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第5話 学年五位は金髪さん

「私、正直まだ信じられないんだよね。森岡くんがヤンキーだなんて」

 この前、咲や大垣くんたちと勉強会をしたカフェで私はそう言った。

 私の隣には大垣くんが座っていて、向かいには森岡くん。私はミルクティーで、大垣くんはコーヒー。そして森岡くんはなんと! カフェラテ!

「でもね、森岡くんをバカにしたり軽蔑したりするつもりはないよ? 人は見かけによらないって言うし」

 まあすごく驚いたけど、意外だったってだけで。それにきっと森岡くんなら。

「理由を聞かせてくれないかな。どうして森岡くんはカツアゲしてたの?」

 理由なしで悪いことする人ではないんじゃないかな。何となく直感でそう思った。

「……僕は、リーダーなんです」

 ぽつりと、森岡くんはこぼした。


 中学生の時、僕はヤンキーではなく、ヤンキーに狙われる側の人間でした。弱くてダサくて、何も出来ない。そんな人間でした。

 僕が住んでいる町はヤンキーが多くて、学校も荒れてたんです。

コンビニの前には悪そうなやつらがいつもたまっていて、僕みたいに弱い中学生が側を通ると、まず間違いなくカツアゲされました。

 いつもみたいにカツアゲされそうになって、僕はその日初めて反抗しました。受験期でストレスがたまっていたんです。

 殴られそうになって、ああもうおしまいだな、と思っていたら……救世主が現れました。その人は僕の胸ぐらを掴んでいた男を一発殴ると、僕の方を見て言ってくれたんです。

 大丈夫か? 怖かったろ? って。

 カツアゲされた怖さじゃなくて、その人の優しさに涙が出そうになりました。


 ――森岡くんはずっと下を向きながら、それでも声は絶やさなかった。

 そこまで一気に話した森岡くんは、一口カフェラテをあおると、また口を開いた。


 純粋にかっこいいなって思ったんです。まるで正義のヒーローが目の前にいるみたいだった。

 だから僕は思わずその人の背中に向かって言いました。――僕を弟子にしてください、と。


「でも、僕は一つ間違いました」

 森岡くんはそこでようやく顔を上げた。

「助けてくれたその人も、ヤンキーだったんです」

 どうやら森岡くんの救世主は、当時の有名な不良グループのリーダーだったそうで、それを知らなかった森岡くんはとんでもないことを言ってしまったのだ。

「それで……その後どうなったの?」

「毎日その人についてまわりました。弟子なんだから当たり前だろって脅されて。自分から言った手前、断ることもできないし、何より断れる空気でもありませんでした」

 あちゃあ、と大垣くんが頭を押さえた。うん。私もいま大垣くんと同じ気持ちだわ。

「そうして僕は、その人の後を継ぐことになってしまったんです」

 助けてくれた後に「弟子にしてください」と言ってしまうあたりが森岡くんらしいといえばらしい。ちょっと感覚がズレている。

 森岡くんは沈痛な面持ちで私を見据えた。

「それから僕は高校受験に失敗し、私立のここ――朝ヶ谷高校に入学しました」

 うん、失敗してここに入るっていう時点で君は十分頭がいいと思うぞ! ていうか最初からここに入ろうと思っていた私にケンカを売ってるんだろうかそれ。

「そしてヤンキーになってしまった、と……なるほどね。そこまでは分かったよ」

 大垣くんが腕を組んだ。「でもさ」と続ける。

「それがどうしてカツアゲをする理由になる? 君はカツアゲされる側だったんだろ? だったらその怖さとか悔しさとかは君がよく分かってるはずだ」

 その言葉に、森岡くんはまるで殴られたような顔をした。ひどく傷ついたような――

