ドジョウ
ドジョウを愛する女の子の話。ではない。
ドジョウ。それは有名だとか面白い話があるというわけではないが、皆が知っている生き物である。今回はそんなドジョウを取り上げた話をするわけではない。ドジョウなんてどうでもいいのだ。じゃあなぜドジョウの話を持ち上げたのか。そう、これはドジョウを愛した女の子の物語なのである。
ある朝、僕はいち早く教室に着いた。遅刻常習犯の僕が今日だけは早く来れた理由、ポジティブな理由があったわけではない。単に時間を見間違えたからだ。いつもより1時間も早く教室に着いてしまった僕は暇をしていた。教室には誰もいない。
誰もいない、声がしない、音がしない。いや、少しだけコポコポと音を立てているものがあった。僕は教室を出ると、その音の元へと歩み寄っていた。水飲み場、その向かいにある大きく平たい水槽。水のかさは10〜15cm程度。手を底に突っ込んでも手首までしか水に浸からない程度の浅い水槽。音の正体は空気を水の中に送り込む機械だったのだ。
...そんなことは確認する前から知っていた。何もすることのないこの無情にも無駄に空いた時間を埋めるにはわかりきった音の正体を発見するような意味のないことをしなければならないのだ。まだ学校に着いてから数分しか経っていない。いつになったらこの無意味な時間が終わるのか。そのとき、教室のほうでカタッと音がした。
タッタッという足音がこちらに近づいてくる。誰か来たか?僕はこの無駄な時間を終わらせることができるかもしれない、やったぞ!しかし、訪れたのは用務員のおじさんだった。用務員さんは僕に目をくれることもなく、水飲み場の何かを確認してすぐにいなくなってしまった。また、誰もいない時間。僕は水槽の中で泳ぐドジョウを意味もなく見つめていた。
「ちょっとどいて」
女の子は僕を手でどかして水槽に何かを入れ始めた。
「あっエサやり...」
ぼーっとしていた僕はぽっとそんな言葉を発していた。
女の子がドジョウに餌を与えながらこちらをチラッと見た。
「...何?」
ドジョウを見ていたはずの僕はいつの間にか女の子のほうをぼーっと見つめていた。女の子がこちらを見てからそのことに気づいた。
「あっ、えっ?」
永遠にも続きそうな無意味な時間に没中していた僕は頭が回らず、なんて言えばいいのかわからなかった。この女の子いつからいたんだろ?というか水槽広いんだから僕をどかす必要なかっただろ、とか思い始めていた。
「...好きなの?」
女の子は僕から目を離して、ドジョウを見ながらそんなことを言う。僕はドジョウが好きなわけではない。前からこの水槽でドジョウを飼っていることは知っていたし、先ほどまで見つめていたが、全く好きではない。ドジョウって食べれるんだっけ、とか思うほどドジョウを愛していない。
「うん?」
また、まだ、僕の頭は回っていなかったようだ。なぜか。それは先ほどの女の子が僕をどかした理由を聞こうと思っていた最中に予期せぬ質問が来たからだ。僕の頭は処理が追いつかない。こんな単純そうな話なのに。
「ふーん...」
この反応、女の子は僕の疑問から出た受け答えをイエスだと思ってしまったようだ。いやいやいや、違う。ドジョウなんて好きじゃない。
「私も...好きだよ」
続けて女の子はそう言った。この女の子はドジョウが好きらしい。ドジョウになんの魅力があるのか。ちょっと気になる。このなんの変哲もないペットを愛する女の子。ドジョウに関する面白い話でも知っているのかな?と思い、僕は質問してみる。
「えっと、いつから好きだったの?」
女の子は餌の入っている箱を閉めながら、こちらをまたチラッと見た。少し顔を赤くしている。僕の質問に対して真剣に考えているようだった。この子、ドジョウがほんと好きなんだ。
「えっとね、入学式のとき...かな。その日に見たときから好きだったと思う。」
顔を赤くしながらドジョウのほうを見つめる女の子。その姿はまさに恋する女の子といった感じだった。ドジョウに恋...。入学式の日。確かに僕もこの大きな水槽を見てワクワクしたものだ。
「どこが好き?」
僕はさらにドジョウの魅力について聞き出そうと質問する。女の子は少し恥ずかしそうに、けれど少し笑ってこう言った。
「フフ...また今度ね」
そう言って女の子は教室へと戻っていった。ドジョウの魅力、聞きたかったな。僕はそんなことを思いながら教室へと戻った。
教室にはすでにクラス全員が揃っていて僕が席に着くとすぐに朝の会が始まった。
ドジョウって見てるだけでけっこう時間潰せるもんだな。ドジョウの魅力、ひとつ見つけたかも。僕は朝の会が終わったらこの話を友達にしようと思っている。
ドジョウは食べれる。




