トモダチが
ナルシア街は、真夏を迎える。そして、夏と言えば夏祭り。ナルシア街の夏祭りは、かなり盛大に行われることで有名だ。この日を待ち望んでいない人々はいないに等しいくらいの、賑わいを見せる。
それを楽しみにしているのは、街人だけではない。
「ソウシャ! 祭りっていつあるの?」
野菜を包丁で切っていくソウシャに聞くと、ソウシャは呆れた顔を浮かべた。
「昨日も言いましたよ、センリ。あと四日お待ちください」
あと四日。それはとても長く感じた。
街中は、提燈や蝋燭で飾られ、商店も飾りつけを増やしていった。祭りの日が近づくにつれ、客もたくさん増えていく。隣街のユティア街やヒカリア街からだけでなく、遥々とワシュア街からも訪れていた。この時期が、商売の時期なのだとザエリが話していたことを思い出した。
街は賑わいを見せているが、街へは出て行けなかった。
「ねぇ、どうして街に行ったらだめなの?」
「この時期は人が多くて危険なのです。センリも攫われたことがあるのですから、少しは警戒なさってください」
顔をムスッとすれば、ソウシャの朝食が出来上がった。湯気たちのぼるご飯を口にはこんでいくたびに、幸せを感じた。
匂いを嗅いで寄ってきたテトゥーに、ソウシャはおむすびを渡した。
そして一日、何も出来ずグダグダと過ごす。それが、ここ一週間の日々である。
気が付けば、祭りまであと一日。
ソウシャとともに街に出ることが許された。
「どうして街に?」
「明日から三日間は、商店の品物が日頃のものから変わりますから、今日のうちに、三日間分の食料を買い溜めしておく必要があります」
大体、二日に一回を目安に食料を買っていた。だが、祭りの間は商店も祭り用の商品に変わるために、日常生活に必要な食料は売り出さないのだという。だからこうして、前日までに三日分の食料を買いに行く必要があった。
街路を歩いていると、街はすでに賑わいを見せ、祭りの準備が着々と進んでいた。いつもとは違う顔をしている。それを見るだけで、心はわくわくと踊った。
ソウシャが野菜を見ている間に、ザエリの店に向かった。
「ザエリさーん」
「よ! センリ、元気か?」
「うん! 祭りが楽しみで楽しみで仕方ない」
「そうか、お前初めてだものな」
「うん! もうすっごく楽しみ!」
「今日もお前一人で買い物か?」
「ううん」
首を横に振りながら、斜め後ろの野菜屋で買い物をしているソウシャを指さした。
「今日は一緒か」
「街が終わるまでは一人で出歩くなってさ。僕大丈夫なのに」
「まあ、ソウシャの気持ちも分かってやれ。あいつもあいつでお前が心配なんだろうよ。で、今日は何買う?」
「そんなものかなぁ……。緑の実を三つと黄の実を三つ、それから赤い実を六つちょうだい」
「今日はたくさん買うんだな。皆の分か?」
「ううん。僕の三日分」
「お前果物ばかりか!?」
「ザエリさんの果物は美味しいから」
「いいこと言ってくれるじゃねぇか。お礼にひとつおまけしておくからな」
ザエリはそういうなり紙袋に果物を一つ追加し、僕に渡した。受け取り、お金を渡す。
「あいよ。じゃあ、また祭りでな」
「うん!」
ザエリに手を振り、振り返るとそこにソウシャの姿がなかった。
――――え!?
