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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第2章 教えてくれませんか?
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潜むかげの


 ソウシャはのれんを潜り、店の中へと足を踏み入れた。煙草と香の匂いが漂っている。嫌なにおいだが、懐かしいにおいでもあった。


 薄暗い中を進んでいくと、店の奥で煙草をふかす男がいた。服を乱れさせ、上半身の半分は見えている。


「懐かしいですね、この匂いは」


 声を掛けると、男の目が開いた。男の目は、鋭い紫だった。


 男は何も言わず、煙草を置きこちらに向き直った。


「何しに来た」


 男の声はとても太く低いものだった。普通の者なら、恐怖におののき、即刻逃げ去ってしまうほどである。


 しかし、ソウシャは冷笑を浮かべていた。


「『魔ノ子』について、お話をしませんか?」


 男は、鋭い視線を向けたまま舌打ちをすると、店の奥へと消えていった。ソウシャも、その後を追い、奥へと姿を消した。


          ‡


 商店で買った団子を食べながら、周囲の店を見て回った。興味をひくものから、身をひいてしまいそうなものまで、多種多様に並んでいた。ナルシア街にないものを見るのは、とても楽しかった。ソウシャの言うような、怖そうな輩はいない。想像以上に、有意義に過ごせていた。


「僕~、これ買わないかい?」


 ナルシア街で見たことがあるような雑貨屋だった。もちろん、店に並ぶ商品は違う。目を輝かせ、商品を見ていった。ふと、ソウシャのことを思い出す。


――――ソウシャにお土産……


 考えてはみたものの、頭を抱えてしまった。ソウシャが常日頃、何を使っているのかを全く知らないのである。ソウシャが使いそうなもの、身に着けてくれそうなものを考えても、答えは全く出てこなかった。


――――アイツ……ほんと、謎だらけ


 視線を落としたところに、木箱に入った房紐があった。


 ここへ来る道中に、ソウシャが落とした木箱を思い出した。そういえば、あの木箱の中には一体、何が入っていたのだろう。それに、どうしてあの日は、朝から機嫌が悪かったのだろうか。一緒に住んでいるのに、何も話してくれないんだな……。


 ソウシャの房紐は薄水色である。だが、長年着ているからか、少し薄汚れていた。


 視線をあげると、色とりどりの房紐が、木箱に入れられ並べられていた。啉杜を思い浮かべる赤や柩婪を思い浮かべる黒、自分の色の茶など様々な種類があった。


「僕、房紐が欲しいのかな!?」


「水と白が混じった髪の男に似合う色の房紐ありますか?」


「そうだねぇ、じゃあ、これなんてどうかな? 綺麗な空色だよ」


 商人に手渡されたその房紐は、確かにとても綺麗だった。少しラメ掛かり、より一層綺麗に見えた。


 ソウシャには、やはり青系が似合う。


「うん! これ、ください!」


「六十四オーフェだよ」


 想像以上に高かった。お金有ったかな……。ソウシャが、啉杜が買ってくれた小袋にお金を入れていたのを思い出し、小袋を開け、てのひらに全部出した。それを見た商人も驚いていたが、僕も驚いた。


 そこには、百リルオーフェ入っていた。


          ‡


 刻々と約束の時間は迫ってきていた。しかし、街から少し離れた場所にある石に座ること三十分。楽しかった時間も、今は不安で仕方がなかった。


 善意で名も知らぬ、顔も知らぬ僕を助けてくれた。僕に、衣食住を与えてくれた。どうして、僕があんなにみすぼらしい姿でいたのか、どこから来たのかなど、何故僕について必要以上に聞いてこないのか。


 ソウシャ一人、リス一匹にしては、広すぎる家。時々訪れる柩婪という名の情報屋と陽気な啉杜、人の言葉を話すリス。


 何者かも分からない、教えてくれない。


 お金持ちという啉杜の発言。


昔聞いた話に、リルオーフェ神国は、主に四つの階級、王族、使者、国民、奴隷に分かれているというものがあった。一番上の王族は、神国国王、その血族をさし、またその貴族のことをいう。そして彼らは、装束は繍衣を身に纏っているという噂である。続いて使者は、貴族らの臣下や使用人。巫女(かんなめ)(かんなぎ)のことをいい、装束は実にさまざまである。それから国民は、商人、農民など、神国内で極々普通に過ごしている人々をさし、装束は民族衣装やニスデールが多いが、これもまた実にさまざまである。一番下の奴隷は、人身売買の商品となった人、貧しい人々をさし、数少ないが、国民はいつどんなときでも、奴隷に格落ちする可能性が高い。扱いが最低最悪である。

 

ソウシャは、装束こそ、国民となんら変わらないが、普通の国民があれほど立派な家に住んでいられるわけがない。毎年、国に税を払わなければならない。その率は、自分の財産によって決まる。普通の国民なら精々払えて、八十リオーフェ程度。しかし、ソウシャほどの財産があれば、どう考えても裕に三十リルオーフェは下らない。だが、仕事もしていないソウシャにそれほどのお金があることは、可笑しかった。親もいないというソウシャのお金の収入源が気になる。柩婪や啉杜に聞けば一発で分かるのだろうが、彼らはソウシャのことについて多くを語らない。全く知らないというわけでもなさそうだった。


