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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第2章 教えてくれませんか?
7/40

水を



 ナルシア街には反物から野菜や肉まで様々なものが満足に揃っている。しかし、その中で、水だけがナルシア街には十分になかった。そのため、水の豊富なサウスに位置するユティア街まで、月に一度水を取りにいかなければならない。


 そして、最悪なことに、ソウシャの家はノース寄り、つまり、ヒカリア街寄りに位置するため、ほぼ真反対の位置にユティア街はあるのだ。それに加え、四街のうち、ナルシア街は最も広く、さすがにこの道を歩いてはいけない。歩けば間違いなく数週間はかかってしまう。


 そのために、街では順番に数台の馬車が貸出されていた。その順番が明後日、くるのだという。


「往復二日間の、滞在時間一日です。三日分のものを準備しておいてください」


 ソウシャと出会って一ヶ月弱。初めて、二人きりで遠出をすることになる。


          ‡


 曇り空のなか、馬車を走らせれば、人々が手を振った。それに笑顔で振り返すが、ソウシャは何故か振り返さない。今日は、朝から不機嫌のようだった。


 のどが渇いたと手荷物に手を伸ばす。すると、手荷物がモソモソと動いていた。


「わっ!」


 驚いた拍子にソウシャにぶつかってしまう。


 ゴトッ


「ご、ごめんなさいっ」


 ソウシャは何も言わず、ただ、こちらを見ただけだった。それもすぐに視線を、窓の外に向けてしまう。手荷物の方を凝視する。すると、隙間からリスのしっぽが出てきた。


「な、なんだ……。テトゥーか。驚かせるなよ」


 手をついて立ち上がろうとしたその時、手に何か当たった。


――――ん?


 視線を手元に向けると、細長い木箱が落ちていた。不思議に思い拾い上げると、ソウシャがこちらを向いた。そして素早く木箱を取り、懐にしまい込んだ。


「それ……」


「センリが気にするようなものではありません」


 僕が気にするようなものではなかったとしても、気になるものである。


 ムスッとしながら、座り直し手荷物を開けた。中からテトゥーが飛び出してくる。


「テトゥー、お前普通についてこいよ」


「悪かったな、普通じゃなくて」


 水を入れている竹筒を取り出し、水分補給をする。一気に生き返った気分だ。


「おい、センリ」


「お前に呼び捨てされる覚えはねぇよ」


「どんぐりは?」


 そういうときだけ、可愛らしい目で聞いてくる。都合のいいリスだ。荷物の中を漁り、どんぐりがたくさん入った小瓶を取り出し、中から数個どんぐりを取り出した。


「よし、よこせ」


「くださいだろ?」


「いいから、早くよこせよ」


 わざと手をあげてテトゥーの届かないようにすると、テトゥーはひざの上でピョンピョンと跳ねていた。届きそうで届かない、その必死さが可愛らしい。


 そんなことを思いながら手をあげたままでいると、テトゥーがお腹を蹴ってきた。


「いいから、よこせ!」


 お腹をおさえ、どんぐりを盗られてしまう。すぐに跳ねながら、ソウシャのひざの上にいってしまう。


「何すんだよ!」


「さっさと渡せばいいものを」


 ソウシャのひざの上で、大人しくどんぐりを食べるテトゥーをよそに、ソウシャは家を出てからずっと窓の外を眺めていた。


 馬車を走らせ、何時間経っただろうか。今、ソウシャは何を考えているのだろう。何を思って、外を眺め続けているのだろう。一ヶ月弱一緒に過ごしてきたのに、未だ分からないことだらけである。