きょろきょろあたりを見回すが、ソウシャの姿は見えない。僕を置いて帰るはずはない。一体どこに行ったのだろうか。
紙袋を胸に、辺りを見て回ったが、ソウシャを見つけることは出来なかった。
疲れ、小路の石に座りため息を吐いた。
「ソウシャどこに行ったんだろう……」
迷子になったなら、帰った方が賢明な判断かもしれない。幸い、家が分からないわけではない。でも、先に帰ったらソウシャが探すかもしれない。
そのとき、小路の奥から鈴の髪飾りを付けた男の子が姿を現した。自分と身長も歳も然程変わらなそうな、黒い短髪の男の子だった。不思議そうに僕をじっと見つめている。
「どうしたの?」
勇気を出してそう声を掛けてみれば、男の子は子どもらしい無邪気な笑みを浮かべ、駆け寄ってきた。
「フード被って、何を隠しておるのじゃ? そなたは、誰じゃ? はじめましてじゃな」
フードの中を執拗に覗いてくる男の子に、フードを引っ張り、髪を隠した。なおも、男の子はニコニコと笑みを浮かべていた。
「僕はセンリ。君こそ、誰?」
「わいはチナじゃ」
「チナ?」
「昔からナルシア街に住んでおる」
「えっと……何歳?」
「もう七つになるんじゃ。早かろう?」
チナという男の子は、始終ニコニコしていた。それが、子どもらしさというものなのかもしれない。
身なりからして、極々普通の男の子のように見える。国民だろう。
「どこに住んでるの?」
「ここから少し遠いところじゃ」
「どうしてここに?」
「祭りがあるじゃろ? それを楽しみに、数人で来たんじゃ」
「数人で?」
「普通じゃろ?」
「え、あ、うん」
にっこり笑みを浮かべ首を傾げている。
「なあセンリ」
「何?」
「そなたはどこに住んでおるのじゃ?」
「僕はこの表の街路を進んだ先にあるよ。あ、でも少し小路に入るけど」
「近場なんじゃの」
「うん、まあね。でも、ここは素敵な街だから好きだよ」
「そうじゃの。ここは良い街じゃ。実はな、この祭りに来るのは初めてなんじゃ」
「そうなの!?」
「あぁ。ずっと来てみたかったのじゃ。やっと外出許可を貰ってな、来れたのじゃよ」
「お母さん、厳しいんだね」
「わいに母はおらん。父もおらん」
「え?」
「でもな、他の者が育ててくれたのじゃ。親戚という者かな」
「なんか……ごめんね」
「構わん。そなたはおるのか? 父母は」
首を横に振った。
「いない。顔も名前も覚えてない。でも、ソウシャっていうお父さん代わりならいるんだ。ソウシャはとっても優しくて、僕のことをいつも考えてくれているんだ」
一瞬チナの瞳が揺らいだようにも見えた。だが、笑みは変わらず、気のせいだったのかもしれない。
「へぇ、良いな。羨ましい限りじゃ」
チナが動くたびに、髪飾りの鈴がりんりんと音を鳴った。その音に導かれるかのように、ソウシャが顔を出した。
「ここにいたのですか、探しましたよ」
「あ、ソウシャ」
ソウシャはチナを見た。しかし、何も言わず僕に向き直る。
「そろそろ帰りましょう」
そういうなり僕に背を向けてしまうソウシャに違和感を覚える。置いていかれないようにソウシャのもとまで走り寄り、振り向くとまだチナはいた。
「チナ!」
「何じゃ?」
「また会える!?」
チナは少し驚いた様子だったが、それでも笑みを浮かべ大きく頷いた。
「会えるとも。そなたが会いたいと言えば、いくらでも会おう」
「じゃあ、明日。またここで!」
「良かろう」
手を振りチナと別れた。
ソウシャは既に買い物をすべて終わらせているようで、そのまま真っ直ぐ家に帰った。その間、ソウシャは一言も話すことはなかった。
‡
翌日、待ちに待った夏祭りが始まった。目が覚め、布団を蹴り着替えながらソウシャのもとへ走り向かった。
「ソウシャ! 祭りだよ!」
そこには祭り用の着物の上から着る羽織を手にするソウシャと、既に準備を済ませた柩婪と啉杜が立っていた。テトゥーも小さな着物を身に着けている。
「皆おはよう!」
「センリ、朝から元気やな」
「楽しみだったんだよ!」
「一週間以上前から今か今かと待っていたのです」
「センリ、お前せっかちやなぁ」
「だって、一度も祭りに行ったことがないから、すっごく楽しみで! それに僕、友達が出来たんだよ!」
その言葉にソウシャはピクリと動きを止めた。
それに気付かず話を続けた。
「啉杜も柩婪も一緒に行くんだよね!?」
「行くよ」
柩婪の言葉に飛び跳ねて喜んだ。
啉杜はソウシャを一瞥すると、センリに笑みを向けた。
「ほな、着替えようか。センリの着物もあるんや。ほら、お前の部屋行くで」
啉杜に背を押され、急ぎ部屋に向かった。
まさか、僕にも着物があるとは思わず、心の底から喜んだ。
――――僕の着物! ヤバイ、僕、幸せすぎるよ……!
