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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第1章 あなたは誰ですか?
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ナルシア街

 ソウシャと出会い一週間が過ぎたある日のこと。


「ナルシア街?」


「はい」


 首を横に振った。それを見たソウシャは、少しも驚くことなく見据えていた。


「リルオーフェ神国は、四つの方角に街が分かれています。その中でも一番栄えている街が、ここイースト街に位置するナルシア街です」


「分かりません」


 ソウシャは困ったように立ち上がると、廊下に出た。一度こちらを見て、廊下を歩き始めた。


 ついて来いということだろう。


 急ぎ立ち上がり、ソウシャの背を追った。ソウシャが入った部屋は、あの服がたくさんある部屋だった。皆は衣裳部屋と呼んでいる。


 ソウシャは無言で何やら服を探し始めた。キョロキョロとウロウロとしていた。


 しばらくして、探しものはなかったようで諦めたソウシャは、白い布を取り出し縫い始めた。針と糸を使い器用に縫っていくその様子は、とても美しいものだった。その様子を、ただただじっと眺めていた。


 それから十数分後、縫い終わった布を持ってきた。僕の前にしゃがみ込み、布を被せてくる。


「わっ」


「出歩くには、君のその姿では少々面倒ごとになりそうですので、仮服ではありますが」


 着せられた服は、足首まであるニスデールだった。左側に結び目があり、茶色の房紐が可愛らしい。


 明るめの茶髪、瞳に合っている。


 ソウシャがいつも着ているニスデールも白く、房紐は薄水色だった。


 白い服が怖かったはずの自分が、白い服を着ていた。でも、もうそこに怖さはなかった。寧ろ、安心を与えてくれたソウシャの色、白が好きになっていた。ソウシャと同じような服を着られたことが嬉しいあまり、フードを被りくるくると回った。


「ありがとうございますっ!」


 足がもつれ、危うく倒れそうになるが、スッとソウシャが手を差し伸べてくれた。


「行きましょう」


「あ、はいっ」


 街に出ると、同じようにニスデールを着ている人々や軽装、民族衣装などを着ている人々もいた。街では、あの日と同じように、商人の売り声が飛び交っていた。人々が硬貨と引き換えに、野菜や服などを買っている。平和な街である。


「はっ」


 気づけば、ソウシャは随分と先を歩いていた。急いでソウシャを追いかけた。


「そうッ」


 人ごみのなか、思うように進むことが出来なかった。人ごみに紛れ、ソウシャの姿を見失ってしまう。必死に人の間をぬっていこうとするが、人の波に流されてしまう。もう少し自分が大きかったら、良かったのだが……。


