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奏でる笛の音ありて、センリの彼方へ  作者: 柩梁ろく
第3章 あなたの大切な人は誰ですか?
10/40

他人の


 無事にナルシア街に戻ってきた僕とソウシャは、甕に水をうつした。


 あれから二週間が経った。僕もソウシャのおかげで元気を取り戻し、今では、再びナルシア街を駆けるようになっていた。


「ザエリさん!」


「元気そうでなによりだ。今日も買っていくのか!?」


「うん! その黄色の実、ちょうだい!」


「あいよ」


 三つ買い、紙袋を貰い再び走り出した。


 やはりナルシア街の空気はいい。とても澄んでいて、とても心地いい。これほどまでに良い場所は、どこを探しても見つからないだろう。


 そんなナルシア街に、住んでいられることがすごく誇らしかった。


 急ぎ家に戻ると、内から声が聞こえてきた。音を立てないように、声がする部屋の前まで来た。どうやら、ソウシャと柩婪、啉杜がきているようだった。


「じゃあ、お前使ったのか!?」


「えぇ、致し方なく」


「まさかとは思うが、お前、街中でしてないよなぁ?」


「街から少し離れた場所ではありますが、周辺の人間の記憶は……」


 静かになったと思ったのもつかの間、襖が勢いよく開いた。


「わっ!」


 ソウシャの顔は無表情で、視線も少し怖かった。


「ご、ごめんなさい!」


 しかしそれも少しの間なだけで、すぐに笑みを浮かべた。


「構いません。今日は早いのですね」


「ザエリさんのところに行っただけだから」


「そうですか。センリ、申し訳ないのですが、少し部屋に戻っていてもらえますか」


 大きく頷き、小走りで部屋に戻って行った。


 床に寝転がり、天井を意味もなく見つめる。


 自然とため息が漏れた。


 ソウシャと柩婪、啉杜は何を話しているのだろう。聞かれて困るものではないのなら、部屋に戻っていろとは言わない。聞かれると困るから、僕を離したのだ。


――――僕に……聞かれて困ることか……


 一ヶ月強一緒に過ごしても、他人は他人のままである。僕が勝手に、家族のようなものだと思い込んでいるだけで、もとは全く知らない他人なのである。それに、ソウシャは僕のことをどのくらい知っているのかは分からないが、僕はソウシャのことを全く知らない。どちらかというと、何者なのだろうかという疑問や不思議さばかりが募っていくばかりだった。このままでは、疑心暗鬼になってしまいそうである。信じていいものか、信じない方がいいのか。僕には分からなかった。


 人間関係って難しいものだな……。


 横を向くと、目の前にテトゥーが立っていた。驚いてコロコロと転がった。


「お前神出鬼没だな!」


「うるさい。何ブツブツ言っているのだ」


「声に出てた?」


「いや、声には出ていない。心の声だ」


「テトゥーって心読めるの!?」


 テトゥーは僕を一瞥し、ため息を吐いた。


「……読めない」


「で、でもっ」


「ただの勘だ。気にするな」


 ぴょこぴょこと去ろうとするテトゥーの首根っこを摑まえると、テトゥーはもがいた。


「こら、餓鬼。離せよ」


「ねぇ、テトゥーってソウシャとどのくらい一緒にいるの?」

「あぁ? ソウシャと?」


「うん」


 そっとテトゥーを床におろし、顔を覗く。テトゥーは困惑した表情を浮かべ、不満げに口を尖がらせていた。


「そんなの覚えてねぇよ。長い間一緒にいる」


「長い間?」


「十年以上は一緒にいるな。でもな、俺に聞くより、啉杜や柩婪に聞いた方が早いぞ。俺に聞いても、俺は分からないことだらけだからな」


「でも、僕より知っているよね?」


「それはそうだな」


「ねぇ、今、ソウシャたちは何話してるの?」


「……お前が気にするようなことは、何も話してねぇよ」


「じゃあ話してる内容は、知っているんだね」


 口を滑らせてしまったテトゥーは、まずそうな顔をして襖の前まで小走りでいき、立ち止まり振り返った。


「いいか、センリ。ソウシャにはあまり深入りするな。分かったな!?」


 テトゥーはそういうなり、足早に去って行った。


――――深入りするなか……


 ソウシャは何者なのだろう……。


          ‡


 翌日、いつものように街に出ていた。街中を走ることなく、とぼとぼと歩いていると生地屋のおばさんが顔を出してきた。


「久しぶりだね、僕」


「あ、生地屋のおばさん」


「お姉さんと言いなさいよ。全く、ソウシャはどんな教育をしているのやら。僕、名前は何というの?」


「センリです」


「また不思議な名前をつけてもらったことだねぇ。その名は、大切にしなさいよ。ソウシャがあんたのことを思ってつけてくれた名だよ」


「もちろん! この名前が気に入っているのから。……ねぇ、おばさん」


「なんだい?」


「おばさんは、ソウシャのことどのくらい知っているの?」


「ソウシャ? あぁ、ソウシャねぇ……」


 ソウシャという名に慣れていない!?


