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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第5章 それは真実ですか?
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貴族様


 友達とは何だろう?


 いつも一緒にいること? 遊ぶ相手のこと? 一緒に喜怒哀楽を過ごせること? 何を知っても、仲良くいられること?


 やっとチナの正体を知ったのに……。


 センリはひとり、部屋の中で静かに涙していた。


――――チナは……


 貴族だからといった。それが、貴族の価値観。僕には分からない。人殺しを悪いと思っていないのは、そんな環境で育ったから。そう自分に言い聞かせたところで、悲しみは広がっていくばかりだった。


 初めて出来たトモダチ。


 初めて失ったトモダチ。


 こんなに胸が苦しくて、哀しくて、忘れられない。


 一緒に見た花火は、凄く綺麗だったのに。それも嘘のように、色が消えていった。


 しばらく、街へは出なかった。


 またどこかで、チナに会ってしまいそうだったから。


 あれがすべて嘘だと言われたら、どれだけ楽だろう。チナになど出会っていない。ただの夢だったと言われたら、どれだけ安堵するだろう。


 お願い、誰か、嘘だと言って……。


          ‡


 啉杜はこの数日、食事以外の時間にセンリを見ていない。部屋を覗いても、まるで悪魔に取りつかれたような背があるだけだった。


――――本当に悪魔がとりついていなければいいんやけど……


 ソウシャから、定期的に手紙が届くが、センリはそれを受け取りもしなかった。それ故、返事も送っていない。配達係のテトゥーも、かなり心配しているようだった。


 そして、今日もソウシャからセンリへ手紙が届けられた。


「ほらよ」


「ありがとう、テトゥー」


 手紙を受け取り、徐々に増えていく束に追加した。


「まだ、ふせているのか?」


「センリにとって初めての友だちや。それが、貴族だったというのもあるやろうけど、何より、チナ様が、殺しをしていることの方が余程ショックやったんやろうなぁ」


「貴族の殺しなんて普通だろ?」


「確かにそうや。でも、センリにはそんなこと言っても分からん」


「だけど、こんな生活いつまで続けるんだ? お前だって、流石に疲れてくるだろう?」


「そうやけど……。センリは俺のものやないし、俺は正直何も出来んのや」


「……あと一ヶ月半後には、王族の周回がある。それには連れていかないのか?」


「……そうやなぁ……」


 啉杜は壁に背を預け、額に手を置いた。


――――センリ……


 深いため息を漏らした。すると、テトゥーは思い出したように小さな紙を取り出した。


「そういえば、ソウシャから啉杜へや」


 小さな紙を受けとり、開いていった。


[センリの様子を教えてください]


 それだけだった。


 ソウシャが心配するのも無理はない。だが、今のソウシャにセンリの様子を詳しく教えるわけにはいかなかった。あいつのことだ。仕事を放棄して、センリに会いにくるだろう。そうならないようにしなければならない。だが、ソウシャに嘘を吐いて、気付かれなかったことなど一度もない。


