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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第4章 待っていてくれますか?
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無期限の約束を


 嫌だ。


 嫌だよ……。


 どうして?


僕のことが嫌いになったの?


僕がダメな子だから? 


僕は他人だから?


僕がソウシャのことを疑っていたから?

 

ねぇ、行かないで、ソウシャ。


 どこにも行かないで。僕をひとりにしないで。


 お願いだから……。


「センリ……?」


 名を呼ばれ、自分が涙していることに気付いた。急いで手で拭い、薄ら笑みを浮かべるが、もう遅い。


「ご、ごめんなさい。いいよ、行ってきて。どこに行くのか知らないけれど、楽しんできてよ。僕、ひとりで頑張るからさ」


「センリ」


「大丈夫。テトゥーもいるし、柩婪や啉杜もいるから。ソウシャがいなくても、僕なら頑張れる。頑張って、この家で留守番してるから」


 話せば話すほど、涙は溢れてきた。俯き、更に手に力を込める。


 ソウシャがくれた絵本を決して離さないように。


「ソウシャ……」


 涙に震える声。


 涙を流しながらソウシャを見上げ、笑みを浮かべた。


「待ってるから、帰ってきてねっ」


 その言葉にソウシャは、僕を抱きしめた。


 ゆっくりと頭を撫でる。


「ありがとうございます。ですが、センリ。あなたはひとりではありません」


「え?」


「啉杜とテトゥーがいます」


「柩婪は!?」


「柩婪は私と共に行きます。その間、しばらく啉杜の家でお世話になってください」


「え…………。待って、ソウシャ」


 ソウシャから身体を離し、ソウシャを真っ直ぐに見据えた。


「ソウシャはどこに行くの? いつ帰ってくるの?」


 ソウシャは困惑した表情で、視線を逸らした。


「どこに行くのかは言えません。リルオーフェ神国内にはいます。いつ帰ってくるのかはわかりません。早くても数ヶ月。長くて無期限の可能性があります」


「え!?」


 嘘だと言って、ソウシャ。


「申し訳ありません……。それが……私の仕事です」


「ソウシャの仕事……」


 そう。それは、ずっと知りたかったソウシャの仕事。お金の収入源。


 やっと知ったソウシャの仕事。でもいまいち分からないことだらけである。


「ソウシャは……何者なの?」


「私はセンリの保護者です」


 ソウシャは笑みを浮かべてそう言った。


 確かに保護者だけど、それを聞きたいわけではない。


 でも今のソウシャになにを聞いたところで、答えてはくれないだろう。


「帰ってくるよね……?」


「例え無期限でも、時々帰ってきましょう。遅かれ早かれ、必ず半年後には帰ってきますから」


「半年後に!? どうして!?」


「……しなくてはならないこともあるのです。まあ、無期限だとしたらの話ですから、気にすることはないでしょう」


「絶対に会えるよね!?」


「私はセンリを見放しませんから」


「ほんとに!? ほんとのほんとに、絶対に!?」


「本当です。私はセンリのことが大切ですから」


 ソウシャと僕は約束を交わした。


 必ず定期的に文通をすること。


 必ず一度は会いに戻ってくること。


 そして、お互いを好きでいること。


 大好きなソウシャとの大切な約束。


 それは、いつまで守られるのか分からない。それでも、僕だけはそれを馬鹿正直に信じて待っていたい、とそう思った。


          ‡


 翌日、目を覚ますと視界に人影が入った。瞬きをし、身体を起こすと笑みを浮かべるソウシャがそばに座っていた。いつもは起きてもそばにいることはない。


「どうしたの?」


「おはようございます、センリ」


「お、おはよう」


「あと七日しか会えませんから。少しの間はこうさせてください。私のわがままです」


 そういうソウシャの顔には、とても優しげな笑みが零れていた。


 ソウシャはスッと立ち上がり廊下に出ると振り向いた。


「朝食は出来ていますよ」


「え、あ、うんっ!」


 寝衣のままふとんから飛び出し、まっしぐらに朝食を食べに向かった。


 そして当然のようにテーブルの周りには、啉杜と柩婪がいた。二人は早々と朝食を食べ終えているようだった。


「おはようさんっ、センリ」


「おはよう、センリ」


「おはよう! 啉杜、柩婪」


 座り用意された朝食に手を伸ばす。


――――やっぱり、ソウシャのご飯は美味しい……


 一口、また一口と頬張っていった。だがその度に、空しさは増していっていた。


 ソウシャと離れ離れになりたくない。その気持ちが強いのに、ソウシャに無理を言うことは出来なかった。いつ戻ってくるのかも分からないまま、何を生きる意味として過ごせばいいのかもわからない。ソウシャが助けてくれたから、ソウシャのために生きているようなものだ。もし、ソウシャがその場にいなければ、自ら……。


 美味しいご飯なのに、味がしない。


 柩婪と啉杜はソウシャと何やら談話しているようで、手をとめる僕に気付いたのはテトゥーだけだった。テトゥーは、テーブルの下からぴょこっと顔を出した。


 耳の間に上手にどんぐりを挟んでいる。


「どうした? センリ」


「テトゥー……」


「ご飯不味いのか?」


「い、いや。ソウシャのご飯は美味しいよ」


「だよな~。俺もそう思うぜ。でもな、センリ。この世界で一番美味しいものはなんだか知っているか!?」


 首を横に振る。


「なあんだ、知らねぇのか。勿体ないな」


「世界一美味しいものって何?」


「それはな、聞いて驚くなよ」


「うん」


 テトゥーはいつになく気合を入れ、小さな手を前に出していた。


 そしてドヤ顔を浮かべ、胸を張った。


「どんぐりだ!」


 黙り込んでしまった。


 これは仕方のないことだろう。きっと、誰もがこの答えに黙るはずだ。


 世界一美味しいものが何かと、本当に気になってしまっていた自分が馬鹿らしく思える。それは、テトゥーの世界一美味しいものではないか。


「どうして黙るんだよ! 美味しいだろ? どんぐり」


「あ、あのさ……」


 自信満々に熱く語るテトゥーに、どう話せばいいものか分からず、苦笑を浮かべ身を少しひいた。


「どんぐりほど美味しいものはない! センリもひとつ分けてやろうか!?」


「あ、いや。僕は食べないから」


「ナニ!? 食べないのか!?」


「どんぐりって普通、人間食べないからね。食用でもない限り」


「嘘だろ!?」


 テトゥーは驚きのあまり、耳に挟んでいたどんぐりをテーブルの上に落とした。テトゥーにとって、命ほど大切などんぐりは、無残にもテーブルの上を転がる。


「どんぐりは美味しいぞ!?」


「そ、そうかもしれないけどさぁ」


「食べてみろよ!」


「い、いいよ。遠慮する」


 テトゥーは舌打ちをすると、どんぐりを再び耳に挟み込んだ。


「お前、どんぐりを食べたことがないなど、人生損しているぞ!」


 テトゥーはそういうなり、テーブルから降り去って行った。


 一体、何がしたかったのだろう。


 どんぐりについて力説されても、正直リスではない僕には分からない。美味しいのかもしれないが、きっと人間の口には合わない。


 まさか、テトゥーはそれを今頃知ったのだろうか。


 まさか、ソウシャたちはどんぐりを食べるのか!?


 苦笑を浮かべ、手を動かし始めた。


「ナイナイ……」


「何がないのです?」


 見上げるとソウシャがこちらを覗いてきていた。


「ソウシャ。ううん、何でもないよ」


「今日は買い物に出掛けましょう。センリに教えたいことがたくさんあります」




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