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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第4章 待っていてくれますか?
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忘れないように



 深夜、ソウシャはいなくなってしまう。


 笑顔で別れたい。


 ソウシャに伝えておきたいことがある。


 そんなことを考えながら、今日は朝から部屋に閉じこもっていた。ソウシャに会いたいという気持ちはあるものの、会えば泣いてしまう自信があった。泣けば、ソウシャは困り果ててしまう。ソウシャのために、少なくてもご飯などの時以外は、夜まで会わないようにしようと、部屋に閉じこもっていた。


 紙と筆を用意し、紙とにらめっこすること一時間。


 ソウシャに思い出に持って行って欲しいものを、僕なりに考えてみた。だが、文にするか絵にするか。どんな文面にするか、どんな絵にするか、全く考えが思い浮かばなかった。いや、思い付きすぎて、書けないのである。書こうと思えば、きっといくらでも書ける。でもそれをソウシャに託してしまえば、ソウシャの荷物が増えてしまうだけだと思うと、どうしても絞るほかなかった。


 その日の夜、ソウシャ手作りの夕食がテーブルに所狭しと並んだ。


 どれも、僕の好きなものばかりだった。


 それだけで、目に涙が溜まっていった。それでも、一生懸命平静を装うが、きっとソウシャには気付かれてしまっているだろう。


 夕食を食べ終わり、早々に部屋に戻ろうとするとソウシャに腕を掴まれた。しかし、振り返ることは出来ない。振り返ればきっと、いや、絶対に泣いてしまう。


 僕が固まり黙っていると、ソウシャは小さな震える声で話し始めた。


「今夜……。ここを去ります。お話した通り、いつ帰ってこられるのかはわかりません。九ヶ月後には遅かれ早かれ、一度は帰ってきます。


 啉杜と時々現れるであろうテトゥーと一緒に、啉杜の家で過ごしてください。もしも、啉杜と過ごしていて、不満があったり、啉杜に相談出来ないことがあったりしたときには、生地屋のおばさんに話してください。センリがお世話になりますと伝えてありますから。誰でも頼ってもらって構いません。


 私に甘えられない分、私がいない間に、たくさん甘えてください。あなたの歳くらいなら、もっと自分本位で良いのです。もっともっと、子供らしく、無邪気に遊びまわってください。


