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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第2章 教えてくれませんか?
6/40

貴族というもの


 ソウシャに助けられ一ヶ月が過ぎた。


 一人の外出を許されるようになり、少量のお金を懐に街に出た。街に出ると、無意識に走ってしまう。


「おーセンリ~! 今日も元気だね」


「おはよう! おばさん!」


 街を意味もなく、無邪気に走れば顔見知りの人が声を掛けてきた。この街は、かなり広いにも関わらず皆、仲がいい。一度顔見知りになれば、こうして声を掛けてくるし、たまに物々交換もやっている。治安も悪くない。本当に素敵な街だ。


「センリ! 生きのいい魚がいるぞ!」


「魚屋のおじさんっ。ソウシャに言っておくよ!」


「あとで買いにこいよ!」


「ソウシャがね!」


 そして、こんな街なかで僕が通っている商店がある。ソウシャにお金を貰えば、いつもそこに買いに来ている。


「ザエリさーん!」


 無精ひげを生やしたザエリが顔を出した。会った時よりも、ひげがのびている。


「センリ。お前いつも来るんだな」


「僕、果物大好きだから!」


「仕方ねぇな。今日はひとつだけ、おまけしておいてやるよ」


「ありがとう!」


 あれ以来、仲良くしてもらっているザエリは、ソウシャの影がある僕に手を出してはこない。寧ろ、普通に良い人になっていた。


「で、今日は何を買うんだ?」


 美味しそうなオレンジ色の実を指さした。


「これにする」


「あいよ」


 お金を渡し、オレンジの実を二つ受け取る。


「ありがとう、ザエリさん。じゃあね」


「また来いよ」


「はーい」


 ザエリは背中が見えなくなるまで見送った。


「あいつ、この一ヶ月で変わったな」


 オレンジ色の実に齧りつきながら、街中を歩いていた。風が吹き、フードが脱げないように手でおさえた。


「おっと」


 息を吐き、笑みを浮かべる。


 フードを脱がないという約束で、一人で街に出ることを許されている。それを破るわけにはいかなかった。


 前に視線を向けると、雑貨屋で品物を眺めている啉杜の姿があった。飛び跳ねるように啉杜のもとに走り寄った。


「啉杜!」


「びっくりした。どうしたんや」


「久しぶりだなって」


「一週間くらいやろ」


「ここで何しているの?」


「うーん、良いものはないかな~思って探してたんや」


「啉杜って雑貨好きなの?」


「いや? 下らんものを集めるのが好きなんや」


 そういう啉杜の顔は笑顔だった。ソウシャと違い、啉杜はすごく感情豊かで、はきはきとしている。


「そうなんだ。そういえば、啉杜ってどんな仕事してるの?」


「ん~、そんな大したことしてないで」


「何でもいいから」


「ん~強いていうなら、ある人の手助けかなぁ」


「手助け?」


「んー、まあ、そんなところ。まあ、気にせんといてや」


「うん……」


 やっぱり、教えてくれない。数日前、ソウシャにも同じ質問をしていた。


『ねぇ、ソウシャってどんな仕事しているの!? お金って働かないと手に入らないよね?』


『……そうですね』


『どんなの?』


『私は特にこれといって何かをしているわけではありません。一緒に居るセンリならご存知でしょうに』


 ときっぱりと言われてしまった。お金の出所が分からない。不思議である。


「センリ、なにか買ってあげようか?」


「ほんと!?」


「ほんとや。あ、でも高いのはダメだからね。俺はソウシャたちと比べてそんなに金持ちじゃないから」


 ソウシャは金持ち発言。


 まあ、薄々勘付いてはいたものの、実際、親しい人から確信の言葉が聞けるとは思ってもみなかった。


 啉杜に小袋を買ってもらった。


「それ、何に使うんや?」