 そのとき、ふいに伸ばした手を誰かが掴んだ。そのまま半ば強引に引っ張られる。


「うわっ」


 人ごみから抜け、見上げると無表情のソウシャがいた。


「ソウシャ!」


「私から離れないでください。これほど豊かな街でも、人身売買はあるのですから」


 そういうソウシャだったが、ソウシャはスッと手を離し再び歩き始めた。


 そう言うのなら、最後まで手を繋いでくれていてもいいのに。


 そんなことを思いながら、必死に後を追った。


 しばらく歩いたところで、店に入って行った。


「おぉ! ソウシャか」


「お久しぶりです、荻さん」


「最近顔見ねぇから、死んじまったのかと思ったよ」


「来る用がなかっただけですよ」


「用がなくても、来てくれるだけで嬉しいのだけどな」


 ソウシャは微笑んでいた。


 家でもあまり見せることのない笑みを、この荻の前ではするのである。少しだけ、寂しかった。


「柩婪はいますか?」


「いるよ。ちょっと待っていて」

荻はそういうと、店の奥の方にいってしまった。


「あの……荻さんって」


「先日家に来ていた柩婪を覚えていますか?」


「はい」


 確か、髪を後ろで束ねている黒い長髪の男だった。


「その柩婪の父親が荻さんです」


 それで親しいわけである。


 数分後、荻と一緒に柩婪がきた。やはり後ろで髪を束ねていた。


「なんだよ、お前から来るなんて珍しい」


 ソウシャは懐から小袋を取り出し、柩婪に手渡した。


「お願いがあります。彼、センリのことを分かるだけ調べてください」


 柩婪はつまらなそうな顔をしていたが、小袋の中身を確認すると、ため息を吐いた。


「分かったよ。一日待てよ」

そういうなり柩婪は奥へと消えていった。


「何を渡したのですか?」


「調べていただくための対価です」


 そういって店を出ようとするソウシャに荻が声をかけた。


「また来てくれよ」


「明日にはもう一度来ますよ」


 店を後にし、街路を歩いた。


 そしてある生地屋に寄った。


「いらっしゃ~い! なんだ、ソウシャかい」


「この子に見合う布を頂けますか?」


 ソウシャはそういって僕の背を軽く押した。商人は僕の被るフードを脱がし、薄ら笑みを浮かべた。


「また、面倒なものを引き入れたねぇ」


「構いません。私が好きでやっているのです」


「よしきた。少し待っていな、この子に似合う布を探してあげるよ」


 それから、商人の言われるがままに布をあてられていった。いくつもいくつも試された。


 三十分くらい経ったころ、ようやく布が決まった。


「どうだい? ソウシャ」


 ソウシャは布を触り、僕と見比べた。そして、僕のフードを被せた。


「それにしましょう」


「ソウシャからだったらたくさんお金頂いても良いわよね!?」


「冗談は程々が身のためですよ?」


「仕方ないねぇ。八十リオーフェで許してあげる」


 ソウシャは素早く八十リオーフェを払い、生地を受け取ると店を後にした。


 店から少し離れたところで、ソウシャがため息を吐いた。


「悪い人ではないのですよ」


 ソウシャが苦手な人であることはわかった。


「あの」


「どうしましたか?」


 帰路を歩くソウシャの歩幅は、行きよりも小さくなっていた。おかげで、並んで歩ける。


「その……お金のこと、教えてください」


「何故です?」


「僕ここで過ごすうえでいろんなこと、知っておきたいです。この街のことが好きになりました」


 ソウシャは一瞬戸惑っているようだったが、すぐに頷いた。


「良いでしょう。私の分かる限り、教えてあげますよ」


 家に帰ると、ソウシャはテーブルに四種類の硬貨を並べた。それぞれ、大きさにそれほど差はないものの、絵柄が違う四枚だった。色も銅、銀、金、白金と違う。


「ここリルオーフェ神国で主に使われている硬貨はこの四枚です。この銅色の硬貨一枚で、一オーフェといいます。この銀色の硬貨一枚で、一リオーフェといいます。この金色の硬貨一枚で、一ルオーフェといいます。この白金色の硬貨一枚で、一リルオーフェといいます。ここまでわかりますか?」


 僕は大きくうなずいた。


 何となくわかった。その順番を覚えるのには、少々時間を要しそうである。


「百オーフェ=一リオーフェ。千オーフェ=百リオーフェ=一ルオーフェ。千リオーフェ=百ルオーフェ=一リルオーフェです」


 わけがわからない。頭の中は、はてなだらけである。


「え、えっと……」


「ここで何度も聞くより何度か使うことで、段々分かってきますよ」


「ご、ごめんなさい」


 硬貨を片づけ、テーブルに紙と筆を置いた。


「字はどのくらい書けますか?」


 恥ずかしいことに、字の読み書きは全く出来ない。絵なら多少描けるが、字は全くといっていいほど、書く機会が無かったために覚えてもいない。両親に習った覚えもない……。両親? そういえば、自分の両親はどこにいるのだろうか。記憶にすら無かった。


