秘密の部屋
折檻は、特にむち打ちとかではなく、冷たい地下室に、閉じ込められただけである。
長子への抵抗は、その後の継承等に影響してくる事から、家族内でも罰が与えられる。
厳しいところでは、むち打ちやあまりにひどければ、殺される家もあるようだ。
牢の様な、地下室での生活は、後一ヶ月以上続くらしい。
あまり、使われてはいない部屋のようで、物置代わりになっている。
様々な、モノが散らかっている。
暇を持て余していたので、筋トレ以外は、その物置の物色を始める。
あまり使いものになるものは無く、又もや暇な時間が訪れようとした。
暇すぎて、壁の石の数を全て数えてやろうと思い立ち。四日間掛けて数えていたら、五日目の朝壁の一部に、鍵穴がある事に気が付いた。
その鍵穴は、例の鍵に似ており、食事を持ってくる際に、鍵を忍ばせるよう、ブリジットに依頼して、次の日には鍵を用意してくれた。
鍵を差し込んでみたところ、ピタリとはまり、幻術が解けたように、壁に継ぎ目の様な跡が現れる。人一人が、屈まないと入れない扉になっており、押し開けてみる。
中には、4畳半程の小さな部屋があり、そこの棚には、いくつかの本が並んでいた。奥に机と魔導灯が置いてあった。まだ、魔石がのこっているので、明かりはつく。
棚や机があるので、四畳半が更に狭く感じる。
本棚の本に、手を伸ばしてみる。
“紋章学と青銅の剣”
変わったタイトルの本だ。
誰が書いた本なのか気になり、表紙を見るが、著者名が書いていない。
後書きを確認してみる。特に、後書きらしい後書きはないが、最後のページに
~親愛なるレオナールへ。ここに本書をつづる。貴方の生きた証とするために~ クンヘル
との記載があり、クンヘルという人物が書いている事が分かった。
中には目次らしい目次も無く、内容も白紙で何も書かれていない。
めくる勢いで、栞が地面に落ちてしまう。
もしかしたら、書き終わる前に、その命の灯りが消えてしまったのかもしれない。
しかし、製本されているのはおかしいか。
魔導書の類だろう、何かの条件で見る事もできるかもしれない。
まあ、俺には無理な話であるが。
栞を拾いあげて、挟んでいたページも分からなかたので、最初のページに挟めて棚に戻そうとする。
すると、栞から電子回路の様な、数本の筋が青く発光する。
発光した先から、本に文字が浮かんでくる。
正確には、本から文字が浮かび上がるといった方がいいか。
蒼く発光する文字たちは、俺の頭に入り込んでくる。
《やあ、クンヘルだよ。君は誰かね?まあ、それは詮無い事だけど。君は充実した毎日を送っているかね?たぶん、君は多くの悩みを抱えているだろう。うんうん、分かるよその辛さ。何で分かるかって?だって、この本の発動条件がそうゆうモノだからなのだよ。しゃべりすぎたね。それでは、君はこれからどうなりたいのかね?名誉を手に入れたいかね?力を、はたまた財力を?生きる喜びの幅を広げてあげよう。この力。好きに使いたまえ》
靄のかかった力の塊が、頭の中を駆け巡る。
自分自身の中に蓄積されているマナが、物質のように、型どられていく。
その塊が、淡く発光して、輪郭が浮かんでくる。
やや紅めの輝きの球体が、複数飛んでいる。
摘まむような意識でそれを引き寄せる。
【紋章組成】…紋章を組み上げる事ができる。
【魔術解析】…知覚した魔術構造を解析し紋章化する。
【魔素結晶化】…“カーバンクル”種の種別固有能力。マナから魔石を作成する。
《まだまだ、紋章学は未解明の部分も多い、君はそれを見つけていってくれたまえ。そして、新たに継ぎ者が現れたら、たくさんその子に教えてあげてくれたまえ、脈々と繋がることによって、私とあの人の紋章学を次の世代へと伝えられるから》
《最後に、どんな境遇であっても、生まれたことが奇跡なんだよ。その奇跡は、多くの生まれなかった君の兄弟たちは掴み取る事が出来なかったものだよ。だから一生懸命生き抜くんだ君の道を……》
声は、消える。
どこか温かさが、心に残る。
ああ、これが、本物の母親の温かさなのか。
意識が、小さな部屋へと戻る。
前より少し広く感じた。
他の本も物色したが、死霊術系の本が多く、どうも禁書の類がこの小さな書斎には、置いてあるようだ。当世の当主である父か、その前の領主たちの誰かなのか分からないが、本を読んだ跡があった。その人は、今どうしているだろう。
生を全うしたのだろうか?
初めての魔力にあてられて、酷い虚脱感が体や精神を蝕む。
一休みする為、一端部屋を閉めてから、眠りについた。