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アリエッタと"やくそく"

 アリエッタの所にパーシーとアトレスが訪れてからしばらく、2人はアリエッタの所にほぼ毎日のように、それこそ2日以上は間を開けずに顔を出していた。

 それにはアリエッタとの子が欲しいと言うパーシーの仲良くなりたい、そう言った欲望的な物があったが最初の頃にはあった。

 けれどもそれ以上に間を開けられない理由があった。


『……だれ?』


 2日以上間を開けてしまうと、アリエッタにそう言われてしまうので、顔を覚えて貰うためと言う意味もあったのである。


 そして今、パーシーはアリエッタの家(あまりにも汚いのでパーシーが1人で綺麗にした)でアリエッタのために料理を作っていた。

 パーシーは村で買って来た野菜を千切りにし、薪を組んで作った火でアリエッタが取って来た兎の肉と一緒に炒めていた。


『しゃきしゃき感の強いピオニオンに、みずみずしいテトマト。……美味しいけど、栄養はそこまでないわよぉ。同じしゃきしゃき感ならペオニオン、みずみずしいならタトマトが良いとお姉さん的には思うなぁ』

「そんなの、あの野生児は食べんよ」


 と、パーシーは冷たく言い放つ。

 ちなみに野生児とは誰あろう、パーシーが嫁にしようとしているアリエッタである。


 アリエッタの食生活は本当に残念、と言うよりかは野生児に近い。

 食べ物としてはそこら辺に生息する兎や魚、時たま熊、他にはそこら辺の野草や虫なんかを食べて生活しているのだが、その食生活ははっきり言って貧困で栄養不足としか言えない。

 その場で捕ったらその場で食べると言う事を繰り返しており、料理や調理などとは縁のない食生活を送っており、だからこうやってパーシーが心配して料理をしているのである。


『まぁ、パーシーが作れるのは炒め物と和え物くらいなんだけどねぇ。それでも料理が作れる男って言うのはポイント高いわよ』

「……余計なお世話だし、これはもしもあの家を出て武者修行する時に、何も料理出来ないと問題だからこうやって作れるようになっただけだ」


 みずみずしいテトマトに火が通り過ぎないように炒め終るとパーシーは料理を皿へと盛り付けて、そのまま料理を盛り付けた皿を食卓へと運んでいた。

 そうして食卓へ皿を置くと、先に席に着いていたアリエッタの前に皿を置く。


「ほら、今日の分の食事だから食べておけ、アリエッタ」

『そうよぉ! 女の子がお肉を美味しそうに食べる様なんてあんまり見たくはないわぁ。どっちかと言うと野菜を食べて美味しく、けれども美しくなる事こそが一番なんだからぁ』


 そう言われてアリエッタはブーブー言いながら、仕方なく箸で皿から料理を摘まんで食べ始める。

 この数日の間に彼女の箸捌きは類を見ないほど成長を遂げており、今では普通に柔らかい物から摘まみにくい物までを易々と箸で摘まんで食べる事が出来ている。

 普通の子ならば箸を扱うのに相当な修練を、いや柔らかい物や滑りやすい物はパーシーでも時折箸からこぼしてしまう事もあるくらいである。

 さらには時折、この家でパーシーは十字流の修行をする事もあるのだが、パーシーがそうして見せた技は簡単な物は見せた瞬間に、拙いながらも彼女の技となっていた。

 それを数日で習得し、今では自在に操れる。


(恐ろしい習得の速度……いやこれもアリエッタのパガニーニ家の血の力だろうか?)


 精霊のアトレスの情報から今までは血を摂取する事でその力を得ている物だと勘違いしてしまったが、このアリエッタの恐ろしい所はそう言った吸血鬼的な要素よりも、どちらかと言うと見て覚える事の方が問題だと思う。

 世の中にはそう言った天才的な人種が居る事は知っていたがこうして会うのは初めてだった。


(いや、あいつも含めるとそうでもない、か)


 あいつとはパーシーの数少ない友人の一人で、なおかつ都の王宮に認められている天才的な魔術の才能を持つ女の事であるが、才能と言う意味ではその友人とアリエッタもどちらも凄い物であると言えよう。


