迷い子
皆さん、こんにちは
柩梁ろくです
2ヶ月ほど休載させて頂いていました。申し訳ありませんでした。
今日より投稿を再開させていただきます。
ただ、以前のように10日に1度の投稿を目安とするのはとても難しいため、完全に不定期とさせていただきます。できる限り早め早めを心がけていきたいと思いますので
今後とも柩梁ろくと「奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ」よろしくお願い致します!!
ソウシャがセンリと出会う六十年前……。
センリとの別れを乗り越えた私と柩婪は二人、高天原の街中を歩いていた。普段は静かめな高天原も、このときばかりは聖誕祭が行われ賑わっていた。森の木々や街のなかの木々には、綺麗な飾りつけが施され、どこの屋敷からも明るい声が聞こえてくる。
活気あふれる街の夜店も普段とは違う顔をしていた。私は柩婪にお金を渡し、微笑みかけた。
「どうぞ、好きなのを買ってきてください」
「え、でも……」
「構いませんよ、柩婪」
私の顔を見て、柩婪は心から嬉しそうに笑みを深め数歩私の先を歩き始めた。
「ありがとう、奏者」
そしてそんな柩婪が真っ先に向かったのは、言うまでもなく本屋であった。あの様子では、あげたお金すべてを本代につぎ込みそうであるが、それが柩婪なのだからと呆れ笑みを浮かべ柩婪のもとへ歩み寄った。
柩婪が本を選んでいる間、その背後の夜店で布を手にとり見ていた。
「これはこれは、リルオーフェ様じゃあないか。今日はお買い物かい?」
「はい。少しだけ散歩です」
「久しぶりに見たと思ったら、立派な神になっているようで」
「ジェシーさんもお変わりないようですね」
「やだ~、ジェシーさんだなんて。幼いときのように、、ジェシーで構わないわよ」
「それはすみませんでした」
この人をよく知っているような気がする。でもどうしてだろう、会ったことはあるような感じがするのに、何となく今はじめて会ったようにも感じられた。ジェシーという名は知っていたが、呼び捨てにしていることは知らなかった。
「あのジェシー」
「ん? 何だい?」
「私の幼いころをご存知ですか?」
「あぁもちろんさ。リルオーフェ様が生まれたときから知っているさ」
私の知らない過去を知っている……。
「ジェシー、それを教えてくれませんか?」
「え? どうしたんだい?」
「その……。昔の私はどんなだったかなぁと思いまして」
「普通の神なら、何となくでも覚えているものだよ? まさか、リルオーフェ様はお忘れかい?」
柩婪を一瞥して、取り繕うように笑みを浮かべひとつの布を手に取った。
「いえ、ただ皆から見てどんな風だったのかなと思っただけです。ジェシー、この布をください」
柩婪と共に屋敷に帰り、二人で広間に並び思い思いに過ごす。私は買った布で何かを作りはじめ、柩婪は買ったばかりの本を読み始めていた。
こうなれば、二人はとても静かになる。
翌日、私は神力を使わず作る布を手に、庭に出ていた。心地よい風を感じながら、せっせと手を動かしていた。そのとき、ふと街の方を見ると活気ある男の子が店の間をぬうようにして、逃げ回っていた。どうやら何かを盗んでしまったようだ。私は気にせず、針を再び動かし始めた。
翌日、私は足りない布を買いに一人で街へ下りていた。ジェシーのもとに行くと、ジェシーは快く値下げして売ってくれた。その帰り、視界の隅に人影が通り過ぎていった。何だろうかと首を動かし覗くが、もう既にそこには誰もいなかった。歩き出そうと一歩踏み出した瞬間、夜店の神使とぶつかってしまった。
「申し訳ございません! リルオーフェ様!」
「大丈夫ですか?」
手を差し伸べるが、私の手を取ることなくそのまま立ち上がった。その目に映る私は、高貴な神という飾りだけであった。
「ほ、本当に申し訳ありません。盗人を追っていたのです!」
「盗人?」
「最近ここの街で多発しているのですが、その盗人がおいらのところに現れたのです。それで、追っていて……」
盗人。神にも二種類いる。簡単に言えば、良い神と悪い神。善神と邪神。
それから数日後、私はようやく服を作り終えた。
私は、気分変えに街に出ていた。
行われていた聖誕祭も無事に終わり、今は再び静けさを取り戻していた。生地屋に顔を出すと、ジェシーは出てきたが、何やら苛立っているようだった。
「どうかなさいましたか?」
「誰かと思ったら、リルオーフェ様かい」
「はい、どうかなさいましたか?」
「盗みだよ」
「盗み?」
「ここ最近、この街を狙った盗人を知らないかい?」
あぁそういえばそんな噂もあったと、頷いた。
「あぁ……」
「朝ここに生地を並べていて、少し目を離したすきに無かったのさ。驚きだよ」
この街で、何故盗みを働かせるのだろう?
