EP02 ◆ あだ花に実はならぬ #10
さも当然という態度は印象が悪いが、同時にいかにも公共機関の者らしく見える。
コービィは渋々という様子で、データ管理室の鍵を持って来た。ここまで言われて断ることはできなかったのだろう。
「申し訳ありませんが、資料を外部に持ち出されたりすると非常に困りますので、ここの扉は開けたままで作業していただけますか」
幾分深刻そうな表情でそう言うと、アマネたちを室内へ招き入れる。アマネはにこやかに「ご協力感謝します」とこたえた。
コービィが一瞬嫌そうな表情をしたのは見ない振りをした。
「病院の資料はこの端末に入っています。ただ出生や死亡の記録は、この町は未だに紙ベースの資料しかありませんで……一応、年代順に並んでおるのですが」
町長は壁際に並んでいる青い棚を指した。
「年代順というと、生まれ年ごとにまとめられているんですか?」
アマネは顎に手を当てる。
早速誤算が生じた、と考えていた。生まれ年ごとの場合、直近の十年だけではイチゴの言っていた『となりのとなりの、ミシェルねえちゃん』の消息は調べられないかも知れない。せめて年齢を確認しておくべきだったか――と後悔する。
「いえ、もちろん生まれ年ごとの個人簿もありますが――この緑の棚がそうです。その他には葬式を出すため、その年の死亡者のみをまとめた資料がこちらの赤いファイルで、あとはまあ、必要ないかも知れませんが、そこの小さな棚の資料が、結婚や離婚の記録になりますな」
コービィは愛想笑いのまま説明する。
「転出や転入の記録なんてのもあるんでしょうか……?」
ムクロが独り言のように呟く。コービィの表情が一瞬こわばった。
「それも必要なんですか?」
「あ、ごめんなさい。ただ、ちょっと疑問に思っただけなんです。転入して来た人や転出して行った人の死亡届はどうやってまとめているのかな……と。すみません、ほんの興味本位ですから。僕はまだ助手ですし」
ムクロは両手を首の辺りできゅっと握り、少し焦ったように見せる。興味本位という言葉を心持ち強調して、最後にもう一度曖昧な笑顔をコービィに向けた。
「なるほど、確かに不思議に思われるかも知れませんね。こちらの方に転入転出の個人簿があります。結婚や就職など、自己申告になりますが。一時期若い女性が大勢出て行きましてね……それ以来、理由も書いてもらうことになったそうです」
コービィの説明に対し、ムクロは感心したように大きくうなずいた。
「先日お話してくださった、戦後の頃の件ですね?」
「そうです、そうです」とコービィは機嫌よさげに相槌を打つ。
「いやぁ、お若いのに勉強熱心なかたですね――将来はどのような職業に就きたいのでしょうか?」
コービィとしては褒めたつもりだったのだろうが、アマネはうっかり失笑しそうになり、咳込んだ振りをして誤魔化した。
訊かれた当人のムクロは困ってしまい、眉を八の字にしたまま微笑んだ。
「僕はまだまだ勉強が足りませんから、今はまだ将来のことは考えられないです」
「――笑うことはないじゃないですか」
コービィが出て行くと、ムクロは圧縮語で不満を述べた。
「悪い悪い……しかし、大した演技力だったよ、ほんとに」
アマネは思い出し笑いをこらえながら囁きでこたえる。ムクロは膨れながら、まず出生や死亡がまとめられている分厚い個人簿を手に取った。
表紙を開いて、「あら」と目を丸くする。
「どうしたんだい?」
「直近の十年って言いましたけど、この個人簿は三十年前からのものですよ」
「そりゃぁ……」都合がいい、と言い掛けて、アマネは自重した。ムクロはそれでも何が言いたいか通じたらしく、無言でうなずいた。
「じゃあ僕は今からこれを閲覧しますから、アマネは邪魔しないでくださいね」
そう言って手近にあった椅子を引き寄せる。
「はいはい。じゃあ俺は無難そうな資料を確認するフリでもしていますんで、よろしくお願いします」
ムクロは窓際に用意された小さなテーブルにファイルを置き、目を閉じて深呼吸を繰り返す。『記憶』する前のルーティンだった。ドアには背を向ける格好になるため、ムクロが何をしているのか、役所の職員たちにはわからないだろう。
アマネはいかにも自分が主導であるように振舞い、病院関係のデータが入っている端末を立ち上げた。
旧式の端末だったがアマネのデバイスとの無線通信が可能だった。さり気なく左手を通信ポートへ向け、右手の人差し指と中指で左手の甲を数回弾く。端末をデバイスに同調させ、バックグラウンドでデータをコピーする。
一度同調させればあとは放っておいてもいいので、アマネは検索用のペンを手に取り、いかにも特定の疾病単位で検索しているような様子で時間を潰した。
イチゴのような未分化性についてはひとまずスルーし、成長が思わしくない人物や、逆に成長が早過ぎると思われる人物について、何枚かプリントアウトする。
あとでそれをコービィに見せながら確認をして、いかにも役所仕事というアピールをするのだ。
アマネはプリンターの音を聞きながらムクロの様子を窺った。
右手で個人簿のページを次々めくり、左手はテーブルの上に投げ出すように置いている。しかし、その指はキーボードを打つように小さくカタカタと動いていた。
データを脳に記録するための、ムクロ独自のコマンドだ。
それはほぼすべての人類に埋め込まれている極小チップとは別の特殊なチップに依存する。今の任務に発つ準備期間中に、ムクロが特に計算や情報の処理能力に長けていることが判明したため、新たに用意されたプログラムである。
ほんの十分程度で三十年分の出生については把握したらしい。小さい町とはいえ数万人の町民がいるため、少なく見積もっても一万人分といったところだろうか。
背もたれに寄りかかりながら背を伸ばしているムクロを確認して、アマネは立ち上ってプリンターに向かう。
コービィとアマネが話している数分の間に、ムクロは町民の転出記録――転入に関しては多分関係ないだろうと予想しているため――と、死亡記録の閲覧を終えるだろう。