「……分かってます。自分が間違ったことをしているのは分かっているんです。でも、」

「でも何だよ?」

 大垣くんは低い声で問うた。顔だって今まで見たことないような怖い顔をしている。

「悪さをすることに理由なんていらねえんだよ。だめなことはだめなんだから。お前が誰かを傷つけた事実はどうやったって消えねえんだよ」

 大垣くん……

 私は呆然と隣の彼を見つめた。

「そう、ですね」

 森岡くんは深く頷き、「ありがとうございます」と微笑んだ。

「あなたの言う通りです。僕にはかっこつける資格もなかった……ただの、卑怯者です」

 そんな顔しないでよ。

 森岡くんはたぶんいっぱい頑張った。きっと困ること、悩むこと、たくさんあったんだろう。

 ――でも、大垣くんが言ったことは正しい。

「森岡くん、私も卑怯者になりたくないから言うね。森岡くんは正しくなかった。自分より弱いと思った人をいじめる、卑怯者でしかなかった」

 ここで森岡くんを慰めるのは違う。だって間違ったことをしたんだから。それこそ卑怯者だったんだから。

「でも、森岡くんは方法を間違ったんだと思う。正義のヒーローになるための道を、踏み外したんだと思う」

 もし本当に、ヒーローになりたいんだったら――

「森岡くんにはチャンスがあるよ。もう一度、ヒーローになれるチャンス」

 弾かれたように顔を上げた森岡くんに、精一杯笑った。

「あなたはリーダーになる資格がある。不良グループを、正義のグループに変える……そんな、リーダーになる資格がね」

 やってしまったことは取り返せない。傷つけたものを癒すのには時間がかかる。

 でも、だからこそ。

「私は森岡くんに、そんな人になってほしい」

 温かいものが一粒。森岡くんの瞳から頬を伝った。

 あれ、何でかな。私も泣きそうだ――

「美湖ちゃん」

 大垣くんに呼ばれたと思ったら、突然抱きしめられた。

「大垣くん、私」

 何か泣きそう、と言った時には既に涙がこぼれていた。

「もう美湖ちゃんは……何でこんなことすっかなあ……」

 そう言った大垣くんの声も何だか潤んでいて。ああ、私これで良かったのかなって、そう思えた。

「森岡くん」

 呼んだ声は少し震えた。でも彼はちゃんと笑ってくれる。

「はい」

「私たちの、仲間になってください」

 森岡くんは潤む目をぐいっとぬぐった後、

「こんな僕でいいのなら――喜んで」

 照れ笑いのような、そんな顔で言った。バカだなあ、森岡くん。こんな僕だなんて。

 私たちは森岡くんがいいんだよ――

「……お前ら、俺の意見忘れてないか」

 突然後ろの方から聞こえた声に驚いて、がばっと振り向くとそこには。

「な、な、中原――――!?」

 何で!? どうして!? ていうかいつからいたんですか!

「バカ、お前声でかいんだよ」

「バカ言うなっ」

 中原は盛大なため息を一つつくと、

「言っておくが、偶然だからな。お前らが勝手に俺の近くに座ったんだからな」

 ふいっと目をそらして言う中原をよそに、大垣くんが私に耳打ちした。

「実は俺が連絡しておいたんだ。あのカフェに行くから、聡も来いって」

 しかしあんなことを言った手前、行きづらい中原は先に一人でここに来て、私たちを待ってたんだとか。

「素直じゃないんだから聡はー。で、森岡くんを認める気にはなったの?」

 大垣くんがはしゃいだ子供のように訊いた。そ、そうだ。一番大事なのはそこだよね。

 中原の答えを待つ私たち。

「……まあ、」

 とそこで言葉を切った彼は、

「よほどのことがあったんだから、仕方ないんじゃないか」

 こっちを見ることなく言った中原の口調は、いつも通り素っ気ない。でも甘いな。私にはわかるぞ。

 ――照れてるだけだとな!

