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第8話 噂のあいつと嘘の君

「美湖。私はね、あんたをちょっと見くびってたわ」

 次の日の朝、咲に両肩を掴まれた私は固まった。え、何ですか。急にどうしたんですか。

「昨日、中原くんとデートしたんだって?」

「はあっ!?」

「でかした! あの堅物男をどんなテクニックで落としたのかぜひ聞かせて欲しいんだけど?」

「ちょっと待った。どこでどうなって私が中原とデート……!?」

 そこから先は言えなかった。

 だってさ、考えてもみてよ! あの中原とデートとか、有り得ないでしょ!

「校内で持ちきりよ?」

「違うって! ああ、もう!」

 何で!? もしかして見られてた!? まあ確かにあの時間帯だったら誰に見られても文句は言えないか……

 にしても校内とか。……結構規模がでかいというか! やばくない? もし中原が知ったら――

「あいつとデート? 笑わせるな」

 うん、たぶんこんな感じだろう。そして断固拒否されて終わりだ。ああ……何とか中原の耳に入る前にこの噂を抹消しなくては!

「ねえねえ菊地さん! 中原くんとの噂ってほんとー?」

「デートだって! すごいねー!」

 噂を聞いたクラスメイトたちがわらわらと集まってきた。うう、まずい。かなり広まってる。

 恋バナが大好きなお年頃。みんなにとってこの噂はまさにビックニュースだ。

 ここに進学してくるのは本気で勉強をしに来ている人たちだし、恋愛なんてしてる場合じゃない。だから大抵は漫画やアニメの世界に憧れを抱く。

 ――でも私には王子様がいた。だから勉強するのはもちろん、本気で恋するつもりでもあった。

 身近な人に恋人がいるってだけで、みんなの興味はそそられるんだろう。それはもう仕方ない。仕方ないけど……

「美湖ちゃん、聞いたよー。聡とデートしたの?」

 咲と騒いでいたところに大垣くんがやってきた。

「違くて! あれはデートじゃないんだってば!」

 どうしよう、どうやったら噂消えるかな? うーんと考え込んだ私に、大垣くんは言った。

「美湖ちゃん、噂を消したいならいい方法があるよ?」

「本当?」

 大垣くんは頭の回転速そうだもんなあ。期待を込めて見つめていると、

「あのさあ」

 騒がしい教室。一際大きい声で、大垣くんは続けた。

「悪いけど、あの噂デタラメだから。まったくの嘘」

 うーんと、そんなこと言ってもたぶん効果ないと思うけど。そう思っていた時だった。

「な? 美湖、そうだろ?」

 呼び捨て!? 一体どうしたんだ!

 大垣くんの変化に驚いていると、その彼はさらにとんでもないことをしでかした。

「だって美湖の彼氏はさ、」

 ふわっと後ろから抱きしめられる。

「俺以外、務まらないでしょ?」

 …………はい!?

「え――――――っ! どういうこと!?」

「二人って付き合ってんのー!?」

 わああああ!? 何かさらに状況悪化してますけども!? 何これ!? 何これ!?

「美湖ちゃん、行くよ」

「えっ!」

 強引に手を引かれて教室を出る。私の頭の中はぐちゃぐちゃで、全然整理できてなかった。

「お、大垣くん!」

「ん?」

 非常階段の近く。やっと人気がなくなったところで、私たちは立ち止まった。

「あの、ありがとう……?」

「はは、何で疑問形なの」

「だ、だって!」

 確かに元の噂は消えたかもしれない。でもこれじゃあ新しい噂が立っちゃう。

「やっぱりさ、あれはまずいよ。結局同じだし」

 中原から大垣くんに変わっただけですし。

「何で?」

「え?」

「何で聡と俺が同じなの?」

 そう言われても……ね? 私は困惑顔で大垣くんを見上げた。

「俺だったらからかわれても、何されても美湖ちゃんを守るよ?」

 さすがプレイボーイ。そこの気遣いはばっちりなんですね……

 でもそういう問題じゃない。大垣くんは大事なことを間違えてるぞ。

「大垣くんさ、私のこと好き?」

 苦笑しながら訊くと、案の定大垣くんは言葉に詰まった。

「……俺は、」

「好きじゃないよね?」

 だって分かるよ。本当に好きな子にはあんなこと言えないもん。大切だから、軽々しくあんなこと言えないもん。

「大垣くんが私のこと好きで、私も大垣くんのこと好きだったら話は別だよ? でもさ、」

 二人ともお互いのことを好きじゃないんなら、あの噂は少々まずい。

「噂のためだけにつく嘘って、こんなんでいいのかな」

 付き合ってますって言ってるようなもんだったし。何かいろんな人を騙してる罪悪感があるし。

 でも一番申し訳ないのは大垣くんだな。こんなんと付き合ってるって噂立ったら格が落ちるよね。

 すると大垣くんは、物凄く大きなため息をついた。まるで私に聞かせるような音で。

「はあー……まじかよ」

 そうつぶやいて顔を手で覆った大垣くん。しかしその手がはずれた時の顔は――

「美湖ちゃん、ほんっとに鈍いね?」

 色気たっぷりの、小悪魔だった。

「好きだよ。好きじゃないわけないでしょ? ここまでしたのに何でわかんないの」

「……大垣くん?」

 待って待って。何か人格変わってる気がするのは気のせいですか!?