ジェシーと別れ、街中を散策していた。静かな店々には、普段通りの品物が並びやる気なさげな店主がいるだけだった。特にこれといって変わった様子はない。
――――ジェシーの勘違いではないのでしょうかね……
そんなことを思い始めたそのときだった。突然、屋根から人が降ってきた。猫のように屋根から飛び降り、綺麗に地面に着地したその男は、あの日、庭から見た男の子だった。口には、短剣を銜えている。
よろけながらも立ち上がり、こちらに向き直り見据えてきた。
「えっと……」
その男は私を舐めまわすように見た後、ニヤリと笑みを浮かべ腕を掴んできた。
「ついて来い」
「え!?」
そのまま私は見知らぬ場所まで連れて来られてしまった。
疲れを知らない私の手をひく、男の子は少し疲れているようだった。私の腕を離し、向き直って短剣を懐になおした。
「あなたは誰ですか?」
「俺? 俺はチヅカ。あんたこそ、良い身なりしているが、誰だ?」
「私はソウシャ=オオミカミ=リルオーフェです」
「りるおーふぇ? ……もしかして高貴な神のリルオーフェ様か!?」
「まあ……そうです」
「へぇ。それはいい」
この男は、あの日確かに神や神使、式神から逃げ回っていた。だとするならば、この男の子こそが……。
「ひとつ質問しても良いですか?」
「あぁ?」
「あなたが盗人ですか?」
「俺が? ちげぇよ」
「ですが、先日追いかけられていましたよね?」
「盗まれたものを返しに行こうとしたら、追いかけられただけだ」
「生地屋の生地を盗みましたか?」
「はあ? あいつらそんなことまでしているのか!?」
「え?」
あいつら?
男は頭をポリポリと掻き、深いため息を漏らした。
「なあ、あんた、リルオーフェって言ったか?」
「え、あ、はい」
「ちょっと時間ある?」
正直そろそろ戻らなければ、天照大御神にも柩婪にも怒られてしまう時間だったが、なんとなく今はそんなときではないのではないかと思っていた。
「はい、少しだけでしたら」
「じゃあ来いよ」
再び手を引かれ、森の奥の奥に入って行った。
木々の間を抜け、茂みの中を抜けたその先に、小さな少しぼろい家が建っていた。そこは草が生え、蔓も家に巻き付いているが、広さはあるようだった。
「ここは……」
きょろきょろとしていると、その家から子どもたちが十数人出てきた。驚く間もなく、チヅカを取り囲んだかと思いきや、私をもの珍しそうに囲み始めた。
「わぁ、綺麗なお洋服!」
「ねぇねぇ、おじさん誰?」
「どこから来たの!?」
「なあ名前は~?」
困惑して、チヅカに視線を向ける。
「あ、あの、チヅカさん」
「チヅカでいいよ。わりぃ、驚かせたな」
「あのこれは……」
チヅカは十数人の子どもたちに声かけをした。すると、子どもたちははしゃぎながらも家の中に戻って行った。静かになったそこに子どもの姿は一人も……いや、いたようだ。ドアの前で一人、こちらを凝視している男の子がいた。見た目は小学低学年くらいに見えるが、ここは高天原。人間とは違うため、見た目によらず歳をいっているのかもしれない。だが、私はその子から視線を逸らせなかった。まだ残っているその子を見て、チヅカはポンポンと背を押し、家の中へと入れた。
「驚いたか?」
「まあはい……。あの、ここはどこですか?」
「流石高貴な方は、こんなところは知らないか」
「申し訳ありません……。勉強不足でした」
「いやいや、責めているわけじゃないんだ。気にするなよ。それよりあんたは、子ども苦手じゃないか?」
「え……。あ、はい特には……」
「じゃあ、入れよ。生地を盗んだバカ者がいるだろうからさ」
チヅカの後を追い家に入ると、比較的広めな部屋の壁沿いに複数の扉が並んでいた。どうやら三階建てらしく、子どもたちが上から顔をのぞかせていた。
外観に比べて、なかはとても綺麗に掃除され、整理整頓が行き届いているようだった。呆然と立ち尽くしていると、チヅカが二人の子どもの服を引っ張り私に差し出してきた。二人の子どもは、俯きながらチラッと私を見る。私が困惑していると、チヅカは二人の背を押した。
「ごめんなさい!」
その一言で、あぁ犯人はこの子らかと納得した。綺麗に折りたたまれた布をチヅカが差し出しながら、深々と頭を下げた。
「悪い! 子どものやったことだから許して欲しいとは言わねぇけど、こいつら俺のために盗ってきたみたいなんだ。俺があとできちんと謝りに行くから、とりあえず許してほしい」
