リルオーフェ神国・国王
リルオーフェ神国。それは、カナデ国王の治める国である。
カツっ
リルオーフェ神国は主に四つの街に分類されている。イーストに位置するナルシア街は、王族と呼ばれる者達が住む丘があり、四つの街の中で、最も治安のよい街である。ウエストに位置するワシュア街は、逆にナルシア街とは治安が悪く、人身売買も盛んであり、奴隷と呼ばれる者達が住む街である。サウスに位置するユティア街は、四つの街の中で、最も水源が豊富であり、治安もそれほど悪くないが、人身売買のための商品の仕入れ場所となっている街である。ノースに位置するヒカリア街は、ナルシア街より治安は良くないが、水源以外はバランスよく豊富に揃っている街である。
つまりこの国は、すべてを合わせれば、すべてを持つ国なのだ、とよく噂されていた。
カナデは水浴みをしながら、深く息を吐いた。
この国には、足りないものがある。
この国には、十分すぎるものがある。
だが、それを変えるのは私の役目ではなかった。国王は、国王という名を背負うだけの、象徴に過ぎなかった。
カツッ
太陽が昇り、間もない時間。
カナデはひとり、哀しげな表情を浮かべていた。
国王など、この国に必要なのか、それを見極めてみたかった。だが、どんなに自分が一生懸命働き、言を発したところで、誰も見向きはしなかった。まるでそれが、当然の如く、誰も手を差し伸べることはない。
『国王になっていただけませんか?』
それを前国王に言われたあの日から、いつも悩んでばかり。
どうして、私などに頼んだのか真意は分からない。上辺だけの理由をどれだけ説明されても、納得できるはずはなかった。
カツッカツッ
昼間は嫌いである。
太陽が眩しくて、私には勿体ない。
夕暮れも嫌いである。
去りゆく太陽は、とても悲しげで、とても明るくて、綺麗で……。
夜や雨はいい。
暗闇に、私を照らすものはなにもない。涙を隠してくれる。ずっと雨と夜が続けばいいのにと、何度思ったことか分からない。ただ、それほど明るさが苦手だった。
気配を感じ振り返ると、紗の裏に人型が見えた。
水の中を歩き、紗の方に近づいた。
「どなたですか?」
紗の奥からくぐもった女の声がした。
「陛下」
その声に、誰なのかはわかった。だが、カナデは堅い顔をしていた。
「このようなところにまで、押しかけるなど、大した度胸の持ち主ですね」
「申し訳ございません。至急、お耳に入れたいことがございます」
「何です? それなら、側近の」
「カナデ陛下にお話しがあるのです」
「いつからあなたはそれほどまで、お偉くなったのでしょうね」
「陛下っ」
「……まあよいでしょう。何です?」
「四ヶ月前に、部下がお伝え参ったことを覚えておられますか?」
『例の研究室より、報告。子どもが一人行方不明とのこと』
カナデは水に浸り、空を見上げた。
研究室から子どもがひとり逃げ果せたという話。
――――下らない
「えぇ」
「その子どもについて、分かったことがありますので、ご報告致します」
「……別に私に言わなくていいのですよ?」
「あなた様は知っておくべきかと思いまして。違いますか?」
人間の面倒さに、カナデは大きなため息を吐いた。
「そうですね」
「名はチビと呼ばれていたようです。髪と瞳は茶髪、首にネックレスを掛けていると思われます」
名をチビ。髪と瞳が茶髪……。
『センリはの、とても綺麗な茶色の髪をしておるのじゃ』
いつか聞いたチナの思い出話。
だが、ひとつ気になったことがある。
「ネックレスとは、どういうことでしょう?」
「同日、死亡した担当者が首にいつも掛けていたものでした」
「それが何かあるのですか?」
「あのネックレスは開閉式になっていて、その中には、我々研究室の機密情報の入ったチップが入っています」
「機密情報……」
――――センリが……、まさか
「それをその子がばら撒く前に、早急に手を打たなければなりません」
「そうですね」
