デートをしよう(後篇)
メリヤとパーシーのデート当日。
待ち合わせに指定した喫茶店の前にて、メリヤはいつも着ているローブと違って着なれていない服を何度も指で直しながら、そわそわしながらデート相手が来るのを今か今かと待ち望んでいた。
「これ、似合っているでしょうか、です? 普段はローブやドレスばかりだから、分からない……です」
そう言いつつ、メリヤは自分の今の姿を喫茶店の窓ガラスに映る姿を見ながら自分の今の格好を確認していく。
上部分はゆったりとした美しい蝶の刺繍が袖や胸元に施された白いブラウスであり、下部分はぴったりとしたウエストから裾へ波打っている、黒色がかった色のフレアスカート……さらには首からは銀色に光る真珠のネックレスと、いつもはツインテールの水色の髪を1つに纏めたポニーテールと、いつもとはまったく違う自分の姿を見て、やっぱり似合わないのかなと心配そうな表情で見ていた。
本当はデートの時間はこれから1時間後の午後10時からだが、あまりにも心配だからと早めに来ていたのだ。
「はぁー……。王様との謁見であってもここまで緊張しないのに……」
ドクン、ドクン、と心臓が弾けて止まらない。
止まれ、止まれ、と胸元を押さえながら、どうにか止まって欲しいと言いながら、顔をパンパンと叩いて気合を入れ直して、すーっと深呼吸をしたメリヤ。
「……ん?」
と、メリヤは何かに気付くとそのまま、視線を下へと移す。
そこには何か物珍しい物でも見るかのようにして、キラキラとした眼でこちらに視線を送るロット・セヴィンの姿がそこにはあり、ロットはそのまま指を立ててメリヤにガッツポーズを向けていた。
「――――――グッ!」
「…………」
メリヤはガッツポーズを出すロットに対して、冷ややかな視線を送っておりそのままサッと用意していた杖を取り出すと共に大きな氷の塊を作り出すとそのまま氷の塊をロットへと向けていた。
「……喫茶店で隠れて見るだなんて趣味が悪いと言うか、非道な行いだと思う、です。せめて一週間かそれくらいは、倒れて動けなくなるくらいには――――――」
氷を錬成し、尖らせ、大きくしながら、メリヤは的確に目標の相手へと、ターゲットであるロットへ確実に当たるように振ろうとしたその時、
『ダーメ♪ 折角、これからデートをする可愛い女の子がいきなり服を血だらけで汚しちゃ、ダーメ♪』
フワリ、とそんな可愛らしい柔らかな擬音が聞こえて来ると共に、振り下ろそうとしたその手を優しげな、この世の物とは思えないほどの可憐な手で止められるメリヤ。
「あ、アトレスさん、です? と言う事は……」
その人物が誰なのか、そして彼女が居ると言う事は誰が居ると言う事を意味するのか。
その2つが頭の中で瞬時に繋がったメリヤは、ギギギとそんな擬音が聞こえてきそうな感じで、首をゆっくりと動かしたメリヤの視線の先には
「……殺るなら一気にやる事をお勧めする。ロットがなかなかにしぶとい男なのは、前に取ったメモからも明らかだからな」
待ち合わせの相手、パーシーがペラペラとメモ帳をめくっていた。
「……ご、ごめんなさい、です! ちょっとこのバカを仕留めるのに夢中になってて、気付かなかった、です」
「いや、まさか待ち合わせよりも前に来たのだが、それよりも前に来ていたとは……。今後は、相手がさらに前から待っているケースをメモしておこう」
ふむふむ、とそう言いながらペンでメモするパーシーに、アトレスは溜め息を吐きながら
『そうじゃないでしょ、パーシーちゃん? こう言う時、なんて言うかはお姉ちゃんが教えたはずよ?』
アトレスがそう言うと、そうだなと言いながらパーシーはメリヤの顔を、そしてメリヤの頭のてっぺんから足の爪先までをサッと見ると、視線をずらして少し顔を赤らめながら
