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メリヤの初恋

 王宮魔導師のメリヤ・フィールはフィール家と言う、優秀な魔法使いを多く輩出してきた貴族の一族の次女であり、同時にフィール家の中でもとりわけ優秀な部類に入る魔法使いである。

 とは言っても、フィール家では魔術言語を子供の頃から絵本の読み聞かせとして覚え込ませ、遊びとして魔法に大切な集中力を鍛える訓練を行い、食事の方も魔法に良いとされる特殊な食材をわざわざ取り寄せてやるくらいの徹底した教育で生まれた、王宮でも類を見ないほどの優秀な魔導師。

 水と氷を自在に操り、プライドが高い故か妥協を許さず、技の派手さや威力と言ったものよりも実践的、かつ綺麗な魔法を使いこなすメリヤ。

 そんな、王宮魔導師達の期待と尊敬を一手に引き受けているメリヤはと言うと、


「どうしよう、です……。この赤いドレスとかは王様との謁見に使うようなので、デートには向かない、です。けれどもこの白いドレスは、清楚さがアピール出来ますが、汚れが目立ちすぎる、です。あぁ、どれにするか、迷うなー、です」


 ベッドの上に色々な種類のドレスやカーディガンなどを置いて、一生懸命に明日のデートの服装を選ぶその姿は、王宮で尊敬を集める魔導師と言う印象はなく、ただの可愛らしい1人の女の子でしかなかった。


「うぅ……ロットめぇ……です。他人事だと思って、勝手にデートの約束を取り付けるなんて、本当に迷惑でしかない、です」


 メリヤはちょっと不服そうな顔をしながら、そのままロットの事を想い返す。


『――――――2人でデートして貰えない?』


 ロットのその言葉に対して、メリヤとパーシーの当人達も戸惑っているうちに、ロットはデートの予定表を作り始めて、デートコースも建てて、断ろうとする前に掘りを埋められてしまって、結局のところはロットに丸め込まれる形で2人はデートをセッティングされてしまった。


『パーシーはアリエッタに本当はどう思っているのかと言う事を確かめるのと、それから他の女の人に対しての予行演習的な意味で。

 それに、メリヤはフィール家の次女だからと言っても、実力的にも見合いで用意したと言う事もあろうから、なんらかに役には立つでしょうね。

 ……と言う訳で、2人ともちゃーんと参加してよねー。パーシーの方はアトレスに任せるから、私はメリヤをきちんと誘っておくね。じゃあねー』


 そう言って、反論する前にロットは家に帰って行ってしまった。

 パーシーに止めようかとメリヤがお願いする前に、パーシーの方はアトレスに丸め込まれるような形にてそのまま、家に連れて込まれてしまっていた。

 メリヤはただ、準備をするしかなくなってしまったのである。


(まぁ、元々ロットはあぁ言う人であると言う事はちゃんと理解出来てました、です……)


 そもそも、メリヤの記憶から遡っても、ロット・セヴィンと言う男に対してはただただ振り回されたと言う思い出しかなかった。


 ロットの家、セヴィン家とメリヤの家、フィール家の2つの家は数代前に同じ王家が深く関わる戦いに参加して、それの戦いで両方とも交流が始まっており、歳が近かったメリヤとロットの2人は親によってそれなりに会う機会も多かった。

 初めてロットと会った時、メリヤは直感した。


(この男、なんか嫌です……)


 別に本当に嫌っている訳とか、仲良くなれそうな気がしないとか、そう言う事では全くなく、ただ単にこの人とは本当に仲良くは出来ないだろうなと感じていた。

 底が知れないと言うか、なにが知りたいと言う事が分からないと言うか、どんな状況であろうとも普通に振る舞う事に長けて居る感じで……得体が知れない怪物と言う印象を受けており、メリヤは自身の本能から理解して警戒していた。


「やぁ、こんにちは……メリヤさん。私の名前はロット・セヴィン。ちょっとばかりは仲良くしてくれると嬉しいかなぁ」


 そう言うロットの言葉に対して、嘘偽りはなく、ただ本当に彼の態度から「ちょっとばかり」は仲良くしてくれるだろうな、そんな感情しかなかった。

 それからロットはメリヤを連れて色々な所に連れていったんだけれども、それは子供が森に探検しに行くとか、湖でキャンプをするとかそう言った事だけではなく、悪の巣窟や危険な洞窟などに連れて行かれて、本当に命の危機を感じる場面も多々あった。

 その経験が後に確かに役立つ事も多かったが、それ以上にただ連れて行かれるのがつらく、メリヤは親鴨に着いて行く小鴨のように付いて行く事しか出来なかった。


「――――――メリヤ、それじゃあ今日はあっちに行こうか」

「……分かった、です」


 その日も、メリヤにとっては些細な始まりだった。

 いつものように、ロットに連れられて行く、ただそれだけ。

 その日に、運命の出会いがあるとも知らずに。


「彼は私と同じ武人で、ちょーっと特殊な家柄なんだけど、まぁ、ちょっとは君も興味が惹けるかと思うから、良いと思ってね」


 そうやってメリヤがロットに紹介されたのが、十字流の後継者として育てられていたパーシー・ウェルダ、そしてその契約精霊のアトレスだった。


『ハロー、こんにちは、可愛い子ちゃん♪ 十字流と契約している精霊の1人、アトレスお姉ちゃんでーす♪ こっちは私と契約を交わしている人間、パーシー・ウェルダちゃんです。2人共々、よろしくお願いしますねー♪』

