第9話 コミュ障克服大作戦!
「ほーら、行ってこい!」
どん、と思い切り中原の背中を押してやる。それに少々よろめいた彼は、私をぎろりと睨むとそのまま教室に入っていった。
次の日の昼休み、私と大垣くんは中原の教室に来ていた。なぜかというと、もちろん中原のコミュ障を治すためである。
その名も、コミュ障克服大作戦!
まずはクラスの友達に声をかけて仲良くなろう作戦。話してみたらみんな、中原の性格がよく分かるはずだ。
期待を込めた眼差しで中原を見つめていると、
「おい」
とやや不機嫌な様子で呼ばれた。え、何ですか。私はいいから早くクラスメートとの交流深めてください。
「……何て話しかければいいんだ」
まじか。そこからなのか。若干気が遠くなりながらも、私は返す。
「そんなの何でもいいんだよ。その本面白いの? とか、五時限目なんだっけ? とか」
何気ない会話が続いたりするんだよ。ほらほら、そんな嫌そうな顔してないで話しかけなさい。
中原は仕方なく、といった様子で自分の席に座ると、その隣の男の子に声をかけた。
「おい」
いやちょっと待って。第一声がそれってかなり怖いからね!? ケンカ売ってるようなもんだからね!?
慌てる私と大垣くんの予想は的中した。話しかけられた男の子は肩を震わせた後、明らかに動揺した様子で席を立ち、
「ごめん、俺トイレ!」
と情けない声を出して駆けていった。あーあ、逃げられちゃった……
しかし中原は不思議そうに首を傾げる。自分が悪いとはこれっぽっちも思っていないようだ。
「ちょっと中原」
こっちに来なさい、と手を招きながら私は怒った。
「何であんな威嚇するの! おい、とか言っちゃだめでしょ!?」
「何でだ」
「普通に『ねえ』とか声かけなさいよ! 怖がってたじゃん」
まったく……これだからこいつは。しかしここでめげてはいけない。私はさらなるターゲットを見つけた。
「中原、あの子に話しかけておいで」
窓側の席で本を読んでる女の子。大人しそうで、横顔は可愛らしい。
「何でまた女子を……」
「つべこべ言わない!」
まだ何か言いたそうな中原だったが、決心したのかその子の方へと向かう。きっと大丈夫。あの子は優しそうだから。
女の子の前まで行くと、中原は机をとんとんと叩いた。あら優しい。びっくりさせない配慮でしょうか。
「……それ、何ていう本だ?」
口調はいつもと変わらないけど、どことなく気遣いが見える。女の子は一瞬驚いたように顔を上げてから、口を開いた。
「えっと、私の好きな作家さんの本なんだけど……その、」
なぜだか恥ずかしそうに俯く女の子。「恋愛小説だから……」
はにかんで中原を見上げるその子は、たぶんとっても可愛らしい表情をしている。ここからは見えないけど何となく分かった。
中原はというと、「タイトルは?」とさらに質問をする。そうだ、こいつ純愛もの好きなんだった……
「『ひまわりの花言葉』っていう本。図書室で借りたんだ」
わあ! 私も読んだことあるそれ。最後は本当に感動的で、映画化もした名作。もちろん純愛もの。
「へえ。読み終わったら感想聞かせてくれ」
「うん、いいよ」
あれあれ? 何かいい雰囲気じゃない? 大垣くんも同じことを思っていたのか、目が合った。二人でくすりと笑い合う。
「……何二人で笑ってんだ。気持ち悪い」
いつの間にか会話を終わらせてこちらに戻ってきた中原が、いつもの毒舌をかました。
「良かったね、話せて。あの子かわいいし優しそうだもんね」
嬉しくて思わず「お似合いだよ」と言いそうになり、慌てて呑み込んだ。危ない危ない。
すると中原はふん、と鼻で笑い、
「お前は可愛げの欠片もないがな」
「はあ!? 今それ言う必要あります!?」
「事実を述べたまでだ」
くっ、どこまでも嫌味なやつ。確かに可愛くないけどさあ……言い方ってもんがあるじゃないすか。
「俺はそんなことないと思うよ?」
隣から爽やかな声が聞こえたと思えば、それは大垣くんだった。
「美湖ちゃん、俺の前では超可愛いよ」
待って待って。その言い方、色々誤解を与えるからやめてほしいんですが。
中原は呆れたように「お前な……」とつぶやく。
「よくそんなセリフ真顔で言えるな」
それはたぶん言い慣れてるからだと思います……
大垣くんはプレイボーイだから、女の子にさらっと可愛いとか言えちゃうんだと思う。
「聡も俺を見習わないとー」
「絶対見習いたくないな、それは」
うん、私も嫌だわ。可愛いとか言っちゃう中原なんて気持ち悪いわ。
でもそれを口に出したら殺されるのは分かっているので、心の中にとどめておく。
それにしても、中原意外とみんなと仲良くなれそうだな。このままいけばクラスにすんなり馴染めるんじゃない?