 手を伸ばし、引き出しから紙を取り出した。筆を片手に、テトゥーを見据える。


「なぁ、テトゥー」


「何?」


「俺は、どうしたらいいんや?」


 リス如きに相談したところで何も変わらない。だが、自分では到底解決できるようなものではなかった。


 こういうとき、自分の勉強不足を感じた。


――――やっぱり、俺じゃだめや……


『そなたじゃ、ソウシャの力には足りぬ』


 ソウシャの力になりたいのに、なれない歯がゆさが募っていった。


          ‡


 センリはひとり、部屋に閉じこもっていた。


『私たちを見捨てるのね。この裏切り者』


 この世界には、白と赤がある。


 真っ白な部屋、真っ白な服、真っ白なもの。


 真っ赤な血、真っ赤な手、真っ赤な服、真っ赤なみんな。


『違うっ、僕はっ』


 この世界には、僕の味方などいない。


 誰もが敵で、誰もが僕の邪魔をした。


『違う? 私たちに向けているそれは何かしら?』


 僕は、誰も傷つけたくない。


 誰も、失いたくないのに……。どうして、僕の周りは真っ白で、真っ赤に染まっていくのだろう。


 僕の手に、握られているもの。それは……。


 僕の前で、不敵な笑みを浮かべる女の子は、クスクスと笑っていた。それだけ見れば、天使の戯れのようにも思える。だが、そんな生ぬるいものではない。


『へぇ~、私たちを殺すのね。やってみなさいよ、殺せるものなら』


 僕は一体誰だろう。そして、何をしているのだろう。


 僕は死にたくない。誰も傷つけず、誰も失わずに生きていきたい。


 そう願うだけなのに……。


 どうして、いつも僕ばかり……。


『違うッ! 僕は、ただ助けたいだけなんだ』


『私たちを助けるの?』


 女の子は、無邪気に笑った。


『僕は……』


『面白いのね、あなたって。チビのくせによくやるわ』


『え?』


『でも無理よ』


 僕はセンリ。


 たぶん、チナと変わらないくらいの歳。


 生まれて、数年後、あの場所に連れていかれ、『親』と呼ばれる者に育てられてきた。その場所は、表向き、孤児院とされていた。だが、事実は違う。


『断言するわ』


 時々、背の焼印が痛むことがある。


 だが今は、痛みよりも怒りの方が強いのかもしれない。


『チビ。あなたは私たちを殺す』


 人間は一度死ねば、二度と蘇ることはない。蘇ってきてほしいと、どれだけ願ってもその思いは叶わない。


 なのに、僕は……。


 僕は、ただの殺人者だ。


          ‡


 コンッコンッ


「チナ様」


「どうしたのじゃ?」


「ご公務のお時間でございます」


「分かった。今いこう」


 夕暮れの空を見上げ、ため息ばかりを漏らしていた。


『チナは友達だと思ってたんだっ!』


 センリの苦悩の表情が脳裏を過る。


 そして、眩しいくらいの陽に背を向け、哀しげに微笑んだ。


――――過去形……じゃの……


 とぼとぼと力なく、奥の部屋へと消えていった。


――――忘れられぬ思い出など、つくるものではないのじゃ……。のう? センリよ……、わいは友だと思うておってもよいのじゃろうか……


 執務室に入り、顔をあげると見覚えのある人影が優雅に茶をたしなんでいた。


 人影はチナに気付くと、薄ら笑みを浮かべた。


「ごきげんよう、チナ様」


 しかし、その言葉にいつものように返事を返すことはできなかった。


「どうされましたか?」


「陛下は、友を作ったことがおありか?」


 陛下と呼ばれた、カナデは困ったように笑みを浮かべた。


「私は友と呼べる者を持ちません。持とうとも思いません」


「なぜじゃ?」


「必要ないものだからとでも言っておきましょうか」


「……そなたは本当に分からぬ男じゃ」


 カナデはスッと立ち上がり、茶を置いた。


「私は一応国王陛下ですから、そろそろ言葉遣いもお気をつけください。二人きりのときは構いませんが、第三者の目があるときにいつまでもこのままというわけにはいきませんよ」


「そなたこそ、最近どうしたのじゃ? 変に国王の仕事に力を入れているようじゃな」


「……普段通りです」


 そういって背を向けるカナデに、チナは首を傾げた。


「そうは見えぬのじゃ」


「……チナ様、あまり他人に干渉するものではありません」


「そなたがそうさせたのじゃ」


「それは、あなた様が孤独だとおっしゃるからです」


「昔のことじゃ」


「ではもう、放っておいても構いませんか? 皆から、チナ様だけを寵愛するなと言われておりますゆえ」


「……そう……じゃな」


 カナデはチナを真っ直ぐに見据えた。


――――子どものくせに……


 ため息を吐き、チナに近づいた。


「良いですか? 私は誰のものでもありません。私があなた様を手放すときは、私の助けが必要なくなったと感じたときです。あなた様の意思でここにいるのではありません。私の意思でここにいるのです。それをお間違えなく……」


 チナにとってその言葉は勿体ないほどのものだった。


 自分の味方になってくれるやつがまだいた。そして、友と呼んでも可笑しくない者もまだいたのだ。でも、ごめんなさい……。


「わいは……センリとまた花火を見たいのじゃ……」


 涙を流し、そう請うチナをカナデは抱き寄せた。


「チナ様、貴族と国民では違うのです。それを、お忘れなきよう」


          ‡


[センリへ


 私は、センリに伝えていないことがたくさんあります。センリが、私に疑いの目を向けていたことも知っていました。確信したのはチナと会ってからですが……。


 あなたに、私から贈り物をしましょう。


 それが、私の与えられる唯一の機会です。


 啉杜と過ごし始めてから、啉杜に手紙を送ります。そこに何を書くのかは書きませんが、啉杜がどこかに行こうと誘ってきたら合図です。一緒に、出掛けてみてください。きっと、センリの望む出来事があるはずです。


