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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第3章 あなたの大切な人は誰ですか?
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トモダチが




 ナルシア街は、真夏を迎える。そして、夏と言えば夏祭り。ナルシア街の夏祭りは、かなり盛大に行われることで有名だ。この日を待ち望んでいない人々はいないに等しいくらいの、賑わいを見せる。


 それを楽しみにしているのは、街人だけではない。


「ソウシャ! 祭りっていつあるの?」


 野菜を包丁で切っていくソウシャに聞くと、ソウシャは呆れた顔を浮かべた。


「昨日も言いましたよ、センリ。あと四日お待ちください」


 あと四日。それはとても長く感じた。


 街中は、提燈や蝋燭で飾られ、商店も飾りつけを増やしていった。祭りの日が近づくにつれ、客もたくさん増えていく。隣街のユティア街やヒカリア街からだけでなく、遥々とワシュア街からも訪れていた。この時期が、商売の時期なのだとザエリが話していたことを思い出した。


 街は賑わいを見せているが、街へは出て行けなかった。


「ねぇ、どうして街に行ったらだめなの?」


「この時期は人が多くて危険なのです。センリも攫われたことがあるのですから、少しは警戒なさってください」


 顔をムスッとすれば、ソウシャの朝食が出来上がった。湯気たちのぼるご飯を口にはこんでいくたびに、幸せを感じた。


 匂いを嗅いで寄ってきたテトゥーに、ソウシャはおむすびを渡した。


 そして一日、何も出来ずグダグダと過ごす。それが、ここ一週間の日々である。


 気が付けば、祭りまであと一日。


 ソウシャとともに街に出ることが許された。


「どうして街に?」


「明日から三日間は、商店の品物が日頃のものから変わりますから、今日のうちに、三日間分の食料を買い溜めしておく必要があります」


 大体、二日に一回を目安に食料を買っていた。だが、祭りの間は商店も祭り用の商品に変わるために、日常生活に必要な食料は売り出さないのだという。だからこうして、前日までに三日分の食料を買いに行く必要があった。


 街路を歩いていると、街はすでに賑わいを見せ、祭りの準備が着々と進んでいた。いつもとは違う顔をしている。それを見るだけで、心はわくわくと踊った。


 ソウシャが野菜を見ている間に、ザエリの店に向かった。


「ザエリさーん」


「よ! センリ、元気か?」


「うん! 祭りが楽しみで楽しみで仕方ない」


「そうか、お前初めてだものな」


「うん! もうすっごく楽しみ!」


「今日もお前一人で買い物か?」


「ううん」


 首を横に振りながら、斜め後ろの野菜屋で買い物をしているソウシャを指さした。


「今日は一緒か」


「街が終わるまでは一人で出歩くなってさ。僕大丈夫なのに」


「まあ、ソウシャの気持ちも分かってやれ。あいつもあいつでお前が心配なんだろうよ。で、今日は何買う?」


「そんなものかなぁ……。緑の実を三つと黄の実を三つ、それから赤い実を六つちょうだい」


「今日はたくさん買うんだな。皆の分か?」


「ううん。僕の三日分」


「お前果物ばかりか!?」


「ザエリさんの果物は美味しいから」


「いいこと言ってくれるじゃねぇか。お礼にひとつおまけしておくからな」


 ザエリはそういうなり紙袋に果物を一つ追加し、僕に渡した。受け取り、お金を渡す。


「あいよ。じゃあ、また祭りでな」


「うん!」


 ザエリに手を振り、振り返るとそこにソウシャの姿がなかった。


――――え!?