「陛下、何を軽くお考えですか! これはかなり重要なことな」
「ことだからなんですか? その失態は、室長であるあなたの責任です。私に責任があるわけではありません」
「そ、そうですが……」
「残念ながら、私には思い当たる人物がいません」
「いらっしゃいませんか?」
「……はい」
水は冷たく、とても透き通っていた。空の青をうつし、水も綺麗な青色をしている。そこにとまる小さな鳥。秋を告げる木々。
心に広がっていくなにか……。
「今度」
「え?」
「今度、王族周回があります。そのときに、見かければ教えましょう。それまでは、何も動かず、手出しも無用です」
「かしこまりました」
カナデがスッと立ち上がると、とまっていた鳥も飛び立ってしまった。
『わいは……センリとまた花火を見たいのじゃ……』
目を閉じ、深呼吸を繰り返した。
前に進む姿を、見せたい人がいる。守りたい、人がいる。
だから、もう迷う必要などない。
――――フッ……、冗談ばかりではいけませんね
‡
センリは啉杜と二人、庭でボール遊びをしていた。
ようやく出てくるようになったセンリに、啉杜は疲れ気味に安堵の表情を浮かべる。しかし、まだ本調子ではないようだった。
「センリ、今度街へ行こうや」
センリを街に誘うと、センリは表情を強張らせてしまう。だが、いつまでもこのままではいけない。このまま本当に街から離してしまったら、センリは二度と街を駆けまわることはできないだろう。
「大丈夫や。普段は、王族、貴族は街には降りてこんのやから」
「でも……」
「特にあのチナ様は、降りてこんで」
「え?」
「貴族の子は、色々と厳しいみたいでなぁ。なかなか外には出して貰えんのや」
「でも、貴族は殺しをするんだよ!?」
「そうやなぁ。でもなぁ、センリ。よう考えてみいや? ソウシャはどうなんや?」
『私がこの手で、殺してしまいました』
折角の楽しい遊びが、悪魔の遊びと化した。
センリには重い言葉かもしれない。だが、今のままでは正直本当に困るのである。いずれ、遅かれ早かれソウシャは戻ってくる。そのときに、ソウシャ側に戻ってもらわなければ、自分が面倒を永遠に見ることになってしまう。流石に、子守りなどごめんである。
「センリ?」
硬直し、微動だにしないセンリを啉杜は見据えていた。
悪いことをしたと反省するが、傷ついた心は、容易く癒えるものではない。
「……僕……」
「センリ、ごめんなぁ。俺が悪かった」
しかしセンリは首を横に振った。
それには流石に驚いた。
「許してくれんのか」
だが、もう一度首を横に振った。
「違う。僕、ソウシャは好きだよ!」
その言葉にさらに驚いた。
ソウシャを嫌っているものだとばかり思っていたのだ。
「貴族は嫌いなんか?」
「うん……。でも、チナは好きかもしれない。一緒に花火を見た、あの日はとても楽しかったから」
「そうか……。なら、チナ様に会っても……」
「ダメ」
「どうしてや?」
「僕、チナにひどいこと言った。それに、少し怖い……」
「貴族観は、国民と違うからなぁ」
「分かってる……。でも、怖いんだ。チナが僕を嫌いになったら、一緒のように殺されてしまうんじゃないかって」
「チナ様はそんなことせんで?」
「わからないよっ」
「確かにそうやなぁ。でも、センリ。それをしないと信じてあげるんも、友だちのスリルやで? 仲良いからこそ、喧嘩だってするんや。一回一回の喧嘩にセンリがそうやって、落ちこんでたら、仲良くしたい思ってるチナ様も、近づき難いやろうて。なぁ?」
「でもっ」
「分かった分かった。俺にはチナ様の気持ちはわからんもんなぁ。ごめんなぁ、分かったような口ぶりで。でも、街に王族が降りてくるのは周回のときだけや。チナ様はしばらく降りてはこないっていうのは、本当や」
「……うん」
啉杜はセンリの頭を撫でた。
「センリは良い子やな。ソウシャの気持ちが分かる」
センリには、久しぶりに笑みが浮かんでいた。
――――やっぱり、センリは笑顔が一番やで
