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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第2章 教えてくれませんか?
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幸せとは


 ときには、知らない方が幸せなときもある。


「何をやっているのです?」


 ボーっと空を眺めていると、すでに先を歩いていたソウシャが立ち止まっていた。


「ご、ごめんなさい」


 ソウシャが生地屋で買った布で、作り直してくれたニスデールを風に靡かせ、ソウシャに追いついた。今日は、街で食料の買い出しらしい。


 そして、そのついでに隣街のヒカリア街に行くことになっていた。まずは手土産代わりにと街中で適当な茶菓子を買った。


「おぉ! ソウシャと僕。よく来たな」


 相変わらず陽気な荻である。


「柩婪はいますか?」


「もちろんさ。ちょっと、待ってな」


 ソウシャはニスデールのフードを被らない。時々被るが、普段は被っていなかった。でも、ソウシャは僕には被るように言った。何故被らなければならないのか聞いても、その答えは返って来ない。そんなに僕の茶髪が目立つだろうか。確かにここら辺では、茶髪の者は少ないように感じるが、全くいないわけではなかった。


 柩婪を呼び、先に戻ってきた荻に、茶菓子を渡した。


「これはこれは、嬉しいのぉ」


「何だよ」


 会うたび半ばキレ気味の柩婪に、ソウシャは蔑んだような笑みを浮かべていた。


「まあ、外で話しましょうか」


 ソウシャは僕の手を引き、外に出た。店の裏手にまわり、森の中に入る。その後を柩婪もきちんとついてきていた。


 適当な場所で立ち止まり、手を解かれる。


 先に口を開いたのは柩婪だった。


「二日連続、俺の家に来るんじゃねぇよ」


「別に良いでしょう。住まわせてあげているのですから。それに一日待てと言ったのは柩婪ですよ!」


 柩婪は気に食わないようだった。


 というよりも、住まわせてあげているというのはどういうことだろうか。


「それで、どうでしたか? センリのことで、分かったことはありますか?」


 柩婪は懐から紙の束を取り出した。しかしそれをソウシャに手渡すわけでもなく、宙に飛ばした。花びらのように紙が舞い落ちる。


 だが、それをソウシャは怒るどころか、笑みを浮かべ見ていた。そして、小さなため息を吐いた。


「やはりそうですか……」


「残念だったな」


「そのようですね」


 手を唇にあて、考える仕草をする。その様子を柩婪は面倒くさそうに見ているだけだった。


 一体、何を考えているのだろう。


 ソウシャと目が合った。だが、すぐに逸らされ散らばっている紙に視線を向けた。


「柩婪」


 柩婪はソウシャを見た。


「ひとつ、お願いがあります」


          ‡


 街での買い物。まだまだお金の仕組みが全く分からない。


「センリは何が好きですか?」


「え?」


「食べ物です」


 野菜を売っている商店の前で立ち止まり、ソウシャはそう聞いてきた。僕の好きなもの? 僕に好き嫌いなんてあるのか分からない。あの場所では、毎日、朝、昼、夜と決まった食事しか口にしていない。それ以外に、食べ物は何も知らない。


「分かりません」


 ソウシャは当然といった様子で、野菜を買いはじめた。


 次にお肉屋に顔を出し、適当にお肉を買っていく。次に、魚屋、果物屋とまわる。


「ザエリさん、先日はお世話になりました」


 ザエリに遠回しに嫌味を言っているのが伝わってくる。


 ソウシャは案外、面倒で怖いタイプらしい。一番敵にしたくない。


「こ、こちらこそ」


「果物を頂けますか?」


「きょ、今日はサービスしといてやるよ」


「ありがとうございます」


 主婦かと突っ込みたくなる気持ちを抑え、隠れて小さな笑みを浮かべる。


 ザエリと目が合い、ザエリは興味津々にソウシャに問うた。


「こいつが、この前の餓鬼か?」


「えぇ、そうです」


「名は?」


「センリといいます」


 ザエリはセンリのニスデールに手を伸ばした。反射的に身構えてしまうが、ザエリは手を出してはこなかった。ニスデールの布を数回触り、呆れ顔を浮かべた。


「また上質な布だな」


「構いません。あの方の目は確かですから」


「生地屋のババアか」


「そんなことを言っていると、怒られてしまいますよ」


 果物屋を後にし、ソウシャの屋敷に戻った。


 素早くソウシャが昼食を作り始めた。


 包丁の音、水の音がしている。


 縁側に座り、貰った絵本を開く。全く読めない。


――――なんか、ソウシャってお母さんみたい


 そんなことを本人に言えば、即抹殺されそうである。


 小鳥のさえずりを聞きながら、ふと思い出しソウシャを見た。長い髪を揺らしながら、料理をしている。


「何でしょう?」


 ビクッと肩が震えた。僕は今、ソウシャを見ただけで声は掛けていない。近づいたわけでもない。どうして、分かった?


