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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第4章 待っていてくれますか?
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それは突然に


 夏終盤戦、木々の葉も色づき始めたころ、僕はソウシャに連れられ街路を歩いていた。何も言わず、ただついて来いとだけ言われていた。


 祭りも終わり、ソウシャと出会い早三ヶ月が過ぎた。


 未だにソウシャのことは分からないことだらけだが、もう必要以上に詮索をすることはなかった。気にならないといえば嘘になる。でも、ソウシャが僕のことを考えてくれていることだけは嘘ではない。チナに言われた言葉を思い出せば、ソウシャを疑う必要など全くなかったのだと改めさせられた。あれからチナには一度も会っていない。もともと街は同じでも、離れた場所に住んでいるといっていたチナの家は知らない。これこそが、一期一会の出会いなのだと思う。この思い出は忘れない。僕のはじめての友達のことは、絶対に忘れない。それに、何故だろう。またどこかで、会えるような……そんな気がするのだ。いつになるかは分からない。でももし、次会えたなら、もっとたくさん話をしてみたかった。僕の知らない話を、たくさん聞いてみたかった。


 ソウシャに手を引かれやってきたのは、あのおばさんのいる生地屋だった。


「いらっしゃいますか?」


 奥から眠そうにしているおばさんが出てきた。今日は店に品物が全く並んでいない。どうやら店休日のようだ。


「なんだい、あぁ……。か……ソウシャかい。どうしたんだい? こんな朝早くから」


「もうお昼ですよ」


「ウソ~。またまたソウシャったら」


「ウソではありませんが……。まあいいでしょう」


「それで、一体何のようだい?」


 おばさんと視線を合わせれば、おばさんはウィンクをしてきた。微笑み、おばさんを見上げる。


「少々、お願いがあるのです」


 二人はそのまま店横の小路に入って行った。少し離れた場所から、地面に枝で絵をかきながら様子を見守っていた。何かを話しているようだったが、会話は全く聞こえなかった。何を話しているのか、少し気になるが、時折二人がこちらを見てくることのほうが気になっていた。


 小さなため息を吐き、空を見上げる。


 今日も良き日だ。でもどうしてだろう……。少し胸騒ぎがする。


 三十分後、話を終えたソウシャが戻ってきた。


「お待たせして申し訳ありません。次に行きましょう」


「次はどこに?」


「啉杜の家に」


「ほんと!?」


 啉杜の家には今まで一度も行ったことがない。それに場所もどこにあるのかは知らなった。あのちゃらい啉杜の家がどんなものなのかと、少し興味があった。


「行ってみたかったのですか?」


 想像以上に喜ぶ僕を見て、ソウシャは苦笑を浮かべていた。


「うん! あんな性格だからきっと、家とか散らかってそうだなって」


 僕の言葉にソウシャはフッと笑った。そして、クスクスと笑いながら歩き出した。


「残念ですが、啉杜の家はとても綺麗ですよ。それに啉杜はああ見えて、名高い家の長男なのです」


「ふ~ん。……え!? 啉杜が!?」


「はい。王族でも使者でもありませんが、国民のなかでは、かなり有名な家です」


 ソウシャと手を繋ぎ、来た道を戻っていく。


「そうなの!? どうしよう……」


「心配しなくても、無礼者などといって切るなどしませんよ」


「違うよ。全然そんな感じに見えないっ」


 僕の言葉を聞いたソウシャは、吹き出し笑った。ソウシャはあまり大きく笑わない。そんなソウシャでも、この言葉はとても面白かったようである。


 笑いをおさめたソウシャは、僕に視線を向け、笑みを深めた。


「私もそう見えませんから、大丈夫ですよ」


 いつの間にか、曲り小路に入っていた。何度も曲り、いつもの街路とは違う大きな街路に出る。そこにもまた、違う顔を持つ商店が並んでいた。


「それに、もともとそこの子ではありませんから……」


 僕が目をキラキラさせていると、ソウシャがそう言ったような気がした。気のせいかもしれないが、極めて小さな声だった。


          ‡


 街路を抜け、小路に曲がると目の前に大きな門構えが広がっていた。ソウシャの家にはない門構えだが、家自体はソウシャの家よりも劣っているようだった。敷地内もソウシャの家の方が広く感じる。