 とん、と大垣くんが私の顔の横に手をついた。その姿勢のまま、彼の顔が近づく。

「これが壁ドンって言うんだよ? 知ってる?」

「そ、それくらいは知ってます!」

「じゃあこれは?」

 今度は耳元で囁かれる。「好きだよ」と。

「や、待って……!」

 くすぐったくて身をよじると、大垣くんがにやりと笑った。

「美湖ちゃん耳だめなの?」

 ちがーう! 誰だってくすぐったくなるでしょうが!

「顔赤いよ? 大丈夫?」

 あ・ん・た・の・せ・い・だ! こんの無自覚プレイボーイがっ!

「ああもう離してください! 授業始まるでしょ!?」

「やだ。美湖ちゃん俺の話聞いてくれないんだもん」

「じゃあ聞くから! だからこの手どけて!」

 このままじゃ心臓がもたない……! ぐいぐい大垣くんの胸を押してもまったくどいてくれない。

「美湖ちゃん、好き……」

 ちゅ、とリップ音がして私の耳に唇が当たった。

「ふぁ!?」

 おのれ、プレイボーイめ! 今のは狙ってやっただろ!

「次は唇にするからね?」

 ふわりと笑った大垣くんは恥ずかしいセリフを臆せず言ってのけた。くっそう、敗北感はんぱない!

「あんまりからかったらお仕置きだからね!」

 びしっと指さして言ってやると、大垣くんは頬をほんのり赤らめた。え、何? 何で照れるの? ……もしかして大垣くんってドMなの?

 若干引いていると、大垣くんは手を口に当ててつぶやいた。

「何それ。可愛い」

 はいぃ!? 大垣くんとうとう頭のネジ取れましたか! そうですか! それともリップサービスですか、そりゃどうも。

「もう、早く教室戻るよ!」

 大垣くんの腕を掴んで走り出す。でも戻ったところで居心地悪いのは変わんないんだよなあ。

 憂鬱な気分になりながらも、私は考える。もし大垣くんと私が付き合ってるって中原が知ったら……

「お前、俺から愁を取る気か?」

 とか言われそう。うん、充分ありえる。だってあいつの友達少ないもん。

 結局私たちが席についたのは、担任の先生が入ってくる十秒前だった。


「お前ら、付き合ってんのか?」

 案の定、その日の放課後に中原にそう言われた。私は「いやそれはその……」と言い訳を考える。

 どうしよう、あんたとデートしたって噂を消すためだなんて言えないし。

「付き合ってないよ? 今は」

 さらっと返したのは隣の大垣くんであった。そ、そうだよね。まずは否定からだよね! 慌てて私も加わる。

「そう、付き合ってないの! これはその、色々誤解が生まれて……」

 これは本当だ。様々な誤解が生まれて今に至る。ていうか元はと言えば大垣くんが変なこと言うからじゃないか!

 でもあの時、中原とクレープ食べになんて行かなきゃ良かったのかな。私の曖昧な行動がそもそもの原因なわけで。

「噂を抹消するためについた嘘が広まっちゃっただけだよ」

 いつもの爽やかスマイルを見せた大垣くんに、森岡くんが食いついた。

「噂って……嘘って、どういうことですか?」

 やっぱりそこ来ますかー。そうですよね、気になりますよね。

「うーんと、美湖ちゃんが聡とデートしたっていう噂」

「はあ!?」

 素っ頓狂な声を上げたのは、なぜか安本くんだった。

「何でこいつが俺を差し置いて美湖ちゃんとデートしてんだよ!? 信じらんねえ!」

 いや、信じらんねえのはあなたです。何でそこでそんなに怒るんですか。

 当の中原はというと、涼しい顔をして――いや違う。いつも通り無表情ではあるが、そこには多少の動揺が隠れていた。その証拠に、唇の端がひくついている。やっばい、怒ってるかな……

「それでその噂を消すために、違う噂を流したんだ。美湖ちゃんと俺が付き合ってるっていう嘘をね」

 もうここまで来たら誤魔化せない。私はただ黙って会話の行く末を見守った

「……あのな」

 中原がしばらくして口を開いた。

「俺にはお前の思考が理解出来ない。どうしてたかだか噂のためだけにそんな嘘をついたのか、がな」

 え? 私は呆然と中原を見つめた。怒ってない、の……?