二人の子どもたちも頭を下げていた。だが、生地を盗まれたのは私ではない。
「顔をあげてください。謝るべき相手は、私ではありませんよ。二人とも。そして、チヅカも」
チヅカと二人の間には小さな笑みが浮かんでいた。
「良いか、二人とも。後で謝りに行くぞ」
二人は大きく頷き、はい! と元気よく言った。
「よし全員、動きやすい服に着替えて来い。特別授業をしてやる!」
「ほんと!?」
「やった! 急いで着替えに行こうぜ!」
子どもたちは一斉に各部屋に入って行った。突然訪れた静かな時間に、私は苦笑を浮かべることしかできなかった。
しかしふと見ると、広い部屋の隅で紙に何かを書いているあの男の子がいた。それを見つけたチヅカは男の子に近づいて行った。
「早く着替えておいで、ナオ」
ナオと呼ばれた男の子は、急いで部屋へ入って行った。
こちらに戻ってくるチヅカに視線を向ける。
「ナオというのですね」
「あぁあの子は人見知りがあってな。ちょっと面倒な子なんだ」
「ここには子どもだけですか?」
「そうだよ。大体生まれてから三十年も経っていない子ばかり」
「孤児院か何かですか?」
「ううん。俺がただ拾って育てているだけ。神や神使、式神とかがいる」
「神使? 神が死ねば神使も死んでしまうはずです。式神もそれは同じでは?」
「こう考えてみてよ、神が自分と契約した神使と式神との契約を解消せずに捨てて、その神は生きているってことだったらどうだ?」
「あぁなるほど……。筋は通っています」
「ここにいるのは、誰かしらか棄てられた者ばかりだよ」
「チヅカはどうしてこの子たちを?」
「暇だからかな」
「暇?」
「俺、一応こう見えても神なんだが、邪神寄りの善神だからちょっと面倒でね。家から逃げて来たのさ」
「そんな神もいるのですね」
ちらほらと着替えて顔を出し始めた子どもたちを見て、チヅカは私に向き直った。
「時間あるだろ? こいつらにあんたから神力教えてあげてほしい。良いか?」
突然すぎることに、私の脳内は処理しきれていなかった。
「えっと……」
「頼む! 俺が教えられる範囲って限られているから、教えられないんだ。なかには俺の上行っているやつとかいるから、もうそれ以上高度な神力を教えられなくて、困っていたところなんだ」
「で、ですが……」
「あんた高貴な神なら、誰も知らないようなやつも知っているだろうけど、そんな秘術は教えなくていいから、高度な神力を教えてあげて欲しいんだ」
「ですが……」
「頼む!」
チヅカの必死な頼みに、とうとう私は折れて教えることとなった。
続々出てくる子どもたちに、外で神力を教えていった。子どもたちは、教えればすぐにコツを掴みどんどんのびていく子と私が言っていることを理解できずに苦しむ子がいた。そのなかでも、数人が飛びぬけて抜群の神力を誇り、私が教えらばすぐに出来、そのまた更に上を進んでいった。その数人のなかにはナオの姿もある。
ナオは私と視線を合わせようとも、必要以上に近づかせようともしなかったが、言うことは聞いているようで、やってみてと言えばすぐにやっていた。下手すれば、ここにいる子たちのなかで、最も神力が強いのではないだろうか。
「チヅカ」
「どうだ?」
「皆一生懸命にやっていますが、ひとつ聞いてもいいですか?」
「どうした?」
「ナオは、この中で最も力が強いのではないですか?」
「あんたなら気づくと思っていたが、やっぱり気付いたか」
「それが面倒だと言いたかったのですか?」
「そうだ」
「あの子は一体何ですか? 神というわけでも神使というわけでもないように感じられます。式神ですか?」
「いいや、禁忌の間に生まれた子だ。神と神使の間に生まれた、神にも神使にも成れなかった失敗作、ナオ」
「その力の強さは、双方から譲られたものでしょうか」
「そうだと思う。神使には使えない神の力が一部使えるし、神には使えない神使の力が一部使える。本当にどちらにも属さない神と神使の間の子。だから危ういんだ、あの子はここにいる誰よりも」
「神が死ねば神使は死に、神使が死ねば神は死にます。つまり、その間ならばどちらが死んでもナオは死んでしまうということですね?」
「神と神の間に生まれた子は、その神が死のうとも死ぬことはない。それは個人として別格扱いになるからだ。でも、双方に属さないということは双方に属すことにもなるナオは、神が死ねばナオは死に、神使が死ねばナオは死に、そしてナオ自身が死ねば両親である、神も神使も死んでしまう可能性が高い」
