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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第5章 それは真実ですか?
23/40

知らなければよかった


 ソウシャは一人、下宿先の大きな部屋で空を見上げていた。


 ここはワシュア街寄りのヒカリア街。今回の周回の目的は、ワシュア街の偵察だった。わざわざ国王自ら出向くようなものではないと言われていたが、国王が動かずして下が動くはずはないといつも一緒に来ている。


 既に国中に国王の容姿はわたり、私だということも気付かれてしまった。


 だがそれは、私が仕組んだことであり、後悔など微塵もない。ただ心配なのは、こうすることによって二度とセンリと過ごせなくなってしまうのではないかということだけだった。国王の身元不詳だったために、自由に街で過ごすことを許されていたに過ぎない。こうなってしまえば、私の周りには使者が常駐することになる。つまりそれは、ナルシア街のあの家で、過ごせなくなることを意味していた。センリは啉杜に預けているとしても、いつまでも啉杜を頼るわけにはいかない。啉杜には啉杜なりに、やることがある。


 ふと上に手を伸ばし、何かを掴む仕草をする。だがそこには空気以外のものはない。何もつかめず、そのまま床にドタッと落とした。


 自然とため息が漏れる。


「陛下」


 障子の向こうから声が聞こえた。その声だけで使者だと分かる。


「何でしょう?」


「明朝、八時よりワシュア街の偵察に参ります」


「分かりました」


「……それから陛下にお聞きしたいことがございます」


 障子を一枚挟んでの会話。面と向き合って話すよりは、何倍も話しやすい。


 だが、嫌な予感がしてならない。


「何です? 明日のために、早く寝たいのですが」


「申し訳ありません。皆がどうしても聞いてきて欲しいと言っていましたので」


「そうですか」


「陛下はあの子をご存じなのですか?」


 あの子とはきっとセンリのことだろう。


 私を知る王族や使者たちは皆、私のことをカナデ様と呼ぶ。だが、街中で使っている名前がソウシャという名であることは知っていた。つまり、街中に出ればソウシャと呼ばれることは分かっていたはずだ。


「愚問ですね。街へ出れば、私を知る人物は皆、ソウシャと呼びますよ」


「親しそうにお見受けいたしました」


「……勘違いではありませんか? 私は街に一人で住んでいます。知り合いは街人ですが、貴方方には関係のないことです」


「大変失礼いたしました」


「構いませんよ。私を自由にさせていただいているのですから、それくらい思われても仕方のないことです」


「勿体ないお言葉です。失礼いたします」


 使者は去り、ソウシャは肩の力を抜いた。


 額に手を置き、まぶたを閉じる。


 暗闇に広がる、深い暗闇。


 ため息を漏らした。


「なに弱気になってるんだ」


 スッと視線を動かし、身体を起こすと、どんぐりを見比べているテトゥーがいた。なんだと再び寝ころび、静かに目を閉じた。


「申し訳ありません」


「センリに正体をバラしたのはお前だろ?」


 確かに、啉杜をつたい、センリに自分が国王であると知らせたのは自分だ。そこで、センリが取り乱すであろうことも予想はついていた。そして、こうなることも……。


「そうですが……」


「だったら、とっくに覚悟は出来ているだろ?」


 テトゥーはどんぐりをどちらにするか決めたようで、ひとつを耳の間に挟み、ひとつに齧りついた。


 覚悟。それが今の私には足りないものだったのかもしれない。


「テトゥー……。私はこれからどうなるでしょうか?」


「……俺には分からねぇよ。でも、国中に知れ渡ったなら、お前は今まで通りの生活は送れない」


「啉杜を呼ばなければなりません」


「啉杜も一応こちら側だろう?」


「はい。今はセンリの世話に回ってもらっていますが、永久にこのままというわけにもいきませんから」


 テトゥーはどんぐりを頬にため、ソウシャの腹の上で寝転がった。


「お前はそれでいいのか?」


「え?」


「このままだとお前、本当に一生センリに会えなくなる」


「……確かにそうですね」


 残り七ヶ月、少なくても自由がある。ヴァリスに告げられた刻は、私の気持ちなど全く知らずに近づいてくる。


「ソウシャ」


「はい」


「俺はお前の決定についていく。それは、啉杜も柩婪も同じだ。でも、センリは違う。センリとは生きる世界が違う。例え、お前がここの国王を放棄しても、お前とセンリの別れは必ずやってくるぞ。そのとき、お前はセンリをどうやって突き放す? お得意の殺しか?」