 それに、小袋に入れられた百リルオーフェ。街の人々から話を聞く限り、普段持ちあるくとしても、一ルオーフェくらいまでだという。それでも、多い方なのだという。リルオーフェの硬貨を持っているだけで、大金持ちだという証拠になってしまうほどである。


「ソウシャは、貴族……?」


 呟いて、横に首を振る。


 貴族は国民と同じ場所に住んではいけない。これは、格差をはっきりさせるためである。ただし、何人かの貴族は街に溶け込み、何食わぬ顔で日々を送っているのだそうで、それは、見た目にも貴族だとは分からないらしかった。


 もし、ソウシャがその貴族だったとしたらつじつまが合わない。潜入している貴族は、一ヶ月に一度、国に報告しに行くのだそうで、かならず一ヶ月に一度、姿を見かけない日があるのだという。それでようやく、貴族だと気付く。しかし、ソウシャは一緒に出掛けるとき以外、家から一歩も出ずに、書き物や縫い物をしている。第一に、縫い物を貴族がわざわざするはずはない。じゃあもし、貴族じゃないとしたら、ただの金持ちということになる。


 一リルオーフェ持つだけでも凄いのに、百リルオーフェも……。


 深いため息を漏らし、空を見上げる。


 助けてもらった身、他人の詮索などあまりしたくはない。


 スッと立ち上がり、背伸びをする。


「そろそろ、待ち合わせの場所に行かないと」


――――ソウシャ。あなたは何者ですか? 僕に言えないような、人間ですか?


 歩き出したそのとき、腕を捕まれ後ろに引っ張られた。体制を崩し、しりもちをついてしまう。すると、周りを二人の人影に囲まれた。


『約束してください。小路には入らないこと、街から離れないこと、宿に一人で戻らないこと、知らない人に声を掛けられたら、絶対に逃げること』


――――街から……離れないこと……


「そうっ」


 片方の人影に口を抑えられ、もう片方の人影に縄で縛られた。


――――ソウシャ! やばいッ


 眠気が押し寄せ、そのまま意識を失ってしまった。


          ‡


 ソウシャは一本のろうそくを挟み、男と向かい合わせに座っていた。


 男は煙草をふかしながら、寝転がり数枚の紙をペラペラと見ていった。


 その間、ソウシャは男を見据え、黙り込んでいた。


 時計を確認すると、時刻はもうすぐ約束の時間をむかえようとしていた。これでは約束の時間に、間に合いそうもない。


 知らない土地に一人にさせてしまったことを、今更ながら後悔する自分がいる。男に気付かれないようにため息を漏らした。


――――帰ったら、本格的な暑さに向けて準備か……


「ソウシャ」


 声を掛けられ、時計から視線を逸らした。


「はい」


「……今度はその男の子とともに来い」


「はい?」


「知りたいのだろう? 見定めてやる」


「ですが……」


 ソウシャの反応に、男は少し驚いた表情を浮かべた。


「お前、まさかとは思うが、自分の正体を何も話していないのか!?」


「話しておりません」


「お前はバカか?」


「あなた様に言われたくはありません」


「変わらない口だ」


「申し訳ありません。ですが、話していないのは、センリのためでもあるのです」


「男の子の名を、センリというのか」


「はい」


「また、不思議な名前を付けたものだ」


「意味あってのことですよ」


「だろうな。お前の見る目は確かだ」


「どうでしょう」


「どうして、話さない!?」


「彼は、あの場所から逃げ出した子です」


「……ほぉ。お前と同じか」


「ですから、尚更話しにくいのですよ。何度も聞かれますが、ただの人間としか答えようがないのです。彼が普通の迷い子でしたら、もう少し話しやすいのですが」


「お前も迷い子だろ」


「そうですね。でも、私は『魔ノ子』ではありませんので」


「センリがもし、『魔ノ子』だったとしたら、お前、死ぬぞ」


 男がそういうと、ソウシャは笑みを浮かべていた。落としていた視線を男に向け、笑みを深める。


「そのときは『神ノ子』がお救いくださるでしょう」


「よく言う」


「でなければ、この手で殺してしまうかもしれませんね」


「大惨事だな」


「そうならないように、あなた様に話をしに来たのですよ。ヴァリス様」


「ワシの言うことは何一つ聞かないくせに」


「一応聞いてはいるのですが」


「だからお前は恐れられるのだ。今お前がいないソコはとても楽しそうにしている」


「構いません。たまに戻るだけで良いのです」


「だがな、ソウシャ。そろそろ決めろ。こちらにつくのか、戻るのか」


「難しい選択ですね」


「どちらにとっても、お前は必要な存在だ」


「上辺だけだと思いますよ」


「じゃあ、ワシから忠告をしておく」


「あなた様からですか?」


「違う。あの方からだ」


「またお偉い方からですね」


「良いか。期限は残り、一年。それまでに、どちらにつくのか、よく考えろ。選び方次第では、敵を作るぞ」


「私の敵は、あの方のみです……」


 少なくても、今は。



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