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紅茶と現実逃避とは

学生街は、多くの店が立ち並ぶ。

飲食店のエリアを抜けて、少し歩くと、噴水の広場の近くには、オシャレな雑貨屋や洋服、生活品の販売店が軒を連ねている。

中には、紅茶を提供してくれる店もあり、友達とのおしゃべりや、近所の本屋で購入した本を読む人がいる。

四象道人の講義の合間に、本を購入して、行きつけの店がある。

店員にも顔を覚えられてしまっているかもしれないほど、結構な頻度で通っている。

最近は、武術に関する本を読むようになった。

しかし、活字では、全く上達する気配はない。

中には、各生物の倒し方という、サブカル的なゴシップ調で書かれた本もあった。


今日も、紅茶をすすりながら、ゆったり本を読んでいた。

時折、ギターの様な楽器を学んでいる学生だろうか、店のはじにある小さなステージで、音を奏でている。

夜は、少しお酒もだすそうだが、昼間は、ありとあらゆる年齢の客が来店しているようだ。

一冊本も読み終わり、武術の中にも、断食修行なる苦行がある事が分かったところで、紅茶の最後の一滴を飲み干す。


そろそろ、寮に戻ろうかと考えていた所、近くの席に座っている男が、何やら紙切れを地面に落としてしまったことに気づいていないようだった。

拾い上げて、見るつもりは無かったが、どうやら小説のようなものを書いている。その男に声をかけたところ、男は申し訳なさそうに、お礼を言ってくる。


見た目は、同い年か、少し年上の彼は、銀の淵の眼鏡をかけており、髪は黒く耳が半分かくれる程度の長さ、少しくせ毛のようで、ストレートではない。

背の高さは少し低め。


「申し訳ないです。つい、書くのに夢中になってしまって」


「小説を書いているのか?」


「ええ、カタンという都市の発展をもとに、小説を書いています」


カタンはラバーハキアとシバーシンの間の都市で、入学までに一度寄った事がある。

なかなか一般化されていない魔導具を、民衆もある程度利用している非常に珍しい都市であった。魔導都市としてはクジュラが有名であるが、それに次いで魔導具が盛んに販売されている。三百年前は、小さな村であったようだが、著しい発展の末に、都市にまで上り詰めた。都市の政府は、リンスター家のお得意様でもある。


「歴史小説か?」


「いいえ。歴史は織り交ぜていますが、自分の妄想で書いてますよ」


「そうなのか?」


俺が、小説に興味あると知ったら、彼は、途端に目を輝かせる。

小説を書くことがよほど好きなのだろう。


「そうです。小説は、頭で感じた事を、文章で表現するものなんです」


爛々と輝く彼の目は、小説に対する愛が窺える。


「僕にとっての小説とは、いわば虚構です。ある種の現実逃避です。でもでも、現実逃避したその先だって、現実そのものではないでしょうか。目をつぶらない限りは、目を反らしたって、現実はつづくんですから。

そうやって、感じたものを文章に書き表すと、まっすぐ前を向き直した時、新たなものが見えてくるんです」


彼の知名度は、物凄くひくい。

少しだけ読ませてもらった限りでは、文章も丁寧につくっている。

いずれ、彼の妄想が、誰かに読まれればよいと願った。

そしたら俺が、読者第一号になろう。


「今、現実逃避をしている人も、知覚を捨てる事が出来ないんです。その時間は無為にすぎますが、だからと言って無駄ではないのです。無理して、現実を変える必要もないんです。逆らえなければ、どう流されるかを考えればいいだけなんです。

だから、僕は小説を書くという行為を行っているんですよ。

その間に、見聞きしたことが、今後の人生に役立つかもしれないんですから」


物凄く前向きな現実逃避である。少し笑いそうになるが、そう考えると、今の自分も無駄ではないと思えてもくる。彼の熱は、そんな風に思えてしまうほど、あつかった。


「その小説、できたらいつか見せてくれるか?」


「ええ、いいですとも。僕の妄想を楽しんでください」


彼は、年上の十七歳で、アーネストという名前であった。

どこかで、聞いたことのある名前だと思うが、記憶の底から拾い上げることはできなかった。その後、彼を見かける度に、軽い挨拶を交わす仲になった。ただ、彼を見かけるのは、この紅茶店だけでなのだが。

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