武人は走りながら考える
自分達の住んでいる村でアトレスが仲間の精霊に頼んで作って貰った宝石箱がどれだけ通じるかと言う事を確かめたパーシーはと言うと、アリエッタの居る茨の森へと向かっていた。
「……なんか行きやすくなってないか?」
と、僕は前の茨の森との違いを指摘すると、アトレスも『確かに変ね』とアトレスもまた違和感を感じていた。
違和感……と言うより、明らかに茨の森の木々が少なく、いや伐採されてしまっているのである。つまりはこの森に入り、木々を斬って入っているような者が居ると言う事である。
普通の森ならばただの伐採者が居ると言うだけの事実であり、冒険者や森林を売っている人達の存在があると言う事なのだが、この普通の人がほとんど立ち入る事のない、悪魔の1つ、吸血鬼が居るから誰も近寄りもしない森で、誰かの痕跡があると言うのはちょっとまずいかもしれない。
吸血鬼の正体は、この森に住む、かなり子供っぽい性格の美少女、アリエッタ。
アリエッタはとても強い武人の美少女であると同時に、悪魔と契約して力を得た事で周囲から疎んじられているパガニーニ家の隠し子であり、それは何人かの武人には既にバレていると思われる。一度、パーシーはアリエッタを殺しに来た武人に仲間と間違えられてしまった経験もあるくらいである。その時と同じようにアリエッタを狙いに来て、茨が邪魔だからと斬った武人が居ないとも限らない。
「……アトレス」
『あぁ、はいはい。分かってるから、その宝石箱を貸して』
と、パーシーは宝石箱をアトレスへと渡して、剣を抜いて戦闘態勢を取る。
自然と呼吸のリズムを整えながら小さく、小さくしていき、なおかつ剣を持つ手に力を込めて行く。
そのあまりにも自然な、まるで人間が空気を吸うかのように、あたかも鳥が空を飛ぶ時のように、あたかも魚が水で生きられるように、剣を抜いたパーシーはスーッと一回大きく息を吐くと、そのまま剣を自分の前に構えて、背を低く屈める。
「少し急ぐぞ、アトレス。十字流奥儀、四則走」
パーシーはタンッと、足で地面を強く蹴ると、そのまま一気に加速する。
十字流の技の1つ、四則走は十字流の剣術ではあるが、戦闘用の技ではなく、あくまでも移動用の技である。
身を屈めて高速で移動し、剣を前に構えて前の遮蔽物を斬りながら進みつつ、目的の場所まで一気に進むと言う技であり、こう言った時に一番役立つ技である。
「(……やっぱり、それにしても茨が無残に斬られているな)」
と、パーシーは高速で走りながら移動しつつつ、その眼でしっかりと状況を把握していた。
そもそもパーシーの十字流は『力戦奮闘』を真髄であり、敵の全ての攻撃に対処する事こそが大事なのであり、高速で移動しつつも状況を冷静に把握出来る眼もまた十字流としてきちんと鍛えているのである。
そんなパーシーは高速で移動しつつ、きちんと状況を把握しつつ、茨が斬られている事を確認していた。
「(……しかし、何で斬られてるんだ? この茨は)」
パーシーが茨を見て、真っ先に疑問に思ったのはその点だった。
普通ならば切り口でどう言う物で斬ったかどうかが分かるのだが、ここの茨は少なくともパーシーが知らない切り口だった。
この場合は茨であるが繊維質の物を切る時には大抵繊維を切って切断するか、繊維を切らずに切断するかのどちらかに分けられるが、この切られた茨はそのどちらでもなかった。
切られた場所から腐っていた、しかも赤い色と共に生臭い臭いをパーシーは感じていた。
「……血、だな」
『それも血が付いたとかじゃないから、不気味よねぇ』
パーシーは見た事のない、切り口を見て、走りながら考える。
茨で身体を切ってしまって血が付いたとかだったらまだ分からなくもないけれども、これは完全にそう言う類のものではなく、どちらかと言うと、"茨を血で切った"、そう言う感じがする。
勿論、普通の人間が血を刃のようにして斬る事はまず不可能だし、魔法だとしてもそれはあり得ない。
パーシーの知り合いの魔法使いが教えてくれた中では、
『魔法の属性は火、水、雷、氷、風など自然の力を使います、です。よって、魔法に鉄などの反自然的な物や毒などの生物が作り出す物質などは、魔法の属性として絶対にありえない、です。
武術には直接的には関係ないかもしれない、です。でも、精霊を武術に取り入れるのならば、こう言った知識も知って置いた方が良い、です』
との事で、つまりは生物が作り出す物質……血を魔法で操ると言う事は不可能。
(そう、普通ならば)
パーシーは思いつつ、切られている茨の部分を見ながら、アリエッタの元へと急ぐ。
「(武術……もしくは悪魔のしわざ?)」
武術には見えない物を操る技もあるが、パーシーは知らないだけで血を操る武術があるとそう思っていた、いや、そう願っていた。
もし仮に、これをやったのが自然法則を外れた事を行い、なおかつ人間を食べ物としか見ていない悪魔がアリエッタの元に向かっていると考えると、パーシーの足は自然にさらに速度を増す。
『ちょーっと、待ってー! パーシーちゃん、速すぎー! でも、それだけ心配していると言う事よね。
(まぁ、でもアリエッタちゃんにそれだけゾッコンと言う事ね! 良いわぁ、可愛らしい赤ちゃんが見えるのも近いかもしれないわ)』
アトレスはパーシーに文句を言いつつ、今後の事について嬉しく思っていたが、実際はそれとは違う。
パーシーも、アリエッタに固執する理由が分かっていないのだから。
(僕は何がしたい……)
パーシーは走りながら考える。
自分がアリエッタと言う、他人の血を吸いたがる吸血鬼のような少女についてどう思っているかを。
最初聞いた時は単なる強そうな女性としか思っておらず、会った時は十分な戦闘力がある武人であると感心していた。
アリエッタの家にあがった時は彼女がどれだけ家庭的でないかが分かり、それからなし崩し的にこちらに好意を持って貰えるように料理や掃除などの家事を積極的に行っていた。
そしてそれがいつからか、パーシーの中では彼女と一緒に居る時間を特別に思うようになり――――――
(――――――あぁ、そうか)
と、パーシーはそうして振り返ってようやく自分が彼女にどう思っているかが理解出来た。
要するにパーシーは彼女と一緒に居る事を楽しんでおり、なおかつ一緒に居たいと思い始めていた。
そう、要するに自分でも気付かない内に、パーシーはアリエッタに恋い焦がれていたのだ。
(そう考えると、なんだか清々しい)
心が軽くなる。
一つ一つの動作が楽に動かせる。
技のキレも良くなっている気がするし、前まででは考えられないような連携技も思いつく。
(これこそが愛、これこそがなにかを強く想うと言う事の力……。
す、素晴らしい! ちゃんとメモしておこう! ライン付きで!)
とまぁ、そんな世界が一変したような事を考えつつ、パーシーは茨の森を抜け、そして
「さぁ、我が愛しの女神ちゅわーん! まずはキスから初めまちょうかねー♡」
「はい、分かりました」
自分が恋した相手に詰めよろうとする軽薄そうな男の顔を、思う存分殴りつけていた。