ナオはきっとそれを幼いながら理解しているのだろう。人見知りになったのにはほかに理由があるのかもしれないが、基本的に家から出ず、争い事も必要以上にしないのは、自分が怪我したり不運に巻き込まれたりして死んでしまわないようにするためなのではないだろうか。自分が死ねば、両親の神も神使も死ぬ。だからこそ自分が生きていなくてはいけないと、そう思っているのではないだろうか。
よく見てみれば、ナオはほかの子どもたちから一線離れたところで神力の練習をしていた。それは、他の子どもたちのこぼれ球が当たらないようにしているのかもしれないと考えれば、合点がいった。ただ単に人見知りというわけではないようだ。考え方によっては、その人見知りでさえ作っているものなのかもしれない。
チヅカの隣を離れ、皆に順番に神力を教えていった。私も教えることに関しては初心者。教え方もそれなりに下手なものであったが、それでも子どもたちははじめて知るその神力に、目を輝かせて聞き、試してみていた。新たな神力を覚えたことで、それと知っている神力を合わせた神力を考え出す子もいた。発想力が豊かでよろしい。そんな子どもたちを微笑ましく思う。
時間を忘れ、気付けば夕暮れ時を迎えていた。人間と違い、食事を必要としない私たちは練習の後、何時間も談話を続けていた。真夜中になり、今から二時間程度、子どもたちの自由時間なのだという。私はチヅカの部屋に招き入れられ、お茶を飲み交わした。
「今日はありがとうな。本当に助かった。久しぶりに皆のあんな輝いた目を見たよ。よかったぁ」
クスクスと笑い、お茶を置く。
「それはお役に立てたようでよかったです」
「俺、あんたに謝らないとな」
「え?」
「高貴な神だっていうのに、あんた呼びしちゃっているしため口だし、いろいろと迷惑かけちゃってさ」
「いえそれは構いませんが、時間的には怒られるかもしれないですが」
「貴族って探されたりしねぇの?」
「しますよ?」
「え!? じゃあ早く帰れよ」
「連れてきたのはあなたですよ、チヅカ」
「あ、わりぃ。本当にわりぃ」
「構いません。乗り掛かった舟です、もう一緒に乗りますよ」
「怒られたら俺のこと責めてていいからな!」
「いえ、大丈夫です」
屋敷を出て、こうして出会った誰かと談笑する日が来るとは思っていなかった。センリを亡くし、柩婪とともに歩み始めた最中の出来事。きっと柩婪は今、血眼になって探しているだろう。そんな柩婪の必死さを考えると、自分にも少しは生きる価値があるのかもしれないという戯言を思いつく。
穏やかな笑みを浮かべる私に、チヅカは真剣な眼差しを向けていた。
「リルオーフェはどれくらい自由がある?」
「え?」
「あんたの権限はどれくらあるんだ」
「……チヅカ」
チヅカと視線を交わらせる。もしかしたらチヅカもそうなのかもしれないと思うだけで、なんだか心がずっしりと重くなってしまう。私は高貴な神。でも、そんなものに入れ込んでくる者は嫌いだ。
「私は高貴な神かもしれません。ですがそれを、利用しようとするひとは嫌いです」
「わ、悪い……。そんなつもりはなかったんだ」
「私は高貴な神と思われたくありません。ですからチヅカのその態度が、とても好きですよ」
「……ただ俺、もうすぐ死ぬかもしれないんだ」
「え!?」
そのとき、部屋の外に誰かの気配を感じ取った。だが、チヅカは気づいていないようで、話を続けた。
「俺には一応神使がいる。だけどその神使は優秀だからと母神様にとられてしまった。神使の心の闇は神に痛みとなって現れる。最近、少し歩いただけで疲れるようになったんだ。皆にはそんな姿は絶対に見せないが、これでも結構きついんだ」
「そんなふうには見えませんでした……」
「俺は大根役者じゃないってことだな」
「昔、私も一度神使に蝕まれ続けたことがあります」
「神使を切ったのか?」
「……それは言えません。ですが、その痛みの大きさはわかります」
神使や神の体内に、どちらかの悪魔を住まわせることは禁忌とされていることである。高度の神力故に、公表もされておらず、知っている者は少ない。それをチヅカに話すわけにはいかなかった。
「どのくらいまで進んでいるのですか?」
「多分、一ヶ月はもたないだろうな」
ガタッ
やはり扉の向こう側に誰かいたらしい。
チヅカは驚いて、慌てて扉を開けた。すると俯くナオが立ち尽くし震えていた。
「な、ナオ。この時間は部屋で自由時間だよ?」
