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第13話 揺らぐ恋心

「美湖、そんなに詰め込んで大丈夫?」

 咲が心配そうに私に問いかけた。

 三時限目が終わった休み時間、私はお弁当を口にひたすら運ぶ。いわゆる早弁ってやつだ。

「だ、大丈夫大丈夫。それよりごめんね、今日も一緒に食べれなくて」

「それはいいけど……」

 私には今日、どうしても昼休みにゆっくりしていられない理由があった。

「にしても、遠藤くんも情熱的ねえ。毎日通うことないでしょうに」

 そう。ここ最近、遠藤くんは昼休みになると毎日私のところに来る。そして「良かったらお昼一緒にどう?」と声をかける。

 教室中の視線を集めているのに断るなんてことは、私にはできなかった。だから……ごめん遠藤くん、私逃げます!

「ていうか美湖、ぶっちゃけ遠藤くんのことどうなの」

「どうって?」

 聞き返した私に、咲は呆れたように言う。

「あんなイケメンに迫られてんのよ。ちょっとは意識したりしないの?」

 はっきり言おう。意識はめちゃくちゃしているぞ。だからこそこんな風に逃亡をはかっているわけで。

「だって王子様って言われたんでしょ? だったら何の心配もいらないじゃない」

「まあそれはそうかもしれないけど……」

 でも、と思った。でも何か違うんだよなあ。

 遠藤くんは確かにかっこいいし、そんな人が王子様だったら間違いなく好きになる。――はず、だった。

 なのに私の心はあまり反応しない。憧れの王子様との再会。ずっと焦がれて夢見てきたはずだったのに。

 キーンコーンカーンコーン……

 四時限目の始まりを告げるチャイムが鳴り、私は慌ててお弁当箱をしまい出す。

 そもそも私は、どんな人が王子様だったら良かったんだろう。初恋の人はどんな人だったら納得いったんだろう。

 その答えは出ないまま、授業は淡々と進んでいった。


「咲! じゃあよろしくね!」

 四時限目が終わった直後、私は立ち上がって叫ぶ。

「はーい、任せといて」

 咲のその返事を聞くと同時に、走り出す。遠藤くんが来た時にうまく言い訳をしておいて、と頼んでおいたのだ。

 うん、ていうかどこ行こうか考えてなかった。どうしようかな。どこならばれないかなー。

 八組の教室とは反対の方へ小走りで歩を進める。この階にいたら見つかりそうだし、一階まで降りよう。

 階段を駆け下りて一階に着くと、私はとりあえず女子トイレに入った。別にトイレに行きたかったわけではなく、ここが一番安全だと思ったのだ。

「どうしよう……」

 ああもう、何で私が逃げなきゃいけないんだ。何も悪いことしてないじゃないかっ! 一人でもんもんと悩んでいた時。

「立花先輩!」

 廊下から男子の声がした。その人が呼んだのは――中原の幼馴染みだという生徒会長さんの名前。

「書類、遅れてすみません。以後気を付けます」

「ああ、会計の書類? そうね、今後はこのようなことがないようにね」

 冷静にそう返したのは、恐らく立花先輩だ。凛とした、綺麗な声。

「……順調なの?」

 唐突に立花先輩がそう問うた。私には何のことだか、さっぱり分からない。

「あ、その……中原聡の方はなかなか頑固で難しいです。毎日勧誘しても『入らない』の一点張りで」

 中原……ちゃんと断ってるんだ。私は何だか安心したような、不思議な気持ちになった。

 それと同時に、やっぱりなと思う。やっぱり、生徒会は計画的にこんなことをしているんだ。

「そう。……もう一人は?」

 どくん、と心臓が嫌な音を立てる。もう一人? 遠藤くんのこと?

「いま説得している最中だそうです。彼女も意外と流されない人だそうなので」

 ――彼女……? 何それ。どういうこと? 遠藤くんじゃないの? 他に女の子が生徒会に勧誘されてるってこと……?

「彼女は時間の問題じゃないかしら。騙されやすい部分もありそうだしね」

「先輩、人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」

「あら、ごめんなさい」

 二人の会話が遠ざかっていく。私はその場から動けずにいた。何だろう、このモヤモヤする感じは……

 そして「彼女」の存在を知る時は、そう遠くない日に訪れることになった。

 

 昼休みも残すところ十分となり、私は教室に戻るところだった。

 あとで咲にお礼言っとかないとな。そんなことを考えていた私は、後ろにいる人の存在にまったく気付かなかった。

「今までどこに行ってたの? 菊地さん」

 びくりと肩が跳ねた。階段を登る足がとまる。嘘。このタイミングで見つかるなんて――

「すごい探したんだけどな。もしかして逃げてた?」

 その声が近づいてきて、私は思わず声を張り上げた。

「来ないで!」

 階段を登る足音がぴたりとやむ。ほっと息をついた次の瞬間、体が後ろに傾いた。

「その言い方は傷つくなあ……結構必死に探してたんだけど?」

 遠藤くんの腕が肩と腰に回され、抱きしめられていると気付く。首に彼の髪の毛がかかってくすぐったい。

「さては……聞いちゃいけないことでも聞いたかな」

 吐息と一緒に囁かれて腕に力を込められる。どきりと心臓がうるさく鳴った。

 違う、これは断じて胸きゅんの類いではない。図星で驚いただけだ。きっとそう。

「菊地さん」

 肩に頭が乗っけられ――

「このまま、二人で授業さぼっちゃおうか」

 どきどきするな私――――!

