それは突然に
夏終盤戦、木々の葉も色づき始めたころ、僕はソウシャに連れられ街路を歩いていた。何も言わず、ただついて来いとだけ言われていた。
祭りも終わり、ソウシャと出会い早三ヶ月が過ぎた。
未だにソウシャのことは分からないことだらけだが、もう必要以上に詮索をすることはなかった。気にならないといえば嘘になる。でも、ソウシャが僕のことを考えてくれていることだけは嘘ではない。チナに言われた言葉を思い出せば、ソウシャを疑う必要など全くなかったのだと改めさせられた。あれからチナには一度も会っていない。もともと街は同じでも、離れた場所に住んでいるといっていたチナの家は知らない。これこそが、一期一会の出会いなのだと思う。この思い出は忘れない。僕のはじめての友達のことは、絶対に忘れない。それに、何故だろう。またどこかで、会えるような……そんな気がするのだ。いつになるかは分からない。でももし、次会えたなら、もっとたくさん話をしてみたかった。僕の知らない話を、たくさん聞いてみたかった。
ソウシャに手を引かれやってきたのは、あのおばさんのいる生地屋だった。
「いらっしゃいますか?」
奥から眠そうにしているおばさんが出てきた。今日は店に品物が全く並んでいない。どうやら店休日のようだ。
「なんだい、あぁ……。か……ソウシャかい。どうしたんだい? こんな朝早くから」
「もうお昼ですよ」
「ウソ~。またまたソウシャったら」
「ウソではありませんが……。まあいいでしょう」
「それで、一体何のようだい?」
おばさんと視線を合わせれば、おばさんはウィンクをしてきた。微笑み、おばさんを見上げる。
「少々、お願いがあるのです」
二人はそのまま店横の小路に入って行った。少し離れた場所から、地面に枝で絵をかきながら様子を見守っていた。何かを話しているようだったが、会話は全く聞こえなかった。何を話しているのか、少し気になるが、時折二人がこちらを見てくることのほうが気になっていた。
小さなため息を吐き、空を見上げる。
今日も良き日だ。でもどうしてだろう……。少し胸騒ぎがする。
三十分後、話を終えたソウシャが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。次に行きましょう」
「次はどこに?」
「啉杜の家に」
「ほんと!?」
啉杜の家には今まで一度も行ったことがない。それに場所もどこにあるのかは知らなった。あのちゃらい啉杜の家がどんなものなのかと、少し興味があった。
「行ってみたかったのですか?」
想像以上に喜ぶ僕を見て、ソウシャは苦笑を浮かべていた。
「うん! あんな性格だからきっと、家とか散らかってそうだなって」
僕の言葉にソウシャはフッと笑った。そして、クスクスと笑いながら歩き出した。
「残念ですが、啉杜の家はとても綺麗ですよ。それに啉杜はああ見えて、名高い家の長男なのです」
「ふ~ん。……え!? 啉杜が!?」
「はい。王族でも使者でもありませんが、国民のなかでは、かなり有名な家です」
ソウシャと手を繋ぎ、来た道を戻っていく。
「そうなの!? どうしよう……」
「心配しなくても、無礼者などといって切るなどしませんよ」
「違うよ。全然そんな感じに見えないっ」
僕の言葉を聞いたソウシャは、吹き出し笑った。ソウシャはあまり大きく笑わない。そんなソウシャでも、この言葉はとても面白かったようである。
笑いをおさめたソウシャは、僕に視線を向け、笑みを深めた。
「私もそう見えませんから、大丈夫ですよ」
いつの間にか、曲り小路に入っていた。何度も曲り、いつもの街路とは違う大きな街路に出る。そこにもまた、違う顔を持つ商店が並んでいた。
「それに、もともとそこの子ではありませんから……」
僕が目をキラキラさせていると、ソウシャがそう言ったような気がした。気のせいかもしれないが、極めて小さな声だった。