何も言わないナオだったが、チヅカの話を聞いていることには間違いなく、チヅカが触れた瞬間、ナオは泣き出してしまった。
「な、ナオ?」
ひとまず部屋の中に入れ、泣き続けるナオを椅子に座らせた。タオルを差し出し、落ち着くとお茶を差し出した。
ナオはお茶を飲み、タオルで濡れた顔を拭いていく。
チヅカはこちらに視線を向けた。
「……気づいていました」
チヅカはため息を吐き、落ち着き始めたナオの頭に手を置いた。
「ナオ」
「ごめんなさい」
それはとても小さな声だった。初めて聞いたナオの声。
チヅカはナオを部屋に戻すべきか悩んでいるようだった。部屋は、二人一部屋らしくナオも例外ではない。部屋に戻して、もしもう一人にしゃべりでもすれば、チヅカの状態がすぐに知れ渡ってしまう。
喧嘩も仲間割れもよくするが、仲がいいことだけが取り柄である彼らは、すぐに一致団結してことを起こすだろう。
「そういえば、チヅカ」
「何だ?」
「あの二人が、生地を盗ったのはあなたのためだと言っていましたが、何故ですか?」
「あぁ俺もうすぐ誕生日なんだ。それを知っている皆が、俺に誕生日プレゼントを作る予定だったらしくて盗んだみたいだ。まあ俺の誕生日とか関係なく、お金もそんなに裕福にないから、自分の欲しいものを買ってあげられないからっていうのもあって、前からちょこちょこ盗みはしていたんだ。気づけば俺が盗人って言われるようになったのには、少し驚いたがな」
すっかり落ち着きを取り戻したナオを見て、小さなため息を漏らした。そしてチヅカに視線を戻し、笑みを浮かべる。
「明日、子どもたちを数人お借りしてもいいですか?」
「は?」
「行儀のいい子でお願いしますね。それから、あなたも」
ナオに視線を向けると、ナオは驚いたようにぴくっと反応した。笑みを向けると、ナオは困惑しながも小さく頷いた。
一度チヅカらと別れ、屋敷へ戻る途中でやはり探し回っていた柩婪と出会った。無論、こっぴどく怒られてしまったが、それでも最後には二人の間に、笑顔が生まれる。それが柩婪と私の間柄。
翌日、柩婪には前もって帰りが遅くなることを告げ、再びチヅカらのもとへと向かった。顔を出すと、子どもたちは待ってましたというように無邪気な笑顔で近寄ってくる。だがもちろん、そこにナオの姿はない。
「ファイ、ジュナ、アイ、リンデ、ナオ、オリ」
呼ばれた六人は、私のもとに外出の恰好で寄ってきた。ナオも遠慮気味に、そろそろとやってきた。チヅカはナオの肩に手を置き、私を見た。
「傷つけたら許さないからな」
「もちろんですよ」
「じゃああんたら、いってらっしゃい」
六人の子どもたちを連れ、やってきたのは街だった。ファイは不思議に思い、首を傾げ私の方を見た。
「どうして?」
「皆さん、もうすぐチヅカの誕生日なのだそうですね」
「え? うん、そうだよ!」
大人しいファイに代わり、活発なアイが答えた。
「盗みはいけませんから、そのサプライズに必要なものを買いましょう。そして、皆で一緒に楽しくお祝いしましょう」
「でも、私たちお金持ってないよ!?」
「大丈夫です。それくらいなら持っていますから」
店々を廻り、子どもたちと一緒にああだこうだと言いながら買い物を始めた。ジェシーのもとで生地を買い、ついでに糸や針も買う。それから新しいお皿やティーカップ、サプライズに欠かせない食べ物やプレゼント。折り紙やテープ、変身グッズという面白いものも買った。そしてやはり一番欠かせないものがあった。子どもたちがケーキを選んでいる間、その向かいの店の雑貨店で私は品物を見ていた。向かい側からは賑やかな声が聞こえてくる。
「ねぇねぇ、これ可愛いよ!」
可愛いもの重視のアイ。
「でもこれ綺麗だよ」
綺麗さ重視のファイ。
「見てよ、これ! めっちゃでかい!」
質より量のオリ。
「ホールじゃなくて、こっちの個別のにしたら?」
ホールよりも好きなものを揃えたいリンデ。
「ねー、まだ?」
食べ物に興味が無いジュナ。
それぞれの個性が、ケーキ選びに出ていた。
私はそんな声を聞きながら、男女関係なく似合いそうな羽根型のピンを人数分色とりどりに手に取り、すべてを買った。
「そろそろ選び終わりましたか?」
「うん、あれ!」
指さすリンデの指先を目で追い、私は固まった。ホールケーキのなかで、最も大きくなんと三段もある豪華なケーキを指さしていたのだ。これはなしだと先に言っておけばよかったと思いながら、他のにして欲しいと頼もうと子どもたちに視線を向けて、ため息を漏らした。あまりにも嬉しそうに、目がきらきらしているのだ。たまの贅沢ならばと、そのケーキを買うことにした。