「……そ、その服! いつもとは違うが、良く似合っているな! あ、あと……待った?」
そう言って聞いて来るパーシーに対して、ボンッと、こちらは顔から湯気が出るくらい真っ赤に茹で上がった顔をしたメリヤはと言うと、
「だ、だいじょうぶ、です。わた、わたしも、いま、きたところ……です」
と答える。
そんな初々しい2人の反応を、ロットとアトレスは2人の親御さんのような微笑ましい表情で見守っていた。
☆
遊びと女とお酒の街、遊楽街パミュズメート。
パーシーやロット、メリヤの村から普通の人の速度で20分、武人の速度で15分ほどの場所にある街で、遊び場所が少ない村の人達が羽目を外して遊ぶところとしてはかなりメジャーな場所である。
『遊楽街』とそれだけ聞くといやらしい雰囲気が出ているけれども、この街にはそう言った遊郭などの他にも甘味処や服専門店などがあって、普通にデートスポットとしても楽しめる場所である。
「うわぁ……です♡」
瞳をキラキラと輝かせながら、メリヤは手に持った素敵な物を嬉しそうに見ている。
「ねぇねぇ、パーシーもそう思わないか、です?」
「いや……そう言われてもな……」
と、パーシーはメリヤが差し出す物を見て困惑した面持ちで答えていた。
その後ろで2人のデートを楽しそうに見ていたアトレスもちょっとどうなのかなと疑問視していた。
「普通に可愛いと思います、です。けど……今は買い物に来た訳ではないので、また後で買いに来ましょう、です」
と、メリヤは手に持っていた黒蜥蜴の姿干しと火蝙蝠の一夜漬けを店内の棚へと戻す。
「また来る、です! なので、取り置きをして欲しい、です」
「……はいはいじゃよ。お得意様の頼みとあれば、わしが断る訳にはいかないのぅ。ヒッ、ヒヒヒ!」
そう言って皮と骨だけの薄気味悪い老婆はメリヤに深く頭を下げると、「またの、じょうちゃん。イッ、ヒヒヒ!」と言って店の奥へと消えて行った。
「さて、パーシー? 次はどこに連れてってくれますか、です?」
「……いや、相変わらずお前のセンスは独特だなぁ、と改めて思い知らされただけだ」
と、メリヤが蜥蜴や蝙蝠に対して、一切躊躇せずに触りに行った姿を見て、苦笑を浮かべていた。
そう言うと、メリヤがムッとした顔でパーシーに詰め寄る。
「あんな可愛らしい生き物の、どこに嫌う要素があると言うの、です!?
つぶらな瞳、大きくて癒される耳、それに美しい羽と言った蝙蝠も素敵な生物、です。それになめらかな身体、たなびく尻尾、小さな脚と言った蜥蜴もまた可愛らしい生物、です。
最も、流石の私もああ言った生物に恋愛感情までは抱いてない、です。それにどうしてもナメクジとかの、ヌルッとした生き物は昔から好きになれない、です。蛙は普通に平気なの、ですが……」
と、メリヤがコウモリやトカゲの素晴らしさについて一通り語った後、パーシーの顔色があまりよろしくない事を見るとがっかりした顔を見せていた。
魔法使いとはどれだけ強い魔法を使えるかに値するけれども、魔法を強くするのは魔法使いとしての身体能力、優良な素材としての杖などで強くなるのだが、それ以外にも魔物を粉状にして魔法の威力を上げる事も出来るのである。
そしてその触媒として良く用いられるのが、トカゲや蛇、蝙蝠や蛙と言った、所謂女性なら嫌っても可笑しくない形の魔物なのだが……
(魔法使いの本場では好き嫌いも言っていられない……と言うよりも、そう言ったのが元々好きな人達が魔法使いとして大成してそこに居る、とかなのかな)
まぁ、パーシーの知り合いにトカゲや蛇であろうとも、それが食べられる物であれば普通に食べている武人の少女も居るのだが。
