傍(そば)に
おいおい、俺は今まで、ろくでもないブルースを歌ってたらしい。
この、汚名は返上しなければならない。
まずは、ブリジットにその事について、謝まろう。
そんな、事を考えながら、夜も更けた館の廊下を歩いていく。
使用人たちが寝泊まりをするエリアを抜けるとき、二名の気配を感じた。
ドンッ
「俺のモノになれよ」
えっ!私が!ドキドキ。
いやいや、何だよその台詞。
乙女ゲーかよ。
よく見ると、一番下の妹の執事が、他の使用人を口説いていた。
その使用人は、ブリジットだった。
褐色だから、あいつ夜は見えづらいんだよな。
当の本人は、ドライアイスよりも冷たい表情で言い放つ。
「その話は以前もお断りいたしました」
短く、ポツリと言っただけだが、その言葉には力があった。
執事は、怒りの表情になり、
「どうしてあんな奴が良いんだ。醜悪な面で、毎日お前に暴力を振るって、その時にお前の傷をいやしてやったのは誰だと思っているんだ」
ブリジットは冷静に言う。
「最近は暴力を振るう事もありません。あの時は感謝しております、あなたの“種別固有能力”に。しかし、それとこれとは別物です」
皮肉を交えたクロスパンチ。
うちのメイドはかなり強いようだ。
「いつかこのリンスター家は、俺が実質的に掌握する。その時は、お前を俺専用の奴隷にしてやるからな」
この執事は、相当な野心家のようだ。
男の子なんだな。
そして、執事は部屋を出て行ってしまった。
何事もなかったように、ブリジットも部屋を出てきた。
「ブリジット」
こんな時間に自分の主から声を掛けられるとは思っていなかったのであろう。彼女には珍しく、驚いた表情を隠しきれていなかった。
「お坊ちゃま……」
「記憶を失う前の俺は、お前にひどい仕打ちをしていたらしい。それはお前が許容していた事なら、以前に戻してもいい。ただし、許容していない事であったら、理不尽な暴力は振るわないと約束しよう。だから、これからも俺の傍にいろ」
ちょっと緊張して、命令口調になってしまった。
だって、恥ずかしかったんだもん。
「暴力については、心地いいと感じた事はございませんでした。ですが、これからお坊ちゃまが、どう変化しようとも、私はあなたのお傍におります」
そう言ってから、ぎこちない微笑みを見せ、一礼してから、彼女はいつもより軽い足取りで、自室に向かうのであった。
その背中を見送り、少し、心のつかえがとれたところで、今後の自分の身の振り方を考えなければならないと思った。