 それから数時間、僕はテトゥーと戯れ続けた。


 馬車の移動に疲れが見え始めたころ、ソウシャがスッと立ち上がった。


 僕の顔を心配そうにのぞき込む。


「お疲れですか?」


 馬車の揺れが小さくなり始めた。


「大丈夫」


「少し遅くなりましたが、昼食にしましょう」


「え? もう、ユティアに着いたの?」


「いいえ。まだ、ナルシアですよ」


 あれから十時間ほど乗っているはずなのに、まだナルシア街を抜けていないとは、驚いた。どれほど、ナルシア街が広いのか身に持って感じた日になった。


 馬車の揺れが完全に止まり、二人で馬車を降りた。


 ニスデールを急いではおり、フードを被るのを忘れていた僕に優しくフードを被せてくれた。


「ありがとう」


「何が食べたいですか?」


 ソウシャの視線の先には、食事処が建ち並んでいた。


 初めて見た景色に、思わず笑みが零れる。自分でも目が、キラキラしているのだと分かった。美味しそうな匂いがあたりに漂っている。つい、お腹が鳴ってしまい恥ずかしさを隠せなかった。だが、ソウシャは笑みを浮かべていた。今までの不機嫌なソウシャはもういないようだ。


「お肉が食べたい」


 ナルシア街、北寄りの街ではあまり肉を食べない。売っていないわけでも、全く食べないわけでもないが、主食が魚なだけに、肉より魚という概念が存在していた。


 一応、育ち盛りな僕のために肉食もソウシャが用意してくれるが、それだけでは、正直物足りなかったのだ。


 ソウシャはそれを感じ取ってか、全く理由も聞かず、文句ひとつ言わず、おすすめの肉食の食事処に連れて行ってくれた。


 壁一面に張られたメニューを見て、かなり悩んでしまう。一応、安くてたくさん食べられそうなものを見つけようとはするが、やはり魚より肉の方が高かった。値段を見て、ソウシャに悪かったなと思い、視線を向けた。するとソウシャは、あるメニューを指さした。


「あれはとても美味しそうですね」


 この店一番の高値である。ソウシャは値段を見ているのだろうか。


「あ、あの、いや、僕は……」


「お金を気にしているのでしたら、気になさらなくて大丈夫ですよ。それなりに、お金は持っていますから」


 それなりに持っているようなやつが、買えるような額ではない、と突っ込みを入れたくなるが、心を落ち着かせ、なんとか抑え込んだ。


 さて、何にしようか。さすがに、ソウシャの指さした超高値のものは選べない。養ってもらっている身で、あまりわがままは言えなかった。


「すみません」


「はーい」


 ソウシャの行動に目をパチパチさせた。まだ、メニューから選び終わっていないのに、何故か店員を呼んだのだ。


「そ、ソウシャ!?」


「お決まりですか?」


 しかし、ソウシャに僕の声は届かない。


「あれをひとつとオススメの紅茶をひとつお願いします」


「かしこまりましたー」


 店員が紙にメモをしてから去ったのを見て、慌てて制止に入る。


「ちょ、ちょっと! ソウシャ!」


「いつも我慢させていますから。たまには、たくさん食べてください」


 ソウシャの気づかいに、驚きを隠せなかった。あの肉食で足りていないことを、ソウシャは気づいていたのだ。まさか、ソウシャがそんなことを気にしているとは思ってもみなかった。


 これは、嬉しい……。


「あ、ありがとう……」


「気にしないでください」


 ソウシャの言葉に、心が和らいだ。全く気にしていなさそうな、そんな気がしていた自分が、バカらしく思える。もっと、ソウシャを信頼すべきかもしれない。


 ソウシャが注文をしている様子を思い出し、咄嗟に問いかけた。


「ソウシャ、何も食べないの?」


 ソウシャは確かに紅茶だけを注文していた。今朝は早くに家を出たため、朝食も摂っていない。今日初めての食事がこの昼食なのである。食べても数口しか食べないソウシャだが、朝から何も食べずに紅茶だけというのは……。


