第4話 学年四位を探せ!
「でさ、父さんがチャンネル変えろってうるさいのよ。こっちはドラマが始まるってのに野球の観戦? ふざけんじゃないわよ」
次の日の昼休み。咲がお父さんの不満をこぼしながら、お弁当をぱくぱくと頬張る。
「それは災難だったねぇ……」
私は苦笑いで受け答えながら、コロッケを口に入れた。お、カニクリームコロッケだ。
「ていうか美湖。朝からずっとニヤニヤしてるけど、何かあったの?」
突然話題を変えられて内心焦る。え、私そんなに顔に出てたのかなあ。
「いや昨日さ、大垣くんに勉強同好会つくらない? って言われて……」
すると咲の目がきらりと光った。「ほう、それで?」と続きを促してくる。
「じゃあ中原も誘おうってなって。トップ3なら最強だよねーって……」
「でかした!」
「は?」
咲がいきなり私の左手を掴んでくるので、思いきり間抜けな声を出してしまう。
「いいじゃない、いいじゃない! 三角関係とか燃えるわ! 愛のトライアングル!」
「ちょ、咲! 声おっきいって!」
慌ててとめるも、もう遅い。この子のスイッチを切るのはなかなか大変なのだ。
「へー、誰が三角関係って?」
横から口を挟んだのは、先ほど名前を上げた大垣くんだった。
「大垣くん助けて。咲が暴走してる」
「うーん、それをとめるのは美湖ちゃんの役目だなあ」
「そんなっ!?」
ここで見捨てなくてもいいじゃないか! 薄情な!
「ほらね、やっぱり私の見立て通り! これからめくるめくラブストーリーが……」
「やめんかい!」
以前と似たようなやり取りを終え、ようやく咲が正気に戻る。
「あ、大垣くん。どうしたの?」
いや気づけよ。そこは気づけよ。語りに夢中で大垣くんの存在にすら気づいていなかったらしい。
「あ、ちょっと美湖ちゃんに相談。聡のとこ行かない?」
ごく自然に勉強同好会のことかなと思った。咲もそれは察したようで、
「行ってきなよ。私は適当に次の時間の予習してるから」
「うん、ありがと」
少しだけ残っていたおかずを急いで口に入れ、お弁当箱をしまう。
私が席を立ったのを確認し、大垣くんは「じゃあ行こうか」と歩き出した。
「何かごめんね、急かしちゃって」
「全然、気にしないで! それよりも相談って?」
あーうん、と歯切れ悪くなった大垣くんが「美湖ちゃんには先に言っておくかな」とつぶやいた。
「実はさ、同好会って三人じゃ成立しないみたいなんだよね」
今日書類出しに言った時に先生に言われたんだ、と大垣くんは首をすくめる。
「じゃあ何人ならいいの?」
「五人って言われた」
五人か。普通に考えれば妥当な人数でも、今の私たちにしてみれば多い。
「出す前にちゃんと確認しとけば良かった……ごめんね」
「いいよいいよ、大垣くんのせいじゃないもん。私もちゃんと調べておけばよかったね」
そう言うと、大垣くんは「美湖ちゃんは優しいなあ」と苦笑した。
「そんなに優しくていいのかなー……」
「え? 何で?」
思わず聞き返すと、「いや、気にしないで」と首を振られた。
「それよりも、五人ってことはあと二人だよね?」
それは結構厳しいかも……と思った矢先、私は「あ!」と声を上げた。
「やっぱりさ、咲を誘おうよ!」
絶対その方がいい。トップ10とまではいかなくとも、咲だって充分頭はいいのだ。
「確かに……でも、あと一人はどうする?」
「うーん……」
どうしよう。私あんまり交友関係広くないしなー。そうしているうちに五組の教室に着いた。
「おーい、聡」
よく通る声で大垣くんが中原を呼ぶ。一発で気づいたらしい中原は、立ち上がってこちらに歩いてきた。
「何だ」
「あのね、ちょっと相談」
大垣くんがかくかくしかじか、私との会話をかいつまんで中原に伝える。
すると中原はこう言った。
「……そんなことも知らなかったのか」
え、どういうこと。訊こうとしたのが顔に出ていたらしい。ため息をついた中原は、呆れた様子で付け足す。
「同好会は五人以上。そんなの当たり前だろ」
「えー、聡。知ってたんなら教えてよ」
「まさかお前が知らないとは思ってなかったんだ!」
二人の仲がいいんだか悪いんだかよく分からない言い合いが始まったので、私は「えっと」と口を挟む。
「問題はあと一人なんだよね。誰がいい人いないかな?」
すると中原はむっつり黙り込み、考える仕草をした。あ、一応は考えてくれるんだ。
「どう? いる?」
大垣くんが確認のように問う。
「いないな」
きっぱりと答えた中原に、大垣くんと私は二人で「ええっ!」と声を揃えた。
「どうする? 他に誰か……」
そう言いかけた私は、ぴんときた。
待てよ。トップ3がせっかく揃ってるんだったら……
「ねえ、学年四位の人を誘おう!」
突然の提案に、二人とも黙って私を見つめていた。あーやっぱりだめかな? ちょっと安直すぎたかな?
