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第19話 一難去ってまた一難!?

 夕方、みんなでバーベーキューをした後。花火をしようということになり、私と森岡くんは近くのスーパーまで買い出しに行った。

「すみません、着いてきてもらっちゃって」

 隣で申し訳なさそうに謝る森岡くん。私は「いいよいいよ」と軽く受け流し、「でも楽しみだね」と笑った。しかし森岡くんは浮かない表情で歩き続ける。

「どうかした?」

「……あの、こんなことお聞きするのは癪かもしれないんですが」

 そこで言葉を切った彼は、眉根を寄せた。私も自然と険しい顔になる。

「先ほどは聡さんと何をお話していたのでしょうか?」

 先ほどといえば――と、なぜか頭には中原の照れた顔が浮かんできた。いや、違う! それじゃなくて話の内容!

「えっと……ちょっとすれ違ってたことがあって。でも今日で色々はっきりしたよ」

「そう、ですか」

 どうしたんだろう。何かいつもの森岡くんなら、ここで笑ってくれそうな感じなんだけどな。

「美湖さんは聡さんのことが好きなんですか?」

「はい!?」

 突然何ですか! 何を言い出すかと思えば!

「いやいやいや違うよ誤解だよそれは!」

 高速で手を振りつつ否定すると、森岡くんは複雑な顔で黙り込む。ど、どうしよう。こんな森岡くん、今まで見たことないな……

「もし、僕が……」

 ゆっくりとした歩調。隣の彼はなぜだか少し戸惑ったような声で言う。

「このまま五人みんなで仲良くしたいと言ったら、困りますか?」

 森岡くんがそっと、私の手を握った。優しい温かさが手のひらを包み込む。

 私が口を開きかけた、その時だった。

「――よお! 森岡じゃねえか!」

 後ろから男の人の声が飛んできて、森岡くんの名前を呼ぶ。知り合いかな、と思ってふと隣の彼を見た。すると――

「……人違いじゃ、ないですか?」

 顔面蒼白、声も震えていて、瞳だって光が宿っていない。無条件に嫌な予感がした。

「おいおい、久しぶりに会ったのにそれはねえだろー」

 男の人は三人。茶髪に金髪、ファッションは奇抜。きっと森岡くんがやんちゃしてた頃の知り合いなんだ、というのは容易に想像がついた。

「何、女の子を口説けるくらい成長しちゃったわけー?」

 にやにやとしつこい笑みを顔に貼り付け、男の人は森岡くんを煽る。これはちょっと本格的にやばい気がしてきた。

「森岡くん、帰ろう? 花火は後でもいいから」

 私は言いつつ森岡くんの袖を引っ張る。

「えー、もうちょっとお話しようよ。俺らの相手してくんない?」

 その人が私の肩に手を伸ばした。しかし次の瞬間、森岡くんはその手を容赦なく振り払う。

「――この子に触るな」

 その剣幕におののいたのは私の方だった。先ほどとは打って変わり、森岡くんは威嚇するような目つきで相手を睨みつける。

「はあ? お前、何その態度。超生意気なんですけど」

 男の人がにじり寄り、森岡くんの胸倉を掴んだ。苦しそうに顔を歪めた彼が、私に言う。

「美湖さん……逃げてください」

 そんな……この状態で置いていけないよ。戸惑っていると、こちらに歩み寄ってきた男の人二人が、私の両腕をとった。

「はーい、君はこっちねー」

 ぐいっと引き寄せられ、背中で腕を拘束される。

「ちょ……離してください!」

 ここで傍観するわけにはいかないんだ。叫んで精一杯暴れると、頬に衝撃が走った。

 ――うそ。今この人、殴った……?

