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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第4章 待っていてくれますか?
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いつまでも




 センリが翌朝目を覚ますと、テトゥーがそばに寝転がっていた。その光景を見て、思わず笑ってしまう。


 眠っているにも関わらず、どんぐりだけはきちんと抱きしめて離していないのだ。


「そんなに、どんぐりって美味しいのかな」


 クスクスと笑っていると、啉杜が顔を出した。


「お、起きたんか。おはよう、センリ」


「おはよう、啉杜」


「ご飯今から作るんや。少し、ソウシャの部屋にでも行って、暇つぶししといてや」

啉杜はそういうなり、去って行った。


――――ソウシャの部屋……


『明朝、私の部屋に来てください』


 ソウシャに言われたことを思い出し、着替え、ソウシャの部屋へと小走りで向かった。


 部屋に入ると、生活していたのを感じさせないほど綺麗に整理されていた。その中央に、テーブルが置かれていた。よく見ると、封筒と紙が一枚置かれている。静かに近寄り、紙と封筒を見比べた。紙を手に取り、開く。そこには、ソウシャが案内してくれた商店や行ってはいけない小路などが事細やかに記されていた。


 座り、封筒を手に取る。


 中から便箋を取り出し、広げたところですぐに閉じた。一行目に書かれた文を見たからである。


――――これは……


 深呼吸をし、便箋を開いた。


 一行目には、『センリへ』と書かれていた。

 

しかし、読まずに閉じてしまった。

 

そして封筒の中になおしてしまう。


 そっとテーブルの上に封筒を戻し、啉杜のもとへと走った。


 読みたい。


 でも、読んでしまえば、すべて終わってしまいそうな気がして怖かった。


 ソウシャと二度と会えないことはない。


 それが、ソウシャとの約束だから。


 でも、もし、ソウシャが嘘をついていたら……。


 もし、ソウシャが僕のことを見放したなら……。


 そう思うと、読むことはできなかった。


 自分の勇気のなさに、今更ながら気づいた。


 手紙をそっと別の場所に戻し、啉杜のいる部屋に走ると、啉杜は不思議そうに首を傾げた。


「読んだんか?」


 首を大きく何度も振った。


 読めるはずがない。


「そうなんや……。今は読めんでも、いつかは読んでやってくれや。ソウシャの気持ちや」


 ソウシャの気持ち……。


「……あっ!」


 思い出した。


「どうしたんや?」


 啉杜は不器用ながら朝食をテーブルに並べていった。


「ソウシャに僕のこと忘れないように渡そうと思っていたんだ」


「何をや?」


「手紙! 僕、書いたんだよ。絵を描こうか、字を書こうか、悩んだ末に、手紙を書いてみたんだ。ソウシャに教えられた文字で、ソウシャに感謝の言葉を」


「渡し忘れか?」


「うん……。どうしよう、啉杜」


 どうしよう……。忘れてしまうなど、有り得ない。折角、一日かけて一生懸命頑張って書いたのに……。


 啉杜はどうしようかとそわそわしている僕をずっと見据えていた。そして考える素振りを見せた後、テーブルに朝食が並んだ。


 見栄えこそよくないが、きっと味は美味しいはず……。


「センリ、あのなぁ」


「どうしよう……僕……」


 啉杜は困惑の表情を浮かべていた。


 啉杜も困っているようだ。


「センリ、俺も残念ながら自由にソウシャに会いにはいけんのや。だから、センリのそれを届けてやりたいんやけど、俺でも無理なんや」


「……そっか…………。大丈夫。僕が渡し忘れたのが、悪いから……」


 啉杜はスッとセンリの背後に視線を向けた。そこには、どんぐりに齧りつき、こちらを凝視するテトゥーが立っていた。


「テトゥーなら会えるやろ?」


 テトゥーは面倒くさそうな表情を浮かべ、どんぐりを耳に挟んだ。


「会えるけど……」


「渡してきてくれんやろうか?」


 その言葉にあからさまに表情が明るくなった。振り返ると、テトゥーが面倒くさそうに口を尖がらせていた。


「お願い、テトゥー」


「……分かったよ」


 パッと笑みを浮かべた。


 それを見た啉杜は、心底ほっとした表情を浮かべていた。


 よかった。これで、ソウシャに渡せる。良かった……、ソウシャに、僕の気持ちを伝えられる……。


 僕からソウシャへ……。


          ‡


 荷物をまとめ、啉杜の家へと向かった。大きな門をくぐり庭に入る。玄関をあがり、啉杜に部屋を案内された。


「ここがセンリの部屋や。ソウシャに貰った部屋に比べたら、狭いやろうけど、許してや。な?」


「うん、ありがとう、啉杜」


「ほな、またあとで呼びにくるから、それまで、好きにしてや」


 そう言うなり啉杜は去って行った。


 部屋を見回し、荷物を置いた。


 確かにソウシャにもらった部屋よりほんの少し狭いような気がするが、それでも、子ども一人が過ごすにしては、広すぎる部屋である。


「よし」


 タンスに服を直し、持ってきたものを順番に片づけ始めた。


 気づけば、夕暮れを迎えていた。


 疲れ寝転がる。


 そのまま深い眠りへとおちていった。


 またあの夢を見た。


 真っ白な景色の中、迷子になった僕は誰かに助けを求めていた。やっと見つけた人影は、篠笛を吹き、綺麗な音色を奏でていた。声を掛けると、その人影はスッと振り返る。手に笛を持ち、首を傾げる。


