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第21話 浴衣と花火と繋ぐ手と

「ごめん! 遅れて……って、あれ?」

 履き慣れない下駄をからんころん鳴らし、私は小走りで中原に駆け寄った。

「まだみんな来てないの?」

 五時にここに待ち合わせって、言ったのにな。時間は既に五時五分。絶対遅刻したと思ったんだけど。

「ああ、みたいだな」

 中原は冷静に頷いて、自身の腕時計を見た。

 今日は花火大会の日。前から咲と一緒に行く約束をしていた私は、五時にこの駅前で待ち合わせをする予定だった。だけどそれを聞いていた大垣くんが「俺も行きたい」と言い出して、最終的にはみんなで行こうということになった。

「おかしいなー、連絡し間違えちゃったかな」

 それとも財布忘れたとか? とりあえず咲にメールしなきゃ。浴衣に合うように、と咲とお揃いで買った巾着バッグから携帯を取り出す。

「もう少し待ってからでいいんじゃないか、連絡するのは」

 そう言った中原がなぜか落ち着かない様子で周りを見渡していた。んー、でも早くしないと花火大会間に合わないし。

 メールを打ち始めた私を、中原が「おい」と少し焦ったように止める。

「まだ早いだろ」

「何で? 早くしないと始まっちゃうよ」

 どうしたんだろう。今日の中原は何となくいつもと違って、そわそわしてる。すると中原は携帯ごと私の手を掴んだ。

「俺が連絡しておくから、お前は待ってろ」

「え? あ、うん……ありがとう」

 そしてちょっと離れて、中原は携帯の操作を始める。……何だかなー。変なの。

「あ? だから、まだバレてない……」

 中原が誰かと電話している声が聞こえてきた。大垣くんとかな。

「はあ!? ふざけんな、無理に決まってんだろうが! ……バカ、声でけえよ聞こえんだろ!」

 おいおい、ケンカはいかんよケンカは。一体何があったんだか……

 しばらくして、中原が戻ってきた。

「……何かあった?」

 何だか疲れきった顔の中原を見たら、そう言わずにはいられない。中原は「あー……」と言葉をつまらせた後、言いにくそうに口を開いた。

「その、あいつら……今日来れなくなったらしい」

「え!? 何で!?」

 嘘でしょ!? まさかのドタキャン!? しかも全員!?

「愁は風邪、守は塾、洸は連絡つかない、高城は知らん」

 はいぃ!? 何それ何それ何それ! 私は咲に電話すべく再び携帯を取り出す。

「待て、お前何するんだ」

「何って咲に電話……って、ちょっと!」

 中原に携帯を奪われ、私は取り返そうと背伸びした。何でそんなことすんのよ! 今日の中原、意味分かんないし!

「もー、返してよ! バカ! 意地悪!」

「……いいから行くぞ」

 え、と思った時には既に遅かった。腕をがっちり掴まれ、そのままずるずると連行される。

「ちょ、まさか二人で行くの?」

 ていうか何でみんな来れないの!? おかしいでしょ! 中原はぴたっと立ち止まり、振り返った。

「……だめか?」

「えっ……」

 うわあ、その顔やめてよ。何かもうそんな目で見られたら嫌って言えないじゃないですか……! いや、そもそも私は中原が好きなわけだから嫌も何もないんだけど――

「だめじゃ……ない、です」

 中原と二人――そう考えただけで私の頭は容量オーバー。意識した途端に心臓がどきどきと存在を主張し始める。

「じゃあ決まりだな」

 ふっ、と笑ったその顔と浴衣が似合いすぎて。風に揺れる前髪が妙に色っぽくて。

 ――だめだ。私、中原のこと相当好き、なんだな……

 足を一生懸命動かして中原の隣に並ぶと、そっと手をつながれた。

「えっ!? ちょ……中原っ」

「はぐれるなよ」

「こ、子供じゃないんだから大丈夫だよ!」

 もう! 何でいきなりこういうことするかな! 心臓うるさくて平常心保てないよ……

 電車に乗ると、人の混雑はさらに増した。中原との距離が近すぎて、今にも倒れそう。今までこんなすぐ近くにいたことなかったもんな。ていうか中原の浴衣なんて激レアなんですけど。

 頭なでられたり、胸貸してくれたり。そんなことはあったけど、手をつなぐのは初めて。そういえば、笑ってくれるようにもなったな。

 そんなことを考えながら、私は電車に揺られていた。


 それから三十分ほどで花火がよく見える河川敷に着いた。周りでは親子やカップルが楽しそうに手をつないでいる。

「ここら辺か」

 中原が立ち止まって周りを見渡した。お祭りではないにしろ、近くには屋台が出ている。あ、わたあめ食べたいな。チョコバナナもあるー。

「ねえ、わたあめ食べよう!」

 屋台の方を指さしてそう言うと、中原は「いいな」と微笑む。その不意打ちの笑顔にまた心臓がやられた。ああもう、何で今日そんなに笑ってくれるの!? 無駄に優しすぎだよ心臓壊れちゃうってば!