「お金を入れたり、買ったものを入れたり……。あ、そうだ。啉杜にこのオレンジの実、ひとつあげるよ。ザエリさんが、ひとつおまけしてくれたから」


「おう、ありがとうな」


 啉杜がオレンジの実を受け取ったそのとき、人々が騒ぎ始めた。


「どうしたのかな?」


 啉杜もそわそわしている。そして、動物のように耳をピクリと反応させ、僕の頭を抑えた。


「痛いっ」


 無理矢理座らせられ、頭を下げさせられた。まるで土下座をしているようだった。


「啉杜!?」


「ちょっと、我慢せ」


 啉杜に渡したオレンジの実が転がり、街路の中央に転がった。周りを見ると、周りも皆、頭を深々と下げていた。老若男女問わず、地面に頭をつけている。


 そのときだった。


 地面が揺れ、馬と馬車の音がした。街路を次々に通って行き、頭に響いた。


 オレンジの実が、馬車にひかれ潰されてしまう。


 やがてすべての馬と馬車が通り過ぎ、啉杜の手も頭から退けられた。


「ごめんなぁ。手荒な真似して」


「い、いえ」


 額と服に着いた土を払い落す。少し額がヒリヒリする。


「あの……あれって」


 啉杜に視線を戻すと、啉杜は馬と馬車が去って行った方をじっと見据えていた。


「……か」


 啉杜が何かつぶやいたのは分かるが、何を言ったのかは分からない。


「啉杜?」


 啉杜は笑みを浮かべ、驚いているようだった。


「なんや、知らんのか」


 一応、質問は聞いていたらしい。


「えっと、貴族?」


「そうそう。貴族様や」


「でも、どうして、頭を下げるの?」


「貴族様には逆らえんからなぁ。逆らったらこれや」


指を立て首元でスッと動かした。


「ど、どうして?」


「さあ? 昔から」


「いつも通るたびにこうして、頭下げるの?」


「そうそう。それが普通や」


 この街は治安が良い。ソウシャもそう言っていたし、僕もそう感じていた。ソウシャのいう、人身売買が行われているのも一度も見たことはない。


「待って」


「どうした?」


「貴族の家ってどこにあるの?」


「それも知らんのか。ほら、この街路をずっと進んでいったところに、丘があるやろ? そこに、貴族様のお屋敷と国王のお屋敷はあるんや」


「丘の上に……」


「まさか、行きたいと思っているわけじゃないやろな!?」


「え、うん」


「行ったら殺される。絶対に行ったらダメや!」


 啉杜は肩を掴み、僕を揺らした。


 それほど、貴族とは恐れられているのだろうか。それにしては、この街はよく栄えている。貴族に対しての不満もあまり聞いたことはない。


「う、うん。分かった」


「なーんてな。俺の迫真の演技どうやった?」


「え?」


「まあでも、本当に行ったらダメやで。じゃあな、気を付けて帰りな」


 そういうなり啉杜は早々と去って行った。


 絶対に行ってはいけない。それは、階級差というものだろうか。大人の世界は難しい。


 ソウシャなら分かるかもしれない。


 小袋を腰に提げ、足早にソウシャの家に帰った。


          ‡


「おかえりなさいませ、カナデ様」


「ん」


 ろうそくの灯もところどころにしかついておらず、カーテンも閉められ、屋敷内は暗闇と化していた。しかし、誰も灯を増やそうとはしなかった。


 カナデは、カーテンに手を掛け、丘に続く坂をのぼってくる馬車に視線を向けた。


――――無駄足


「カナデ様?」


「あのお客人は、お引き取り願いください」


「し、しかし」


「なにか?」


 使用人の女は、黙り一歩後ずさった。そして一礼すると、部屋を後にした。


 カーテンの隙間から見える街を見下ろした。


 このリルオーフェ神国は、四つの街に分かれている。


ソウシャの家があるイースト・ナルシア街。柩婪の家があるノース・ヒカリア街。水が豊富なサウス・ユティア街。治安が一番悪いウエスト・ワシュア街。


その中央に貴族が住まう丘はある。場所は、ナルシア街に位置する。


 コンッコンッ