‡
街路を抜け、小路に曲がると目の前に大きな門構えが広がっていた。ソウシャの家にはない門構えだが、家自体はソウシャの家よりも劣っているようだった。敷地内もソウシャの家の方が広く感じる。
門をくぐり、啉杜の出迎えで家の中へと入って行った。
スッとお茶を出され、座り啉杜がこちらを向いた。
「久しぶりやなぁ、センリ。元気にしていたんか?」
「うんっ」
啉杜とは祭り以降、会っていない。
「狭い家やけど、くつろいで行ってなぁ」
「ううん! 全然! 啉杜が有名な家の長男だってさっき知ったから」
啉杜は笑い、僕を見た。
「そうやな。でもな、俺はそんなのには興味ないから、気にせんでや」
「そうなんだ……。分かった。今度からも普通に接する!」
「そうしてや」
啉杜はソウシャに向き直った。ソウシャは出されたお茶を静かに飲んでいる。
「それで、お前は何のようや? 俺の家になんか、ほとんど来ないやろ?」
「少々話がありまして」
「なら呼べばいいやろ? なんで来たんや」
「個別に話をしておきたかったのです。それに、私はあの家が好きではありませんから」
「あんなに住み心地の良い家が?」
「はい」
「お前、案外贅沢なんやな」
「違いますよ。そういうことではありません」
啉杜はソウシャの意を分かったのか、それ以上は聞いてはこなかった。
ニコニコと笑みを浮かべ、ソウシャを見据える。
「それで? なんや?」
「呼び戻された件について」
「……ほぉ。例のあれか」
二人が何の話をしているのか、全く理解できなかった。
二人だけの会話。
――――少し……寂しい
「それで、行くと決めたんか?」
ソウシャはため息を吐いた。
「行かなければ仕方ありません。それが、私のやるべきことです」
「でもどうするんや?」
ふと啉杜と視線が合う。
「……そのことなのですが、啉杜にお願いがあるのです」
「結局、俺に任せる気か?」
「そうしようと……思います」
「じゃあ、俺は行かんでえぇということやな?」
「致し方ありません」
短い沈黙が訪れた。啉杜はため息交じりに微笑んだ。
「分かった。でもな、ソウシャ。せめて期限くらいは教えてくれや」
「ですから」
「分からんのやろ?」
「分かっているのなら聞かないでください」
「流石に、俺も無理やで、ずっと騙し続けるのは」
「分かって……います……」
「大丈夫なんか?」
「柩婪もいますし、衣食住には困りませんし、私は大丈夫です」
「でもなぁ」
「不定期に帰るだけでは物足りないのでしょう」
「確かに、時々、しかもばらばらにしか帰らないもんなぁ」
「しばらくは、隔離されてしまうだけです」
「戻ってくるんやろうな?」
「当然です。見捨てるという選択肢は私にはありませんから」
‡
それから数日後、柩婪と啉杜が家にやってきた。
「やあやあ、センリ。元気か?」
「いつも通り」
「それはよかったなぁ」
柩婪は優しげな笑みを浮かべ、髪をぐしゃぐしゃに撫でた。
「頑張れよ」
頭の中に、はてなが浮かぶ。
背後から、ソウシャが現れた。
「おはようございます、センリ、柩婪、啉杜」
「ソウシャ、おはようっ」
ソウシャは笑みを浮かべるなり、素早く朝食を作りはじめた。コトコトと包丁の音が聞こえる。
「ねぇねぇ、啉杜と柩婪は何しに来たの?」
「遊びに来たんや」
「違うだろ」
柩婪は手に持っていた本を啉杜の頭におとした。
「痛っ。全く、柩婪はいつもそうやってするんやから」
「遊びに来たわけではない。でも、用事があるのは確かだな」
「柩婪ってさ、本好きなの?」
「え、あ、まあな」
「字、書けるの? 読めるの?」
「もちろん。書けるし読める」
「僕もね、ソウシャのおかげで、同じくらいの歳の子たちと並べるくらい読み書き覚えたんだ!」
「凄いな。教えるやつが上手いからだろうな」
「そうなんだ。ソウシャって、教えるのとっても上手なんだよ」
