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第29話 ハッピーサプライズ!

 定期テストが無事終わった十一月末。毎度お馴染みの、順位発表が行われた。

「え――――――――っ!?」

 廊下に張り出された順位表を見て叫んだ私の頭を、咲が遠慮なくはたく。

「ねえ、うるさい。いつになったら順位見て叫ぶ癖なくなるの?」

 相変わらず辛辣な言葉を投げつけてくる咲に、「だって!」と反抗した。だって今回ばかりはしょうがないよ! 私、私……

「一位だよ!? あの中原を差し置いて一位だよ!?」

 そうなんです。今回は私、とっても頑張りました。本当に花丸くれてもいいくらい頑張ったと思う。

「はいはい、おめでとー。良かったじゃん」

「適当っ!? 友達がおめでたいのに適当っ!?」

「良かったねー! 美湖おめでとうー!」

 もうやだこの子……

 咲恐怖症になった私は、再び順位表に視線を戻した。一位の横に印刷されている自分の名前。そして隣の二位には中原の名前。……ふふ、中原も頑張ってるじゃないか!

「……何にやにやしてんだ」

 突然、横から聞き慣れた声が飛んできた。ぱっと顔を向けると、そこには案の定、中原が立っている。

「中原、順位見た!? 私一位だよ!? 一位!」

 人差し指を立てて一位を全力でアピール。すると中原はぷいっと顔を背けた。

 あれれ、気にさわっちゃったかな。まあ確かに一位の座をとられたら誰でもいい気はしないか……

「……なかなか、やるな。お前も」

「え?」

 いまの聞き間違いでなければ、褒められたということでよろしいんでしょうか? 固まる私に、中原はため息をつくと一気に吐き出した。

「だから、少しはその……認めると言っているんだ! 一回で分かれ、バカ!」

「はあ――――!?」

 バカって言った! 今この人、学年一位の私にバカって言った! ほほう、いい度胸じゃないか。だがしかしその言葉、撤回してもらおう。

「私はバカじゃありません! ていうか今現在、この学年のトップです!」

 そう言い返した私の肩を、咲がつかんだ。

「あのさあ、イチャつくのも大概にしてくれる?」

「イチャついてない!」

「イチャついてない!」

 中原と二人でそこだけ見事にシンクロし、私たちはそれぞれの教室に入るまで注目されることとなった。


          *


「ふっふっふ、これでおっけー」

 数日後、私は何も知らない人からしたら不敵に見えるだろう笑みを浮かべていた。手には綺麗にラッピングされた一冊の本。――中原への、誕生日プレゼント。

 実はテスト期間の最中、大垣くんからこんな提案があった。

「もうそろそろ聡の誕生日なんだけどさー。みんなで祝ってあげない?」

 中原の誕生日は十二月五日。というわけで、私たちは着々とサプライズ計画を進めていた。

 一昨日はみんなでおめでとうムービーを撮って、ちょっと編集。昨日はたくさん写真を撮ったり集めたりして、アルバムを作った。

「聡は昔から、家族と俺以外に祝ってもらったことないから。だから、喜ばせたいんだ」

 大垣くんにそんなことを言われたらもう、頑張るしかない。

 最高のサプライズにしよう! そう意気込んで、私は買った本を大事に抱えた。


 そして迎えた当日。土曜日の今日は、朝から大垣くんの家にみんなで集っていた。

「愁、飾りここら辺でいい?」

「おっけーおっけー! さんきゅ!」

「大垣くん、オーブン借ります!」

「どうぞご自由に〜」

 がやがやと作業が進む中、私は咲と料理を担当していた。咲はお菓子作りが得意で、私はオードブルを作る。昨日から仕込んであったから、基本的には加熱するだけ。

「え、美湖。それ全部自分で作ったの?」

 タッパーから出てきた食べ物たちを見て、咲が珍しく驚いた。若干引かれてるような気がするのは気のせいかな……

「そう、だけど……重かったかな?」

 何か重いですかね、こういうの。私がっつり作れちゃうんですよ〜的な? プレゼントに手編みのセーターあげちゃう彼女的な?