「……パーシー・ウェルダ。ロットが以前に言っていたメリヤ・フィールさんですね。よろしくお願いします。では、俺は……これから鍛錬があるから失礼します」


 アトレスは嬉しそうにメリヤに笑いかけて、パーシーは無表情に挨拶をするとそのまま再び木刀を振り続けると言う鍛錬に戻っていた。


「相変わらずと言うか、パーシーは鍛錬ばっかりだねー。もっとそれなりに娯楽や趣味を持ち合わせた方が良いと思うなー。全く関係ないと思っていたはずの事が何かの役に立つと言う事が普通にあり得るんですからね。

 私も悪の組織を壊滅する時に狙撃の練習が役に立って、それに危険な洞窟探検の時にはトカゲとコウモリの魔物が出て来て彼らの生態を知る事が役立って……それにいざと言う時に魔法物理学、魔術化学が実用的で価値が出て来ると……」

『ロットちゃん、パーシーちゃんが聞いてないですよぅ♪ まぁ、確かにロットちゃんが言うように、色々な事を知っていると言う事は、どんな場面でも役に立つ事もあると思うわ』

「おおっ、話が分かるね、アトレス。では向こうでちょっとばかり話して行こうか」

『パーシーが知らなくても、お姉さんである私が知れば良いからねー。じゃあ、ちょっと教えてねー♪』


 ロットとアトレスの2人はそのまま縁側にて話し合いを始めてしまい、メリヤはロットとアトレスのところに行くのもほんの少し嫌だと感じて、そのままその場で木刀を振るうパーシーを見ている事にした。


「……縦。この角度だと相手に読まれる、だからちょっとずらすか。後、もう少し刀の戻りも早くして……」


 パーシーの真摯に木刀、剣術に向き合う姿はメリヤに好感を与えた。

 彼は一度木刀で斬ると、その後自分の何がいけなかったのかを自分で考え、そしてそれを直しつつ、次にそれの連続でどう斬るかと……言ってはなんだか普通に見ていると退屈な光景だったに違いない。

 ただ振っては反省して直し、また振っては反省して直すの繰り返しであり、劇的ではなくちょっとずつ比べてようやく分かる程度に成長をしているくらいであり、子供ならばこんなのを見せ続けられると退屈でしょうがないだろうなくらいには感じていたが、メリヤにとってはそんなのは些細な話であり、パーシーの真剣そうな表情を見ているだけで、自然と笑顔になれて退屈もまぎれた。


 それはメリヤ自身もそう言った気持ちがあったからだと思われる。

 メリヤは一概に天才だとか、神童だとか持てはやされているが、それはあくまでも他人から見た印象であり、彼女からしてみれば自分を天才だと思った事は一度たりとも存在していない。


 魔力が多い事は、魔力を操る事が難しくなると言う欠点であって。

 魔法言語を上手く言える事は、昔からの親の睡眠学習があったからで。

 魔力を扱うのが上手い事は、魔力が多いから仕方なく上手くやるしか無かったと言う結果で。


 そこにはメリヤのひたむきな、あまり見えないけれども、確かにそこには彼女の努力があった。

 しかし、周囲からの反応は天才だから出来て当然だとか、神童だなとか、彼女の努力を誉められた事は一切なかった。


(この人の努力は分かりやすいな、です。……これなら、普通に努力しているなと褒められるんでしょうね、です)


 人間とは自分に無いものに憧れを抱く。

 故に天才だ、神童だと言われまくっていたメリヤには、素直に努力しているんだなと褒められたいと言う憧れがあった。


 彼女はパーシーを見ているだけでは暇だったので、それからは魔力を使って訓練するように始めた。

 彼の努力している姿を見て自分も何かしようとか、そう言う事を考えて始めたものだ。

 まぁ、魔力の球を作り出して、その作り出した球をはねさせて操作しながら、色を変えると言う、それだけのとてもくだらないような、それでも魔法使いとしては魔力操作を上げる訓練としては、とてもメジャーなものであった。


 それから何度か、メリヤはロットに連れられてパーシーの所にやって来て、その訓練を行った。

 とは言っても、パーシーはいつも剣を振っているだけで、ロットとアトレスの2人は話し合っているだけで、メリヤの努力にはやっぱり、誰も気づいていないんだろうなと思っていた。


「おっ、今日は赤の色が綺麗だな」


 ――――――だから初めて、自分の努力に向き合ってくれて、それに気付いてくれた、


 パーシー・ウェルダのその何気ないような言葉が、メリヤ・フィールは今でも心に残っている。


 パーシーが十字流の一子相伝の理論から武術家ではないメリヤはまず彼女にもなれないだろうと思っていたから、


「……このデートはそう、ただの予行演習、です。そう、ただそれだけ、です」


 そう言って自分で自分の顔を叩いて、メリヤはにやける顔を戻していた。

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