立ち読みにあらず
「すみません、お客さん。立ち読みは遠慮して下さいね」
『立ち読み禁止』って、どどんっと書いてあるだろうが! 馬鹿野郎!!
怒鳴りつけたいのを我慢して、にっこり笑う。
にぱっと無邪気な笑みを見せたその客は。
「じゃ、座り読みは」
その場で胡坐をかきやがった。
「‥‥座らないで下さい」
たまにいる。こういう偏屈な客が。
悪い事している気は全然ねぇから、めちゃタチが悪い。
ほら、だから笑顔が極上なんだ。
「寄りかかって読むからさ」
た・な・に寄りかかるんじゃねぇ!!
「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので、やめて頂けますか?」
負けずにニコニコ笑う。額に浮かぶ怒りマークはご愛嬌。
「じゃ、天井から吊り下がって読むからさ!!」
指差す天井を見上げる。
「‥‥‥‥天井からですか」
確かに、天井にへばりついていれば、他の客の邪魔にならない。俺の視界にも入らず気にかからねぇという寸法か。
これだけ粘りやがる馬鹿な客だ。頭も冷やして貰わなきゃなんねーしな。
「あの。おーい? 何、真面目に考えてんの?」
真剣な俺の顔をみて多少は不安を感じたらしい。
「わかりました」
にっこりと。俺は心の底から笑ってやった。
「いや、わかりましたって、物理的に無理っしょ、それ」
「いえ、丁度そこにフックがありますから」
更ににっこり。
棚を支える為のフック。天井にはいくつもこのフックがついている。
人間1人ぐらい、軽い、軽い。
「ちょっと待ってて下さいね」
「うわああっ!」
おもむろに客の足を引っつかみ、本を束ねる紐でくくり付け、更にガムテープをくくりつける。
「ちょっとちょっと、何、その素早い動きっっ!」
さすがに口にガムテープを貼り付けるのは人道に反するよな。うるせーけど。
脚立を持ってきて、そのフックに客をひっかける。
「では。ごゆっくりお読み下さい」
御満悦。
すがすがしく笑って頭を下げる。
ま。天井から吊り下がるっつーのは、この客の提案だし? 自業自得だ。
大体、売り物をただで読もうなんざ、根性が悪い!
「いやっ、ちょっと待ってよ、店員さん!!」
煩い客に背を向ける、と。
そこには困った笑顔の同僚がいた。
「あのさ。立ち読みって『本を買わずに立ったまま読む』から立ち読みなんだよね。あのお客さん、あの雑誌、さっき買ったんだよ」
「なにぃっ!?」
「いやぁ。ちょ・ちょっとからかおうかと思ったんだけど‥‥。ごめんよー、下ろしてくれよー」