「いやそうじゃなくて……へえ、美湖って料理できるんだね」

 咲に褒められた! うわーい、今日はラッキーデイ! すっかり調子に乗った私は、鼻歌交じりでオーブンへ向かう。

「ふふふ、喜んでくれるかなー」

 誰に? と咲が後ろから訊いてくるけど、聞こえないふりをしておいた。言わなくても分かってるでしょ、どーせ。

「もうそろそろか……俺、聡を迎えに行ってくるわ」

 大垣くんが言いつつ上着を羽織る。それを他のみんなで見送り、再び作業に戻った。

 ――三十分後。

 リビングのドアが開いた瞬間、私はクラッカーをパァン、と思い切り鳴らした。

「ハッピーバースデー!!」

 全員で叫ぶと、そこに立っていた本人は放心状態で私たちの顔を見回す。何が起こっているのか分かっていないようだ。

「聡、誕生日おめでとう!」

 大垣くんが中原の背中をどん、と遠慮なく押す。その反動で彼はリビングへ足を踏み入れた。

「は……? ちょ、待て、お前ら何で……」

 未だに戸惑う中原をみんなで「早く早く」と急かし、テーブルについた。そこには私と咲が作った料理が乗っている。

 みんなのグラスにサイダーを注いで、大垣くんは声を張った。

「改めまして、聡の誕生日を祝して乾杯!」

「かんぱーい!」

 隣や向かい、こつんこつんとグラスをぶつけ合う音が響く。とりあえず状況を把握したらしい中原は、「おい」とその場にいる全員に呼びかけた。

「これ、本当にお前らが考えたのか?」

「当たり前じゃん、他に誰がいるの」

 と私が答えると、

「いや……まさか、こんなことしてくれるとは……思ってなかった」

 少し恥ずかしそうに、けれども嬉しそうにそんなことを言うから、思わず笑ってしまった。照れてる! 中原が照れてる!

「…………ありがと、な」

 言った瞬間、がばっと壁の方を向いた中原が何だかとても可愛い。それに反応したのは、意外にも咲だった。

「へえ、中原くんもお礼とか言うんだね」

「ちょ、失礼極まりないこと言わないの!」

 咲の脇をつつくと、「はいはいごめんねー」と謝られる。絶対思ってないなこいつ。

「わー、聡がデレたー。可愛いー」

 女子っぽい声で安本くんが茶化せば、中原は「黙れ!」と怒鳴った。

「と、とりあえず皆さん食べましょう。せっかく美湖さんと高城さんが作ってくれたので」

 森岡くんの言葉に、みんなはそれぞれ料理に手をつけ始めた。き、緊張する……味見はしたけど緊張する……

「え、これ作ったのどっち? 美湖ちゃん?」

 大垣くんがお皿に取ったのは、オムライスをアレンジしたもの。食べやすいように小分けにしたライスを、卵で包んだ。

「うん、私。お口に合えばいいけど……」

 ぱくりと一口食べた大垣くんは、満面の笑みで「おいしい!」と親指を立ててくれた。良かった……これで安心してみんなに勧められる!

「聡も食べなよ、おいしいよ」

 大垣くんの言葉に、私はどきりと心臓を震わせる。好きな人に手料理食べてもらうなんて人生初なんですけど!

 中原は自分の皿にオムライスを乗せると、なぜだかすごく慎重にそれを口を運んだ。そ、そんなに私の料理まずそうに見えるのか! 地味にショックだからやめて! 何回か咀嚼した後、中原は突然ふわりと頬を朱色に染める。そしてぽつりと一言、

「……うまい」

 そうこぼした。伝染したように、私の頬も熱を持つ。たぶん赤い。

「あ、よ、良かったー! ははは、さあみんな食べて! さあ!」

 明らかに挙動不審になった私に、咲が横から「良かったね」とつついてきた。うるさいよ。まあ嬉しかったけど!

