十字流
拳法、剣術、弓道と言った風に一口に『武術』と言っても、その形態は様々だ。
また武道ごとに教え方、使う技、さらには心構えと言った物まで違ってきており、同じ流派であろうとも教える人が違うだけで全く別のものになってしまう物だってある。
そんな武術で最も厄介なのは、伝承である。
一般的な多くの流派では、沢山の人間に自身の武門の技を教えるために門下生として受け入れる流派やら、巻物などの書物に書き残して伝えると言う流派もあるが、武術ではそう言った伝承の仕方をしている流派だけでない。
掃除など一見武道とは関係ないところから自身の流派の真髄を教える流派があったり、流派の当主が認めた者以外は絶対に教えないと言う流派があったり、はたまた一子相伝と言う自身の息子や娘などにしか自身の技を教えないと言うものまである。
そう言った特殊な伝承をする流派はやがて廃れて行ってしまいがちである。
パーシー・ウェルダはそんな一子相伝のやり方をしている、いつか廃れてしまうような武門である十字流と言う剣術武門の第7代当主、ジェルマン・ウェルダの息子として生まれた。
文明と魔法が織りなす皆が笑い合って、時には泣きあって、時には手と手を取って暮らす村の外れの、周りを自然と野獣が囲むちょっとした林の中にある古びた道場、そこが彼の家。
子供の頃から親には愛の代わりに鍛錬や修行などを受けて来た彼は、子供らしい豊かな感性や愛おしさを覚える慈しみの心などを得なかった代わりに、十字流の名に相応しいくらいの無骨なまでの強さを手に入れた。
そんな暮らしがいつまでも続くかと思っていたある日、パーシーは父に呼ばれて訓練場に来ていた。
「父上、何か用でしょうか?」
「パーシー、か。座れ」
無愛想、無愛嬌で、おおよそ人の親としてはどうなのかと思うくらいに愛情とは無縁そうに見える十字流7代当主のジェルマンが床に座れと言うと、パーシーはゆっくりと楚々とした動作で座る。
「して、父上。今日はどう言ったご用件で?」
「その前にパーシー、お前の精霊を出せ」
その言葉に対してパーシーはコクリと頷くと、パーシーは「アトレス」と名前を叫ぶと、
『はいは~い♡ 今、出ますわよ~』
そんな軽口と共に、幻想的な美しさを放つ1人の美少女が現れる。
長い銀髪が眩しい、モデル張りのメリハリの付いたボディスタイルの透き通るような藍色の瞳の端正な顔立ちの美少女は、身体つきのはっきりと分かる薄い白い長袖の服を着てふんわりとパーシーの横を浮かんでいた。
「アトレス、いつも息子をありがとう」
『そんな言葉にもない台詞は要らないわよー♡ この十字流はそう言う流派、なんだから』
「……そう、だったな」
ジェルマンは冷静に、感情も感じないような声色でそう言っていた。
十字流。
東の大陸、ヤマト大陸から伝わったとされている剣を用いる剣術であり、精霊と呼ばれる草木、動物、人、無生物などに宿っているとされる超自然的な存在を混合して生まれた剣術である。
人が剣で敵を制し、精霊が魔法で敵を倒すと言った、人と精霊が協力し合う剣術である。
アトレスとは十字流の始まり当初に十字流の初代当主と契約を交わした精霊、リトキスの子孫のようなものであり、今はパーシーと契約を交わしている。
『リトキスさんも薄情よね~。悠久を生きる精霊に、血の繋がりを覚えさせて、なおかつ私のような美しくて、可愛らしい精霊を、こ~んな人間のお守りをさせるだなんて』
「……そうか。すまなかったな」
『ジャルマンは、相変わらず無愛想ね~。もっと笑顔を出した方が良いのに。ねっ、パーシー』
と、ニコリと笑いながら自身の契約主であるパーシーに同意を求めるが、当のパーシーはと言うと、一心不乱にメモ用紙にペンを走らせていた。
それを見て、アトレスは『相変わらずね~』と言う。
『ほら、パーシー。あなたに意見を求めてるのよ』
「……むっ、そうか。すまない」
と、そう言って一旦メモを床に置いて、ジェルマンと向き合ったパーシーは
「して、父上。用件はアトレスとの顔合わせか?」
「いや、違う。これは十字流に関わる、大切な問題だ」
ジェルマンにそう言われてパーシーはメモ帳を取ろうとするが、『ダ~メ』とアトレスはパーシーの手を遮りメモ帳を取る。
『普通に聞こうね~。お姉ちゃんとのお約束だよ~』
「……承知した」
渋々と言った様子でメモ帳を置いて、ジェルマンはゴホンとひとつ咳を吐くと、
「パーシー、お前も16となった。十字流の技はお前の身体に叩きこんだ。今日でお前は、十字流8代目当主として任命する。後はお前がどうするかだ」
「ありがとうございます、父上」
『うわっ、技を身体に叩きこんだってなんか意味深ね~』
素直に「ありがとうございます」と言うパーシー、『意味深ね~』とあざ笑うアトレス。
ジェルマンはパーシーに一言うむと頷いて、アトレスに対してはジーっと見ていた。
「……そしてここからが問題なのだが、我が流派の伝承の仕方は既にパーシーも、そしてアトレスも知っているだろう」
「父さん、十字流の伝承の仕方が一子相伝である事は前々から理解しています」
