表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/34

第11話 中原争奪戦、勃発!?

「校内鬼ごっこ――――!?」

 何だその童心にかえったような遊びは!

 ためらいなく大声を上げた私に、生徒会の人はうるさそうに「……静粛に」と注意した。

 だってさ、だってさ! それ高校生がやるもんじゃないよね! ……と言いつつ実はわくわくしてるの内緒だよ? うん。

「制限時間は一時間。誰か一人でも最後まで残っていれば、そのチームの勝ちです」

 鬼は生徒会の皆さんがやるんだそうです。えー何それ、何かちょっと楽しそうなんですけど。

 朝ヶ谷祭二日目。生徒会が企画したイベント――それは校内鬼ごっこであった。

 中原が生徒会メンバーに抜き取られてしまうかも……という現実を阻止するべく、私たちはここに集合している。

「なお、一年生のチームには女子が一名いるため、ハンデを与えます。今から五分間、先に逃げてください」

 どうぞ、と言われていまだ固まっている私たちに、生徒会の人は舌打ちする。

「……どうぞって言ってんだけど?」

 何かキャラ変わった!? 怖い!? ていうか今からなの? もう今すぐなの?

 そうこうしていると、体がふっと軽くなった。

「じゃ、行きますか!」

 安本くんが私の腰をぐっと持ち上げ、肩に担ぐ。ちょ、ちょっとちょっと待ってよ!

「何してんの!? 下ろして!」

「あ、ごめん。お姫様抱っこが良かった?」

「違――――う!」

 そのまま走り出した安本くんに、私はしがみつくことしかできない。ふっと目線を上げると、他のみんなも走りながらついてきていた。

「みんなで勝とうね――――!」

 それに向かってそう叫ぶと、

 中原は目を見開いてから照れたように、大垣くんはいつもみたく人のいい笑顔で、森岡くんは優しく微笑みながら、そして安本くんはすぐ近くで吹き出して、

「当たり前!」

 と、叫び返してくれたんだ。

 それから私は、安本くんに下ろしてもらって逃げた。みんなバラバラになって散っていく。

 一時間後、きっとまた会えるよね。

 私は迷わず図書室へ向かった。落ち着くし、ここなら何となく大丈夫な気がしたから。

 扉を押し開けて中へ入ると、本の香りが鼻をかすめた。二階へ続く階段は太陽の光に照らされて、何だか映画のセットみたい。

 私は、これに憧れて入学したんだ――

 手すりに触れながらゆっくりと階段を上る。一段一段、丁寧に。まるであの日を懐かしむように。

 王子様。私、ここに受かったんだよ。あなたも受かったのかな。今どこにいるんだろう。

「会いたい、なあ……」

 こんな悠長なことしている場合じゃないのは分かっていても、ここに来ると色々考えてしまう。そろそろ隠れよう。もうすぐ五分たつだろうし。

 私は二階の奥まで行って、一階から見えないところに腰を下ろした。

 日向ぼっこしてるみたいだなあ、これ。すごいあったかい。まぶしいくらいかも。ちょうど差し込んでくる太陽光に、私は目を細めた。


 ――それは突然だった。

 いつの間にか目を閉じて眠ってしまっていた私は、物音がして意識を覚醒させた。すると目の前には。

「……やっと、見つけた」

 一人の男の子がしっかりと私を見据え、そこに立っていた。

 光に照らされてきらきらと光る茶色い髪の毛に、滑らかそうな白い肌。形の良い唇はふわりと微笑んでいる。

 もしかして生徒会の人!? 慌てて立ち上がろうとした私を、彼は「あ、待って」と上から押さえつけた。なされるがままにすとん、と力が抜ける。

「あなた、誰ですか……?」

 恐る恐る訊くと、彼は黙ってしゃがみこむ。私と同じ目線になった。

 近くで見ると、すごい顔が整ってる人だ。

「菊地美湖さんだよね」

「は、はい。そうですけど……?」

 なぜに私の名前を知ってるんでしょうか? あー、でも私って色々やらかしてるもんな……

「会いに来たよ。君の、王子様として」

 その言葉に、私は文字通り固まった。待って。待って待って待って、いま何て!?

「お、王子様って! どういうこと、ですか?」

 しどろもどろになる私に、彼はくすりと笑って言う。

「そのままの意味だよ?」

 そして私の横に手をついて――右頬に優しく、キスを落とした。

「あうっ」

 思わず変な声を上げてしまう。口元に手を当ててこらえるも、もう遅い。ああもう、私ってもっとこうどうにかならんのか……

「ん……可愛い」

 そんなことを平気で言ってのけた彼に、もう私は限界だった。

「ほ、本当に何なんですか……誰なんですか?」

 王子様って言葉に、心が揺れる。もしかしたらって。そうかもしれないって。

「八組の遠藤咲弥えんどう さくやです」

 小首をかしげて自己紹介する彼。その仕草、似合いすぎて反則ですから!