――――使い過ぎだと柩婪に怒られてしまいそう
六人の力を持ってしてでもそのケーキを手でも持ち帰ることは出来ないため、私の神力で浮かせ持ち帰ることになった。
帰り着くなり、ジュナとオリの二人はチヅカを部屋に閉じ込めてしまった。
「チヅカは出てきたら、ダメだからね!」
「え、ちょっとジュナ」
「だーめ!」
「オリも!?」
全員で力を合わせ、一生懸命部屋を飾り付けていく。中央にテーブルを設置し、その上に買ってきた食材を皆の神力で調理した料理を並べていった。もちろん、テーブルの中央を飾るのはあの大きなケーキだった。
四時間ほど部屋に閉じ込められたままのチヅカのもとへ向かった。皆はまだ準備中である。
「チヅカ」
「もう、部屋から出せよ」
「まあまあそんなこと言わず……」
「全くあいつら何しているんだ」
「さあ、何でしょうね」
「誤魔化すのが下手だな」
「申し訳ありません」
私は手に持っていた荷物をすべてチヅカの目の前に置いた。
「それは?」
「消耗品など、ここでの生活に必要そうなものをついでに買いそろえておきました」
「買い物行くのは聞いていたけど、まさかそんなものまで……。悪いから返すよ、お金。いくらだ?」
「言ってもいいですが、払える額ではないかと思いますが?」
私のニコニコとした笑みを見て、チヅカは苦笑を浮かべ出しかけていたお金を直してしまった。
「すみません、甘えます」
「いえいえ、お気になさらず」
「あの俺……」
「昨日、私の神使とあなたのことと子どもたちのことについて、話をしてみました」
「え?」
「あなたの症状をよくするには、あなたが神使との契約を切らなければなりませんが、本人が目の前にいないのであればそれは無理に等しいことです。ですから、まずお聞きします。この高天原内を、一人神使を探し出すことくらい容易いことです。神使との契約を切ることが出来ますか?」
「え……?」
「まだ未練があるのでしょう? だから別れたときに契約を切っていないのではありませんか?」
「……そうだけど」
「ひと時だけ、あなたとあなたの神使を会わせてあげます。契約を切る条件でです」
「だけどそれはっ」
「もし、その神使がその母神様と契約を結んでいなければ、死に至ります」
「だとしたら、俺が殺すことに……」
「なるかもしれません。ですから、それはお任せします。このままではどちらにしろ、神使は死にますが」
「……少し考えてみる」
「ではそのように致しましょう」
コンッコンッ
扉がノックされ、ジュナとオリが顔を覗かせてきた。
「もう準備出来たよ!」
「ジュナ、もうチヅカも出て構いませんか?」
「うん。十秒後に出てきて!」
二人は顔を見合わせ、十秒数えはじめた。閉じられた扉をチヅカは見据える。
その横顔に、私はある願いが生まれていた。
「チヅカ」
「あ、何だ?」
「ナオを私に預けていただけませんか?」
「え!?」
十秒経ち、チヅカは扉に手を掛ける。
「どうしてだ?」
「このままでは、ナオが死んでしまいます」
「あんたに……」
「はい?」
「あんたに…………、ナオを助けられるのか?」
扉を押し開け、廊下に出たその瞬間、全員が視界に入った。
「チヅカ! お誕生日おめでとうございますっ!」
全員の声が反響し、チヅカの耳に届く。
チヅカは驚きのあまり声が出ず、固まっていた。
飾られた部屋、たくさんの豪華な料理、そして中央に見える大きなケーキ。咄嗟に悟り、私の方に振り返った。
私は頷き、階段を降りるように示した。
チヅカは驚愕しながらも、嬉しさを隠せず表情は綻び、瞳には涙が溜まり始めていた。その様子を、柵に手を置き眺める。
一階に降りたチヅカを子どもたちが取り囲み、全員から一斉に差し出された手紙を見た瞬間、チヅカが涙を流してしまった。
「わりぃ……」
皆に顔を隠すように後ろを向くが、子どもたちも負けてはいない。チヅカが後ろを向けば後ろに、横を向けば横に動いていた。そんな動きに、チヅカも笑いを堪えられず、泣きながら笑いをこぼした。
「あんたら……。もう皆大好きだっ」
チヅカは皆を抱き寄せようとしたが、全員その手から逃げていた。
「ちょっと、こいつらっ」
チヅカは全員からの手紙を受け取り、テーブルの中央に座った。子どもたちも全員席につき、チヅカの横に私は座る。