「まあ、あたしのも食べてよ。一応ケーキつくったから」

 咲がさらっと女子力全開の言葉を言ってのけたので、私は隣で少しすねる。やっぱりオムライスよりケーキつくる女の子の方が可愛いよねー。そうですよねー。

「へえ、高城が作ったのか?」

 中原が目を見開いてケーキに躊躇なく手を伸ばした。う、何だよ。咲のはそんなにおいしそうに見えるんですか! 私の時とはえらい違うじゃないですか!

 結果から言うと、咲のケーキはすごくおいしかった。ほら、何かスポンジがふわふわで! クリームも甘すぎなくて! イチゴのちょうどいい酸味で! ……だめだ、私もう負けてるわ。

「うまいな」

 なんて、中原も笑ってるし。知ってるよ、あんたが甘いもの好きなんだってことくらい。でもさ。やっぱり私にも笑って欲しいなって。――ちょっと、思っただけだもん。

 それからみんなで作ったプレゼントを渡して、しばらく騒いだ。

「あははは! やべー、この顔ブサイクすぎてやべー」

「何でこんなの持ってんだお前! ここに貼るな!」

「激レア激レアー。聡の変顔ー」

「変顔なわけあるか! お前がいきなり撮るからだろ!」

 中原と大垣くんの言い合いに、私もアルバムを覗き込む。しかし次の瞬間、目の前が真っ暗になった。

「え!? ちょ、何!?」

「お前は見なくていい! 見るな絶対!」

 どうやら中原に目を塞がれたらしい。えー、見たいよ中原の変顔! 激レアじゃん!

「ねえ、ちょっと何も見えないんだけど!」

 中原の手をばしばしと叩くと、ようやく開放された。その瞬間に目の前に現れた写真。

「……ぷっ、」

「おい愁! 見せんなっつったろ!」

 中原の焦ったような声に、大垣くんが「えー面白いじゃん」と悪びれなく答える。

 そこにあったのは、確かに中原の写真。――ただし突然撮られたせいでかなり変顔になっていたけど。

「ちょ、待っ……あはははははは!」

 口は半開きで目つきも悪い。いつも冷静な彼からは想像もできないほどのそれ。

「もう見んな! いいからしまえ!」

 お、お腹が痛い……! 笑いすぎて苦しい! 息もたえたえな私を、中原が容赦なく殴った。

「笑いすぎだお前は! ちょっとは気ぃ使え!」

「む、無理っ……お腹いたい……」

「……は? 大丈夫か?」

「や、違……笑いすぎて……」

 再び殴られそうになったので慌ててよけた。危ない危ない。さすがに二度目は痛い。

 一段落した私は、ふと視線を感じて顔を上げた。そこには私と中原のやり取りを、それはそれは微笑ましそうに見守るみんなの姿。あ、何かやばい。そう悟った時には既に遅かった。

「何かあの二人、最近仲がおよろしいみたいで〜」

「そうね、とっても仲がおよろしいわね」

 大垣くんと咲が「ふふふ」と意味深な笑みをもらす。そして安本くんと森岡くんが、

「でもカップルのやり取りはよそでやって欲しいんだけどー。そこら辺どう思いますか守くん」

「え!? ぼ、僕は……お二人が幸せであれば何でもよろしいかと!」

 って違ーう! 勝手にカップルにするな! 内心激しくツッコミを入れつつも、ちらりと中原を盗み見る。――息が、止まるかと思った。

 少し眉を下げて照れたように、目を細めて。彼は今までの中で一番優しい顔をしていた。

「あれ、聡くん。まんざらでもない感じ?」

 目ざとく中原の変化に気づいた大垣くんがそう茶化す。

「……うるさい」

 顔を背けてそう返した彼の顔が赤かったから、私は戸惑うほかなかった。え、ええっと。その反応はどう受け取ればいいんだろう。

「あれ、美湖ちゃん。まんざらでもない感じ?」

 今度は咲がからかってくる。この子怖いよ、私の気持ち知ってるくせに怖いよ! いまそれ言ったら普通にバレるでしょうが!