 きょろきょろあたりを見回すが、ソウシャの姿は見えない。僕を置いて帰るはずはない。一体どこに行ったのだろうか。


 紙袋を胸に、辺りを見て回ったが、ソウシャを見つけることは出来なかった。


 疲れ、小路の石に座りため息を吐いた。


「ソウシャどこに行ったんだろう……」


 迷子になったなら、帰った方が賢明な判断かもしれない。幸い、家が分からないわけではない。でも、先に帰ったらソウシャが探すかもしれない。


 そのとき、小路の奥から鈴の髪飾りを付けた男の子が姿を現した。自分と身長も歳も然程変わらなそうな、黒い短髪の男の子だった。不思議そうに僕をじっと見つめている。


「どうしたの?」


 勇気を出してそう声を掛けてみれば、男の子は子どもらしい無邪気な笑みを浮かべ、駆け寄ってきた。


「フード被って、何を隠しておるのじゃ? そなたは、誰じゃ? はじめましてじゃな」


 フードの中を執拗に覗いてくる男の子に、フードを引っ張り、髪を隠した。なおも、男の子はニコニコと笑みを浮かべていた。


「僕はセンリ。君こそ、誰?」


「わいはチナじゃ」


「チナ?」


「昔からナルシア街に住んでおる」


「えっと……何歳?」


「もう七つになるんじゃ。早かろう?」


 チナという男の子は、始終ニコニコしていた。それが、子どもらしさというものなのかもしれない。


 身なりからして、極々普通の男の子のように見える。国民だろう。


「どこに住んでるの?」


「ここから少し遠いところじゃ」


「どうしてここに?」


「祭りがあるじゃろ? それを楽しみに、数人で来たんじゃ」


「数人で?」


「普通じゃろ?」


「え、あ、うん」


 にっこり笑みを浮かべ首を傾げている。


「なあセンリ」


「何?」


「そなたはどこに住んでおるのじゃ?」


「僕はこの表の街路を進んだ先にあるよ。あ、でも少し小路に入るけど」


「近場なんじゃの」


「うん、まあね。でも、ここは素敵な街だから好きだよ」


「そうじゃの。ここは良い街じゃ。実はな、この祭りに来るのは初めてなんじゃ」


「そうなの!?」


「あぁ。ずっと来てみたかったのじゃ。やっと外出許可を貰ってな、来れたのじゃよ」


「お母さん、厳しいんだね」


「わいに母はおらん。父もおらん」


「え?」


「でもな、他の者が育ててくれたのじゃ。親戚という者かな」


「なんか……ごめんね」


「構わん。そなたはおるのか? 父母は」


 首を横に振った。


「いない。顔も名前も覚えてない。でも、ソウシャっていうお父さん代わりならいるんだ。ソウシャはとっても優しくて、僕のことをいつも考えてくれているんだ」


 一瞬チナの瞳が揺らいだようにも見えた。だが、笑みは変わらず、気のせいだったのかもしれない。


「へぇ、良いな。羨ましい限りじゃ」


 チナが動くたびに、髪飾りの鈴がりんりんと音を鳴った。その音に導かれるかのように、ソウシャが顔を出した。


「ここにいたのですか、探しましたよ」


「あ、ソウシャ」


 ソウシャはチナを見た。しかし、何も言わず僕に向き直る。


「そろそろ帰りましょう」


 そういうなり僕に背を向けてしまうソウシャに違和感を覚える。置いていかれないようにソウシャのもとまで走り寄り、振り向くとまだチナはいた。


「チナ!」


「何じゃ?」


「また会える!?」


 チナは少し驚いた様子だったが、それでも笑みを浮かべ大きく頷いた。


「会えるとも。そなたが会いたいと言えば、いくらでも会おう」


「じゃあ、明日。またここで!」


「良かろう」


 手を振りチナと別れた。


 ソウシャは既に買い物をすべて終わらせているようで、そのまま真っ直ぐ家に帰った。その間、ソウシャは一言も話すことはなかった。


          ‡


 翌日、待ちに待った夏祭りが始まった。目が覚め、布団を蹴り着替えながらソウシャのもとへ走り向かった。


「ソウシャ! 祭りだよ!」


 そこには祭り用の着物の上から着る羽織を手にするソウシャと、既に準備を済ませた柩婪と啉杜が立っていた。テトゥーも小さな着物を身に着けている。


「皆おはよう!」


「センリ、朝から元気やな」


「楽しみだったんだよ!」


「一週間以上前から今か今かと待っていたのです」


「センリ、お前せっかちやなぁ」


「だって、一度も祭りに行ったことがないから、すっごく楽しみで! それに僕、友達が出来たんだよ!」


 その言葉にソウシャはピクリと動きを止めた。


 それに気付かず話を続けた。


「啉杜も柩婪も一緒に行くんだよね!?」


「行くよ」


 柩婪の言葉に飛び跳ねて喜んだ。


 啉杜はソウシャを一瞥すると、センリに笑みを向けた。


「ほな、着替えようか。センリの着物もあるんや。ほら、お前の部屋行くで」


 啉杜に背を押され、急ぎ部屋に向かった。


 まさか、僕にも着物があるとは思わず、心の底から喜んだ。


――――僕の着物! ヤバイ、僕、幸せすぎるよ……!