「ソウシャとは生まれた頃からの知り合いだよ」


「生まれた頃から!? ほんと!?」


「あぁ。こんな小さいときから知っているさ」

そういいながら、おばさんは親指と人差し指で数センチの隙間を作り見せた。


絶対、そんなに小さいわけがないと苦笑を浮かべた。


「で、でさ、ソウシャってどんなやつなの?」


「ソウシャに興味があるのかい?」


「え?」


「ソウシャが何者なのか、そろそろ気になってきたころかと思ってねぇ。どうだい?」


「うん……。ソウシャって何者なんだろうなっていつも考えてる。大きな家と多額のお金。仕事はしていないわりに、収入はあるみたいだし……。貴族かなって思ったけど、それにしては一ヶ月に一度家を空けるようなこともないし、違うかなって」


「そうだねぇ……。強いて言うなら、ソウシャは貴族ではないよ」


「やっぱり!?」


 やっぱり、ソウシャは貴族じゃなかった。良かった、貴族じゃなくて……。貴族だったら、今までの数々の無礼をどう詫びて良いものか分からない。気づいたときには、邪魔だと言って殺されそうである。


 おばさんの言葉に、心からホッとしてしまう。


「ソウシャは貴族が嫌いだからねぇ」


「嫌いなの?」


 僕の問いに、おばさんは考える素振りを見せた後、苦笑を浮かべた。


「いけないいけない。少し、話し過ぎたね。あまり話すとソウシャに怒られてしまうよ。気にしないでおくれ」


 そう言い去ろうとするおばさんの腕を掴み、引き留めた。


「待ってよ!」


「なんだい?」


「皆そう言って、ソウシャのことを何も教えてくれないんだ。ねぇ、どうして、ソウシャのことを知っているのに、僕に何も教えてくれないの!?」


 おばさんはかなり困っているようだった。


 今まで、テトゥー、柩婪、啉杜に聞いた。でも、誰一人として、ソウシャのことを事細やかに話してはくれず、むしろ濁すばかりだった。


 その中で、一番口が軽そうなおばさんに、たくさん聞いておきたかった。


「お願い! 僕、ソウシャのことを知りたい!」


「なぜだい?」


「一緒に過ごしているのに、ソウシャのことを何一つ知らないままなんて……」


「嫌かい?」


 小さく頷いた。


 おばさんはため息を吐き、笑みを浮かべた。


「ソウシャは貴族じゃないし、センリを見捨てることはしない。それだけで、今はいいかい? 少しはソウシャのことを信じておやり。あれでもかなり、ガラスの心の持ち主だからね。センリが自分を疑っていると知ったら、きっと傷つくよ」


「……そうだね。……ありがとう、おばさん」


 肩を落とし立ち去ろうとする僕を見て、おばさんが独り言のようにつぶやいた。


「ソウシャは、貴族のやり方が嫌いだとか昔言っていた気がするな~」


 ハッとして振り返ると、すでにそこにはおばさんの姿はなかった。


          ‡



 ソウシャは、突然家に来た啉杜といた。


「お前さぁ、これからどうするんや」


「といいますと?」


「このまま、センリと距離を置き続けるつもりか? センリが俺に、啉杜はどんな仕事してるんや? と聞いてきたんや」


「え?」


「強いて言うなら人助けや言ったら、詳しく聞いてきた」


「そうでしたか……」


 ソウシャは驚くこともなく、指を唇にあて考える仕草をした。


「俺は何も話してないからな。変な勘違いせんでや」


「でしょうね。全くあの子も興味津々なのはいいことですが、あまり深入りされては困りますね」


「お前が何も話してやらんからやろ」


「話したところでどうなるのです?」


「ソウシャ、お前開き直ってどうするんや」


「開き直っているわけではありません。ただ、センリに全てを話したところでどうするのか聞きたかっただけです。センリに全てを話したところで、何もなければただの時間の無駄ではありませんか?」


「その堅い頭どうにかせ」


「無理ですね」


 ソウシャはスッと立ち上がり部屋を出た。数分後、絵本を片手に戻ってくると、絵本を開き啉杜の前に置いた。


「今ではこの絵本の字を少しだけ読めるようになってきました。お金の単位も分かるようになってきましたし、センリはそう遅くない時期に、一人で過ごせるようになりますよ」


 啉杜はソウシャの言葉に、ソウシャを鋭い視線で見据えた。


「ソウシャ、まさかとは思うが、センリと別れるつもりなのではないやろな?」


「その通りですが、何か問題でもありますか?」


「大ありやろが!」

啉杜は大きなため息を吐いた。


「センリのことを、少しは考えなや」


「考えた結果です」


「考えた結果その答えしか出てこないというのなら、お前の頭が可笑しいんや。お前だって、あの場所育ちやろう!? センリの気持ちを一番考えられるのは、お前や! そんな簡単なことまで分からんのか!」


 啉杜は、明らかに哀しげな表情を浮かべ目を伏せるソウシャに、動揺を隠せなかった。少し言い過ぎたかもしれないと、小さくため息を吐き、顔をあげた。


「悪かったよ」


「いえ、構いません」


「でもな、センリの気持ち考えてみなよ。折角出会えた家族と、引きはがされる気持ちをな」


「啉杜」


 ソウシャの低い声に、啉杜は黙り込んだ。


 ソウシャとは自分が生まれたときからそばにいた。お互いに何でも話し、ことあるごとに、一緒に行動をしてきた。柩婪が行動できないときは、特に協力したものだ。だから分かることがある。ソウシャがこの表情をして、名を呼ぶときは、何か意味があってのことなのだと。そしてそれは、必ずしもいい方ではないということだった。


 ソウシャは絵本を一瞥し、空を見上げた。少し曇り始めている。


 センリを迎えに行かなければいけない。


「柩婪……ここへ」



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