「……う、うる、さい……」

 とりあえず中原と同じ言葉を返そうとしたはいいものの、不自然極まりなくなってしまった。まあ、いいか。中原の隣にいられるなら何でも。


 夕方になり、中原の誕生日パーティーは終了した。それぞれ家路につく中、私は一人落ち着かない。

「美湖、早くしないと中原くん帰っちゃうよ」

「わ、分かってる……」

 咲に急かされ、ますます焦る。実は中原に渡したいものがあった。この前に買った本だ。中原へのプレゼントはみんなで作ったもので、個々人であげるようなことはなかった。でも私はどうしても、これだけは渡したい。

「な、中原!」

 急いで追いかけて呼び止める。道の真ん中。中原と二人。

「あのね、ちょっと渡したいものがあって……」

 鼓動がすぐ近くで聴こえて、うまく話せているのかもよく分からない。けれど道の先で立ち止まる中原の姿が、安心させてくれた。

「……これ、プレゼント。誕生日おめでと……」

 恐る恐る差し出した、包装紙に包まれたそれ。大丈夫かな。バレたりしないかな。これを渡したら、気持ちが伝わってしまいそうで。

「お前が? 一人で買ったのか?」

 その問いにこくこく頷くと、中原は丁寧に受け取ってくれた。そして俯く私の顔を覗き込む。

「――ありがとな」

 くしゃりと撫でられた頭。きっと顔が尋常じゃないほど赤くて。

 ねえ中原。そのラッピングを解いても、私に変わらず笑いかけて欲しいんだ。その本は――

「ああ、これ前にお前が言ってたやつか」

「あ――――――!?」

 はがされた包装紙。彼の目の前にさらされた本のタイトル。

「『ひまわりの花言葉』って……映画化されたんじゃなかったのか?」

 ちょ、いま開けないでよ! せめて許可を! 許可をとってください!

「何で開けちゃうの!」

「いや、『開けてもいいか』って訊いたけどお前、聞いてなかっただろ」

「嘘ぉ!?」

 そんなことより大変だ。『ひまわりの花言葉』は映画化された大ヒット作品。純愛もの。変じゃないかな? 別に恋愛ものプレゼントしたって好意あるのはバレませんよね!?

「純愛もの好きでしょ、中原。だからそれいいかなーと思って」

 ふと思った。これってもしやチャンスなのでは……?

「あ、あのさ!」

 突然大きな声を出した私に、中原は「どうした?」と怪訝な顔で訊いてくる。うう、もう今さら後には引けない。チャンス! そう、チャンスだから!

 すうっと息を吸った。どきどきとうるさい心臓。一世一代の大勝負。

「一緒に映画に行きませんか……?」

 語尾が震えて弱々しくなってしまった。けれども視線だけはそらさずに中原をまっすぐ見据える。

「あ、いやその『ひまわりの花言葉』! 映画化してるし……」

「行く」

「えっ」

 即答? いま行くって言った? ……言ったよね? ほっと胸をなでおろし、息を吐き出した。

「ふふ、ありがと。……嬉しい」

 無意識のうちにこぼれた言葉。我に返って口元を押さえた私に、中原はちょっと驚いたような顔をする。やばい。ちょっと今のは危なかったかもしれない。バレてませんように……!

「……そういうこと、他のやつにも言ってないだろうな」

 手の甲を口に当て、目をそらした中原。

「え? 言ってない、けど……」

「ならいい」

 視線を交わした彼の頬は、今日何度目かの朱色だった。

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