EP01 ◆ 火星のコンビニ #01
見渡す限りの風景が、夕暮れ時に差し掛かったようにうすぼんやりと赤かった。
『火星の飛び地』と呼ばれることもあるこの辺りは、赤みがかった土で構成されている。地上のありとあらゆるものをじりじり焼き尽くすような陽光をかろうじて遮っているのは、乾燥しきったこの土地の砂埃だ。
赤茶けた土砂漠の中に三人の人影があった。
時々大きめの砂つぶてが突風で飛び込んで来ては彼らの頬を叩く。
もっとも、眼には大きいゴーグルのようなグラス、鼻から下は簡易的だが高性能のマスクを装着し、更にバンダナで覆っている。ゆえに、運悪くその隙間に当らない限りは彼らの肌は傷付かない。
ひとりは地面にひざまずいている。祈るように頭を垂れ、しかし両手は地面に添えるように下ろしていた。
やがてその人物が立ち上がる。連れの二人に比べて随分背が高い男だった。
「下がってろよ」
男は連れの二人に声を掛ける。マスクのせいでくぐもっていたが、その声色は真剣そのものだ。そして彼自身も後ろ向きに素早く下がる。
男の手元で軽いクリック音が鳴るのとほぼ同時に、数メートル離れた地面が爆発した。先ほど彼がひざまずいていた場所だ。
爆発といっても極小規模のもので、直後にはもうもうと土煙が上がったがそれは彼らとは反対方向へ流れて行く。
ジジ……と軽い音がかすかに聞こえた。
男はそれに反応し、連れのひとりを見やる。音を発したのはマントで全身を覆った小柄な人物だった。
「しょうがないだろ? 建物は全壊、おまけに表面も誰かがわざわざ更地にしてくださったようで、電源ユニットも見当たらない……俺だって別に好き好んで破壊工作をしてるわけじゃない。爆薬ももったいないし、扉を破壊したままだと危険だ。事後処理の手間だって必要だ。めんどくさいことこの上ない」
すると相手の肩の辺りが少し動いた。どうやら肩をすくめて見せたらしい。
「にしても、電源もないんじゃ中からも開けられなかったかもなぁ……つまりあそこにはもう誰もいないか、万が一誰かいたとしても、木乃伊になってるってこった」と、男は低く笑う。
相手は不機嫌そうに身体を揺すると、また音を立てた。それは一瞬の音だが、耳のいい者が聴けば先ほどとは違う抑揚を持つことがわかるだろう。
「あぁ、すまなかった。そういやお前はこういう話、苦手だったっけな。いつだか、怖過ぎてトイレに行けなくなったことがあったっけ。まぁもっとも、実際ミイラがいたところで呪いなん――うわっ! やめろって! 冗談だよっ!」
小さく風を切る音が連続して鳴る。マントの人物が片手だけマントから出し、小型のパチンコのようなものを使って石つぶてを次々と発射していたのだ。もちろん、標的は長身の男だ。
だがどうやら直接当てるのではなく、男の足元を狙っているらしい。
バウンドした石つぶてや、それに弾かれた地面の小石などが見事なまでに男のすねを攻撃している。片手だけで素早く装填、発射を繰り返すその腕前は確かなものだった。
石が弾かれる音に合わせるように、男の情けない悲鳴が響く。
「痛! 痛いって! マジで! 悪かったよもうっ!」
数分でようやくパチンコの攻撃が収まり、ひとしきり踊らされた男は大きなため息をついた。
それまで彼らの様子を退屈そうに見ていたもうひとりが、おもむろに音を発する。先ほどマントの人物が発したものと似ていたが、それよりも幾分低かった。
「はいはい。お遊びは終わり、ってね……じゃあ、防空壕の中に何かめぼしいものが残っているか、確認しに行きましょうかねぇ」
爆破の土煙はすっかり風に流されて消えており、また、爆破でロックを解除された地面の扉からは誰も――もしくは何も――飛び出して来る様子はなかった。
* * *
数十分後、三人はまた道なき道を歩いていた。
道がないというのは、ジャングルのように植物でみっしりと覆われているわけではなく、その全く逆である。
三百六十度の視界の中には、植物も人口的な建築物も何ひとつ存在せず、ただひたすら乾いた地面と空しかない。地平線を眺めても空を見上げても、どこを取っても彼らには見飽きた風景だ。
「まったく……とんだ無駄骨だったな」と、男がため息混じりに呟く。
結局先ほどのシェルターには誰もおらず――ミイラどころか骨の一本もなく――備蓄されていたであろう水や食料もあらかた消費され、何も残っていなかったのだった。
彼がため息をつく理由はもうひとつあった。
シェルターの中には暗号が残されていたのだ。
それは彼らの仲間が使う簡単な情報を伝えるもので、それによると『ここにはもう三年前から誰もいないことが確認された』と記されていた。そして、万が一取り残される人がいないように、ハッチを塞ぎ、電源ユニットも遮断する――と、いうメモ書きのようなものも残されていた。
「つーか、中に記録を残してたら意味がないだろうよ……後続の者に知らせるには、わかりやすい場所にわかりやすい方法で、って、ボーイスカウトでも最初に習うことだぞ」
そうボヤいて何度目かのため息をついた男の名は、アマネという。三人の中では一番の年長者だ。
連れの二人の背の高い方が短くノイズを発する。アマネはふっと息だけで笑い、うなずいた。
「そういやお前も、最初の授業の時に同じようなことをやらかしたっけなぁ……ありゃぁもう何年前だったっけ」
赤土と濁った橙色の空に囲まれている景色の遠方に、やがて建物らしき塊が見えて来た。アマネは連れの二人を振り返り、顎をしゃくって建物を示す。
背が高い方の人物がその合図に小さくうなずく。小柄な方は少し背筋を伸ばしてそちらを確認したが、それきり無反応だった。
アマネは彼らの様子を見て小さくうなずき、また前を向いて歩を進めた。