「えぇ、何も食べません」


「どうして? 朝から何も食べてないよね?」


「お腹が空きませんので」


 普通なら空くはずである。


「ダイエットとかじゃないよね?」


「そんなものに興味はありません」


 あった方が気持ち悪いと思いつつ、苦笑を浮かべた。


 肉の焼ける音とともに、僕のご飯と紅茶が運ばれた。


 何も食べないソウシャに遠慮してしまい、なかなか手がつけられない。お腹は鳴っているし、お腹もすいている。食べたい。


「はやく食べないと置いていきますよ?」


「ソウシャも食べる?」


 正直余裕で食べられるほどの肉ではあるが、やはり……。


「いりません。遠慮せず、食べてください」


 仕方なく一口肉を頬張れば、その肉汁の美味しさに手が止まらなくなってしまった。その様子を見たソウシャも笑みを浮かべ、紅茶を飲みはじめた。


 みるみるうちに肉はなくなり、お腹も満たされる。


「お腹いっぱい……」


 これほどお腹いっぱいに食べたのも久しぶりである。


「それは良かったですね」


 その場でソウシャがお金を払う。


 スッと立ち上がり、こちらを見た。


「急ぎましょう。陽が暮れます」


          ‡


 ユティア街に着いたのは、陽が暮れた後だった。二泊する宿処に荷物を持って入った。ソウシャの家より何十倍も狭い一室に、布団が二つ並べられていた。長旅に疲れ、布団に寝転がると、気付けば眠ってしまっていた。


 夢を見た。


 真っ白な景色の中、迷子になった僕は誰かに助けを求めていた。やっと見つけた人影は、篠笛を吹き、綺麗な音色を奏でていた。声を掛けると、その人影はスッと振り返る。手に笛を持ち、首を傾げる。


『――』


「……リ……。……センリ」


 ハッとして目を開けると、目の前にソウシャの顔があった。


「ご、ごめん」


 ソウシャの服は寝衣に変わっている。


「お疲れのようでしたので、夕食を買ってきました」


 そういわれて差し出された包みを開けると、おむすびが入っていた。まだ温かい。


「ありがとう」


 受け取り頬張り始めたのを見て、ソウシャは濡れた髪を拭きはじめた。どうやら、先にお風呂に入ったらしい。


 おむすびを食べ進めていると、中からゴロゴロと具が出てきた。しかも、嬉しいことに大好きな具ばかりである。


 本当に、ソウシャは優しい。こんなに僕のことを気にしてくれるようなやつはいない。


「食べ終わったら、お風呂にお入りください」


「うん! ありがとう、ソウシャ!」


 改まって言われて驚いたソウシャだったが、すぐに笑みを浮かべ視線を逸らした。


「突然なんです?」


「嬉しかったから。僕のこと、こんなに考えてくれている人、ほかにいないもん!」


 ソウシャの顔は見えない。でも、きっと笑顔なのだろうと勝手に思っておくことにした。実際、ソウシャの表情は笑みを浮かべていた。


          ‡


 翌朝、水屋のもとまで馬を走らせた。店の前で馬を降り、一ヶ月分の水を買う。一リットル十リオーフェという、決して安くも高くもない値段ではあるが、生きるためには仕方のない消費である。馬に水を積み、一度宿処に帰り、水を置いた。


