味に捉えたのでしょう。偽物の、実をなさない――つまり、男でも女でもない、僕たちのような未分化性を指したのではないかと。()()()でさえ未だに差別されるのです。僕たちのような立場ならば尚更、そう揶揄する者は少なくないですから」


「==オレたちを()()()()者が現れるっていうのか?」

 カバネはようやく仮説を理解できたらしい。しかし首を傾げる。

「==でもムクロはともかく、オレを襲ったところで、捉えられる確率はそう高くないと思うけどな」

「==僕もそう思います。だからアマネは、僕が狙われると考えたんですね?」

 アマネは黙している。それは肯定を意味しているとムクロは判断した。


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