 手はやっぱりつないだままで、こうしていると中原と付き合っているんじゃないかという錯覚に陥る。都合のいい幻想だ。分かってる。でも、それでもいい。

 やっと気づいたこの気持ちに、私は嘘をつきたくない。いま中原といるこの時間を大切にしたい。

 わたあめを買って花火が打ち上がるのを待つ最中、私は中原に訊いてみた。

「中原ってさ、その……好きな人いるの?」

 私の中ではとても勇気を振り絞った質問だったけど、訊かれた本人は何てことないように答える。

「さあな」

「さ、さあなって……え? どっち?」

 そんな中途半端な答え方されましても!

 正直、中原は恋愛などしなさそうなイメージがある。訊いたのだって万が一を考えた場合であって、てっきり「いない」と言われると思っていた。

「そういうお前はどうなんだ」

 逆に質問し返されて、私は文字通り固まった。……はは、ちょっとそれに答えるのは無理があるなあ。

「さ、さあ? どうでしょう?」

 中原の真似をして答えると、

「今さら隠さなくても、お前の好きなやつなんて丸分かりだ」

「えっ!?」

 な、何で!? 何で中原が知ってるの!? まだそれ誰にも言ってないんだけどな!?

「白馬に乗った王子様だろ」

 ……ああ、はい。ですよね……

 気が抜けてガックリと肩を落とし、「うん、そう」と返す。

「それ言ったら、中原だって好きな人いるじゃん。運命の人、だっけ?」

「……お前、案外しつこいな」

 心底迷惑そうに眉根を寄せる中原に、「だって」と口を尖らせた。

「あんな事言われたら嘘でも信じたくなるでしょ。中原が王子様だったらなって、ちょっと思っ……」

 って、何言ってんだ私は――――! 慌てて続く言葉を呑み込み、黙り込む。

 危ない危ない、非常に危ない! このままだと遠くない将来、気持ちがバレてしまう!

「中原が王子様だったらなって思ってないから! 全然!」

 って、これも違――――う! ツンデレか!? ツンデレなのか私は!?

「あーうー、そうじゃなくて! もう何でもない!」

「……そんなに俺が嫌いか」

 呆れたように言う中原に、私は焦って首を振った。

「違うよ! 嫌いなわけないじゃん!」

 むしろ――。だけど、その先は当分言えそうにない。

「ていうか嫌いだったらここまで一緒に来てないでしょ」

 知らないでしょ。私、ずっとドキドキしっぱなしなんだよ。中原は私の隣にいて、何も感じないのかな。

「……良かった」

 ぽつりと、中原がつぶやく。

「俺も同じだ」

 きゅん、と心臓が鳴った。まるで、俺も好きだと。そう言われているようで。

「お前は……菊地は、最初からずっと俺を避けなかった」

「当たり前だよ。避ける理由なんてないもん」

「ああ、分かってる。でも……俺にとってはそれが嬉しかった」

 そう話す横顔から目が離せない。嬉しかったなんて、私の方がずっとずっと、もっともっと思ってる。

「――菊地は、愁以外に初めてできた友達だ」

 その一言で目が覚めた。そう、だよね。中原にとって私は、一人の友達でしかないよね。じゃあこの気持ちを……中原に私の気持ちを伝えたら、迷惑?

 無意識だった。つないでいた手に力を込めて、中原の手を握った。

 伝わってって思う。こんなに近くにいるのに。だけど、伝わらないでって思う。気づかれてしまったらもう元には戻れないから。

「菊地?」

 その声が。私を呼んでくれる、その声が。私は誰のものよりも、好きなんだよ。

「……私も、中原は大事な友達だよ」

 言い終わると同時に、私はそっと中原の手を離した。

 今はまだ、離れたくない。この関係を終わりにしたくない。だからもう少しだけ、この気持ちは私だけの秘密にしておこう。

「……お前、浴衣似合うな」

「はは、ありがと。中原もね」

 バカ。何でそういうこと言うの。あんたの一言に一喜一憂して、笑ったり泣いたり。

 朝ヶ谷祭の日とは確実に違う花火。見上げている私はあの日より強い想いを持っている。

 たとえ王子様じゃなくても、私のことを友達としてしか見ていなくても。――好きだよ、中原。

 赤も黄色も青も、これからは全部中原の隣で見ていたい。そう思うよ。

 空いてしまった手の体温は、つないでいた時と同じくらい、熱かった。

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