「それいいね!」
「……それいいな」
お? 二人の声が被った。しかもどちらも同意の意見。
「どうせなら五位の人も巻き込んじゃおうよ!」
調子に乗ってそんなことも言ってみる。
しかし「いいね!」と大垣くんは賛成してくれた。中原も軽く頷いているようだし、これは賛成ととっていいだろう。
「じゃあ決まり! 今日の放課後からその二人を探そう!」
そして放課後。私たち三人はまず学年四位の人物を探すべく、図書室にいた。
といっても名前はわかっているので、あとは人づてに辿っていくだけだ。
「で、その人の名前なんだっけ?」
さっき教えてもらったけど、一回では覚えきれなかった。中原は面倒そうに口を開く。
「森岡守」
あ、そうそう。いかにも草食系男子って感じの名前!
――その時だった。
「……あの、僕がどうかしましたか」
優しく穏やかな声。丁寧な口調。
振り返ると、そこには眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな男の子が立っていた。
「すみません、盗み聞きするつもりではなかったんですが……」
キタコレ――――!
次の瞬間、私は彼の両手をしっかりと握り、こう叫んでいた。
「私たちの仲間になってくださいっ!」
――数分後、
「つまり、勉強同好会をつくりたいんですね?」
森岡くんは今一度、そう言った。私は何度も頷いて熱意をアピールする。
「お願い、人数が足りなくて! お願いします!」
図書室の二階。人が少ないので話をするにはここが一番、と森岡くんをやや強引に連れてきた私は、
「私たち、森岡くんを探してたんです!」
と切り出した。
そこからたどたどしく説明すると、森岡くんは「なるほど」とつぶやき、
「つまり、勉強同好会をつくりたいんですね?」
との発言に至ったわけだ。
森岡くんは「いいですよ?」とにっこり微笑みながら言った。
「え? 本当に? いいの?」
こんなに早く決着がつくとは想像していなかった。思わず何回も確認する私に、森岡くんは念を押す。
「はい。僕は一向に構いません」
良かった、森岡くんいい人そうで! ほっと一息ついた私に、「でも」と森岡くんは続ける。
「皆さんすごく優秀な方で、校内では有名ですよ? それなのに僕が一緒でいいんですか?」
こ、この人……
「何だか申し訳ないのですが……」
――自分の頭の良さに気づいていない!?
森岡くんの鈍感さに驚いていると、大垣くんが「何言ってんの」と笑った。
「僕たちが求めているのは君だったんだ。理由なんてそれだけで充分だろ?」
そんな言葉に、私は内心感動していた。大垣くん、そんな名言みたいなことも言えるんだ……とちょっと見直したのは内緒にしておこう。
「嬉しいです。僕、今までそんなこと言われたこと一度も……」
森岡くんも感動してる! そうだよね! 何かぐっときちゃうよね!
と、そこで今まで一度も口を開くことのなかった中原が、唐突に言った。
「……お前、何者だ?」
「な、何者……とは?」
おろおろとし始める森岡くん。私と大垣くんは意味が分からず、ただ二人のやり取りを見守るのみだ。
「誤魔化すな、今言え。――自分はヤンキーだと」
はいぃ!? 驚きすぎて声も出ない私の代わりに、大垣くんが訊く。
「聡? それどういうこと?」
中原はちっと舌打ちした後、「昨日の朝だ」と話し始めた。
「登校する道すがら、こいつとすれ違った。といってもこいつはコンビニの前で、ひ弱そうな中学生をカツアゲしてたんだがな」
カツアゲ!? 信じられない単語が出てきて開いた口が塞がらない。
「それを助けない聡も聡だけど……で、森岡くんがヤンキーだと思ったわけか」
ふむ、と腕を組んだ大垣くんは視線を森岡くんの方に向ける。
「それ、本当?」
しばらくの沈黙。お願い森岡くん、どうか嘘だと言っ……
「はい、本当です」
森岡くーん!?
「え、ちょっと待とう? たった一回見ただけでヤンキーって決めつけるのは良くないと思うよ?」
慌てて私はそう言うけれど、森岡くんは静かに首を振った。
「いいんです……本当のことですから」
「え、森岡く」
「僕はヤンキーです」
うん、ごめん。ちょっと理解できない。てか何でこうなった。
すると中原が「ほらみろ」と森岡くんを睨む。
「俺は反対だ。こんなやつと同好会なんてやってられない」
ちょっとちょっと……
森岡くんと中原の間でうろたえる私は、思わず大垣くんの制服の袖を掴んだ。お願い大垣くん、私じゃ手に負えません……
すると大垣くんは私の行動に目を見開いて、それから「あーもう……」と私から目を逸らす。
「聡、気持ちは分かるけど俺たちから森岡くんを誘ったんだ。ここでやっぱり無理って言う方が失礼だろ」
困ったように頭を掻きながら大垣くんがそう言った。
「そうだよ、森岡くんが学年四位なのは変わらないんだから」
私も中原を説得するべく学年四位というワードを持ち出す。しかし反応したのは中原ではなく、森岡くんの方だった。
「え? 僕、学年四位なんですか?」
いや、知らなかったんかーい! 自分の順位くらい確認しとこうよ!? それ常識だよ!?
「こいつが四位だとしてもだ」
芯のある中原の声が空気を張り詰めさせる。
「俺はこいつを認めない。よほどのことがない限りな」
「ちょっと中原……」
言うだけ言うと、中原は私たちに背を向けて階段を降りて行った。
うわあ……どうしようこの空気。でも、中原は「よほどのことがない限り」って言った。
それって逆に言えば――
「森岡くん」
「は、はい」
私は森岡くんの目をまっすぐと見つめて、
「このあと時間あるかな?」