『前々からパーシーには、このアトレスお姉ちゃんが話しているから大丈夫よ~。ほら、このメモの山にもその事がぜーんぶ書かれてるし』
アトレスがペラペラとめくったそこには、『十字流=一子相伝』と言う内容が2ページに渡っておよそ50近く小さな文字で、細かくメモされている。
「分かって貰えていて嬉しい限りだ。……十字流の7代当主として、8代当主のパーシーに使命を与える。そう、一子相伝の十字流を次代へと繋げよ。つまりは子作りだ」
「……りょ、了解している」
「頼んだぞ、父はそう言った繋がりがないのだから」
その言葉に真っ赤な顔になりつつも冷静に答えるパーシーを見て、横に居たアトレスがクスクスと笑う。
部屋を出たパーシーとアトレス。
先に言葉をかけたのはアトレス、アトレスは笑いながらパーシーの肩を掴みながら、ゆっくりともたれかかるようにして話す。
『こんな山中で、女性と言う物をほとんど知らずに育ったような、初心な子に対して、いきなり子作りだーなんて言われてもねー。女なんて、ジェルマンの精霊と私、後はあの子くらいじゃないの? どっちにせよ、普通の子よりかは経験は少ないわよねー』
「う、うるさいぞ、アトレス。うるさいって事をあとでメモしてやる」
『お好きに。けど、パーシー? この家の一子相伝の掟、知ってるわよね?』
「あぁ、勿論さ」と言いながらパラパラとメモ帳をめくったパーシーはそこに書いてあることを読み上げる。
「一、十字流の流派は剣術であり、精霊と共にある、精霊剣術である。
一、十字流の神髄は『力戦奮闘』。自分の能力のすべてを出し切り、敵の攻撃の全てに対処して、慢心しない事。
一、十字流の極意は一子相伝の秘技であり、自身の子供にしかその技を教えるべからず」
『そして最後に……一、十字流の当主は強き武人の子を夫婦とせよ、ね』
「うぅ……」
と、そうやってアトレスが言うと、パーシーは俯いてしまう。
要するに十字流を教える事が出来るのは自分の子供だけであり、なおかつそれは強き武人の女との間に出来た子、のみと言う事である。
十字流が廃れかかっている理由の一つとして、この最後の強き武人と言うのが厄介なのである。
もしもこれが『武人の子』だったとすれば適当に武人を見つけて付き合えば済む事だが、『強き』と言う一文が入っている以上は、自分と同じか、それ以上の武人を見つけなければならない。
その者が自分の事を好いてくれるかは別として、仮にその時の十字流の当主が前代未聞の最強の剣士であったならば、それだけこの条件と言うのも難しいものになってしまう。
パーシーは空前絶後と呼ばれるくらい最強と言う訳ではないが、少なくとも父親からなんも問題なしと呼ばれるくらいには強い。
しかし、そんな事は関係なく……
「女の子と付き合うとか、どうすれば……。そんな事、メモしてないし」
『お姉さんからのアドバイスとしては、まずは相手を見つけるのが先だと思うけどね~。ウフフ~』
ガクリと項垂れるパーシー。
お察しの人が居るかと思われるが、パーシーはあまり女子が得意ではない。
女子に触るのも見るのも嫌と言うくらい顕著ではないが、少なくとも自然に口説けるほどとまでは言っていない。
まぁ、こんな山奥で父と共に剣術の稽古を常日頃からしていた者が、女慣れしているのも変な話なのだが。
しかもジェルマンは武術一本で生きていたような男であり、他の武術とのつながりがほとんどなく、父からお見合い形式で紹介されると言う事もない。
女慣れしていないパーシーは、自分の力で妻を探さないとならないのである。
『パーシー。私と言う年長者が居るじゃない。お姉さんに甘えて良いわよ♡』
……この精霊を別としてだが。
「……なぁ、アトレス」
『な~に? ちょっと寂しくなっちゃった? だから普通に飛び付いて、甘えて良いのよ。あなたは私の御主人様なんだから♡』
「精霊の情報網で、それらしき女の情報は入ってないのか?」
そう無造作に、無愛想にパーシーがアトレスに尋ねると、アトレスは『まっ、パーシーがこんな事で抱きついて来るような性格ではないと知ってたけどね』と言いながら
『あるわよ、とっておきの情報が』
と笑顔で答える。
アトレスは精霊であり、人には人の情報網があるように、精霊には精霊の情報網がある。
人は情報の対価として金貨や他の情報を求めるが、金貨や嘘に興味も関心も示さない精霊の情報の方が遥かに入りやすいのだ。
『茨の森ドルンに、今は使われていない人間が捨てたマイアレイヤ邸と言う屋敷があるらしいのよ。そこにとーってもつよーい、女の子が住んでるらしいわ。その子、どうやら武門の心得があるらしいの』
「そんな辺鄙な場所に住む女の武人、しかも強い、か」
『ねっ、とりあえず会いに……』
「そうだな、とりあえず結婚を前提に戦いに行くか」
決心して早速靴を履いて、そのドルンへと向かうパーシーを見て、
『男の子って……いや、この武門の男はどうしてこうもまぁ、武術バカで無愛想なのかしら』
溜め息を吐きながら、パーシーの後を追うのであった。
――一子相伝の流派、十字流の8代当主となったパーシー・ウェルダ。
――これが彼がいきなり暗い森の中を走る少女に、無理矢理襲いにかかった真相である。