「これ以上騒いだらどうなるか分かってるよね?」

 顎を無理矢理持ち上げられ、男の人と目が合う。

 最低だ。女の子をこんな簡単に殴っちゃうの? これが本当のヤンキーなんだ……

「てめえ……ふざけんなっ!!」

 物凄い勢いで森岡くんが怒り出した。そして私の方まで来ようとしたところを、手前の人に止められる。

「待てよ。お前の相手は俺だろうが。ああ?」

「お前、何がしたいんだよ! 今さら俺に何の恨みがあるんだ!」

「今さら? 恨み? へえ、言ってくれるじゃねえか。まさか忘れたとは言わせねえぞ」

 ドッ、と鈍い音がして三秒。森岡くんはその場に倒れ込んだ。――みぞおちに一発入れられたのだ。

「や……森岡くん! あんたたち何やってんの!?」

 思わず声を上げると、「黙れ!」と軽く足を蹴られた。でも、でも森岡くんが――

「お前、俺の弟のことずいぶん可愛がってくれたみたいだな?」

 そう言って男の人は地面に転がった眼鏡をゆっくりと踏みつぶす。殴られた拍子に森岡くんが落としたものだ。

「おかげでこっちは不名誉すぎる二つ名ついちまったんだけどさあ」

 やめて。やめてよ。森岡くんが壊れちゃうからもうやめて……

「――森岡守の奴隷、ってな」

『僕にはかっこつける資格もなかった……』

 男の人の拳が森岡くんに振り下ろされる。

『ただの、卑怯者です』

「――誰が奴隷使ったって?」

 左手には携帯。右手には受け止めた拳。すんでのところで男の人の攻撃を回避した森岡くんは、携帯を耳に当てた。

「兄さん、財布忘れちゃったんだ。届けに来てくれない? ああ、うん。できればみんな連れてきて」

「てめ……何かっこつけてやがる……!」

 男の人はまた殴りかかったものの、森岡くんはそれを華麗に避けた。そして再び電話の向こうの拓さんに言う。

「なるべく早くね。――美湖さんが危ない」

 通話を終えた瞬間、森岡くんは片足を振り上げ――男の人の顔の横でぴたりと静止させた。

「何を勘違いしているのかは知りませんが、僕はあなたの弟さんは存じ上げません」

「なっ……」

「やめましょう、無意味は傷つけ合いは。もう手を汚したくありませんので」

 これが寸止めってやつか……と呑気に見入っていると、突然首を絞められる。

「おい、まだ終わってねえぞ。この女どうしてやろうかなー」

 う、きつい。結構苦しい! 「私は大丈夫」と言いたいのに声が出なかった。

「まだ不満がおありですか? それとも殴られたいんですか?」

 冷静に返す森岡くんの態度が気に食わなかったらしい。私を拘束している男の人は、不意に顔を寄せてきた。

「あー、悪い悪い。お前が一番傷つくのは……これか?」

 唇を突き出して、至近距離。この人が何をしようとしているのかは……分かってしまった。その途端にすっと血の気が引いていく。

「やっ、嫌だ! やめてっ!」

 こんな人とキスだなんて冗談じゃない。私は……ファーストキスは王子様と――王子様と?

「美湖さん!」

 私の中で王子様はきっと、もう理想像でしかなくて。

「――菊地っ!!」

 ドカ、と清々しい音がしたと思えば、気づいた時には私は尻餅をついていた。

 男の人を安本くんが張り倒したらしい。そして大垣くんがその男の人の上にまたがり、胸倉を掴む。

「あんたら、俺の大事な仲間に何してんの?」

「や、これはそのっ……」

「失せろよ。目の毒」

 慌てて拓さんが大垣くんをなだめ、男の人たちは不服そうにその場を去っていった。

 その一部始終をぼんやりと眺めていた私は、中原の声で我に返った。

「菊地。おい、大丈夫か」

「あ、うん……って近っ!?」

 腰に回された腕は間違いなく中原のものだった。そのことに安堵しつつも恥ずかしさが襲う。思わず叫んだ私に、中原も少し気まずそうにぼやいた。

「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろうが。ほら、立て」

 言われなくても立ちますよ、と内心反論し――まったく、力が入らなかった。

「菊地?」

「あ、ごめん。大丈夫大丈夫」

 きっと安心して力が抜けたんだ。今一度、立ち上がろうと自分の体を叱咤する。――やばい、だめだ。全然立てない。

「どこか怪我したか」

 中原が心配そうに私の顔を覗き込んだ。みんなの視線がこちらに集中しているのが分かる。うう、申し訳ない……

「や、本当に大丈夫だから……ごめんね」

 曖昧に笑って中原を見上げると、彼は苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。

「悪い。……もっと早く来てやれば良かった」

 中原が謝るのは珍しい。心の底から悪いと思っているんだろう。何であんたが責任感じてんの。あんたは悪くないんだよ。

 でも。

「いいの。来てくれたってだけで、十分。嬉しいよ」

 笑え、私。この人はきっと誰よりも優しくて強い人。絶対に傷つけちゃいけない。

「ありがとう」

 瞬間、ぐっと引き上げられた。目の前には整った中原の顔がある。

 触れた部分から伝わる熱も、今その瞳に映しているものも。痛いほどまっすぐで。全部、私に向けたものなんだ。

「たまには頼れって、言ったろ」

 私は何度、その熱に救われたんだろう。そしてこれから先、何度救われるんだろう。

「お前には、俺たちがついてる」

「うん……」

 しがみついた私に、優しく諭す声。その声を聞いて、どれほど安心しただろう。

 本当は知ってたんだ。とっくのとうに分かっていて、気づかないふりをしていた。認めてしまったら、そこですべてが崩れてしまう気がして――

 私の中に、王子様はもういない。その代わりに現れたのは、きっと。

「……あんまり心配させるな」

 無愛想で素っ気ない。顔を合わせたら嫌味ばっかり。それでも、私は。

 誰よりも分かりづらい優しさを持ってる、この人に。いま間違いなく、胸が高鳴ってる。

「帰るぞ」

 差し出された手に自分のものを重ねると、心臓が小さく跳ねた。

 歩き始めた私たちの背中を、街灯が照らす。

 こうしてみんな揃って歩ける日は、どれくらい続くんだろう。いつか、このバランスが崩れる時が来てしまうのかもしれない。だけれど、一度気づいてしまった気持ちに、蓋なんてできそうもなくて。

 私は隣にいる中原をそっと見つめる。その横顔は、今までのどんな彼よりも綺麗だった。

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