『――――――分かったかな? これがアリエッタと言う、悪魔の血に翻弄されてしまった女の子である』
美味しそうに一滴残らずに血を飲もうとするアリエッタと、そのアリエッタに付いて居る吸血鬼の姿を思い浮かべてしまう。
頭の中に浮かんだ光景を、パーシーは頭を振って追い出した。
(ダメだ! 今はメリヤとのデートの予行演習、そんな時にアリエッタの事を思い浮かべたらいけないだろう)
今日はアリエッタの事を忘れるためにメリヤとデートの予行演習をしているのであり、それなのに忘れようとしている事をわざわざ思い返すなんて無粋にも程がある。
そう思い返したパーシーは、早速デートに集中しようとメリヤの方を振り返る。
「さぁ、メリヤ。デートの続きをしよう」
「……うん、そう、です。今日はデート、です」
顔を赤らめるメリヤはと言うと、そのままゆっくりとパーシーの手を取って、メリヤとパーシーの2人は手と手を繋いで、恋人のように手をつないで歩いていた。
「いやー、若いって良いですね。アトレスさんや」
『えぇ、本当に見ているだけで微笑ましい気持ちになってきますねー……』
後ろから嬉しそうに見ているロットとアトレスの2人はお茶でも飲みそうな勢いで語っていた。
と言うよりも、アトレスは確かに精霊だから見かけよりも上だと言う事もあるだろうが、ロットは人間だから見かけ並みの年齢なんだが、どうしてアトレスと同じように親や祖父のように接しているかが分からない。
「……あいつらぁ」
パーシーは今もなお後ろの方で、ニヤニヤ笑っているアトレスとロットの事を怪しみつつ、何か仕出かさないように気を付けていた。
「……あれ? なんか騒がしい……です?」
と、メリヤはそう言って騒がしそうにしている群衆を見て怪しがっていた。
「なんだろう? ロット、何か知っているのか?」
「なんで私が知っていると言う前提で聞いて来るかな……まぁ、それならばこっちからでも聞いておこうじゃないか。おーい!」
そう言ってロットは群衆に対して親しげな感じで話しかけており、そのまま少し喋るとなるほど、なるほどと納得すると共に、こちらへと戻ってくる。
「どうだった?」
そう聞くと、ロットは「それがねー……」とどこか歯切れの悪そうな感じで言葉を濁す。
「どうやら上客が来ているらしくて、派手に金をばらまいているからそれのおこぼれに預かろうとしている奴らが跡を絶たないと言うだけの話だったみたいだね。とは言っても、実際におこぼれに預かろうとしれ預かれるのは、遊郭の連中だけみたい。どうも男が嫌いと言うよりも、物凄い女好きと言うだけの話だった」
「それはまた……」
このパミューズメントと言う街は確かに普通の人でも遊べる場所も、食べる場所も盛りだくさんの街ではあるが、それ以上にこの街は遊楽街……男と女が遊ぶために作られた街。
やはりそう言った店が多くなってくる傾向は避けられないだろうし、何よりそう言った人達が落とす大金がこの街を支える主戦力になってくるのだろう。
とは言え、あまりデートらしい雰囲気ではなくなってしまったようだ。
『とりあえず、巻き込まれるのも嫌だし、あっちに逃げないかしら?』
そう言って、横道を指差すアトレス。
横道とは言っても遊楽街だからか、ある程度食べ物屋や装飾品を売る店が軒を連ねており、判断としては妥当だとアトレス以外の3人はそう思った。
「アトレスちゃん、グッドアイデア! メリヤちゃん、とりあえず道を変更してちょうだい!」
「……ロットに言われずとも、変更するつもりだった、です。行きましょう、パーシー」
「そうだな……」
そう言ってデートする2人と、それを見守る2人組の、奇妙な4人組は横道へと姿を消した。