「(まぁ、俺が求めているのは才能を持つ女ではなくて、武術に秀でた女だから別に良いんだけど)」

『(あぁ、メリヤちゃんも普通に良い子なのに勿体無いわぁ。十字流は好きだけど、その無駄な女を決める条件はなんとかならないの? ……ってパーシーに言っても無駄ね)』


 今もなお一生懸命メモを走らせるパーシーを見て、『はぁー……』とそう言って溜め息を吐くアトレス。


『とにかくこの野菜をむしゃむしゃ食べて、女の階段を上りましょう! アリエッタちゃん!』

「かい、だん? う、うん」


 そう言ってアリエッタの手を握りしめるアトレスに対して、「いーや!」とパーシーはそう言い、メモ帳をぱらぱらとめくりながら語りかける。


「武闘家に一番大切なのはやはり筋力! ならば、野菜も大事だが、もっと肉を摂取するのも大事である。そもそもここいらの兎や熊を食べているよりも、大切なのはもっと強い物の血を摂取する事だ」

「つよい、血をせっしゅ?」


 そう言いながら嬉しそうに牙をパーシーの首元へと近付けて見せるアリエッタに、「そうじゃない」とパーシーは言う。


「やはりダンジョンに行くのが良いと思うのだが、どうだろうか?」

『ダンジョン……そうねぇ、それも良いかもしれないわぁ』

「ダン……ジョン?」


 と、1人アリエッタがポカンとしているが、箸をも知らぬ人間ならばそんな事も知らなくて当然だなとパーシーとアトレスの2人は別に反応しなかった。

 パーシーはメモ帳を取り出して、アリエッタに説明を始める。


「ダンジョンとは人が強くなるための冒険場であり、大金持ちになるための金稼ぎの場である。この辺りにはないけれども、そこには魔物が居て、なおかつ大金で売れるものが落ちているから、良い場所なんだよね」

「どうして、おちてるの?」


 アリエッタが質問すると、アトレスは『分からないの』とそう答える。


『どうして大金で売れる物が落ちているのか? どうして魔物が居るのか? その辺りを調べた人が居るけれども、結局詳しい事は分からなかったわぁ。お姉ちゃんの仲間の精霊に頼んだけど、詳しい事は分からないけれども。

 それでもダンジョンには魔物を生み出す何かと、人を惹きつけるために大金で売れるものが置かれていると言う事が分かってるみたいです』

「だから血を摂取すると強くなる、アリエッタが行くと良いとメモ帳から見て良いと思うけど」


 けれどもここから一番近い所でも、行くのには5,6日くらいかかるからそう易々といけないのが現状なのである。

 だからアリエッタの同意を持って、ダンジョンへと行こうと誘ったのである。

 アリエッタは今までぐずる事はあっても否定はしなかったので、今回も最終的には納得してくれるだろうなとパーシーとアトレスの2人は思っていたのだが。


 けれども、アリエッタの返答は違っていた。


「……ごめん。わたし、ここからはなれられない。やくそく(・・・・)だから。

 だからごめんね、パシーにアトレ」


 パーシーとアトレスの2人は名前を間違えられた事よりも、"約束"と語る時のアリエッタの真剣な眼差しが気になるのであった。


 アリエッタに料理を食べさせた後、パーシーとアトレスは藪の中の自宅へと帰っていた。


『しっかし、名前とかを覚えられないアリエッタが約束、つまり他の男との約束を覚えてるなんて……やっぱりアリエッタちゃんも乙女なのね』

「……別に他の男とかは言ってなかっただろうが」

『いやぁ、あの年頃の女の子が真剣な眼差しで、約束なんて言えば、アトレスのお姉さんの経験で言えば、十中八九で他の男との事に決まってるじゃないのぉ』


 その経験とはどう言ったものなのかと問いただしくなったパーシーだったが、下手に反論してしまうともっと深みにはまりそうな気がするからパーシーはただ黙ったままメモに目を落としていた。


『しっかしぃ、パーシーもアリエッタちゃんの事がだいぶ気になってるのねぇ。最初はただの婚約者候補くらいにしか思ってなかったでしょうに、今ではこうやって毎日のように料理を作りに来てるんだから』

「いや、ただ義務のように思ってるだけだ。ちゃんとメモに訪問スケジュールをメモしてるし」


 見せられたスケジュール帳に事細かに、いつどう言った食材を持って行くかがメモしてある事に、アトレスは


(いや、完全に主夫でしょ)


