アリエッタという女
アリエッタ・パガニーニことアリエッタは、生まれも育ちのどちらも特異で特有、なおかつ特殊な人間である。
悪魔と契約したパガニーニは人間としての信頼を捨てた代わりに、他に匹敵しないほどの才能を得ていき、その忌むべき血統は2つの、武人と魔法使いの2つの家系に分けられる。
魔法使いの家系のパガニーニは悪魔を呼び出す古代の魔術言語を操る知識など魔法において他を圧倒する者など実に20人近く居るのだが、武人の方のパガニーニは今の所生き残っているのはアリエッタ、たった一人しか居ない。
アリエッタの武人としての才能は、見た相手の筋量を手に取るように把握し、相手の技を見て理解して自分の物にして、また血を飲む事によって力を得るといったアリエッタは才能を持っているのだが、アリエッタはその特異な才能とは別に欠点もある。
天は二物を与えず……どんな物にも長所と一緒に短所という物はある。
アリエッタの短所は、"血"である。
アリエッタは血に非常に敏感であり、血の匂いを嗅ぐと我を忘れて、その匂いの下へ行ってしまう。
どれだけ危険な場所で、どれだけ危険な敵が待っていようとも、血の匂いが彼女を戦地へ駆り立てる。
そこに善悪の区別はなく、ただただ血を求める獣になってしまい――――――それは本人の彼女にだって制御出来ない。
(また……やってしまいました……)
アリエッタは目の前の、うねうねとうねるような、魔法陣を発動している触手を振り回すモンスターを見ながらそう考えていた。
アリエッタの技術は、基本的に人間を対象とした戦闘の才能である。
身体を見て一挙手一投足を観察してどう行動するかを先に把握しているからこそ、魔法使いであっても魔法をどこに撃つかというのは体さばきを見ていればある程度は予測できるので、それでアリエッタは魔法使い相手でも善戦出来るのだが、このような人間とかけ離れてしまっているモンスターに対しては別である。
そもそも身体の構造からして違うからどう動くかを推定出来なく、その上で魔法も使っているからアリエッタはこのモンスターに対して、いつものような動きが出来ない。
本音を言えば今すぐにでも逃げたいアリエッタだったが、身体が言う事を効かない。
血を欲しているアリエッタの身体の本能が、モンスターの口からたらたらと流れる血から目を離す事が出来ずに、この場から逃げようという生存本能をかき消してしまっている。
(逃げなきゃ……)
【逃 げ る な】
(殺される……)
【血 を 欲 せ】
(私は……生きたい!)
【血 を 血 を】
自分の身体なのに制御出来ずに、本能の赴くままにモンスターに向かっていく自分の姿をアリエッタは誰か助けて欲しいと想いながら、アリエッタはモンスターに攻撃を仕掛ける。
【■ゥ、■ォォォ■!】
魔法によって強化されたいくつもの触手を振り回すモンスター、それに当たって死ぬ事を覚悟したアリエッタ。
(やられる!)