 バッと起き上がると、テトゥーはころころと転がった。


「それをどこで!?」


「センリに手紙で伝えておきながら、俺には何も教えてくれないとか有り得ねぇぞ。俺は柩婪から聞いた。ちなみに、啉杜も昔から知っているぞ」


「昔から……」


 それを知ってしまったら、テトゥーも啉杜も私のそばを離れると思っていた。怖かった。自分のそばから、どんどん誰かが去って行くのが、独りになってしまうのが、とても怖かった。


「センリを殺すというなら、俺はお前を殺す。それを覚えていろよ」


 リス如きに何が出来る!? と言いたいところだが、ぜひそうしてほしいものだ。もし、私がセンリを殺すことになったら、テトゥーのその手で、私を殺し止めてほしい。


 手のひらをまじまじと見据え、唇を一文字に結んだ。


「そのときはお願いします。私が私であるうちに、どうか、お願いします」


 テトゥーにとって予想外の返事だったのだろう。テトゥーは驚きを隠せず、頬にためていたどんぐりの欠片を頬から落としてしまった。慌てて拾い、もう一度頬に押し込んだ。


「お前……」


「もっと、自由に生きたいものですね。テトゥー」


          ‡


 啉杜と過ごし始めて、早三ヶ月が過ぎた。


 僕の目の前にはソウシャからの手紙のやまと、ソウシャから貰った絵本。


 しばらく時間が止まったように眺めていた。何かを考えているわけではない。ただ、無意味に、静かに眺めていたかった。


『……丘のチナとソウシャのもとに……、連れて行ってください……』


 チナとソウシャの待つ丘へ、早速行けるのかと思ったが、啉杜は困ったように首を横に振った。


『連れて行きたいんやけどな、それには、二つ話があるんや』


『二つ?』


『一つは、ソウシャらは今王族周回で、ワシュア街に向かって行ったんや。つまりそこで、二週間くらい仕事をしなければならんのや』


『じゃあ、まだ帰って来ないの?』


『そういうことや』


『じゃあ、もう一つは?』


『こっちの方が結構重要なんやけどなぁ。前に話したんやけど、丘には王族のほかに使者が住んでるんや。そこに国民が立ち入ることは、開放日以外、有り得んのや』


 僕の顔から一瞬にして血の気が引いたことを覚えている。


『それって……』


『俺は入れるんやけど、センリは難しいんやなぁ』


 その言葉に納得せざるを得なかった。ただ、国民と王族の差がこういうところにあるということを納得しただけであって、ソウシャらに会えないことに納得したわけではない。なら、どうしたら会えるのだろうか。


『でも、チナが待ってるって!』


『チナは子どもやから、門番にチナ様がって言っても話しは通じんやろうて』


『じゃあ、ソウシャは!?』


『ソウシャには会えんで?』


『え?』


『それも勘違いしてるみたいやから、言っとくけどなぁ。ソウシャは国王やから、本当に貴族や使者じゃない限りは、本当に会えんのや。俺らは別やけどなぁ』


『嘘……』


 チナに会えるかもしれない。ソウシャに会えるかもしれない。


 一瞬でもそう思ってしまった自分が、憎らしく思えてくる。無駄な希望など抱くから、こうなるのだと。チナと和解できるかもしれないなどと、簡単に考えていた自分。そんな甘い話などではなかった。