 とそう思ったが、口には出さなかった。

 出来るお姉さん精霊は、そう言う男の心の機微に対して敏感に対処しているのである。


『まぁ、最近だと完全に子供の体調を心配するお母さんポジションだけどねぇ。ウフフ♪』

「う、うるさいってば……」


 パーシーは照れたように顔を赤らめて、アトレスはそんな彼を見て悪戯が成功した子供のように笑っていた。


『でも、アリエッタちゃんが今は一番かも知れないけど、あんな子供みたいな女の子じゃあ、こっちの意図をちゃんと理解して貰えるかどうか分からないし、それも時間がかかるかもしれないわよぉ。それにあちらさんはその能力の性質上だからかも知れないけれども、完全にパーシーの強い血しか見てないってば。だから彼女ばっかりに手間取って無くて……』

「……しっ、静かに」


 アトレスに喋らないように言うとパーシーは腰の刀を抜くと、そのまま刀を下側に構えると一直線に横に薙ぎ払うように振るう。

 アトレスは『はい、はーい』と分かったように肯定すると、そのまますーっと消えていた。

 すると刀から生まれた衝撃波は森のうっそうと茂る草木を刈り取り、真っ直ぐに放たれていた。


「ぐはぁ……!」


 そして放たれた衝撃波が向かった先の草むらから、肩を負傷した1人の男が現れていた。

 その男は親の仇でも見るかのような目で、パーシーの事をじっと睨んでいた。


「アリエッタの親を仇だと思ってるやつか?」


 パーシーが刀をその男へと向けると、その男は何も答えなかったが、その真剣なまなざしが全てを物語っていた。


「……お前ら、あの女の仲間かなにかか?」

「だとしたら、どうだって言うんだ?」

「なら、殺す」


 と、その男は冷たく言い放ち、そして腕を前に出して腰を低く構える。


「あの女の親は悪魔だ。俺の家族を滅ぼし、そして俺の家の道場の者達を全員皆殺しにした。その場にはあの女も居た。

 あの女を殺し、あの女の親も殺して、俺は俺の流派、セベディン流の復興のために全力を尽くす!」


 そう言って彼はそのまま低い姿勢のまま地面を蹴り、地面ぎりぎりの所を勢い付けてパーシーへと向かう。


 セベディン流とは徒手空拳の一つであり、相手の足元や頭の後ろなど、所謂死角になる所を狙う流派であった。

 その技術のほとんどは一撃必殺の暗殺拳であり、彼の道場に通っていたのはヒットマンや暗殺者であり、もしかしたらアリエッタの親はなんらかの正義的な行いで行ったのかも知れないし、お世辞にも正義とか復讐のために、この男が逆恨みをするのは相応しくないのかもしれない。


 けれども、この男にとっては自分の流派がどう使われているとか、そう言う事はどうだって良いのだ。

 この男にとっては門下生や親を殺した仇、それ以外の何者でもないのだから。


「死ねぇぇぇぇぇ!」


 その男の素早く、そして低い場所を狙った一撃は、肩から血を流している男とは思えないくらいにまで鋭く、そして的確に相手の急所を狙っていた。


「……下段、低空の飛び膝蹴り、負傷具合、それを考えるとこう」


 しかし、パーシーはその男の一撃をただの素振りで、しかもただの一回の素振りで、男の負傷している肩の傷をなぞる様にしながら斬っていた。


「ち、ちくしょう! 覚えてろ!」


 男は捨て台詞を吐いてそのまま森の奥へと消えていく。

 男が完全に森の中へと消えると、アトレスが急に現れて『全くぅ……』とそう言いながら現れる。


『人間は精霊の10分の1くらいにしか生きられないのに、どうして復讐とかの人の繋がりを大事にするんでしょうねぇ。こんな事にこだわりまくる、人間って本当に不思議ですね』

「名誉とか復讐とか、そう言う、端から見たらくだらないかもしれない事が大好き。それだから人間なんだよ。

 まぁ、僕は十字流を復興すると言う命もまた、お前にとってはくだらないかもしれないな」


 と、パーシーはそう言いながら、何事もなかったように階段を降りていた。


『えぇ、くだらないわよ。くだらないね。


 けど、それでも見ていて楽しいのよ』


 アトレスは嬉しそうに笑いながら、パーシーの後を追うのであった。

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