その夜、センリが回復し街へ出掛けることになった旨をソウシャに書こうとしていたそのとき、テトゥーから紙を渡された。どうやら、ソウシャからのようだ。
[二週間後に迫りました。どうか、お願い致します、啉杜]
――――ふざけてるやろ……
ソウシャを責めることは出来ない。何があってもそれは変わらない。
『啉杜という名でどうでしょう?』
『は? 有り得ん。もっと格好いい名前にしてや』
ソウシャに出会ったあの日。ソウシャから名前を貰った。その名を啉杜という。
『啉杜にしましょう。ね? 啉杜』
面倒なやつ。それが、第一印象だった。
‡
それから二週間後。ソウシャと出会って約半年になるこの日。再び、ソウシャと出会うことになる。
今日は、王族の周回があるのだという。
センリは果物屋で買い物をしたあと、啉杜と雑貨屋を見ていた。
薄汚れ始めた僕の小袋を、新しく買いなおしてくれるのだという。
「これなんかどうや?」
だが、残念なことに、啉杜と僕の趣味は合わないらしい。
「これどうや?」
それに僕はいつも苦笑を浮かべるだけ。
陽気な啉杜をよそに、スタスタと店の中に入った。
小袋以外にも、素敵な商品が目白押しである。
あれもこれもと買ってしまいそうになりながら、その衝動をグッと堪えた。
そのとき、ポンポンと肩を叩かれ咄嗟に振り返った。
『あなたの仕業かしら?』
悪夢が蘇る。
だが、そこに立っていたのは、奇妙なほど優しげな笑みを浮かべた啉杜が立っていた。
「ちょっとついて来てや」
啉杜に手を引かれ、街路へと出た。同じように、街路に次々と街人が顔を出し始めるのを見て、啉杜に視線を向けた。
「これはなに?」
「王族周回や。この周回のときだけ、頭を下げなくていいらしいんや」
「そうなの?」
「テトゥー情報」
少しわくわくしてきた。
普段、国王は出不精らしく、顔を見たことのあるものはほとんどいないのだという。それに加え、貴族らが周りについているから、誰が国王なのかも分からないのだといった。だからか、周回をするときに限って、皆は興味本位で出てくるのだと啉杜はいった。
「国王が顔を出すの?」
「普通に馬に乗ってるんや。誰が国王か分かるといいなぁ」
「うんっ」
それから数秒後、テトゥーが走り寄ってきた。
「テトゥー」
「よ、センリ。元気になったみたいでよかった」
「ごめんね、テトゥー、心配かけて」
「もうすぐ王族が現れる。センリ、心構えは大丈夫か?」
「心構え? うん、大丈夫だよ。誰が国王かあてるんだっ」
「まあ頑張れ」
テトゥーが指さしたそこから、十数頭の馬が顔を出した。
上にはいかにも貴族らしい服を身に纏う、老若男女の姿があった。
「あ、あれが王族……!?」
しかし、その一番後ろに視線を向けたところで後退った。
「どうしたんや、センリ」
馬に乗る王族の中で一際小さい子。
それは、会いたくないと願っていたチナだった。
「どうして……。啉杜っ、来ないって言ったじゃないか!」
啉杜に視線を向けるが、啉杜もおかしかった。
どうやら、啉杜も戸惑いが隠せないようである。
「どうしてや……。普通、子は周回には参加せんのや……」
そこにチナがいること自体が、啉杜も意味が分からないようだった。
ならば、啉杜を責めても仕方がない。
「チナ……」
脳裏に、死体を何食わぬ顔で見つめるチナの姿が浮かんだ。
「センリ」
ハッとして啉杜を見上げた。
そして困惑した表情を浮かべ、馬に乗る人物を指さした。
その指先に視線を向け、固まった。
――――嘘…………
十数人の老若男女のなかに、もう一人見慣れた人物がいたのだ。
その男は、ニスデールのフードを被り、青い房紐。そして、水と白の混じった長い髪が隙間から見えた。透き通るような薄水色の瞳。
表情をゆがめ、涙がひとつ頬をつたった。
それは、紛れもなく、会いたいと待ち続けた者だった。
涙を流し、手で拭った。涙で滲んでいく視界にうつる男。
「ソウシャ…………」
それは僕を助けたソウシャ本人であった。