 門をくぐり、啉杜の出迎えで家の中へと入って行った。


 スッとお茶を出され、座り啉杜がこちらを向いた。


「久しぶりやなぁ、センリ。元気にしていたんか?」


「うんっ」


 啉杜とは祭り以降、会っていない。


「狭い家やけど、くつろいで行ってなぁ」


「ううん! 全然! 啉杜が有名な家の長男だってさっき知ったから」


 啉杜は笑い、僕を見た。


「そうやな。でもな、俺はそんなのには興味ないから、気にせんでや」


「そうなんだ……。分かった。今度からも普通に接する!」


「そうしてや」


 啉杜はソウシャに向き直った。ソウシャは出されたお茶を静かに飲んでいる。


「それで、お前は何のようや? 俺の家になんか、ほとんど来ないやろ?」


「少々話がありまして」


「なら呼べばいいやろ? なんで来たんや」


「個別に話をしておきたかったのです。それに、私はあの家が好きではありませんから」


「あんなに住み心地の良い家が?」


「はい」


「お前、案外贅沢なんやな」


「違いますよ。そういうことではありません」


 啉杜はソウシャの意を分かったのか、それ以上は聞いてはこなかった。


 ニコニコと笑みを浮かべ、ソウシャを見据える。


「それで? なんや?」


「呼び戻された件について」


「……ほぉ。例のあれか」


 二人が何の話をしているのか、全く理解できなかった。


 二人だけの会話。


――――少し……寂しい


「それで、行くと決めたんか?」


 ソウシャはため息を吐いた。


「行かなければ仕方ありません。それが、私のやるべきことです」


「でもどうするんや?」


 ふと啉杜と視線が合う。


「……そのことなのですが、啉杜にお願いがあるのです」


「結局、俺に任せる気か?」


「そうしようと……思います」


「じゃあ、俺は行かんでえぇということやな?」


「致し方ありません」


 短い沈黙が訪れた。啉杜はため息交じりに微笑んだ。


「分かった。でもな、ソウシャ。せめて期限くらいは教えてくれや」


「ですから」


「分からんのやろ?」


「分かっているのなら聞かないでください」


「流石に、俺も無理やで、ずっと騙し続けるのは」


「分かって……います……」


「大丈夫なんか?」


「柩婪もいますし、衣食住には困りませんし、私は大丈夫です」


「でもなぁ」


「不定期に帰るだけでは物足りないのでしょう」


「確かに、時々、しかもばらばらにしか帰らないもんなぁ」


「しばらくは、隔離されてしまうだけです」


「戻ってくるんやろうな?」


「当然です。見捨てるという選択肢は私にはありませんから」


          ‡


 それから数日後、柩婪と啉杜が家にやってきた。


「やあやあ、センリ。元気か?」


「いつも通り」


「それはよかったなぁ」


 柩婪は優しげな笑みを浮かべ、髪をぐしゃぐしゃに撫でた。


「頑張れよ」


 頭の中に、はてなが浮かぶ。


 背後から、ソウシャが現れた。


「おはようございます、センリ、柩婪、啉杜」


「ソウシャ、おはようっ」


 ソウシャは笑みを浮かべるなり、素早く朝食を作りはじめた。コトコトと包丁の音が聞こえる。


「ねぇねぇ、啉杜と柩婪は何しに来たの?」


「遊びに来たんや」


「違うだろ」


 柩婪は手に持っていた本を啉杜の頭におとした。


「痛っ。全く、柩婪はいつもそうやってするんやから」


「遊びに来たわけではない。でも、用事があるのは確かだな」


「柩婪ってさ、本好きなの?」


「え、あ、まあな」


「字、書けるの? 読めるの?」


「もちろん。書けるし読める」


「僕もね、ソウシャのおかげで、同じくらいの歳の子たちと並べるくらい読み書き覚えたんだ!」


「凄いな。教えるやつが上手いからだろうな」


「そうなんだ。ソウシャって、教えるのとっても上手なんだよ」


「知ってる」


 無邪気な笑みを浮かべると、柩婪も笑みを浮かべた。


 美味しそうな匂いとともに、テーブルに朝食が並べられていく。