普段は口にしない食事を全員で和気藹々と食べ、ちょっとしたレクリエーションまでした。きっとチヅカにとっても、子どもたちにとっても忘れられない日となるに違いなかったが、実はチヅカの誕生日は来月のこの日らしく、まだ早かったようだったが、それはもう気にしないと皆と笑い合っていた。
その日の夜、皆は外で寝転がり空を眺めていた。
私はチヅカと二人、少し離れたところで空を見上げた。
「おめでとうございます、一ヶ月後」
「ありがとう、リルオーフェ。あんたのおかげで、今までで一番、皆の笑顔が見られた日になったよ」
「いいえ、私はただ、子どもの皆さんが、チヅカの誕生日を祝いたいと言う話を聞いて、その手助けになればと思っただけです」
「あんたはそうやって、何でも安請け合いするようなやつなのか?」
「え?」
「いや、褒めているんだぜ? 高貴な神っていうのは、全員、自分の権威振り翳して下賤な神など不必要だ! とか言っているような輩ばかりかと思っていたんだ。あんたみたいに、俺らのような薄汚い奴らに金を使うやつもいるんだなって」
私は思わず笑ってしまい、その声に子どもたちが不思議そうにこちらを向いた。何でもないと首を振り、チヅカに視線を向けた。
「買いかぶられたものですね」
「え?」
「高貴な神だからなんだと言うのです? 私もチヅカも根は神という存在ですし、大した差はありません。そこに力の個人差があるだけです。私はその個人差や生まれだけで、高貴だと思うことはありませんし、私自身そう呼ばれることに嫌気がさしているのですよ」
「俺は高貴な神として生まれたかった」
「え?」
「俺の家はもともとそんなに大きな家生まれではなかった。だけど、周りに比べれば少しお金持ちで高貴と下賤のちょうど間くらいに位置する家柄だった。だから正直俺な、そのときは頭に乗って俺は偉いんだとか言っていたんだ。でも、俺の家がそんなに上じゃないってことを知ってから、周りに苛められるようになってさ。まあ、自業自得なんだけどな。仕方ねぇよな、そんなに偉くもないのに偉いんだとか調子の乗っちゃってさ」
「だから私が羨ましいのですか?」
「誰もが知るそのリルオーフェという名であったなら、俺は頭に乗っていてもきっと苛められもしない。それに名が通った神なら、その名で何でも出来るだろ? 不自由なく過ごせて、苦労なんて知らないで」
やはり高貴な神とは世間から見れば、そう見えてしまうらしい。
高貴な神のどこが良いものか。不自由なく? そうだ。確かに不自由はない。生活に困ることはないし、自分で何もしなくてもやってくれる。欲しいものがあれば一言言えばすぐ手に入る。だけど、その何が楽しいものか。高貴な神の上にいる者は、天照大御神。彼女を超えることは出来ない。彼女の下で彼女の命に従い、動いていかなければならない。そこに自由が存在するだろうか。私自身の思いなど、すべてねじ伏せられて、常に監視された屋敷の中で、私自身の人生を握られており、好きに生きることさえ出来ないことのどこに、自由という名の羨ましい部分が存在するだろう。
チヅカから逸らされた視線の先には、葦原の中つ国から見るよりもはるかに大きな月が見えていた。
「……代わってみますか?」
たぶん私の声はとても小さなものだっただろう。でも、チヅカにはそれがはっきりと聞こえていたらしかった。
「高貴な神という枷から逃げたいのか?」
あなたに何が分かるのだと問いたい気持ちを抑え、小さなため息を吐いた。
「逃げたいわけではありませんが、その方が気楽かもしれませんね。どうです? 代わってみませんか? きっとチヅカの望み通りになりますよ」
嫌味のつもりだった。何も知らないくせに、高貴という存在に憧れるチヅカに、自由を与えられているチヅカに、大人らしからぬ苛立ちを覚えていた。
「リルオーフェは……俺が羨ましいか?」
虚をつく言葉だった。
――――私がチヅカを羨ましく思う? まさかそんなはずはない
「あんたさ、自分を隠しているだろ?」
「自分を隠すなど普通ではありませんか?」
「いや、皆の隠しているとあんたの隠しているは違うような気がする。なんとなくだけど、お前は前に何か遭ったのか?」
「いえ、特に……」
センリを失ったこと以外に大きなことはないはずである。天照大御神は何かを知っているかもしれないが、自分で分かっていることはそれだけである。
