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第14話 生徒会室へ行こう!

 騒がしい教室の中でお弁当箱を開く私と咲。美味しそうなおかずを見ても、私の気分は上がらなかった。

「……美湖」

 咲が心配そうに私の顔を覗き込む。ほんとだめだな私。咲にまでこんな顔させてる。

 昨日の夜、咲は私に電話してくれた。「ちょっと暇でさ。相手してよ」そんなことを言ってたけど、本当は元気がなかった私を気遣っていたんだと思う。

 だから私は色々話した。生徒会のことも遠藤くんのことも。

 そして咲は最後まで根気強く聞いてくれた。

「そんな悲惨な顔しないでよ。ほら、玉子焼きあげるから元気だしな?」

「咲……ごめんね」

「何で私に謝んのよ。そもそも美湖は何も悪いことしてないでしょ」

「ありがとう……」

 玉子焼きを口に入れるとほんのり甘くて、それが胸に染みた。

「あんまり気にしない方がいいわよ。あんなやつ、とっとと忘れてイケメン見つけな!」

「あはは、そうするー」

 まあ遠藤くんも充分すぎるくらいイケメンだったけど。そんなことを考えて、また胸の奥がずきりと傷んだ。うう、だめだ。遠藤くんなんか忘れるんだ私……!

「美湖はさ、いま好きな人いないの?」

「私の好きな人は王子様だよ?」

「あー、うん。だよね。……知ってた」

 何でそんな冷めた目で見られなきゃいけないんだろう。王子様が好きで何がいけない。

「その王子様で弄ばれて、黙ってるわけ?」

 咲が唐突に言い放った言葉は、私を混乱させた。

「そんなの美湖らしくないじゃん。いつものあんたなら絶対、ふざけんなって怒って殴りに行くでしょ」

 うん、さすがの私でも殴りはしないかな! そこまで野蛮ではないかな!

 でも、確かにそうだ。このままやられっぱなしじゃ悔しい。

「そうだよ、このまま黙ってんの?」

 横から大垣くんがひょっこり、顔を出す。

「俺的には美湖ちゃんを傷つけたヤローが誰か気になるんだけど?」

 く、黒いです! 大垣くんのオーラが黒いです! 何か笑ってるけど目が全然笑ってません!

「誰なの、そいつ。教えて?」

「いや、でも……」

「美ー湖ーちゃん?」

 怖いぃ! だからそんなオーラ出さないでぇ! 指をポキポキと鳴らす大垣くんが今は悪魔に見える。

「八組の遠藤咲弥だって」

「咲ぃぃい!?」

 何勝手に暴露しちゃってんの!? ほらやめて、大垣くんが殴りかねないから!

「へえー……遠藤ねえ。覚えとくわ」

 にっこりと口角を上げた大垣くんは、急に真顔になると私の肩を掴んだ。

「美湖ちゃん、今日生徒会室に行こう。もちろん、五人で」

 生徒会室に? でも昨日の今日で行っても大丈夫だろうか。不安を抱えつつも私は頷く。「分かった」

「大丈夫だよ、俺らがついてるから。――美湖ちゃんは俺たちが守るから」

 そんな私の表情を見て、大垣くんは勇気づけるようにそう言ってくれた。

「うん……うん!」

 ありがとう。本当にありがとう。私は幸せ者だね。みんなに温かくしてもらって。

「……だから、勝手に話を進めるな」

 背後からそんな声が聞こえて、私は振り返る。そこには中原と森岡くん、安本くんが立っていた。

「えっ、何でみんな……!?」

「俺が呼んだんだよ」

 大垣くんがウインクをして見せた。そして中原は私に一歩近付くと、

「……ほら」

 淡いピンクの小さい袋を私に手渡す。何だろう? 開けてみると、中にはクッキーが入っていた。

「わ! クッキーだー!」

 私の好きなもの。小さい頃、お母さんがよく作ってくれたクッキー。

「私クッキー大好きなんだー。ありがとう!」

「……知ってる」

 え? 何で中原が知ってるの?

 首をかしげていると、大垣くんが耐えきれないといった様子で吹き出した。

「こいつ、咲ちゃんに訊いたんだよ。美湖ちゃんの好きなもの何かって」

「咲に?」

 何でそんなことする必要があるんだ。別に直接訊いてくれれば答えたのに。

「美湖もバカねー。明らかに落ち込んでるあんたを元気づけようとしてくれてんのよ」

 咲がそんなことを言うもんだから、中原がかっと目を見開いて怒鳴り出した。

「そんなんじゃない! こいつを見てるのが痛々しすぎたからであってこれはその……!」

「はい、ツンデレきましたー」

「黙れ!」

 中原と大垣くんが言い合いを始める。

 それでも、私はやっぱり嬉しかった。私の好きなものをこっそり訊いて、準備して。どうしようもなく胸の奥がじんわり、温かかったんだ。

「ふふっ」

 思わず笑い出した私に、中原が「何だお前まで!」と叫ぶ。

 いいんだよ、私は中原に嫌われていても。だってそんな私にでも中原は優しくしてくれるでしょ?