 筆を手に持ち、適当に書いてみた。


 やはり、字は分からない。自分で何を書いたのかすら分からなかった。


「ごめんなさい、字はわかりません……」


 ソウシャは大して驚きはしなかった。字が書けないと始めから分かっていたようである。ソウシャは筆と紙を片づけようと、紙に手を伸ばしかけ止めた。僕が不思議に思っていると、ソウシャは僕が書いたものをじっと見つめていた。そして、紙を丸めごみに捨て、こちらを見た。


「これをどこで知りましたか?」


「え?」


「センリが今書いたそれは、どこで知りましたか?」


 どこでと聞かれても、自分は適当に書いただけである。特に意味もない。


「適当に書いただけです」


「適当ですか?」


「はい。特に思いついて書いたわけではありません」


 ソウシャは不思議そうに僕を見据えていた。


 やがて視線を逸らすと立ち上がり、本棚から一冊の本を手に取った。それは絵本と呼ばれるもので、昔いたあの場所にもあった。ソウシャから絵本を受け取った。


「まずはそれが読めるようになると良いですね」


 ページを捲ると、半分が絵、半分が文という絵本だった。あの場所にいたときも、絵本はあったものの読んだ覚えはない。読めるはずもなく、ただただ絵を楽しんでいたに過ぎなかった。これは、絵を楽しめというわけではないらしい。


「これから毎日、字を教えてあげます」


「ほんと!?」


「はい」


 絵本を抱きしめ、無邪気な笑みを浮かべた。新たなことを知ることが出来る喜びを、この日、はじめてたくさん知った。


 ふと顔をあげると、ソウシャがいなくなっていた。この広い家の中、いつもべったりくっついていては、ソウシャも嫌がるだろうと絵本をじっと眺め続けた。まだ、どんな物語なのかは全く分からない。でもいつかきっと、分かる日が来るのかもしれないと思うだけで、今からわくわくしていた。


 僕はもっとたくさんのことを知って、今までできなかったことをやる! そして、本当の自分を取り戻して、アイツらに復讐してやるんだ。僕らを苦しめた『親』という名の悪魔たちを……。


          ‡


 ソウシャはセンリを置いて、二階にきていた。窓から外を眺めていると、テトゥーがぴょこぴょことやってきた。


「どうしたんだよ、浮かない顔して」


 テトゥーの声に、深いため息を漏らし背伸びをした。


「珍しいなぁ、ソウシャがため息ばかり吐くなんて」


「少々厄介な拾いものをしてしまいました」


「あの男の子か?」


「はい」


「どこにでもいそうな普通の男の子だろう?」


「そうなら良かったのですが」


「大体、なんで拾ってきたんだよ」


「私の願いを叶えてくれそうな……、そんな気がしたからです」


「ソウシャの例の願いか」


「はい」


「でもどうして?」


 ソウシャはセンリと出会ったときを思い出していた。


 もともとあまり外を出歩かないソウシャは、久々外に意味もなく出ていた。単なる散歩のつもりだった。そこで、あの騒ぎに出会ったのだ。はじめは見て見ぬふりをしようと思った。だが、少し覗いてみるとセンリのぼろい服がめくれ見えた肌に視線がとまった。まさか、こんなところでソレに出会うとは思ってもみず、気が付いたときには、センリを助けてしまっていた。


「センリの背に、あの焼印があったのです」


 あのとき見えたセンリの背には、忌まわしき紋章の焼印が見えた。


 そして、その焼印に気付いたのはソウシャただ一人である。


「マジかよ……。それっだって、ソウシャ……」


 ソウシャは哀しげな表情を浮かべていた。ニスデールを脱ぎ落とし、帯を解く。はだけた胸元の左側に、センリの背にある焼印と同じ焼印が刻み込まれていた。


「ソウシャ……」


「テトゥー」


「どうした?」


「私と同じ目にあったセンリを、放っておけるはずがないじゃないですか……」

そう言い、顔を隠すソウシャの頬には涙がつたっていた。


「ソウシャ……」


「私は『親』を探したいのです」


 この焼印は、テトゥーには見えるが、啉杜や柩婪には見えない。


 何故なら、この焼印は『普通の人間』には見えないのだから。


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