「それは分かりました、けど……」

 何でいきなりこんなことするかな。こっちは心臓ばくばくでもたないんだけども。

「覚えてないの? 中学一緒だったでしょ?」

「えっ、嘘!?」

 全然覚えてないです……バカだ私。うん、やっぱ中原の言う通りだったわ。

「ごめんね? クラス違ったからあんまり話したことなかっただけだと思うし……いや、でも覚えてないのはひどいよね! うん、ほんとごめん!」

 言い訳のようにつらつらと言う私に、彼は小さく吹き出した。

「いいよ、別に。ここで会えたから」

 何か大事なことを忘れていないだろうか。そう、彼は確かに王子様だと言った!

「あ、あのさ。遠藤くん……さっき王子様って言ったよね」

「うん」

「それって本当の本当?」

 まだ整理できていない。そもそもどうしてそんなことを言えるのか……確証はあるのか、気になった。

「信じるか信じないかは君次第。……ってね?」

 ウインクをして、いたずらっ子のように笑う遠藤くん。何だそれ! そんな可愛い顔したってだめだぞ!

「もう、からかわないでよ」

 私は本気で王子様を捜してるんですー。割と真面目に気になってるんですー。

「本当だって言ったら、どうする?」

 私の瞳を覗き込むように。遠藤くんは顔の距離をぐっと近づけて問いかける。

 もしも、遠藤くんが王子様だったら。そんなのもちろん――

 ガタン。

 その音で私たちはぴたっと動きを止めた。――誰か入ってきた。

 どうしよう、今度こそ生徒会の人かもしれない。他のみんなは大丈夫かな。まだ捕まってないかな。心拍数が急上昇していく。

 すると突然、遠藤くんが私の腕を掴んだ。そのまま窓際にある机の下へ引っ張られる。椅子をうまく利用して隠れようという魂胆だ、たぶん。

 しかしあろうことか、遠藤くんは私を抱きしめた。声が出そうになり、慌てて口を押さえる。もう、こんな時に何してんのよ……!

 その間にも足音は近づいてきている。カツ、カツ、と階段を上っている気配だ。

 ……くっそぅ、耳がくすぐったい! 遠藤くんの吐息が耳にいちいちかかる。何なんだ、もうわけ分かんなくなってきた。

 足音はしばらく近くをさまよってから、階段を下りて図書室を出ていった。

「はあぁ……」

 思い切り息を漏らした私に対し、遠藤くんは微動だにしない。

「遠藤くん? もう行っちゃったよ? この腕解いてくれない?」

 いまだ体は抱きしめられたまま。彼はやっと私の方を見てから、おかしそうに口を開いた。

「顔、すっごい赤いよ?」

 当たり前でしょうが! こんなことされたら仕方ないでしょうが!

 遠藤くんは離す気配がない。それどころか、私の両腕を握ると体ごと壁に押し付けた。

「え、ちょ……何?」

「いま俺たち、二人っきりだよ。キスでもしちゃう?」

「なっ!?」

 何を言い出すんですかあなたは! 口をぱくぱくとさせるも言葉が出てこない。

「あれ、逃げないの? ――本当にするよ?」

「や、やだっ!」

 反射的にそう返したはいいものの、力が抜けてどうもできない。

 遠藤くんは目を閉じて顔を近付けてきた。え、嘘でしょ? ……本気なの?

 パニック状態の私。近づく遠藤くん。

 ――嫌だ。やだやだやだ! キスなんてこんな風にするもんじゃない!

「遠藤くんっ」

 我ながら情けない声が出た。ぴたりと動きを止めて目を開ける彼に、私は何だか泣きそうになる。

「……お願い、やめて……」

 キスは好きな人じゃないと嬉しくないんだよ。お互いの気持ちを確かめ合うような、そんなものなんだよ。

 そんな思いを込めて彼を見上げていると、

「……冗談だよ。本気でするわけないでしょ」

 少し苦しげな顔をして、遠藤くんはそう言った。

 その言葉に私は胸をなで下ろす。良かった。やっぱりからかってるだけだったんだ。

 安心して頬が緩んだ。それでも、遠藤くんは離してくれない。

「……冗談にする、つもりだったんだよ」

 再び私を見つめた彼の瞳はどこか切なげで、どこか儚い。

「そんな顔されたら……嘘って言えなくなる」

 何で……? 訊こうとした私の声は、続く彼の言葉によってかき消された。

「菊地さん。……好きです」

 ――何言ってるの? 頭の中、遠藤くんの声がこだまする。

「中学の頃と全然変わったよね。別人みたいだなって、毎日見てたら……好きになってた」

 そんなこと、いま言われたって。私の心は王子様一筋なはずで――

「人のいい笑顔も、誰にでも優しすぎるとこも、すぐ赤くなるとこも……全部好き」

 ――その王子様がこの人だったら、私はどうするの?