「あ、いや……」


「聞きたいことがあるなら、聞いていただいても構いません。答えるかは別ですが」


 聞きたいこと……。


 そんなものたくさんある。でも、きっと答えてくれない。


「じゃ、じゃあ、柩婪さんから何を聞いたのですか?」


 カタカタと箸の音が聞こえる。


 ソウシャはすぐには答えなかった。多分、答えるべきか答えないべきか考えていたのだろう。


「何もわからないということを聞きました」


「え?」


「まだあなたには、あの紙に書かれていた文字は読めなかったでしょう。ですが、そこに書かれていた文字の中で、共通していたのは、情報なしという文字ばかりでした」


 ソウシャはこちらを一度も振り向くことなく、器用に料理を続けている。余談だが、ソウシャの作るご飯は美味い。


「そうですか……」


 結局、ソウシャは本当のことを言っているのか分からない。肩を落とし、ソウシャに背を向けた。


「敬語、やめていただけませんか?」


「え?」


 驚いて振り返ると、お皿を両手に立っているソウシャがいた。テーブルに出来上がった料理を並べていく。


「私は他人と敬語で話すのが嫌いなのです。私は敬語ですが、どうも相手に敬語を使われることは苦手なのです」


「でもっ」


「構いません。子どもは子どもらしさが一番です」


「……分かりま、分かった」


「それから、柩婪や啉杜をさん付けで呼ばなくても大丈夫ですよ」


「どうして?」


「彼らこそ、他人から敬語を使われるなど気持ち悪いと思っているはずですよ」


 ソウシャは苦笑を浮かべていた。ソウシャと柩婪、啉杜の繋がりは分からない。でも、親しいことだけはわかった。


「出来ましたよ」


 湯気がたちのぼる料理を見ると、いつも泣きそうになる。


 あの場所にいたときは、ご飯は全部冷めていた。冷たいご飯、ぱさぱさなパン。冷たいスープ、生ぬるい飲み物。思い出したくもない。


 向かい合い、料理を食べる。


 うん、やっぱり、ソウシャのご飯は美味い。


 ついつい口の容量をオーバーして、たくさん頬張ってしまう。そんな僕を見て、ソウシャはいつも笑みを浮かべる。この時間が僕にとって一番楽しい時間。ソウシャが必ず笑みを浮かべてくれる、大切な時間。


 ソウシャは毎回、違う料理を出してくる。今のところ、ご飯やパンの種類は別として、同じ料理を出されたことはない。それくらいソウシャが料理上手なのは分かるが、理由は分からない。ただ単に飽きやすいというわけではなさそうだ。


 そして、一番分からないことがあった。それは、ソウシャは料理をたくさん作るにも関わらず、自分はあまり食べないことである。朝、昼、夜、関係なしにあまり食べず、食べても数口ずつ程度で、とてもお腹が満たされるほど食べているところを見たことはない。それくらいで満たされるほど小さな胃袋の持ち主だとしたら、もう少し激ヤセしていてもいいくらいであるが、それほど痩せ細っているわけでもない。タツの方が、痩せ細っていたくらいだ。


 ソウシャはいつも先に食べ終わると、食器を片づける。でも、僕が食べ終わるまできちんと待っていてくれる。決して急かすわけでも、じっと見ているわけでもない。ただ同じ部屋にいてくれるだけだったが、それでも嬉しかった。


 食べ終わり、絵本をソウシャから与えられた部屋から持ってくると、ソウシャが紙と筆を準備して待っていた。


「さあ、勉強しましょうか」


 昼間は僕がソウシャに付き合う。その代り、夜間はソウシャが僕に付き合う。


 二人と一匹で住むには広すぎる家。きれいな服。満たされる以上の食べ物。僕のことを見放さない人間の男。僕は今、とても恵まれている。


 これが俗にいう幸せというものだろうか。だとしたら、今僕はとても幸せだ。ソウシャに拾ってもらえて、とても幸せだ。


 あの恐怖に戻らなくていい。もう、怖いものなんて何もない。そう思うだけで、嬉しかった。


 教えてもらいながら筆を動かす手に、涙が零れ落ちた。


 ソウシャは少し驚いていたが、それ以上の動揺はなかった。


「ご、ごめんなさい……」


 筆を置き、急いで涙を拭う。止めようとすると、咳き込んだ。


 そんな僕を見たソウシャは、そっと僕に近寄り背を撫ではじめた。


「泣きたいときに泣くからこそ、良いのですよ」


 そんなことを言われたら、涙が止まらなくなる。


 泣いてばかりではダメだと思うのに、思えば思うほど涙は出てきた。


 自分は今、とても幸せ……。でも、僕は……幸せになってはいけない人間……。ソウシャ、僕を幸せにしないで……。


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