無期限の約束を
嫌だ。
嫌だよ……。
どうして?
僕のことが嫌いになったの?
僕がダメな子だから?
僕は他人だから?
僕がソウシャのことを疑っていたから?
ねぇ、行かないで、ソウシャ。
どこにも行かないで。僕をひとりにしないで。
お願いだから……。
「センリ……?」
名を呼ばれ、自分が涙していることに気付いた。急いで手で拭い、薄ら笑みを浮かべるが、もう遅い。
「ご、ごめんなさい。いいよ、行ってきて。どこに行くのか知らないけれど、楽しんできてよ。僕、ひとりで頑張るからさ」
「センリ」
「大丈夫。テトゥーもいるし、柩婪や啉杜もいるから。ソウシャがいなくても、僕なら頑張れる。頑張って、この家で留守番してるから」
話せば話すほど、涙は溢れてきた。俯き、更に手に力を込める。
ソウシャがくれた絵本を決して離さないように。
「ソウシャ……」
涙に震える声。
涙を流しながらソウシャを見上げ、笑みを浮かべた。
「待ってるから、帰ってきてねっ」
その言葉にソウシャは、僕を抱きしめた。
ゆっくりと頭を撫でる。
「ありがとうございます。ですが、センリ。あなたはひとりではありません」
「え?」
「啉杜とテトゥーがいます」
「柩婪は!?」
「柩婪は私と共に行きます。その間、しばらく啉杜の家でお世話になってください」
「え…………。待って、ソウシャ」
ソウシャから身体を離し、ソウシャを真っ直ぐに見据えた。
「ソウシャはどこに行くの? いつ帰ってくるの?」
ソウシャは困惑した表情で、視線を逸らした。
「どこに行くのかは言えません。リルオーフェ神国内にはいます。いつ帰ってくるのかはわかりません。早くても数ヶ月。長くて無期限の可能性があります」
「え!?」
嘘だと言って、ソウシャ。
「申し訳ありません……。それが……私の仕事です」
「ソウシャの仕事……」
そう。それは、ずっと知りたかったソウシャの仕事。お金の収入源。
やっと知ったソウシャの仕事。でもいまいち分からないことだらけである。
「ソウシャは……何者なの?」
「私はセンリの保護者です」
ソウシャは笑みを浮かべてそう言った。
確かに保護者だけど、それを聞きたいわけではない。
でも今のソウシャになにを聞いたところで、答えてはくれないだろう。
「帰ってくるよね……?」
「例え無期限でも、時々帰ってきましょう。遅かれ早かれ、必ず半年後には帰ってきますから」
「半年後に!? どうして!?」
「……しなくてはならないこともあるのです。まあ、無期限だとしたらの話ですから、気にすることはないでしょう」
「絶対に会えるよね!?」
「私はセンリを見放しませんから」
「ほんとに!? ほんとのほんとに、絶対に!?」
「本当です。私はセンリのことが大切ですから」
ソウシャと僕は約束を交わした。
必ず定期的に文通をすること。
必ず一度は会いに戻ってくること。
そして、お互いを好きでいること。
大好きなソウシャとの大切な約束。
それは、いつまで守られるのか分からない。それでも、僕だけはそれを馬鹿正直に信じて待っていたい、とそう思った。
‡
翌日、目を覚ますと視界に人影が入った。瞬きをし、身体を起こすと笑みを浮かべるソウシャがそばに座っていた。いつもは起きてもそばにいることはない。
「どうしたの?」
「おはようございます、センリ」
「お、おはよう」
「あと七日しか会えませんから。少しの間はこうさせてください。私のわがままです」
そういうソウシャの顔には、とても優しげな笑みが零れていた。
ソウシャはスッと立ち上がり廊下に出ると振り向いた。
「朝食は出来ていますよ」
「え、あ、うんっ!」
寝衣のままふとんから飛び出し、まっしぐらに朝食を食べに向かった。
そして当然のようにテーブルの周りには、啉杜と柩婪がいた。二人は早々と朝食を食べ終えているようだった。
「おはようさんっ、センリ」
「おはよう、センリ」
「おはよう! 啉杜、柩婪」
座り用意された朝食に手を伸ばす。
――――やっぱり、ソウシャのご飯は美味しい……
一口、また一口と頬張っていった。だがその度に、空しさは増していっていた。
ソウシャと離れ離れになりたくない。その気持ちが強いのに、ソウシャに無理を言うことは出来なかった。いつ戻ってくるのかも分からないまま、何を生きる意味として過ごせばいいのかもわからない。ソウシャが助けてくれたから、ソウシャのために生きているようなものだ。もし、ソウシャがその場にいなければ、自ら……。
美味しいご飯なのに、味がしない。
柩婪と啉杜はソウシャと何やら談話しているようで、手をとめる僕に気付いたのはテトゥーだけだった。テトゥーは、テーブルの下からぴょこっと顔を出した。
耳の間に上手にどんぐりを挟んでいる。
「どうした? センリ」
「テトゥー……」
「ご飯不味いのか?」
「い、いや。ソウシャのご飯は美味しいよ」
「だよな~。俺もそう思うぜ。でもな、センリ。この世界で一番美味しいものはなんだか知っているか!?」
首を横に振る。
「なあんだ、知らねぇのか。勿体ないな」
「世界一美味しいものって何?」
「それはな、聞いて驚くなよ」
「うん」
テトゥーはいつになく気合を入れ、小さな手を前に出していた。
そしてドヤ顔を浮かべ、胸を張った。
「どんぐりだ!」
黙り込んでしまった。
これは仕方のないことだろう。きっと、誰もがこの答えに黙るはずだ。
世界一美味しいものが何かと、本当に気になってしまっていた自分が馬鹿らしく思える。それは、テトゥーの世界一美味しいものではないか。
「どうして黙るんだよ! 美味しいだろ? どんぐり」
「あ、あのさ……」
自信満々に熱く語るテトゥーに、どう話せばいいものか分からず、苦笑を浮かべ身を少しひいた。
「どんぐりほど美味しいものはない! センリもひとつ分けてやろうか!?」
「あ、いや。僕は食べないから」
「ナニ!? 食べないのか!?」
「どんぐりって普通、人間食べないからね。食用でもない限り」
「嘘だろ!?」
テトゥーは驚きのあまり、耳に挟んでいたどんぐりをテーブルの上に落とした。テトゥーにとって、命ほど大切などんぐりは、無残にもテーブルの上を転がる。
「どんぐりは美味しいぞ!?」
「そ、そうかもしれないけどさぁ」
「食べてみろよ!」
「い、いいよ。遠慮する」
テトゥーは舌打ちをすると、どんぐりを再び耳に挟み込んだ。
「お前、どんぐりを食べたことがないなど、人生損しているぞ!」
テトゥーはそういうなり、テーブルから降り去って行った。
一体、何がしたかったのだろう。
どんぐりについて力説されても、正直リスではない僕には分からない。美味しいのかもしれないが、きっと人間の口には合わない。
まさか、テトゥーはそれを今頃知ったのだろうか。
まさか、ソウシャたちはどんぐりを食べるのか!?
苦笑を浮かべ、手を動かし始めた。
「ナイナイ……」
「何がないのです?」
見上げるとソウシャがこちらを覗いてきていた。
「ソウシャ。ううん、何でもないよ」
「今日は買い物に出掛けましょう。センリに教えたいことがたくさんあります」