「センリ、入るで」


 振り返ると啉杜が襖をあけ、部屋に入ってきた。


「啉杜……」


 啉杜はセンリの目の前に積まれた手紙と本に視線を向けた。センリの声に、センリに視線をうつし笑みを浮かべた。


「明日の夜、もう一度ソウシャらの王族周回が行われるそうや。それが、確実にソウシャらに会える最後になる」


「うん……。ねぇ、啉杜はソウシャのもとにいなくていいの?」


「なんでや?」


「啉杜も使者とか王族の位なんだよね? ソウシャの側にいる人みたいな」


「そうやな」


「僕がいるから?」


「え?」


「僕がいるから、ソウシャのもとに行けないの? 僕の世話をしてほしいって、ソウシャに頼まれてるから」


 今にも泣きだしてしまいそうになる僕から視線を逸らさない啉杜は、少し考える素振りを見せた後、僕の絵本を手に取った。


「『笛の音よ、届け』か……」


「ソウシャがくれた本だから、それは僕が死ぬまでずっと持ってるって決めたんだ」


 啉杜は絵本を開き、穏やかな笑みを浮かべた。


――――ソウシャらしい


「センリ」


「なに?」


「この本は、ちゃんと全部読めるようになったんか?」


「うん……」


「じゃあ、読んでみてや」


 僕には何故、啉杜が急にそんなことを言いだしたのか、全く理解できなかった。でも、啉杜の顔はどこか寂しげで、無視するわけにもいかない。


 啉杜から絵本を受け取り、ページを開いた。


 笛の音よ、届け


 私は名のない男神。笛を吹くことしか、能のない、ダメな男神。


 私は名のない男神。


 私はある日、この世に生まれた。気が付いたときには、この世に生き、使命を背負わされていた。でも、その荷に私は興味が全くなかった。


 周りの神は、皆こういった。


「皆が欲しがるものを、すべて手に入れておきながら、あっさりそれを棄ててしまう」


 それほど、私は何に対しても興味はなかった。


 周りからどれほど、無頓着だ、と言われたかは計り知れない。そんな私を、神だと敬うような者は、誰一人いなかった。


 そして、私はある現人神に恋をした。


 とても綺麗な人だった。清く、身も心も美しく、可憐で私の身分を気にすることもなく、いつも笑っていた。


 誰も好きにならなかった私が、初めて誰かを好きになり、大切な人が出来たときであった。


 後に彼女が私の許婚であることを知った。


 それからしばらく、私と彼女はよく会い、よく話した。そんな私の変化に、誰しも驚きを隠せない様子だった。


 だがそれからしばらくして、事態は一変してしまう。


 彼女が死んでしまったのだ。血に染まり、何もかもが暗闇に広がっていった。


 それが私の一番の罪なのだろう。


 その続きもどんどん読んでいった。まだまだ物語は終わらない。


 僕は啉杜に読み聞かせ、啉杜が部屋を後にしたあと、ソウシャから貰った一番初めの手紙を開いた。勇気が出せず、やっと最近になって読んだものである。


 ソウシャには聞きたいことがたくさんある。どうして、国王という位にいながら、街で暮らしているのか。何故、それを隠してきたのか。


 僕の名の根源である、センリという人を殺したのか。


 問い詰めたいことはたくさんあった。


 だが本人を目の前にして、それを聞けるかどうかも分からない。ため息を吐き、便箋を封筒に戻そうとしたそのとき、手元に文字があることに気付いた。


――――続き?


 手を退け、ソウシャの名の後に書かれた文を見た。


 そこには僕が知りたかったことが書かれている。だがそれを読まなければよかったと後悔している自分がいた。


「どうして、ソウシャはいつも僕を泣かせるの……」


《追伸:私が知り得たセンリのことについて、記しておきます。私は、もう二度とセンリに会えないままになるかもしれませんから、ここに記させてください。


 残念ながら本名はわかりませんでした。どんなに調べても、センリがどこで生まれ、育ち、どんな名を与えられたのかはわかりませんでした。ただ、私と出会う前に、どこに居たのかはわかりました。場所はワシュア街の研究室です。


 センリ。あなたの背には焼印がありますね。あれは、研究室の被験者につけられる所謂マーキングと呼ばれるものです。


 そしてセンリ、あなたは人間であり、人間ではありません》


 薄々気づいていた。いや、気付いていて目を逸らしていたのかもしれない。


『あら、チビったら、今頃気づいたの? 遅かったのね』


 女の子二人は、両手を絡ませ合い僕を嘲笑している。


『この研究室に集められる人間は、人間の姿をしたバケモノよ』


 そうだ。僕らはバケモノなんだ。


 僕は、人殺しのバケモノ。


 僕はセンリ。ソウシャに拾われ、名付けられた。ソウシャに出会う前に、人を殺し逃げ出してきたバケモノと呼ばれるもの。


『逃げ切って、強く……強く、生きなさい…………』


 服の中で揺れる銀のネックレスを首から外した。この時代に、こんなに綺麗なネックレスなど存在するのだろうかと思うほど、とても素敵なネックレスである。変わった模様が刻み込まれている。