 はあ、とため息をついた中原は私と目を合わせた。

「別に俺は噂なんて気にしない。そんなくだらないものなんてな」

「え……でも、」

「何だ、俺とお前の間に何かあったか?」

 ぶんぶんと首を振る。ありません。断じて何もありません。

「でもごめん。私が誘わなかったらこんなことには……」

「よせ。謝罪はいらない」

 ぴしゃりと言われて私はうなだれた。そんな私の肩を大垣くんが優しく叩く。

「そんな顔しないの。今のは聡にとっての『気にしなくていいよ』だから」

 そうなの? 顔を上げた私に、大垣くんは笑いかける。ほんと分かりづらいよね、と楽しそうだった。

「ま、噂の方は俺がかき消しておくよ。美湖ちゃんは安心してな?」

 頭の上に大垣くんの手が乗った。

「うん、ありがとう」

 これで一件落着かと思いきや――私は忘れていた。安本くんの機嫌がものすごく悪いことを。

「あの……安本くん?」

 試しに声をかけてみると、「何だよ?」と怒っているご様子。ごめん、私なんかしたかな?

「美湖ちゃん」

「は、はい」

 安本くんが私の名前を呼ぶから、出席をとるときみたいに返事をしてしまった。

「今日、俺とデートして」

「…………は?」

 今たぶんすごく失礼な声が出たことだろう。でもそんなのを気にしている余裕はなかった。デート!? この状況でデート!?

「い、嫌……です」

「何で?」

 うう、怖い。安本くん、ヤンキーオーラがにじみ出てるよ!

「聡とはデートしたのに俺とはできないの?」

 あれ、安本くんって中原のこと下の名前で呼んでたっけ。ずいぶん仲間意識が出てきたんだなあ。

「美湖ちゃん、聞いてる?」

 いけないいけない。私は散らばっていた思考を片付けると、はっきり述べた。

「あれはデートじゃないの。誤解なの」

「じゃあ俺とデートして?」

 うん、だめだ。会話になってない。私はもう一度「嫌です」と丁寧に断った。

「付き合ってからじゃないと嫌です」

「じゃあ付き合ってたらOK?」

「王子様以外は嫌です」

「じゃあ俺が王子様になる!」

「ふざけんなっ!?」

 ちょっと待とうか? どうしてこんなことになったの? 何で安本くんが私の王子様になんなきゃいけないの?

 すると大垣くんがぶはっと吹き出した。

「やっぱ最高だわ。そうこなくちゃな」

 絶対バカにしてるなこいつ。睨むも効果なし。

「ていうかこの話はもうどうでもいいじゃん! 朝ヶ谷祭のこと話そうよ!」

 そう、私たちには力を合わせて討論会で優勝するという使命があるんだから。優勝したら景品が貰えるらしいから頑張らないと!

「朝ヶ谷祭ですか……確か僕たちの相手は三年生の先輩方では?」

 配布されたプリントを片手に、森岡くんが問う。

「しかも去年優勝したチームだよ。とにかくすごいらしいね」

 大垣くんも頷いた。

 そっか、そんなにすごい人たちと戦うのか……いまいち実感がわかない。

 討論会ではその場でテーマが決められるので、あらかじめ話す内容を決めておくわけにもいかない。冷静な分析と判断、そしてみんなを納得させる語り。これが必要になってくるのだ。

「だからさ、やっぱり中原にはコミュニケーション能力が必要だと思うんだけど」

 私はそう言って中原の顔を覗き込んだ。今度こそは納得してもらわないと。

「……何をすればいいんだ」

 中原はぽつりとこぼす。それが了承の合図だと気づくのに時間はかからなかった。

「まずはクラスの人とたくさん話す!」

「無理だ」

「何で?」

「……話題がない」

「そんなの自分でつくりなさいよバカ!」

 言ってからまずいと思った。学年トップに向かってバカはさすがにやばいかもしれない。

「分かった」

 あれ? 中原は意外にもあっさりと頷いた。何だか今日の中原はいつもより優しい。

「努力はする」

 やや困ったように頭を掻く中原は、見ていて微笑ましかった。

「……何にやにやしてんだ」

「してません!」

「気持ち悪い顔がさらに気持ち悪くなるぞ」

「なっ!? 余計なお世話ですッ!」

 くっそー、やっぱり優しくなんてなかった! 一瞬でも優しいとか思って損した!

「仲いいねえ、二人とも」

 のんびりとつぶやいた大垣くんの言葉に反応できるほど、私は冷静ではなかった。

 許すまじ中原。いつかギャフンと言わせてやる!

 火花を散らして睨み合う――というより私の一方的なものだけど――私たちを尻目に、窓から入った風が机の上の本をめくっていった。

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