EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #11
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イチゴと食事を共にするようになって数日。調査が予定よりも遅れているのは事実で、アマネたちは振り回されているのを自覚しないわけにはいかなかった。
なにしろイチゴが来ることを考えると、調査も適当な時間に切り上げようという意識がどうしても芽生える。
初期のうちに比較的遠い地域を調査していたとはいえ、北側の一番遠い地域などはまだ手を付けていない。もっとも、そちら側は緑化研究の範囲ではないため、自生植物に関しての調査になりそうである。
そしてイチゴはよく食べた。
小食なムクロと比較しても意味はないが、食べるのが好きなカバネや体格の大きいアマネにも引けを取らない。
分隊の予算は潤沢だが、あくまでも三人分としては、である。
また、滞在期間が延びればその分経費もかさむ。調査期間は定められていないが、出費が増えれば――いかなる理由であっても――そのうち嫌味のひとつも言われないとも限らない。
定期報告できないのが逆に幸いして、今の所向こうにはバレていないはずだが、とアマネは苦笑している。
滞在して二週間目。
その日、ムクロとカバネは予定を数日早め、買い出しに出た。
ムクロは半袖のワイシャツと、役所に勤める女性からお下がりでもらった紺のハーフパンツを身に着け、カバネは白いTシャツに、一本だけ持っている色褪せたジーンズを履いた。
できるだけ普通に見えるようにという、彼らなりの工夫だ。
二人は手分けして買い物に回る。しかしムクロの容姿を気にしない店主は未だに少ないため、先に買い物を終えてしまった。
ムクロは手持無沙汰のまま、広場の端のベンチにで暇を潰すことにした。
噴水をぼんやり眺めていると、ガサガサした耳障りな声が聞こえて来た。誰かに喧嘩を売っているような口調だ。
一体何事だろうと顔を上げると、背後から声が近づいて来る。
「おいそこの……その銀髪! お前だよ。おい、聞こえねえのか」
共通語を使っているようだが、独特の訛りがある。
どうやら自分が呼ばれたことは理解したが、人を呼ぶにしてもあまりに失礼な言い方だ。ムッとしながら振り返る。
すると、黒い中折れ帽の男がこちらへ歩いて来るところだった。
「何か用ですか?」
ムクロは半身を捻ったまま男を見上げた。
男はムクロの顔を見て細い目を見開き、立ち止まった。だがまた近づいて来る。
「お前なんて名だ? 親はどこだ」
「親? いませんけど」
「いねえ? 孤児か?」と男は口元を歪ませる。
莫迦にされた気分になったが、ムクロは不快さを顔に出さないように努力した。
「そうじゃなく――」
「じゃあどこに住んでんだ? 保護者は?」
男はずかずかと歩み寄り正面に立った。
「なんなんですあなた、急に失礼でしょう」
通行人が遠巻きに窺ってる様子が男の背後に見える。余所者のムクロを助けようという者はいないらしい。
「まあいいや。面倒だからちょっと来いよ」と男はムクロの腕を掴む。ムクロは引きずられるように立ち上がり、痛みに顔を歪めた。
しかし体重の軽いムクロが抵抗したところで、成人男性にはかなわない。
「ちょっと! 何をするんです?」
「親がいねえんなら好都合だ。お前、何か仕事に就いてるのか? 俺について来りゃあ、今よりもっと――」
「おい――お前何やってんだ?」
いつもより低めに声を張ったカバネが、通りの向こうから駆けて来た。
「オレのツレに手を出すな!」
男は振り返り、細い目で睨むようにカバネを観察する。「お前のツレだぁ?」
どこまでも態度の悪い男だ。ムクロが嫌悪するタイプの筆頭と言っても言い過ぎではないだろう。
「ああそうだ。ツレが何か?」
そう言って、カバネは二人の間に割って入った。
「まあいいや。こいつの親はどうした? ここにはもう孤児はいないはずだが」
「あんた失礼だな。オレたちは孤児じゃない。今も仕事の途中なんだ。あんたの相手をしている暇はないんでどっか行ってくれないか」
カバネは見掛けに寄らず荒事には慣れている。そのため、男と対峙してもムクロのように感情が波立った様子はなかった。
「仕事ねぇ……ってことは宿屋か食堂だな?」
男はうすら笑いを浮かべてうなずくと、またカバネを睨みつけた。
「素姓を言いたくないならそれでもいいさ。この町にある店の数なんて決まっている。探し出して店主と話をつけるまでだ――絶対お前らを逃がさないからな」
男はカバネとひとしきり睨み合った後、キシシ……と空気が洩れるような笑い声を発してようやく手を離し、踵を返す。
カバネたちは黙って男が去るのを見ていたが、ムクロの手は小さく震え、顔は蒼白だった。恐怖ではなく憤りのせいだ。
自分より弱い立場の者だと思って大きな態度に出る人間をムクロは嫌った。それは正義感などではなく、自分たちの経験から得た価値観だ。
本当に強い人間は、弱い相手をわざわざ威嚇する必要はないのだから。
帰りに役所へ寄って挨拶をする予定だったが、カバネが取りやめることを決めた。中折れ帽の男が、役所の方へ去って行ったからだ。
「班長も事情を話せばわかってくれるし、役所への挨拶は義務じゃないからさ」
カバネは圧縮語でそう言うと、今度は共通語でムクロに微笑み掛けた。
「変な奴に絡まれたなぁ。まぁ、犬に噛まれたと思って忘れようぜ。それよかさ、パンを買った店でオマケしてもらったんだ。クリームパン。この辺りでは珍しいだろう? 前に、同僚が甘いもの好きだって話したことを憶えててくれたみたいで――今度は一緒に行こう」
アマネは報告を受けると眉間に皺を寄せた。
「中折れ帽の男? ひょっとして、全身黒い服でビジネスバッグみたいな鞄を持っていたか?」
「==鞄は持っていませんでした。下は茶色のスラックスで」
「そうか……」
カバネの言葉を聞いて、アマネは安堵の表情になる。
「==僕、あんなに侮辱されたのは初めてです。全然スマートじゃないし。あれなら、下手なナンパの方がまだましです」
クリームパンにかぶりつきながら、ムクロは毒を吐く。顔色はだいぶよくなっていた。