          ‡


 ソウシャは羽織に汚れが無いか再確認していた。


「センリ、お前せっかちやなぁ」


「だって、一度も祭りに行ったことがないから、すっごく楽しみで“ それに僕、友達が出来たんだよ!」


 トモダチ……。あの子どもか……。


「啉杜も柩婪も一緒に行くんだよね!?」


 名は確か、チナと言ったか。


 何故こんなところにいる!? 祭りに来ただけか!?


「行くよ」


 まさか、一人で来たわけではないだろう。


 啉杜に視線を向けると、啉杜はそれに気づき、センリを連れ出した。


 俯き動きを止めているソウシャを見て、柩婪がため息交じりに訪ねた。


「その子どもがどうかしたのか?」


 再び手を動かし、羽織を着る。


「あれはチナです」


「チナ? あぁ……あいつか。でもなんで? 祭りか?」


「多分そうだと思いますが、油断していましたね。彼が出てくるとは思いもしませんでした」


「会わせたくなかったのか!?」


「はい」


「どうして? 別にあいつは問題ないだろう? そういう風にしつけられている」


「子どもは心を許してしまえば、口が軽くなるものです。うかつに話されては困りますから」


「センリの知りたがっているお前の正体か?」


「えぇ。彼は私の一つの正体を知っていますから、あまり、センリに会わせたくはなかったのですが……。迂闊でした」


「どうする?」


「こうなってしまえばどうにもできません。理由もなしに帰れというわけにもいきませんし、私の管轄外です」


「なら、成り行きをみるしかなさそうだな」


「そのようですね。当分、センリを閉じ込めておきたい気分です」


「過保護のじじいかよ」


「これでも見た目は若いと思うのですが……」


「じじいのくせによくいう」


「それを言っては、あなたもですよ? 柩婪」


「うるせぇよ」


 俯いてしまうソウシャに柩婪はため息を吐いた。


「それで、チナの話はおいておくとして、あの話はどうするんだ?」


『柩婪……ここへ』


 呼ばれスッと姿を現したのは柩婪本人である。


『呼び出し禁止』


『何を言っているのです?』


『あー、お前面倒くせぇ』


『ありがとうございます』


『それで、何だよ』


『お二人に話しがあるのです。センリのことで』


『センリのことってなんや?』


『私に残された時間はあと、一年しかありません』


 ソウシャの言葉に二人は動揺を隠せなかった。


『あと一年やて!? また急な話やな』


『ヴァリス様からのお話です』


『ヴァリス様なら仕方がないなぁ。でも、あと一年って……。あっ、それでソウシャ、お前、離れようとしているんか』


 ソウシャは小さく頷いた。


 しばらく沈黙の時間が流れた。


 それぞれが考えを巡らせ、時間が止まる。


 その沈黙を破ったのは柩婪だった。


『なら、その一年でどちらにつくのか考えろということか?』


『その通りです』


『センリのことを考えているのか?』


『分かりません。私にとって、あの子が何なのか、それは正直なところ分からないのです』


「どうすべきでしょうか。せめてあと半年後までには決めておきたいのですが、迷ってばかりで決められないのです」


「お前のその優柔不断なところは昔からだな。あの方もそこだけは欠点と言っている」


「不甲斐ないですが、致し方ないことです」


「お前の選択によって、俺らの未来も決まることを忘れるなよ」


 ソウシャはその言葉に黙り込んだままだった。


――――私の選択で…………


 そう思うと、逃げ出したくなってしまう。


 自分がこんな立場でなければよかったと、どれだけ後悔したところで変わるわけではない。でも、後悔せざるを得なかった。



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