アリエッタがそう心の中で言うけれども――――――やられたと思ったが、そうではなかった。
「――――――!」
アリエッタは、刀を持った1人の男性によって助けられていた。
☆
パーシーは刀を大きく下から上へと斬りかかると共に、アリエッタがサッと懐から燃焼系の魔物の液体(よだれではない、そう断じてよだれではない)が入った瓶と火打石を取り出す。
アリエッタがサッと燃焼系の液体をパーシーの刀にかけて、火打ち石で火花を出して炎を纏わせると、そのままパーシーは触手をうねうねと動かすモンスターに斬りかかる。
「十字流奥儀、マツカエン!」
そのまま下から上へと斬りかかるとモンスターに斬撃という傷痕と共に刻み込まれて、傷跡から青い血がドバッと吹き出るとそのまま斬りつけられた箇所から発火する。
「大丈夫か?」
「……え、えっと……パ、パパ」
「パーシーだ。まぁ、最初の文字が出て来た分、マシだと思うべきか」
パーシーはアリエッタに聞こえるか聞こえないかのくらいのトーンでそう言うけれども、パーシーの意識は既に触手をうねうねと動かすモンスター……仮にイギョウとでも呼ぶべきこのモンスターを睨み付けていた。
イギョウは触手に付けられている無数の瞳から青い魔法陣を出して水を呼び出して火炎を消火していくが、アトレスが風の魔法を使って火炎を風をあおりながら大きく燃え上がらせつつ、水を風で吹き飛ばして邪魔していた。
アトレスが火炎を消させないようにしている間に、パーシーがアリエッタに手を差し伸べる。
「立てるか、アリエッタ?」
「う、うん……」
差し出された手に対してそのままアリエッタは手を取り、パーシーはそのままアリエッタを立ちあがらせて、そのままアリエッタの涙をぬぐう。
「さて、まずは……アトレス!」
『はぁい♡ お姉さんにお任せなさーい♡』
パーシーが風の魔法でイギョウの口、さらにいえばたらたらと流れる血に風を送り込むと、パーシーはそのまま火炎を魔法で作られた風の通り道へと放つ。
放たれたパーシーの刀の火炎は、風の通り道を通ってイギョウの口を大きな火炎で、血がどんどん燃えてしまっていく。
「これで大丈夫か?」
アリエッタに聞くと、コクコクと頷いてそのまま眠るように気絶するアリエッタ。
初めにアリエッタが来た時に『血ィ!』と雄叫びをあげて向かって来たので、どうも血に反応していると思ったからこうやって血を炎で燃やしたのである。
最初は血を求めるだけの怪物かとパーシーは思っていたけれども、そうとは違うと確信を持ったのでアトレスと共にアリエッタを助けに行ったのだ。
彼女の瞳から流れる涙を見たら、そうとはいってもいられないだろう。
(なんだ、そうなのか)
と、パーシーはそう思いながら、アリエッタの方を見る。
吸血鬼であるシュナイゼル・ポーレルがアリエッタの正体を明かしたあの時、パーシーがアリエッタに感じた印象は、ガブガブと血を飲む狂ったような化け物だった。
あの時の彼女が纏っているどす黒い雰囲気からパーシーは恐怖して、それで自分の気持ちが分からなくなったパーシーはメリヤとデートの予行演習を行っていたのである。
そしてソロモンが作った血だまりに惹かれてやってきたアリエッタを見てその時も同じような気持ちだったが、イギョウに攻められているアリエッタを見て想いが変わった。
確かに彼女の身体は全身で血を欲する喜びを表現していたけれども、彼女の瞳と口元は確かに悲しみと共に怯えており、その瞳から涙を流した瞬間にパーシーの考えは決まっていた。
パーシーは刀を強く握りしめつつ、アリエッタへと襲いかかろうとする化け物に刀を突きつける。
「アリエッタは――――――俺が助ける!」
アリエッタという女は、パーシーにとって将来のお嫁さんになるかもしれない相手なのだから。
「行くぞ! 化け物!」
必死に水の魔法で消火していたイギョウの視線はパーシーに強い憎しみを込めて向けられており、先程までの多種多様な属性の魔法陣とは違って全部紫色の魔法陣で統一されており、魔法陣からドロドロと流れるような毒が流れながら多数、宙に浮かんでいた。
「あんまり友好的な感じの攻撃ではないね。まぁ、あの毒はどう考えても敵対心的な……というよりも、致死性だろうな」
大抵の魔物や生物は、本能的に炎を怖がる。
このイギョウも火炎は苦手だったようで火炎を消すのを妨害して、なおかつ火炎を大きくするような事をしていたので、イギョウの印象はただただ敵対心という物に染まっている。
あの毒はパーシー、それにアトレスを本気で倒そうという事に起因しているのだろう。
「じゃあまずは、あいつを倒すべきだろうな。――――ロット!」
「はいはい、分かってますよ」
そう言って、後ろからロットが近寄ってきてアリエッタを保護してくれる。
流石、ロット。長い付き合いだという事で、自分の言いたい事も良く理解してくれているなとパーシーはそう感心していた。
「……こっち、です」
水の結界魔法を張っているメリヤの所に、ロットとアリエッタが入って行ったのを見て、パーシーはイギョウに向き合う。
「さぁ、始めるぞ、イギョウ。
ここからは俺、パーシー・ウェルダと――――」
『――――アトレスお姉ちゃんとの、十字流のお披露目会よ♡』