「中原、頑張ってね! 私たちも頑張るから!」
「……ああ」
君がもっとクラスに馴染めるように、私たちも作戦いっぱい考えるからね。
チャイムが鳴ったのを合図に、私たちは教室に戻った。
――一週間後、すごい変化が起こっていました。
「中原くん、これ手伝って!」
「その前に日誌かいてよ、あたし黒板消すから」
「聡ー! さっきの数学教えろー!」
そのすべてに対して中原は、
「……分かったから、ちょっと落ち着け」
と至極冷静に答えていた。え、何事? これ何が起こってるの?
中原の教室の前に立つ私は、呆然とその様子を眺める。もしかしなくてもこれは――作戦大成功!?
一人ガッツポーズをしていると、頭に鈍い痛みが走った。
「……何やってんだ、お前」
顔を上げると怪訝な顔でこちらを見る中原。手には英和辞典。……それで殴ったのか、ちくしょう。
「何って、様子見に来たんだよ。この前言ったでしょ、一週間後に見に来るからねって」
そう。この前の女の子との会話の様子からして、中原はただ経験不足なだけだと分析した。だからきっと、いっぱい話せばそのぶん仲良くなれる。
なるべくたくさん誰かに話しかけるよう中原に指導したところ、一週間後にこんなことになっていた。
「そういえばそうだったな」
「ねえ、どうやったらこんな急に人気者になれるわけ?」
たった一週間でここまでになるとは、正直予想していなかった。
「それはねー。聡って意外と世話焼きだからだよ」
後ろから声が聞こえて振り返ると、大垣くんがにこにこと笑って私の後ろに立っていた。
「昔から困ってる人、放っておけないんだよね?」
へえ、そうなんだ。今まで近寄りがたかった人が実は優しいと知ったら、確かに一気に親密度は上がるかもしれない。
でもそれだけじゃないような気がするんだよなー。
「あ、分かった」
ぽんっと手を打った私は、中原を指さして言った。
「中原イケメンだからだ!」
そうだよ、だから女の子から人気なんだ。やったね! これからはモテモテだぞ!
口笛でも吹いてあげたいところだったが、中原がものすごく嫌そうな顔をしたので私は訊いた。
「何で褒めたのにそんな嫌そうにすんの」
「……お前に言われると嬉しくない」
ひどっ!? 褒めてあげたのにひどっ!? 何でさ! イケメンって言われて嬉しくない人なんていないでしょ!
すっかり不機嫌になった中原と私を、大垣くんがまあまあとなだめた。
「でもこれで聡もコミュニケーション能力はついたんじゃない?」
そうだよね。本来の目的はそこだもんね。私もうんうんと頷く。
「……まあ、少しは」
中原がぼそっと言うので、私は「もっと自信もちなさい!」と怒鳴った。
「討論会出るんでしょ? これくらいはできてもらわないと」
まあ、いまの中原なら大丈夫そうかな。何言われても冷静に返せそうだし。
「じゃ、そろそろ行くね。次の時間体育だから」
大垣くんと二人で教室に戻ろうとした時。
「待て」
中原が短く呼び止めた。二人で立ち止まった私たちに、中原は続ける。
「ああ……違う。用があるのはお前だけだ」
大垣くんと何か話すことあるのかな? 背を向けて行こうとした私の肩を、掴んだ手があった。
「おい、聞いてんのか。お前だ」
「え? 私?」
てっきり大垣くんのことだと思っていた私は、拍子抜けしてしまう。何か怒らせるようなこと言ったかなー。
「じゃあごゆっくりー」
手をひらひら振って行ってしまう大垣くん。中原と二人で取り残された。
「で、何のご用でしょうか」
「いやその……」
うつむき加減で話す中原に、私は「体育だから早くして」と急かす。
「ああ……だから、その! 今日の放課後、に……」
「放課後?」
放課後は討論会の練習をみんなでやるつもりだったんだけど。何かいい案あるんだろうか。
「……放課後、少し付き合え。クレープおごってやるから」
「えっ、いいの!?」
「ああ」
やったー! 何かよく分かんないけどおごってくれるそうです! 今日はやけに機嫌がよろしいですね、中原くん!