「知ってる」
無邪気な笑みを浮かべると、柩婪も笑みを浮かべた。
美味しそうな匂いとともに、テーブルに朝食が並べられていく。
座りテーブルを囲む。
大好きなものばかりだった。
「わぁ! これもっ、これもっ、それもっ。僕の好きなものばかりだ! 朝から豪華だ~! すごく嬉しいよ!」
「それは良かったです……」
ソウシャの表情は少し暗い。笑みを浮かべているものの、瞳の奥は哀しげに揺れているようだった。
「これ美味しいんや~。センリも好きなんか?」
「え、あ、うん!」
「よなぁ。これ美味しいよなぁ」
いつもと違う朝食。
いつもと違う賑わい。
いつもと違う……ソウシャ。
でも、やっぱり、とても幸せ。
朝食を食べ終わり、ソウシャが片づけている間、部屋から絵本を持ち出してきた。柩婪と啉杜に広げて見せた。
「題名も読めるんだよ!」
「じゃあどんな題名や?」
「『笛の音よ、届け』っていう本だよ!」
柩婪と啉杜は、ソウシャを一瞥した。
「面白そうな本だな。どんな内容なんだ?」
「柩婪には面白くないかもしれないよ」
「どうして?」
「だって、柩婪はいつも難しい本ばかり読んでるから」
その言葉に柩婪は笑った。
「確かにそうかもしれないな。でも、俺はその本を読んでみたい。だから、センリ、読んでみてくれないか?」
「うんっ! これはね、名のない男神が主人公の物語なんだ」
「名のない男神……」
柩婪と啉杜は苦笑を浮かべ、顔を見合わせた。
「ちょっと、センリ。その本見せてや」
啉杜は本を受け取り、ぱらぱらとめくる。どこにでもありそうな普通の絵本である。しかし、最後のページに必ずあるはずの後記がない。いつ発売され、誰が描いたのかは全く記されていなかった。
啉杜は本を返し、柩婪に肩をすくめて見せた。
「なるほど」
それだけで柩婪はすべてを理解したようだった。
「それで、センリ。その主人公の名前は最後に出てくるのか?」
首を横に振った。
「ううん、最後まで出てこないんだ。それに、周りの登場人物の名も全く出てこない。特徴だけが書かれているんだ」
「……面白い本だな。大切にしろよ」
「柩婪に言われなくてもそうするよ」
本を胸に抱きしめ、強く頷いた。
片づけ終えたソウシャは、柩婪と啉杜に垂直になるように座った。
「センリ」
ソウシャは、僕の名を静かに呼んだ。
センリ。
ソウシャが付けてくれた名前。その意味は、全く知らない。いつかきっと教えてくれるだろうと信じて、今は待つだけ。
三ヶ月前、逃げ出した僕を助けてくれた。何が遭ったのかを必要以上に聞いてくることもなく、詮索してくることもなかった。それが、とても嬉しかった。
しゃべる不思議なリス。憎まれ口をたたくけど、実はとても頼りになるやつで、僕は結構好きだ。柩婪も難しいことばかりだし、クールなところもあるけれど好きだ。啉杜もちゃらちゃらしている割に、きちんとしているところが好きだ。この街の人たちが好きだ。特に、僕はソウシャが好きだ。
何気ない優しさが、とても嬉しくて、とても温かくて……。僕にたくさんの幸せと笑顔をくれる。そんな、ソウシャが好き……。
だけどどうしてかな……。凄く今、嫌な予感がするのは。
どこか遠くにいってしまいそうな……そんな気がしてならない。
「センリ」
その声はどこまでもきれいで、どこまでも優しい。
だからお願い。その先を言わないで、ソウシャ。
本を握りしめる手に力が入る。
「なに……?」
柩婪の……、啉杜の……、隅で見守るテトゥーの……。そしてソウシャの視線がすべてこちらに向いていた。
良い予感は当たらない。でも、嫌な予感は当たってしまうものだ。
「センリに話さなければならないことがあります」
ほら……。
「話ってなに?」
あくまで冷静を装う。僕のためではなく、ソウシャたちのために。
「来週の今夜から長く、私は家を留守にします」