 中原の言葉に、森岡くんもほっとしたように頬を緩めた。そして丁寧に頭を下げる。

「あの、これからよろしくお願いします!」

「おまっ……やめろ、こんな人がいる中で!」

 わーお、珍しい。中原が焦ってる。でもいいんだよね。これで全部いいんだよね。

「さ、森岡くん! これから一緒に頑張ろう!」

「はい!」

 眼鏡の奥の瞳は優しくて、決意に溢れていた。


          *


「……あの人だよね?」

「うん、あの人だね」

「あの人ですか……」

 私と大垣くんと森岡くん。三人でじとーっと見つめる視線の先には――

「おう! いいよいいよ! 今日もカラオケ行っちゃう?」

 安本洸やすもとこうくん。学年五位。

 サラサラと揺れる金髪。耳にはピアス。――あかん。これはあかん。がちのヤンキーや。私はふるふると頭を振った。

「何で……ヤンキーは森岡くん一人で十分なのに」

「うん、元ヤンキーな。そこ忘れないで」

 思わずこぼした私に大垣くんが付け足す。

 休み明けの月曜日。私たちは昼休みの廊下で安本洸という人を探す作戦会議をしていた。

 安本くんはどうやら有名らしく、通り過ぎる人に聞いてみると、

「ああ、あいつだよ」

 とあっさり教えてくれた。

 そしてその先にいた人はなんと、金髪でピアスのヤンキーさんだったというわけなのです。

「どうしよう、私あんな人と話す勇気ない……」

「美湖ちゃん落ち着いて。ここは守に任せよう」

「ええっ!? なぜ僕が!?」

 突然のご指名を受けて驚く森岡くん。そう、最近大垣くんは森岡くんのことを守と呼ぶようになった。

「だって元ヤンでしょ。何か通じるものあるんじゃない?」

「そんな無茶な……」

 大垣くんに手放されて、半ば絶望的につぶやく森岡くんが心底不憫である。でもごめんね、今回ばかりは私無理だわ。

「何やってんだお前ら」

 呆れたように言うこの声の主は――

「あ、中原」

 学年一位さまさま! 中原のお出ましです。ていうか見てないで手伝いなさいよ。

「あいつが五位か……」

 眉をひそめて怪訝な顔をする中原に、私は「どうしたの?」と訊いた。

「何かまた厄介そうだな」

 どういう意味だろう、と思っていると中原が安本くんの方に向かって歩き出した。

「……おい」

 安本くんの肩に手を置いた中原は、無愛想に言う。

「お前に少し話がある」

 ちょっとその言い方は誤解を招くんじゃないかなあ……

 緊張の面持ちで見守る私たち。

「えー? 何何? 学年トップの中原くんじゃーん! どしたの?」

「ここでは面倒なことになる。場所を変えるぞ」

 果てしなく合わなさそうな二人だけど、中原の素っ気なさと安本くんのお茶目さがバランスをうまく取っているようだ。

 そして中原は安本くんを私たちのところまで連れてくる。おー、やるじゃん。見直したぞー。

「後は任せた」

 って、おい!?

 中原は安本くんを私に突き出すと、そのまま自分の教室へ戻ってしまった。いやいやいや、ここで渡されても!

「あーれー? 菊地さんだ。何、俺に用ー?」

「あ、いやその……」

「菊地さん下の名前なんだっけ?」

「え? 美湖です」

「美湖ちゃんか! かーわいいー」

 このテンションついていけないわ……さすがチャラ男、やることが違うな!

 って違う! 話それてる!