『誰?』


 人影の問いに答えようとするが、声が出ない。口をパクパク動かすだけである。


 視界がはっきりしない。


 霧が濃く、人影の姿はどんどん見えなくなっていった。慌てて人影に近づこうとするが、霧は余計に濃さを増していった。


「……リ。センリ」


 勢いよく起き上がると、啉杜と頭をぶつけてしまった。


「痛っ。もう、センリ」


「ご、ごめんなさいっ!」


「別にえぇけど、うなされてたで?」


 うなされていたか……。


 でもあれは……たぶん……。


「センリ?」


「あ……」


「大丈夫か?」


「うん……。ちょと、疲れただけ」


 あれは……。ううん、そんなはずはない。


「ご飯出来たらしいんや。食べようや」


「啉杜のご飯?」


「いいや、俺はご飯作りきらんからなぁ」


「え? でも、今朝……」


「少しくらいなら出来るんや。でも、ソウシャみたいに器用なことは出来んのや。ソウシャがあんなに料理できるのも、この街に来てから知ったしなぁ」


「そうなんだ」


 どおりで、それほど美味しくないわけだ。


 啉杜は先に廊下に出た。身体を起こし、ふとまだ片づけられていない荷物に視線を向けた。ソウシャからの手紙が挟まっている。


――――読みたいけど……


「センリ、行くで」


「あ、ごめん」


 手紙から視線を逸らし、啉杜の後を追った。


 これからどのくらいの月日かは分からないが、きっと長くお世話になる。啉杜に必要以上に迷惑をかけないようにしなければならない。


 啉杜に見放されないように、嫌われないように。


 最終目的の復讐を果たすために……。


 服の中で揺れる銀のネックレスに触れた。


――――結局、ソウシャに全く話すことなく……


 部屋に入ると、啉杜の家族が集まっていた。


 全員、とても優しそうな良い人ばかりそうである。


―――だけど、人は見た目で判断しない方がいい……


 ごめんね、啉杜。僕は、まだ、啉杜を完全に信じられていないみたいだ。


          ‡


 その日の夜、センリは布団の中でずっとごろごろとしていた。慣れず、眠れなかった。


 何度もソウシャの手紙を手に取っては置くという動作を繰り返していた。


「あぁ~、読みたいよ~」


 布団を頭まで深く被った。


          ‡


 ぴょこぴょこと跳ねて現れたのはテトゥーだった。


 啉杜はテーブルに向かい、書き物をしていた。


「あ、おかえり、テトゥー」


 テトゥーは走りつかれたようで、テーブルのど真ん中で大の字に寝転がってしまった。かなり邪魔である。


「ちょっと、テトゥー!? 寝るなら、寝床で……。ソウシャからの手紙か?」


 よく見ると、テトゥーの身体には紐が巻かれ、紙を背負わされていた。


 テトゥーの首を掴み、持ち上げ、紐を解いた。その場にあった布をテーブルの隅に敷き、その上に疲れ切ったテトゥーをのせた。すると、テトゥーは秒を数える間もなく、眠ってしまった。


「お疲れさんや、テトゥー」


 紙を開くと、ソウシャの達筆な文字が並んでいた。


「俺宛てとはなぁ」


 文を読み、顔をあげた。


 そして、フッと微笑み紙を蝋燭の火につけた。燃え尽きるのを見届け、薄ら笑みを浮かべながら再び書き物を始めた。


 ソウシャとセンリが次会うとき、センリはソウシャに気付くか……。


[啉杜へ


 まずはセンリからの手紙を届けてくださって、ありがとうございます。正直、とても嬉しく思います。センリには、たくさん話したいことはありますが、ありがとうございます、とだけ伝えておいてください。


 啉杜、センリをよろしくお願いします。私では出来ないことを、啉杜に託します。センリを立派な子に、育ててくださいね。


ソウシャ


 追伸 二ヶ月後、王族が隣国へ向かう途中、また、自国へ帰る途中、ナルシア街を周回します。]


 まだ、何も知らないセンリのために。


「センリを連れて、街へ行こう……」


          ‡


 静かな夜のひととき。


「……チナ様」


「どうしたのじゃ?」


「カナデ陛下がいらしております」


「そうか。通してよいぞ」


 侍従がさがり、入れ替わりにカナデが入ってきた。


「どうしたのじゃ?」


「いえ……。ただ、お願いがあるのです」


「国王陛下からのお願いか?」


「はい」


「カナデ様、わいのことを責めはしないのかの?」


「責めてもいいのでしたら、責められますが、構いません。結果、良き方に向かったのですから」


「わいも嬉しく思うのじゃ。同年代の友が出来ると思うておらんじゃったから」


「そうですか……。ですが、お戯れもお控えなさいますよう」


「だが、そうじゃのぉ。もう一度、センリに会いたいのぉ」


「……いけません」


「分かっておるのじゃ。だけど、会いたいのじゃ」


「……チナ様」


「すまぬ……。わいが悪かったのじゃ……」


 カナデはチナから視線を逸らし、哀しげに月を見上げた。


「あなた様は、王族の位に位置する貴族なのですから」


 チナはにっこりと笑みを浮かべていた。



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