 自分に叱咤しつつも本当は倒れてしまいそうだ。だってこんなことされたら心臓がもたない……

「え、遠藤くん」

「咲弥。咲弥って呼んで」

 危ない。この空気は非常に危ない。ていうかもうすぐ予鈴なっちゃうじゃん!

「さ、……咲弥くん」

「ん。じゃあ僕も美湖って呼ぶね?」

 そう言って遠藤くんは再び私の耳元に唇を寄せる。

「美湖。……好き」

 だ――――――っ!? やめてやめて本当にやめて心臓に悪いから!?

「も、もう勘弁してください!」

 私は無理やり腕の拘束を解くと、階段を駆け上がってひたすら走った。

 何だあれは! 何だあのテクニックは!

 予鈴ギリギリで教室に滑り込んだ私は、へなへなと机に突っ伏した。


「美湖ちゃーん、図書室行こう」

 いつも通りみんなが集まる図書室。そこへ行く時は大抵、大垣くんと一緒だ。しかし今日は違った。

「あ、ごめんね。今日はちょっと用事あって……先に行っててもらえる?」

「はいはーい」

 軽く笑って受け流した大垣くんは、「じゃああとでね」と手を振って教室を出ていった。そして私はスクバを持って立ち上がる。

 今日はちょっとだけ寄り道。私は八組の教室に行くと、遠藤くんが出てくるのを待った。

「あれ、美湖?」

 遠藤くんが私に気づいて駆け寄ってくる。友達に「先帰ってて」と声をかけた後、彼は不思議そうに訊いた。

「どうした?」

「あ、その……訊きたいことがあって」

「分かった。場所変えようか」

 さっきは訊けなかったこと。遠藤くんなら何か知ってるかもしれない。

「嬉しいな。美湖から来てくれるなんて」

 歩きながらそんなことを言ってのける遠藤くんに、私は顔を伏せた。何でそういうこと言うかな……

「何照れてんのー。可愛いなあ」

 つんつんと頬をつつかれ、「ちょっとやめてよ!」と振り払った。

「もう、遠藤くんってよくそんな恥ずかしいことできるね」

 すると遠藤くんは少し不機嫌そうにつぶやく。

「……さっきは咲弥って呼んでくれたのに」

「あれは不可抗力というか! 仕方ないじゃん、恥ずかしかったんだから」

「ふーん、恥ずかしかったんだ?」

 にやりと笑った遠藤くんが若干恐ろしい。当たり前です。誰だって恥ずかしいですあんなことされたら。

「ていうか私が訊きたいのは!」

 流れをぶった切って私は叫ぶ。そうだよ、こんなことしてる場合じゃない。

「生徒会が勧誘してるのって、中原と遠藤くんだけ? 他に誰かいるんじゃないの?」

 思わずとげとげしい言い方になってしまった。遠藤くんは生徒会の関係者でも何でもない。こんなのただの八つ当たりだ。

「……ごめん、八つ当たり……」

「いるよ」

 今度は遠藤くんが私の言葉を遮った。断固とした口調で。

「いるよ。――目の前に」

 …………は?

 私はぽかんと口を開けて遠藤くんを見つめた。目の前にって……それはつまり。

「生徒会は中原くんと菊地さんを勧誘している。それが揺るぎない事実だ」

「……何、それ」

 何でそんな他人事みたいな言い方するの? 遠藤くんだって勧誘されてるんじゃないの?

「やっぱり菊地さん、聞いたんでしょう。立花先輩と後輩の会話」

 ばれてる……?

 ふと見上げた遠藤くんの瞳が、今までのものとはまったく別物で。

「はあ……だめだなあ先輩も。廊下で話したら誰が聞いてるか分かったもんじゃない」

「遠藤くん……?」

「正直に言うよ。――生徒会の目的は君たち同好会を解散させることだ」

 意味がわからないよ……どうして遠藤くんがそんなこと言うの?

「手始めに中原聡を勧誘した。でも彼は手強かったね。そして次に目をつけられたのが君だ」

 遠藤くんの言葉が右から左に抜けていく。

「ぶっちゃけ君ならすぐ落ちると思ってた。王子様って言って近付いたら簡単にキスさせてくれるし。でも意外と僕のこと、好きにはならなかったね」

「何言ってんの……?」

「何って、分かるでしょ。これが生徒会の手なの。君が僕に引きずり込まれて生徒会に入ってくれればおしまいだったの」

 つまり遠藤くんは。最初から――私を生徒会に入れるために近付いてきた。

「私たち、五人揃わないと意味がないの。だっけ? よく言うよ。あともう少し押してれば君、僕に惚れてたでしょ」

 パン!