「んーん、ありがと。……大事にするね?」

 その照れた顔を覗き込む。すると中原はみるみるうちに頬を赤く染め上げた。

「大事にって……お前、食ったらなくなるだろ」

「うん、でも大事」

 だって中原がちゃんと考えてくれたから。誰かのことを思って選ぶものはいつだって温かい。

「勝手にしろ……」

 ぷいっと顔を背けた中原は、すっかりご機嫌ななめだ。そんなに照れなくてもいいじゃん。いいことしたのにさ。

「じゃあ俺からも美湖にプレゼントー!」

 安本くんが言いつつ私の腕を掴む。え、安本くんも何かくれるのかな。

 すると安本くんは顔をぐっと近付けた。

「って洸! どさくさに紛れてキスしようとすんな!」

 大垣くんが安本くんの頭を容赦なく引っぱたく。「いってえ」と頭を押さえる彼は本当に女たらしだ。

「何だよー。ちゅーくらいさせろよ」

「させませんっ! ファーストキスは王子様とです!」

 やけになって言い返す。そうよ、私は王子様と以外は破廉恥なことは一切しないんだからね!

「美湖さん、大丈夫ですか? 顔が赤いですけど」

 心配したのか森岡くんが優しく気遣ってくれた。ああもう、森岡くんって……

「本当に天使! マイエンジェル!」

 君だけだよ純粋無垢な瞳をしているのは! 思わず森岡くんの両手をがばっと掴む。

「えっ!? み、美湖さん!?」

 純粋! 可愛いっ! 弟のようだ……!

「安本くん、森岡くんを見習って。この純粋さ」

 安本くんを振り返ると、当の本人は「ええー」と抗議の声を上げた。

「無理。俺、女の子大好きだもん」

「……最低」

「おーい、心の声が漏れてるぞ」

「何のこと?」

 しれっと返して私はしらんぷり。そうこうしている間に昼休みは過ぎていく。

「じゃあまた放課後だね。今度は生徒会室で」

 大垣くんの声でみんながそれぞれ戻っていった。私はそっと息を吐き出す。

 まだまだ遠藤くんのことが許せていないし、すごくすごくむかつく。私の王子様に何してんだって殴りたくなる。……実際殴ったけど。

 あの冷たい瞳に見つめられたくない、そう思う。それでも、大切な仲間がいるから。大切な居場所があるから。

 ――だから私は、生徒会室に行こう。


 そして放課後、私たちは生徒会室にやってきた。この向こうに行けば、きっと色々分かるはずだ。

 どうして生徒会は私たちを解散させたいのか。そして、立花葵先輩は何を考えているのか――

 深呼吸をしてから生徒会室のドアをノックした。

「失礼します」

 ドアを開けて軽く頭を下げると、奥の方から「あら」と声が飛んでくる。

 顔を上げた先には立花先輩。肩まで綺麗に切り揃えられた、つやのある髪が揺れた。

「一年生のトップ5の方々じゃない。何か用かしら?」

 意味あり気な笑みを浮かべた立花先輩に、私は思わず「あります!」と噛みつく。しかしそんな私には気にもとめず、立花先輩は切れ長の目を中原に向けた。

「久しぶりね。――聡」

 聡。立花先輩は中原を確かにそう呼んだ。その響きがやけに耳に残る。

「……お久しぶりです。立花先輩」

 隣からそんな声が聞こえて、私は中原を見た。その顔は少しも笑っていない。とても幼なじみとは思えない距離感が二人を隔てていた。

「そんな他人行儀な呼び方しないでよ。昔は葵って呼んでくれたでしょう」

 どこかからかっているような、そんな口調で立花先輩は続ける。

「それとも……やっぱり私たちはその程度?」

 具体的には言わなくとも、彼女の言わんとしていることは分かった。

 年の差ゆえにすれ違って、それのせいで心の距離が生まれてしまうほど。それほど二人の関係はもろかったのか、そう訊いている。

「さあ。どうでしょう?」

 中原は自嘲気味に笑った。

「……そう。まあ仕方ないわね」

 部外者の乱入は許さない――二人の間にはそんな空気がある。

 しかし気を遣ったのか、立花先輩は私に視線を移した。言いたいことがあるならどうぞ、とでも言っているような瞳だった。

「立花先輩、率直に伺います。――生徒会が私たちをそんなにも解散させたいのはなぜですか?」

 これ以上ぐだくだやっていてもしょうがない。私は立花先輩の目を見据え、単刀直入にそう問うた。

 優雅に髪を耳にかけ、立花先輩は微笑む。

「じゃあ私も率直に答えるわ。学力維持のためよ」

 学力維持? どういうこと?