‡
ソウシャは羽織に汚れが無いか再確認していた。
「センリ、お前せっかちやなぁ」
「だって、一度も祭りに行ったことがないから、すっごく楽しみで“ それに僕、友達が出来たんだよ!」
トモダチ……。あの子どもか……。
「啉杜も柩婪も一緒に行くんだよね!?」
名は確か、チナと言ったか。
何故こんなところにいる!? 祭りに来ただけか!?
「行くよ」
まさか、一人で来たわけではないだろう。
啉杜に視線を向けると、啉杜はそれに気づき、センリを連れ出した。
俯き動きを止めているソウシャを見て、柩婪がため息交じりに訪ねた。
「その子どもがどうかしたのか?」
再び手を動かし、羽織を着る。
「あれはチナです」
「チナ? あぁ……あいつか。でもなんで? 祭りか?」
「多分そうだと思いますが、油断していましたね。彼が出てくるとは思いもしませんでした」
「会わせたくなかったのか!?」
「はい」
「どうして? 別にあいつは問題ないだろう? そういう風にしつけられている」
「子どもは心を許してしまえば、口が軽くなるものです。うかつに話されては困りますから」
「センリの知りたがっているお前の正体か?」
「えぇ。彼は私の一つの正体を知っていますから、あまり、センリに会わせたくはなかったのですが……。迂闊でした」
「どうする?」
「こうなってしまえばどうにもできません。理由もなしに帰れというわけにもいきませんし、私の管轄外です」
「なら、成り行きをみるしかなさそうだな」
「そのようですね。当分、センリを閉じ込めておきたい気分です」
「過保護のじじいかよ」
「これでも見た目は若いと思うのですが……」
「じじいのくせによくいう」
「それを言っては、あなたもですよ? 柩婪」
「うるせぇよ」
俯いてしまうソウシャに柩婪はため息を吐いた。
「それで、チナの話はおいておくとして、あの話はどうするんだ?」
『柩婪……ここへ』
呼ばれスッと姿を現したのは柩婪本人である。
『呼び出し禁止』
『何を言っているのです?』
『あー、お前面倒くせぇ』
『ありがとうございます』
『それで、何だよ』
『お二人に話しがあるのです。センリのことで』
『センリのことってなんや?』
『私に残された時間はあと、一年しかありません』
ソウシャの言葉に二人は動揺を隠せなかった。
『あと一年やて!? また急な話やな』
『ヴァリス様からのお話です』
『ヴァリス様なら仕方がないなぁ。でも、あと一年って……。あっ、それでソウシャ、お前、離れようとしているんか』
ソウシャは小さく頷いた。
しばらく沈黙の時間が流れた。
それぞれが考えを巡らせ、時間が止まる。
その沈黙を破ったのは柩婪だった。
『なら、その一年でどちらにつくのか考えろということか?』
『その通りです』
『センリのことを考えているのか?』
『分かりません。私にとって、あの子が何なのか、それは正直なところ分からないのです』
「どうすべきでしょうか。せめてあと半年後までには決めておきたいのですが、迷ってばかりで決められないのです」
「お前のその優柔不断なところは昔からだな。あの方もそこだけは欠点と言っている」
「不甲斐ないですが、致し方ないことです」
「お前の選択によって、俺らの未来も決まることを忘れるなよ」
ソウシャはその言葉に黙り込んだままだった。
――――私の選択で…………
そう思うと、逃げ出したくなってしまう。
自分がこんな立場でなければよかったと、どれだけ後悔したところで変わるわけではない。でも、後悔せざるを得なかった。