 乾いた音が遠藤くんの頬の上で鳴った。――それは私が、打った音。

「ふざけないで……」

 どうしてそういうこと平気で言うの。何で私の方も見ずにそんな冷徹なことできるの。

「あんたみたいな人が王子様だなんて、冗談じゃない……!」

 どれだけ待ってたと思ってんの? どれだけ期待したと思ってんの? 私の初恋踏みにじるようなことしないでよ。

「全部生徒会の指示で動いてたの? 私たちを崩すために?」

「そうだよ」

 ぐっと拳を握って俯くと、「泣けば?」と声が飛んできた。

「女子ってこういう時、涙って武器あるじゃん。うざい言い訳つきの」

「……最低」

「うん、最低だよ? だって全部嘘だもん。今までしたこと全部、嘘」

 最後のとどめをさすように、彼は言う。

「あの告白も、嘘。気持ちなんて一ミリもなかった」

 ――こいつのために流す涙なんて、あるもんか。

 私は何も言わずに背を向け、階段へと駆け出した。


 無我夢中で走って、図書室の扉を開ける。そのまま足早に二階へと向かった。

「あ、美湖ちゃん遅かったねー……」

 大垣くんが私の方を振り返ってそう言い、固まった。

「美湖ちゃん?」

 立ち上がって近付いてくる大垣くんは、すごく心配そうな顔をしている。その顔を見て――もう我慢できなくなった。

「……う、」

 頑張ってこらえていたものがあっけなく流れ落ちる。ぽろぽろと床にこぼれるのが分かった。

「え!? ど、どうした!? 何があったの!?」

 声だけでも大垣くんがうろたえているのが伝わる。ごめんね……勝手に泣いて。困るよね。すぐ泣き止むから。

 ごしごしと制服の袖で涙を拭く私は、女子力の欠片もない。中原みたいにハンカチを常備しているわけじゃないから。

 すると頭をぽんぽんとたたかれた。見上げると、不安げに眉根を寄せて私を見つめる中原がいる。

「……何された?」

 そう訊いてくる中原は鋭い。私が泣いているのは、誰かからの行為によってだと感づいているようだった。

 でも、これを中原に言っていいんだろうか。中原だって今、生徒会の勧誘を受けて困っているはずなのに。これ以上私が困らせていいんだろうか。

「美湖、話せよ。言ってくれないと俺、何もしてやれねえから」

 安本くんがそう言って「な?」と首をかしげる。

「そうですよ。美湖さん、僕たちを頼ってください」

 森岡くんまで……ああ、だめだ。私みんなに迷惑かけてばっかりだ。

「うん……ありがとう」

 ぐっと顔を上げてみんなの顔を見渡す。いつもごめんね。でも今だけはちょっと頼らせて。

 私は意を決して口を開いた。

「あのね。私……生徒会に勧誘されてたみたいなの」

 自分のことなのにまったく気付かなかった。だからどうしても他人事みたいな言い方になる。

「昼休みに立花先輩と後輩さんの会話聞いちゃったんだ。生徒会に勧誘してるのは中原と、もう一人いるって」

「それが美湖ちゃんだったの?」

 大垣くんが虚を突かれたように目を見開いた。

「うん、全然気付かなかった。生徒会の目的は……」

 私たちを解散させること。そう言った瞬間、胸がずきりと痛む。

「だから騙されやすそうな私を勧誘したんだって。役者まで使ってさ……」

 笑える。笑えるよ。だって実際騙されてた。あの笑顔に、言葉に騙されてた。

「役者?」

 中原の顔が険しくなる。

「そ。突然現れたと思ったら王子様だって言われるし。散々甘い言葉吐いて、告白までされて、」

『気持ちなんて一ミリもなかった』

 ――そして突き落とされた。

「あの人たちは、私がその『王子様』に惚れて、流れで生徒会に入ってくれればそれで良かった」

 そう、ただそれだけ。遠藤くんの言動ひとつひとつはすべて生徒会のため。

「そうすれば私たちを、崩せるから……」

 その後どうするつもりだったんだろう。私が抜けたら今度は他の誰か?

 また遠藤くんは涼しい顔して、他の女の子に甘い言葉囁くの?

「はは、バカだよね私。笑っていいよ……」

 むしろ笑って。――王子様なんていないって言って。

「誰が笑うんだよ」

 ふわっと爽やかな香りがしたかと思うと、私は中原の胸に顔を押し当てられていた。抱きしめられるのとも違う。片腕で引き寄せられただけの、そんな優しさで。

「誰も見ないから、泣いとけ」

 こんな時まで私を気遣ってくれるの? 嫌いなやつに胸まで貸してくれるの?

「うんっ……」

 収まったはずの涙がまたあふれてきた。でも私はあいつのためなんかに泣かない、そう決めたから――

「中原」

「ん?」

「……ありがとう……」

 これは中原が優しすぎて嬉し涙流したんだって、そういうことにしておくよ。

「……別に」

 素っ気ない口調とは裏腹、中原はずっと私の頭をなでてくれた。

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