 座りテーブルを囲む。


 大好きなものばかりだった。


「わぁ! これもっ、これもっ、それもっ。僕の好きなものばかりだ! 朝から豪華だ~! すごく嬉しいよ!」


「それは良かったです……」


 ソウシャの表情は少し暗い。笑みを浮かべているものの、瞳の奥は哀しげに揺れているようだった。


「これ美味しいんや~。センリも好きなんか?」


「え、あ、うん!」


「よなぁ。これ美味しいよなぁ」


 いつもと違う朝食。


 いつもと違う賑わい。


 いつもと違う……ソウシャ。


 でも、やっぱり、とても幸せ。


 朝食を食べ終わり、ソウシャが片づけている間、部屋から絵本を持ち出してきた。柩婪と啉杜に広げて見せた。


「題名も読めるんだよ!」

「じゃあどんな題名や?」


「『笛の音よ、届け』っていう本だよ!」


 柩婪と啉杜は、ソウシャを一瞥した。


「面白そうな本だな。どんな内容なんだ?」


「柩婪には面白くないかもしれないよ」


「どうして?」


「だって、柩婪はいつも難しい本ばかり読んでるから」


 その言葉に柩婪は笑った。


「確かにそうかもしれないな。でも、俺はその本を読んでみたい。だから、センリ、読んでみてくれないか?」


「うんっ! これはね、名のない男神が主人公の物語なんだ」


「名のない男神……」


 柩婪と啉杜は苦笑を浮かべ、顔を見合わせた。


「ちょっと、センリ。その本見せてや」


 啉杜は本を受け取り、ぱらぱらとめくる。どこにでもありそうな普通の絵本である。しかし、最後のページに必ずあるはずの後記がない。いつ発売され、誰が描いたのかは全く記されていなかった。


 啉杜は本を返し、柩婪に肩をすくめて見せた。


「なるほど」


 それだけで柩婪はすべてを理解したようだった。


「それで、センリ。その主人公の名前は最後に出てくるのか?」


 首を横に振った。


「ううん、最後まで出てこないんだ。それに、周りの登場人物の名も全く出てこない。特徴だけが書かれているんだ」


「……面白い本だな。大切にしろよ」


「柩婪に言われなくてもそうするよ」


 本を胸に抱きしめ、強く頷いた。


 片づけ終えたソウシャは、柩婪と啉杜に垂直になるように座った。


「センリ」


 ソウシャは、僕の名を静かに呼んだ。


 センリ。


 ソウシャが付けてくれた名前。その意味は、全く知らない。いつかきっと教えてくれるだろうと信じて、今は待つだけ。


 三ヶ月前、逃げ出した僕を助けてくれた。何が遭ったのかを必要以上に聞いてくることもなく、詮索してくることもなかった。それが、とても嬉しかった。


 しゃべる不思議なリス。憎まれ口をたたくけど、実はとても頼りになるやつで、僕は結構好きだ。柩婪も難しいことばかりだし、クールなところもあるけれど好きだ。啉杜もちゃらちゃらしている割に、きちんとしているところが好きだ。この街の人たちが好きだ。特に、僕はソウシャが好きだ。


 何気ない優しさが、とても嬉しくて、とても温かくて……。僕にたくさんの幸せと笑顔をくれる。そんな、ソウシャが好き……。


 だけどどうしてかな……。凄く今、嫌な予感がするのは。


 どこか遠くにいってしまいそうな……そんな気がしてならない。


「センリ」


 その声はどこまでもきれいで、どこまでも優しい。


 だからお願い。その先を言わないで、ソウシャ。


 本を握りしめる手に力が入る。


「なに……?」


 柩婪の……、啉杜の……、隅で見守るテトゥーの……。そしてソウシャの視線がすべてこちらに向いていた。


 良い予感は当たらない。でも、嫌な予感は当たってしまうものだ。


「センリに話さなければならないことがあります」


 ほら……。


「話ってなに?」


 あくまで冷静を装う。僕のためではなく、ソウシャたちのために。


「来週の今夜から長く、私は家を留守にします」




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