「今は返事とかいらないから。これから俺と仲良くしてくれる?」

 もう分からないよ。自分が誰に恋してるのかも、分からなくなってきたよ……

「……うん、分かった」

 そう返すのが精一杯で。たぶん、上手には笑えてなかったと思う。

「ありがとう」

 照れたように微笑む彼を、ただぼんやりと見つめた。

 ねえ遠藤くん。私、あなたが思うような人じゃないよ。勉強しかできないし、可愛げないし、たぶんバカだし。

 それでもね。あなたが王子様だったとして――あなたに好いてもらえるように、努力する自信はあるんだよ。

 だから今はまだわからない。自分は誰のことが好きなのか。誰の笑顔が見たいのか。

 そんなことを考えながら、私はそっと目を閉じた。


「……おい、おい」

 どこかで聞き覚えのある声が繰り返される。

「おい起きろ。――菊地!」

「うわっ!?」

 ――目が覚めた。ふわふわとする頭を押さえながら目の前の彼を見つめる。

「あれ、中原……何でここに?」

 しゃがみこんでいる中原はほんの少しだけ安堵したような表情を見せると、ため息をついた。

「もう一時間たったぞ。……とっくのとうに」

「え、嘘!?」

「いくら待ってもお前が来ないから探してた」

 そ、それは非常に申し訳ないことをしました……あれからまた寝てしまっていたみたいだ。

「でも……つまり、」

「ああ。俺たちの勝ちだ」

 そう言って小さく中原が笑う。良かった。良かった本当に。中原がいなくならないで。

 ちなみに全員逃げきれたそうで、私たちの完全なる勝利だ。

「あーもう良かったあ……すごい安心した」

「安心?」

 聞き返してくる中原に、私は頷く。

「……中原があの人たちにとられないで良かった。いなくなったら寂しいもん」

 五人揃っての私たち。中原がいなくなったら寂しい。

 もう一緒にクレープ食べられないのかなとか、騒がしく言い合うのもできないのかなとか。仲良くなれそうでなれないもどかしい距離に、私たちはいる。

 私の言葉に目を見開いた中原は、

「お前な……」

 と苦しげに吐き出す。

「お前じゃないよ」

 そんな彼に私は言う。きっとこれはわがままで、また彼を困らせるんだろうけど。それでも私は。

「私は……菊地美湖だよ」

 それでも私は、もっと仲良くなりたい。

「……知ってる」

 顔を背けて答えた中原は、たぶん照れている。それをまた誤魔化そうとしているのも分かったから、私はさらに続ける。

「ちゃんと呼んでよ。菊地って」

 いきなり名前でなんて、呼ばなくていいから。図々しいことはしないから。だからせめて呼んで欲しいんだよ。

「…………菊地」

「うん」

「……バカ」

「うん。って何で!?」

 そこでいきなり毒舌かまさなくても!? いやまあ確かに私はバカかもしれないですが! ですがいま言うことじゃないでしょう、それは!

「……さんきゅ」

「えっ……」

 い、いま何てっ!?

「ああもう、行くぞ!」

「ちょ、待って……」

 もたもたする私に、中原は無愛想に手を差し出す。「ん」って。仕方ないから貸してやるよ、みたいな。

「ありがと!」

 仕方ないから――借りてあげるよ、君の手をさ。


「美湖ちゃん、遅い!」

「ごめんなさい……」

 鬼ごっこをスタートさせた場所に戻ってきた私。早速大垣くんに怒られた。

「やっと全員揃いましたので、結果をお伝えします」

 やっと、という部分を強調して生徒会の人が切り出す。悪かったとは思ってますよ! でも気付いたら寝てたんですよ!

「討論会と合わせると勝敗としては引き分けになってしまいましたが、」

 そこで言葉を切った生徒会の人はこちらを見て、誇らしげに言い放った。

「生徒会から――精一杯の、プレゼントです」

 まだオレンジ色が残る夜空にパン、と一発。それが消えないうちに二発三発と花火が打ち上がる。

「え、嘘……すごい……」

 花火が空の闇を濃くしていく。紺色の上から赤、黄色、緑、青……それぞれの色を塗り替えて。

 ふと隣を見ると、中原が空を見上げて少年のように瞳を輝かせていた。その瞳に映るのは、いま私も見ているのと同じ色。

 ねえ、私の気持ちはどこにあるの? 王子様一筋のつもりだったのに――ふらふら、ふらふら。目の前に現れては消えていく人たちに翻弄されてる。

「……菊地」

 突然、中原が私を呼んだ。驚いて心臓が大きく跳ねる。ゆっくりとこちらを向いた中原がそっと、

「ありがとな」

 ――そんなことを言うから。

 困らされてるのは私の方。コーヒーに砂糖を入れたのがバレて赤くなる顔も、純愛ものが好きなんだと、誰にも言うなと釘を指して拗ねた顔も、時折すごくかっこよく私を助ける優しい手も。

 どれを信じたらいいのかなって、本当は物凄く困ってる。

 ねえ、クールな中原はどうしたの? 私が何を言っても嫌味しか返してこない中原はどこにいったの?

 いつもみたいに素っ気なく意地張ってよ。バカって言って突き放してよ。じゃないと私、本当に困っちゃうんだよ――

「別にっ」

 やっと口から出たのはそんな言葉で。ああもう、これじゃあ私が無愛想で素っ気ない人。でも絶対に、どっかの誰かさんみたいに照れてなんてやらないから。

 コツン。軽く小突かれた部分だけが、なぜだか熱を帯びてくすぐったい。

 朝ヶ谷祭。花火を見上げながら私は、本当の王子様を捜していた――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