『これを……あなたに、託します……。お願い、生きて…………』


 震える手から受け取ったそれは、血に濡れたネックレスだった。


 ネックレスをまじまじと見ていると、ふとあることに気付いた。


――――このネックレス……


 開閉式になっている。


 唇を噛みしめ、慎重にスライドさせると、中から青緑に輝く小さな宝石のようなものが出てきた。手を滑らせ、床に落としてしまう。一瞬目を離してしまえば、どこにいったのか分からなくなるほど、小さな宝石のようなものを拾い上げ、凝視した。


「これ、何?」


 それは、宝石にも見えるが、センリはこれに何か意味があるのだろうと思っていた。もう一度ネックレスの中に戻し、閉じた。


 ネックレスのことはソウシャに一度も話していない。そして、この宝石のようなものが入っていると分かった以上、何故かソウシャに渡したくないという思いが一層強まってしまった。


――――ソウシャに気付かれないように……


 どうして、そんなことを思うのかは分からない。


 そんなセンリを襖の隙間から見ていた、啉杜の視線は静かな、冷たいものだった。


          ‡


 煙草をふかしながら、ヴァリスは寝転がっていた。


 そこに人影がスッと現れた。


「ヴァリス。奏者に伝えよ」


「どうなさいましたか?」


 巫女装束に千早を着る女は、紅と白の髪を揺らしていた。


「半年後、こちらに戻ってくるとき、センリという名の子を連れて参れ、と」


 ヴァリスは驚き、煙草を離し咳き込んだ。


「センリをですか?」


「それ以外に何があるという?」


「ですが、センリをあの世界に連れて行くのは、流石に問題になるのでは……」


「わらわに口答えをするのやのう?」


「そ、そういうわけでは……」


「まあよい。少し気になるだけよ……。ただ、ことの次第によっては……」


 人影は薄ら笑みを浮かべ、扇子を広げた。


「わらわの手で殺すだけやのう」


 木々揺らめく、秋の夜。


 それは敵か味方か、誰にも分からない。


          ‡


「カナデ様」


「何です?」


「柩婪様と啉杜様がいらしております」


 ソウシャは窓の前に座り、本を開いていた。その言葉に本を閉じ、ため息を吐いた。


「通してください。それから、今日はもう寝てもらって構いません」


「かしこまりました。失礼致します、おやすみなさいませ」


 使者と入れかわり入ってきた啉杜と柩婪の表情に笑みは浮かんでいなかった。


「それで、どうでしたか?」


「センリのネックレスには、小さな宝石のようなものが入っていたで。たぶん、それがチップやろうなぁ」


「それから、センリのことについて研究室から探し出すことが出来た」


 ソウシャはフッと笑みを浮かべた。


 流石、世話係のそばにいる啉杜。素晴らしい情報屋の柩婪。双方の腕前は、やはり私には勿体ない。


「それで、センリはどうなのです?」


「所謂、優等生というところだな。お前と一緒だ」


「私と……同じですか……。それは少々困りますね。あの方が目をつけてしまいます」


「そのあの方からだそうだ」


 振り返ると、柩婪の手には小さな紙が握られていた。


「ヴァリスですか?」


「『半年後、帰ってくるときに、センリも一緒に連れて来い』とのこと」


 頭を抱え、苦笑を浮かべた。


「あの方もだいぶ無茶を言いますね」


「あの方には逆らえないだろ?」


「えぇ。ですが、逆らわないとセンリが危険ですね……」


 どうしたものか。


 連れて行けば殺される可能性が高まる。だが、あの方に逆らえない自分がいる。


「啉杜。センリはそのネックレスをどうしていますか?」


「基本的にいつも首から提げているみたいなんや」


「持ち出すことはおろか、触ることさえ難しそうですね……。もう少し様子を見てみましょう」


 スッと立ち上がり、一枚の紙と筆を取り出した。滑らかに筆を動かす。書き終え、柩婪に差し出した。


「あの方……、天照大御神様に謁見を申し込みましょう」


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