「じゃあ放課後! またね!」
手を振りながら廊下を走り出す。すると中原が――笑った。
「バカだな、お前」
「バカ言うな!」
暴言反対! レディーに向かって何ですか! それでも、何でバカなのか訊けなかったのはたぶん――
キーンコーンカーンコーン……
「予鈴鳴っちゃったぁ――――――!?」
――たぶん、あいつがあんな顔で笑ったからです。
*
ついに朝ヶ谷祭当日。
校内はどこか落ち着かない空気をまとっていて、それは私だって例外じゃない。
「ああーもう早いなあ。全然練習できなかったよ」
そうこぼしながら私はため息をついた。今日までの日々はあっという間に過ぎて、練習も充分にできていない。
「ま、もう今さら仕方ないでしょ。楽しんでおいで」
咲が他人事のようにさらっと言ってのける。うん、まあ実際のところ他人事なんですけどね。
「中原くんもずいぶん雰囲気よくなったんだって? 最近じゃ中原くんのファンが後を絶たないらしいけど」
そう。実は中原のやつ、ただいまモテ期到来中なのです! 女の子たちの言葉を借りると――
中原くんって冷たそうだけど話してみたら優しくて! 気配りもできるし面倒見もいいし……
だ、そうですが。私はそうは思いません。だって嫌味なやつには変わりないんだもん。
「何かねー、クールなとこがいいんだって。無表情だけどたまに笑うとかっこいいとか何とか……」
咲がそんなことをご丁寧にも教えてくれた。一体どこからそんな情報仕入れてくるんだろう?
「俺がどうかしたか」
不意に後ろから声をかけられ、私は「ひっ」と肩をすくめた。恐る恐る振り返ると、怪訝な顔をした中原が立っている。今の聞かれちゃったかな……?
「な、何でもない何でもない! 今日の討論会がんばろ!」
慌てて手を振りながらそう言うと、中原は「そうか」とあっさり納得した。あれ、そういえば。
「中原、何でここに来たの?」
大垣くんに用事でもあったんだろうか。そう思いつつ私は首を傾げる。
「聞いてないのか? 討論会の開始時刻が早まった。今からもう行くぞ」
「え!?」
何それ何それ聞いてない! 今から本番とか勘弁してよー!
私が一人でわたわたしている間に、中原は大垣くんを呼ぶ。
「おい、愁。行くぞ」
「はいはーい」
大垣くんは立ち上がってこちらに向かってくる。もしかして時間変更聞いてなかったの私だけ? え、それって何ですか。嫌がらせですか。
「早く行くぞ」
ファンが増えたと言っても、やっぱり中原は無愛想。でもいつも通りの中原に、何だか少しだけ安心した。
「うわ、すごい人だかり……」
森岡くん、安本くんと合流し、私たちは討論会が行われる講堂に足を運んだ。
「討論会は一大イベントですからね。それに初戦から前回の優勝チームが出ますし」
冷静にそう付け足した森岡くんは、緊張した面持ちで眼鏡をくいっと持ち上げる。うわー、そうだよね。私たち優勝チームと対決するんだもんね……
今さらだけど心臓がうるさく鳴り始めた。
「ま、別に勝ち負けどうこうってわけじゃないし? 楽しんでこうぜ」
脳天気な声で続けたのは安本くんである。うん、私も君みたいな余裕がほしいわ。
だけど私はなぜか勝手にリーダーにされていて――中原が大垣くんにそうしろと言ったらしい――、余裕かましてる暇はもちろんない。
「もー、中原がリーダーやってくれれば良かったのに」
せめてもの抗議のつもりでそう言うと、中原はぽつりと「面倒くさい」と顔をしかめた。
は? 面倒くさい? まさかそれだけで私をリーダーにしたんですか?
呆れと絶望が入り混じった瞳で中原を見つめていると、
「……そんなアホづらするな。危なくなったらサポートはしてやる」
「はあ――――――!?」
アホづら!? ここにきてアホづら!?
もういいです、あんたには絶対に頼りません! ていうかチーム戦なんだからサポートするの当たり前でしょ!?
すると、後ろから「くく……」と笑い声が聞こえた。急いで振り返るとそこに立っていたのは、男子生徒――を取り囲むように他に四人の男子。
「仲がいいのは結構だけど、勝負の前に間抜けなことはしないでほしいな?」
……もしかして、この人。ちらっと上履きの色を確認する。そこには赤のラインが入っていて――私たちの、二個上の先輩だ。
そう、つまりこの人たちは。
「今日はとても楽しい討論会になりそうだよ。よろしくね、可愛い新一年生」
――前回の優勝チームだ。そして私たちの初戦の相手。威厳があって自信に満ち溢れていて、その上余裕もある。
「よ、よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げた私に習い、他のみんなも軽く頭を下げた。
「さて、そろそろ時間だ。始めようか」
腕時計を優雅に目の前で確認した先輩は、すたすたと講堂のステージまで歩いていく。
何か、どうしよう。すっごい緊張する……
思わず不安全開の顔で中原を見上げた私に、彼は口パクで「バカ」と罵り、
「……俺たちがいるだろうが」
とわずかに口角を上げて、私の頭を小突いた。
「痛っ!」
中原さん!? 今のは手加減するところです! 軽くコツン、で大丈夫なところです!
頭を押さえた私に、前からスタンバイしていた司会の方々は、
「……早く所定位置に着くように」
とすごく面倒そうに言った。