「そうか、じゃあ俺の思い過ごしかもしれないな。その代わる代わらないの話しだけど、確かに俺は高貴な神になってみたいが、俺には荷が重すぎる。わがままばかりでごめんな、でも、俺、今ここでこうやって皆と一緒にいるほうが楽しいんだ。昔のことを思い出して、あんたに当たってしまったようで、悪い」
『皆が欲しがるものを、すべて手に入れておきながら、あっさりそれを棄ててしまう』
私は額に手を置き、微笑んでいた。
――――違う。私こそ、ただのわがままだった……
「リルオーフェ?」
「……私はその名が嫌いなのです」
「え、あ、わりぃっ」
「実は私に名はありません。ですが、私の大切なひとがつけてくれた名が奏者でした。それからは、ソウシャ=オオミカミ=リルオーフェと名乗っています。
チヅカ、もしよければ、奏者、そう呼んでくれませんか? 私は高貴な神でも皆が思うほど清い神でもありませんから」
チヅカは頷き、深い笑みを浮かべた。
「奏者だな、覚えておく」
「ありがとうございます」
空を見上げれば少しずつ動いている星と月。太陽に照らされる月は、自分では光り輝くことが出来ない。太陽無しでは、月は月として存在出来ない陰。天照大御神の陰でのみしか光り輝けない私は、そんな小さな月。いつしか、彼女を退け、自由を手にどこかへ旅立てる日が来るのだろうか。
いや、それは夢に過ぎない。叶うはずのない夢は見ない方がいい……。
深いため息を漏らしかけたそのとき、チヅカが口を開いた。
「そういえば、俺のことなんだけど」
「神使の契約ですか?」
「そう、それ。あんたのその神の力なら、探し出せるのか?」
「確信を持つことは出来ませんが、探し出せると思います」
「なら頼んでもいいか? やっぱりこいつらを放置して、先に死ぬわけにはいかない」
「契約を破棄し、痛みを消し去るのですね?」
「ああ」
「もしその神使が母神と契約を交わしていなければ、神使が死んでしまうことを承知の上での覚悟ですか?」
「……ああ」
「分かりました。一週間ほど時間をください。探してみます。神使の名は?」
「鳫遡乜」
「言は?」
「天照大御神ヲ祀リシ、天ツ神、チヅカノ名ノ下ニ従ウ者アリ。義ヲ神使トシ、戒ハ信ズ、願ニ穢レヲ知ラナイママ……。汝ニ遵イ、随ワセル其ノ者ノ名ヲ、鳫遡乜ト記セシ呼名トスル」
【=天照大御神を祀りし、天つ神、チヅカの名の下に従う者あり。義を神使とし、戒は信ず、願に穢れを知らないまま……。汝に遵い、随わせる者の名を、鳫遡乜と記し呼名とする】
奏者の力により、チヅカの言葉はそのまま文字となり浮かび上がった。
驚くチヅカをよそに、奏者は文字を手の内にしまい込んだ。寝転がっていた二人は起き上がり、驚くチヅカに奏者は笑みを浮かべていた。
「確かにお預かりしました」
「あんたやっぱり……」
「高貴な神に見えますか?」
「いや、悪い。何でもない」
再び寝転がりそうになったチヅカが、勢いよく起き上がりこちらを凝視してきた。さすがの私も苦笑を浮かべた。
「何かありましたか?」
「そ、それと。ナオのことだが……」
「ナオ? あぁ……」
「連れて行ってはくれないか?」
「よろしいのですか?」
「まず聞かせてくれ。何故ナオなんだ?」
「あなたの質問の意味が分かりません」
「は?」
「あなたは、私に助けてほしくてナオの話をしたのではありませんか?」
「それは……」
「高貴な神の私なら、このまま茨の道で見えない影に怯えるナオを助けられるのではないかと考えたから、私に話をしたのではないのですか? 少なくとも、私にはそう感じられました」
チヅカは参ったというように苦笑を浮かべため息を吐いた。
「バレていたのか」
「それでばれていないと思っていた方が、私には驚きですが……」
チヅカは笑いながら呆れているようだった。
当のナオはというと、ひとり、家の壁に背を預け、空を見上げていた。
ナオの声をまだほとんど聞いたことは無いが、彼の素があれだとはどうも思えなかった。素はきっともっと活発な男の子なのだろうと予想していたが、その姿をここで見ることは出来ないだろう。
「それはわりぃな」
「いえ、ナオをくださるのでしたら、ナオは私がずっと守っていきましょう」
「それは頼もしいが、条件がある」
「条件……ですか?」
チヅカから出された条件は二つだった。ひとつは、ナオ自身が私に付いていくと言わない限りは連れて帰られないこと。もうひとつは、ナオを決して見放さず、共に在ること。その条件に対して私は、チヅカにひとつだけ提案をした。その提案が上手くいくかどうかは分からないが、それでしか私にはナオを助けるすべがなかった。