「あの! 安本くんにお話があって!」

 強引に切り出したはいいものの、安本くんは再び口を開く。

「もしかして俺とデートしたいの? いいよ、美湖ちゃん可愛いから一緒に行こ!」

 誰もそんなこと言ってないだろがっ! そろそろむかついてきたその時、

「安本くん。僕たち、実は勉強同好会をつくろうと思ってるんだ」

 さっと前に出て、さりげなく私を後ろにしてくれた大垣くん。さすがプレイボーイ、紳士な動作もスマート! ありがたく後ろに隠れさせてもらう。

「勉強同好会? あー、あのよく分かんないけど面倒なやつ?」

 安本くんが頭を掻きながらそう言った。面倒って……勉強できるのにそう思っちゃうタイプなのかな。

「それでいま君を探してたんだ。君に入ってほしくて」

 はきはきとした口調で大垣くんが話す。安本くんは「うーん」と唸った後、きっぱりと告げた。

「悪いけど、俺そういうの興味ないんで。誘うなら誰か違う人にしてくんない?」

 うん、まあ大体そんなこと言われるだろうなとは思ってたけど。でもここで引くのはよろしくない。

 私は一歩前に出て安本くんを見据えた。

「私たちね、安本くんを探してたの。安本くんじゃなきゃ意味がないの」

 安っぽい言葉に聞こえるかもしれないけど、これが精一杯。

「そう言われてもなあ……」

 まだ渋る安本くんは、「じゃあさ」と唐突に姿勢を正した。

「あんたたちが俺じゃなきゃだめな理由って、何?」

 今までのチャラチャラした雰囲気はどこへやら、安本くんは真剣な目をしていた。

 私は「学年五位だから」と言おうとして――やめた。違う、きっと安本くんが求めているのはそういうことじゃない。

 順位付けされた安本くんじゃなくて、安本くん自身に理由があるかどうかを尋ねている。

「……それが咄嗟に出てこない時点でさ、俺を誘う価値ないじゃん。あんたら俺の何を知ってて俺じゃなきゃだめとか言うわけ?」

 図星だった。そして心の奥まで痛烈に刺さる。

「じゃあな」

 もう用はないと判断したらしい。安本くんは軽く手を挙げて私たちの側を通り過ぎ――

「ちょっと待って」

 そうはさせるものか。私は安本くんの制服の袖を捕まえた。

「確かに私の発言が軽率だった。ごめんなさい」

 こっちを向きはしないものの、安本くんは立ち止まって私の言葉を聞いてくれているようだ。だからもうちょっと頑張る。

「安本くんを誘う理由はあるよ。――あなたが学年五位だから」

 私がそう言うと、振り向って案の定眉をひそめる安本くん。「でもね」と構わず続けた。

「ただ五位ってわけじゃない。現時点での五位でしょ? 今の私たちは所詮、現時点ではトップ5なの」

 安本くんとまともに目が合う。

「だからだよ。現時点では最強の、勉強同好会ができる。誰がどんな人かなんてこれから知ればいい。だってそうでしょ? 順位だけで集まった五人なんだから」

 切磋琢磨し合ってよりよいものを。それが私たちの目的であれば、誰がいようと関係ない。

「私たちはこれから最強の五人になるの。その中に自分が含まれているって……何だかわくわくしない?」

 私が言い終わった後も黙っていた安本くんだったけど、しばらくして笑い始めた。

「ははっ……何だそれ。めちゃくちゃだな」

 ひとしきり笑った後に、安本くんは意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「いーよ、乗った。あんた面白いな」

 そして私の右手を取った安本くんはそのまま口元に持っていき――

「仲良くしてね? 美湖ちゃん」

 ちゅ、と大げさに音を立ててキスを落とした。――な、な、

「何すんのよ変態っ!!」

 思わず平手打ちしそうになった私の左手を受け止め、安本くんは「ふは、やっぱ美湖ちゃん最高!」と爆笑する。

「おもしれー。こんな反応ウブな子ひっさしぶりだわー」

「し、し、失礼な! からかうのもいい加減にしてくださいっ!」

「ごめんって! あーやっべ、笑いすぎて腹痛い」

 そして急に真顔に戻った安本くんは、慣れた手つきで私の肩を抱いた。

「でも本当にデート行きたくなったらすぐに言うんだよ?」

「なりませんっ!」

「ちぇーっ」

 騒がしくなった廊下に昼休み終了のチャイムが鳴り響く。

 開いた窓から流れ込んできた風が、ふわりと安本くんの金髪をなびかせていった。

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