 それからセンリ。


 あなたの名前の話をしましょう。


 センリという名は、私が昔、唯一心を許していた方の名です。その方は、とても清く、私の全てを嫌っていました。ですが、そこに愛が存在しなかったわけではありません。会いたいと、言っていましたね。残念ながら、もう会うことは出来ません。


 私がこの手で、殺してしまいましたから。


 これを読んだセンリは、私のことを嫌うでしょう。しかし、それで構いません。私を好きだというような者は、あまりいません。


 だからこそ、センリには伝えておきたいのです。


 私は、あなたとの出会いは偶然ではないのだと感じています。何か糸を手繰り寄せられたような気がします。


 私は、昔から大切なものはなにひとつ、つくってきませんでした。何故なら私は臆病者だからです。大切なものを作るということは、同時に失う恐怖を背負います。だから私は、無頓着に生きてきたつもりでした。


 センリに出会い、それが嘘のように変わってしまいました。


 今でも、少し、変わってしまった自分に苛立ちを覚えることもあります。


 ただ、センリを拾ったことは今でも後悔していないのです。逆に、あのまま見て見ぬふりをしていて、センリがそのまま死んでいたのだと思う方が、とても辛いのです。本当によかったと心から思います。


 センリはもっと生きるべきです。こんな私と違って、センリはとても良い子ですから。


 さて、こんな話をしてもセンリはきっと、私を忌み嫌うでしょう。構いません。


 私はいつ、戻って来られるか分かりません。センリが戻って来なくていいと言うのなら、戻りませんし、戻ってきて欲しいというのなら戻りましょう。


 私はセンリを優先します。


 これから、文通をしていくうえで、あなたに隠し事をしないと誓いましょう。


 私を好きでいてほしいとはいいません。ですが、私はセンリをとても大切な人だと思っています。だからこそです。


 どうか、センリ。


 ずっと笑っていてください。


 そして、泣いてください。


 私を忌み嫌っていてください。


 センリ。


 不甲斐ない私で申し訳ありませんでした。


 一緒に短い時間を過ごしてくれてありがとう……。


ソウシャ]

 手紙を持つ手は震えていた。

 

結局、今更手紙を開いたのだ。


 ひとつ、またひとつと字が滲んでいった。


「ソウシャが……人殺し……!?」


 もう、意味が分からない。


 どうして……。


 半ばやけくそにソウシャの手紙を読み始めたことを、読み始めて数秒後に後悔した。


――――それに、この終わり方はまるで


「もう会えないみたいじゃないか……」


 涙は頬をつたい、どんどん手紙を濡らしていった。


 ソウシャ、君は何者なの?


 ソウシャ、君はなんで殺したの?


 ソウシャ、僕は大切な人なの?


 ソウシャ、帰ってくるよね?


 不安で不安で堪らない。ソウシャが恐くて堪らない。なのに、ソウシャに無性に会いたくなってきていた。


 ソウシャは怖い。ソウシャは嫌い。


「ソウシャ……」


 僕を拾ってくれたのはソウシャだけだった。


 そんなソウシャが見せてくれた笑顔と優しさは、すべて嘘ではないはずだ。僕に見せたそれは、ソウシャ自身なのだと信じたい。


「忌み嫌われてもいいなんて、見え透いた嘘……」


 ソウシャと過ごした日々を忘れることはできない。忘れたくもない。


「バカだよ、ソウシャ……」


 僕はソウシャが大切。


 ソウシャは僕が大切。


 ならば、その言葉を信じよう。


 たとえ、ソウシャに裏切られたとしても、それは僕が決めたこと。ソウシャの裏切りは、僕の裏切り。そして、僕はソウシャを責めない。


 僕は僕。


 それに、僕も殺人者だ。


 ソウシャと肩を並べて歩いていたい。そう思うのは、勝手だろう。


 センリという名をくれたソウシャに、僕からの贈り物をいつしか渡せる日がくる、そのときまで僕はソウシャとともに歩く。


「僕だけは……ソウシャの味方に……」


 柩婪や啉杜、テトゥーが離れていっても、僕だけは何が遭っても……。


 しかし、センリのその決意は一ヶ月後に無残に打ち砕かれるのである。


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