 陽が暮れるまであと数時間程度。


「少し遊びに行きましょうか」


 ユティア街は、とても賑わっていた。だが、ナルシア街に比べると少し静かなのかもしれない。


 二人並び、街路を歩いているとソウシャがふと立ち止まった。不思議に思っていると、啉杜が買ってくれた小袋にお金を入れた。


「ひとりで遊んでいられますか?」


「ソウシャは?」


 初めて来た街で、まさか、野放しにされるとは思わなかった。さすがに、夕暮れ時、いつ暗くなるか分からない、よく知らない場所でソウシャと離れるのは怖かった。


「子どもの入れない店に行きます」


 子どもの入れない店? まさかとは思うが、ソウシャにそんな趣味があったのだろうか。厭らしい。


「あらぬことを考えていませんか?」


 どうやらソウシャには考えていること、すべて、お見通しのようだ。


「い、いや?」


「知り合いに会いに行くだけです。ただ、その知り合いの店は子ども入店禁止の店ですので、さすがに、センリを連れていくわけにはいかないのです」


「それって、今じゃないとダメなの?」


 口走って急いで口を抑える。つい、本音が出てしまった。


「……ここを明朝、発ちます。つまり、会えるのはセンリが寝ている間か、今の時間しかありません」


「じゃあ、寝ている間に行けばいいじゃんか! どうして、僕を一人にするの!?」


 違う。ソウシャを困らせたくない。こんなことを言ったら、ソウシャは絶対困る。困らせるだけなのに……。ソウシャだって、きっとその知人に会いたいはずなのに……。


 俯く僕に、ソウシャはため息交じりに視線を落とした。


「センリが寝ている間に出かけてもいいのですが、宿とはいえ、信用ならないのです」


「信用ならない?」


「ユティアは、確かに、水が豊富で様々な交易が盛んです。ですが、陰では人身売買をするための商品を集めている場所なのです」


「だったら、僕を野放しにした方が危ないじゃんか!」


「この街は、昼夜問わず賑わっています。そのため、街中では視線があり、商品を探す輩はこの街中を好みません。寧ろ、小路や人がどれほど出入りしてもおかしくない宿の方が、街中にいるよりも危険なのです。そこにセンリを置いて、出ていけるはずがありません」


「で、でもっ」


 ソウシャを困らせないように、笑顔で別れればよかった。頷くだけ頷いて、街中をとぼとぼ散策していればよかった。


「分かりました。二人で、街中をまわりまし」


「ダメ!」


「え?」


 矛盾していることくらい分かってる。でも、ここまで遠出しなければ会えないような知人に、会わせてあげなければならない。僕のたくさんのわがままのせいで、ソウシャの邪魔をしてはいけない。


「ぼ、僕、一人で街中を廻る! だから、ソウシャはその知人のところに行って?」


「ですが……」


「ソウシャはいつも僕のことを考えてくれてる。それをこの旅のなかで、たくさん知った。そんなことを、僕はこれっぽちも気づいてなかった。ソウシャが会いたいって、きちんと自分の思いを言ったのなんかほとんどないのに……。僕は、ソウシャの迷惑になりたくないんだ」


 ソウシャは僕の言葉を、ほとんど無表情に近い顔で聞いていた。何を思っているのかは分からない。でも、口を挟まないということはきちんと聞いてくれているということだ。


「だから、ソウシャは知人に会ってきて! 僕、一人で廻れるから」


 ソウシャは黙り僕を見据えていたが、やがて小さな笑みを浮かべると、顔をあげた。


「ありがとうございます、センリ。では、お言葉に甘えて、知り合いに会ってきますね」


「うん!」


 ソウシャが頭を撫でてくれた。


 これでよかったんだ。ソウシャが喜んでくれる。これで……良いんだ。


「お金はあるだけ使ってもらっても構いませんが、約束してください。小路には入らないこと、街から離れないこと、宿に一人で戻らないこと、知らない人に声を掛けられたら、絶対に逃げること。そして、なにかあったら、私の名を呼んでください」


「分かった」


 大きくうなずいて見せれば、ソウシャはもう一度頭を撫でた。


「では、二時間後にまたここで落ち合いましょう」


 ソウシャと別れてしまい、急に心細さが襲ってきた。


 大丈夫、大丈夫と思っても、大丈夫ではない。唇を噛みしめ、服の下に隠している銀のネックレスを掴んだ。


 ソウシャはまだこのネックレスのことを知らない。一度も見せたことはないし、話したこともない。


『逃げ切って、強く……強く、生きなさい…………』


 ユティア街を一歩踏み出した。


「よし、僕なら出来る」


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