 それから、センリ」


 ソウシャの手が離れ、咄嗟に振り向く。


 すると、ソウシャの頬には涙がつたったあとがあった。次々に涙が頬をつたい、床に落ちている。


 それを見た僕も、我慢していた分の涙が一気に流れ始めた。


 ソウシャは僕に涙ながらの笑みを向け、頭に手を置いた。


「明朝、私の部屋に来てください」


「ソウシャの?」


 声が震え、うまく話せない。


「はい。センリが困らないように、先日教えた街路や商店のことをメモしておきます。その紙を、取りに来てください」


 ソウシャの優しげな笑みに、もう我慢は不要だった。


 ソウシャに飛びつき、思いっきり泣いた。


「行かないで、ソウシャ……。お願い、僕といてよっ。僕っ、僕さ、ソウシャが大好きなんだよ!? お願いだから、行かないで……」


 ソウシャは僕の言葉を聞いている間、ずっと強く抱きしめてくれていた。


「ソウシャ、ありがとう……」


 気づけば、ソウシャの腕の中で疲れ、眠ってしまっていた。


          ‡


 その夜、ソウシャはセンリが眠るまでずっとそばにいることにした。布団を掛け、センリを見据える。


「ねぇ、ソウシャ」


「何でしょう?」


「ソウシャは僕のこと、どうして拾ったの?」


 その言葉に、戸惑いを見せる。


 どうして拾ったのか。それをすべて話してしまうには、少し早い……。


「そうですね、話してしまえば早いのですが、それは出来ません」


「どうして?」


「大人の事情というものです」


「じゃあ、いつになったら教えてくれる? 僕を拾ってくれた理由と僕の名前の意味」


「意味を知りたいのですか?」


「うんっ」


「センリという名は、ある方の名前でした」


「ソウシャの友達?」


「まあ、そんなところです」


「その人はどうしたの?」


 センリの真っ直ぐな質問に口を噤んでしまう。動揺を隠せずにいたが、それでも苦笑を浮かべた。


「遠くへ行きました。もう、会うこともありません」


「友達なのに?」


「えぇ、とても大切な方でした」


「会ってみたい!」


 視線をセンリから逸らし、月明かりの空を見上げる。


「いつか、会えるかもしれませんね……」


――――私も会いたいです……


「ほんと!?」


「写真くらいなら見せてあげますよ。また、いつの日にか」


「約束だよ?」


「はい。約束です」


「約束破ったら、僕、怒るからね!」


 微笑み、センリに視線を戻す。


「そうですね、必ず約束は守りましょう。


 それからセンリ、そのセンリを拾った理由ですが」


「うんうん」


「もう少し待っていただけませんか?」


「え?」


「大人の事情に間違いはないのですが、どうしても、今、センリに話すわけにはいかないのです。どうか、私を信じて待っていてくれませんか?」


 センリは残念そうな表情を浮かべていたが、やがて大きく頷くとこちらを見た。とても、強い眼差しだった。


「分かった。待ってる。待ってるから、絶対に帰ってきてね!」


「約束です」


「うん、約束」


 センリに優しげな笑みを向けると、センリもまた無邪気な可愛らしい笑みを浮かべた。それから一時間もしないうちに、センリは眠ってしまった。


 センリの寝息が聞こえ始め、顔を覗いた。


――――眠ってしまいましたか……


 そっと髪に触れる。


「……さようなら、センリ」


 立ち上がり、センリの部屋を後にした。


 自室に戻ると、柩婪は本を、啉杜は酒をたしなんでいた。


「寝たのか?」


「今寝ました」


「もう、いいのか?」


「……よくはありませんが、仕方のないことです」


 紙と筆を取り出し、すらすらと筆をはしらせはじめた。


          ‡


『ソウシャ殿……』


 柩婪と啉杜は急ぎ跪いた。


だが、突然のことに動揺を隠せないソウシャは呆然と立ち尽くしていた。

『…………何故……』


――――どうして、あなた様がここにいるのだろう……


 腰まである紅と白の髪を靡かせ立っているのは、背の高いすらりとした女だった。巫女装束に千早を羽織った、軽装であった。


『ソウシャ殿に話がある』


 それを聞いた柩婪と啉杜は並んで、奥へと下がっていった。


 場に三人となり、千早を着る女はヴァリスに視線を向けた。


『そなたも去れ』


 ヴァリスは肩をすくめ、柩婪と啉杜の消えた奥に去って行った。


 二人きりになり、ソウシャは鋭い視線を向けた。


『あなた様が何故このようなところにいらしたのです?』


『変か?』


『い、いえ……。そういうわけではありませんが、わざわざ赴かなくても、ヴァリスがいるでしょうに』


『大事なことは口で伝えたほうがよいかと思うてな』


『ですが……』


『わらわと会いたくなかったのか?』


『それはどうでしょうね』


『わらわはそなたを気にっておるというのに、つれない男やのう……』


『申し訳あ』


『彼女のことをまだ、根に持っておるのか?』


 言葉を遮られたうえに、図星をつかれた。


 それに女は気づいているようで、自信気に笑みを浮かべた。


『なるほど。そなたは彼女が好きだったからの。しかたのないことではあるが、あれからどのくらい経っておると思うておる? もう、忘れよ』


『私にも……忘れられない者の一人や二人、いますよ』


『無頓着なそなたがよくいうの』


『あなた様に言われたくはありません。それで、話とは何でしょうか? 私は早々に帰りたいのです』


『家が嫌いだとぬかしておったのは、どこのどなたよ。そなたやのう。いい加減忘れ』


『…………無理だと言ったならどうなさいますか?』


『無理にでも連れ戻そう。そなたは、わらわらにとって重要な存在のうて、帰りを待っている者も多い。出来る限り早めに帰られよ』


『期限はあと九ヶ月あります』


『その前に、連れ戻そうと思えば連れ戻せるのだよ?』


 女の脅しととれる文句に、フッと笑みを浮かべた。


『相変わらず、怖いですね』


『そなたに言われたない』


『連れ戻せるものなら、無理にでもどうぞ』


『ほぉ。受けて立つのか?』


『はい。私はあなた様にだけは、指図されたくありませんから』


『残念やのう。それは、無理やのう』


『私にも自由はあります』


『そなたはわらわのいわば道具にすぎぬ。それを忘れてはおるまいな?』


『私は道具などではございません』


『そなたがわらわに抗うのかの?』


『はい』


『そなたには出来ぬ』


『出来ますよ』


 女は妖艶の笑みを浮かべ、ため息を吐いた。


『それはその話として、ソウシャ殿に用があってきた』


『……はい』


『九ヶ月という期限は置いておいて、今宵は戻って来なされ』


『お断りいた……』


『断らせはせぬ』


『……何故です?』


『平和ボケか何かかのう。今日は、そなたの誕生日ではないか。のう、ソウシャよ』


 ソウシャは黙り込み、女を鋭く見据えていた。


 誕生日など、ずっと忘れていた。


 なるほど、きりのよい誕生日がきたというわけか。


――――あぁ、最悪の連続です……


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