 ノック音に振り返ると、男が立っていた。


「例の研究室より、報告。子どもが一人行方不明とのこと」


 カナデはスッと窓の外に視線を戻した。


――――子ども……


          ‡


 その夜、お風呂に入った僕の額には塗り薬が塗られていた。どうやら、地面に頭を付けた際、切り傷が出来たらしい。


「しみた」


「でしょうね。大丈夫ですか?」


「大丈夫」


「啉杜も力強くしたものです」


「貴族って何?」


「貴族様と呼ばれる者でしょうか」


「うん」


「一概には言えませんが、絶対的権力を持つ方たちでしょうか」


「でも、そんなことしたら、貴族嫌いになっちゃう人たちもいるんじゃ……」


「確かにいるでしょう。ですが、貴族の悪口は外で言わない方が身のためですよ」


「え!?」


「商人の中に、稀に貴族が混じっていることがあるのです。ですから、皆、むやみやたらに貴族の悪口を言わないのではなく、言えないのです。現にここ、ナルシア街は多いことで有名ですし」


「ど、どういうこと!?」


「国王は知りませんが、貴族は皆、自分は偉いと思い込んでいます。自分の悪口を言う、つまり、気に食わなければ殺してしまうということです」


「それって!」


 ソウシャは自分の唇に指を立てた。


「貴族に支配されるとは、そういうものです」


「ソウシャは不満なんてないの!?」


「不満……ですか」


「ソウシャだって、こんな肩身狭いところに住みたくないでしょ!? もっともっと良いところに住みたいでしょ!? 世の中もっといいところがあるのに」


「センリ」


「だって可笑しいよ! 僕らも貴族も、皆同じ人間だよ!? なのにどうして、僕らばかり下を向いて歩かないといけないの!?」


 感情的になり、両手を握り震わせていた。


 だって、可笑しい。貴族だろうが、商人だろうが、街人だろうが、関係ない。皆、同じ人間じゃないか。


 どうして、こんな格差が生まれるんだ。


「センリ」


「貴族なんて、どうせバカばっかだから、分からないんだよね。そんな人間みのあるようなことが」


「センリ、それ以上はやめてください」


「だって……。だってさ……。可笑しいよ! どうして、ソウシャは可笑しいと思わないの!? 僕よりここに住んでいるのが長いから慣れたの!? 慣れるものなの!? 分からないよ……。どうして、僕らばっかり」


 僕らばっかり、こんなにひどい目に遭わないといけないんだ。


『チビッ! 助けてッ! 助けッ! チ……』


 僕ら……ばっかり。


「可笑しいのに……」


 ソウシャはまだ乾いていない髪に触れた。


「いずれ分かりますよ」


 ソウシャの手はそのまま下がり、腰の小袋に触れた。


「これはどうしたのです? 高いでしょう? センリの持っていたお金では買えないはずです」


 話を逸らされてしまう。一度話を変えられれば、もうどれだけ聞いても教えてはくれない。


「これ……啉杜に買ってもらった」


 小袋を見せると、ソウシャは笑みを浮かべることなく視線を逸らした。


「それは、良かったですね」


 早々に薬を片づけ、紙と筆を準備し始めた。


 そんなソウシャの背を見据える。


 貴族だから、何なのだ。位が上? そんなの関係ない。


 僕が何も知らないことをいいことに、きっとソウシャは僕をバカにしているんだ。


「ソウシャは今日一日、何してたの? というより、僕がいない間って何してるの?」


 一瞬。本当に一瞬だけだったが、ソウシャは動きを止めた。紙と筆をテーブルに置き、こちらに向き直る。


「家で呆然と過ごしていましたよ。なかなか、帰って来ないなと思いながら」


「ソウシャって……」

首を横に振った。


 どうせ、聞いても教えてくれないことは目に見えている。


「文字、今日も教えて!」


――――ねぇ、ソウシャって何者なの?



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