 私たちは切磋琢磨しあって学力向上するために集った五人。それを解散させることが学力維持につながるとは思えない。

「はっきり言わないと分からないかしら。意味が分からないって、あなたの顔に書いてあるわよ」

 失礼な……立花先輩までそんなこと言うのか。でも分からないのは本当だから、とりあえず私は頷いてみせた。

「勉強同好会。聞こえはいいわね。果たして真面目に切磋琢磨し合っている同好会はいくつあるのかしら?」

「何が言いたいんですか?」

 むっとして言い返すと、立花先輩は「つまり」と息を吐き出す。

「勉強同好会を口実に、ただ集まっているだけになっている生徒が多すぎる。あなたたちも例外じゃないわ」

 そこから生まれるものは何もない。学力低下につながる――彼女はそう言った。

「トップのあなたたちまでがそんなことをしていたら、この学校の学力はどうなるの? 朝ヶ谷高校は勉強するために来るところよ」

 そんなの。

 私は拳をきつく握りしめた。そんなの、ただ生徒を縛っているだけだ――

 それでも、確かにここは勉強をするために来る場所だし、そのつもりで受けたんだから何も言えない。でも立花先輩が言っているのは違う、違うよ。私たちは勉強ばかりじゃまともな人間になれない

「私は……違います」

 こぼれたのはそんな言葉だった。そこからは口が勝手に動いていたのだ。

「私は朝ヶ谷高校に勉強だけをしに来たんじゃありません。――王子様に会いに来たんです」

 どうしても会いたかった。バカにされても無理だと言われても、どうしても。

「……そういうことなのね」

 立花先輩がぽつりと言った。そういうことって……どういうことだろう。

「聡。あなたがあんなにも頑なになっていたのはそういうことだったの?」

 え……? 意味が分からない。何が?

 混乱する私をよそに、中原はまた「さあ?」と答える。

「もしそうだとしても、あなたには関係のないことです」

 ひどく平坦な声だった。そこからは何の感情も読み取れない。

 立花先輩もまた「そう」と返し、ため息をついた。

「近いうちに全校集会を開くわ。――勉強同好会はすべて解散よ」

 嘘でしょ……? 頭の芯からすうっと冷たいものが落ちていく。

「どうしてですか? そんなに早急に決めることじゃないです!」

 我に返ってそう反論すると、中原が私の肩を掴んだ。そして一歩前に出た中原は、口を開く。

「解散は学力低下が分かった時点で充分でしょう。少なくとも今じゃない」

「低下する前にとめなければ意味がないわ。……解散よ」

 立花先輩が顔をそらした。まるでその言葉を吐くのが辛いかのように。

 その様子に何となく違和感を覚えた。

「先輩、もういいでしょう。そろそろうるさいので帰ってもらってください」

 びくりと肩が跳ねた。……遠藤くんの声だ。振り向かなくても分かってしまうのが悔しい。

「遠藤くん」

 たしなめるように立花先輩が彼の名を呼んだ。それさえもなぜだか胸を抉る。

 ああそっか、遠藤くんは生徒会に頼まれてたんだもんね。私にはこれっぽっちも興味なかったもんね。

「美湖ちゃん、行こう」

 大垣くんが言いつつ立花先輩に背を向けた。そしてみんな生徒会室を出ようと足を進める。

 私もそれに続いて歩き出すものの、どうしても立花先輩のさっきの仕草が気になった。振り返ると、立花先輩は首を傾げて微笑んだ。――寂しげな色をにじませながら。

 やっぱりそうだ。先輩はきっと、何かやりきれないものを抱えているんだ。それが何かを訊けない私は先輩よりもずっと臆病で。

 聞いてしまったらきっと、後には引けないから――

 みんなの後について生徒会室を出る。ドアのすぐ側で、壁に寄りかかっている遠藤くんの横を通った。

 ふわりと爽やかな香りが空気に溶ける。それがとても切なくて。悔しかったから、私は足を止めた。

 口を開いたのは向こうだった。

「……あんたさ、意外と臆病者なんだね」

 ずしりと、重い石で上半身を圧迫されたかのように苦しい。そうだよ、私は臆病者。みんなが思っているよりもずっと。

 絶対に振り返りはしない。

 好きにはならなかった。王子様だと言われても、動揺しかしなかった。

「……遠藤くんに言われたくないよ」

「へえ、何それ。嫌味?」

 泣かない。私の好きな人はもっとずっと、優しい人なはずだから。この人ではないはずだから。

「他の女の子にはあんなこと、言っちゃだめだよ」

 余計なお世話と言われたらそれまでだ。私は遠藤くんが黙っているのをいいことに続けた。

「女の子はみんな好きな人には純粋なの。……騙すための告白なんて、何の価値もない」

 せめて傷つけるのは私だけにしておいて。これ以上、誰かの胸を痛ませないで。綺麗事に聞こえると思うけど、それだけは絶対に。

「今度女の子を泣かせたら、私があんたをぶん殴るから……!」

 許さないよ。私の王子様を汚したんだから。――絶対に許さない。

 遠藤くんの返事は聞かずに歩き出す。もともと返事なんて求めていなかった。

「殴れるもんなら殴ってみなよ」

 歩き出した私の背中に、そんな声が聞こえる。

 遠藤くんの周りは、寂しい香りがした。

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